第七話 『残り火』②
そこには、確かに殺したはずの、狩場瑠衣が、風犬と対面して、なにかを話していた。
サンジェルは、俺の惚け面をのぞき込むとやれやれと肩をすくめる。
「あんたたち倒達者の生命力を舐めるんじゃないよ。仕組みはあんたとまったく違うけど、あいつにも再生方法はある。体のパーツを組みかえればいくらでも生きながらえる。原型止めなくなるまで、破壊しとかなかったのは、あんたのミスだよ」
俺は反論する。あの時、狩場瑠衣を串刺しにした。そして目を離したうちに、彼女のからだが消えたのだから、燃やし尽くしたと思ったのだと。それに対し、サンジェルは、ふむと一考する。
「消えたねえ。じゃあ考えられるのは、瑠衣は腹から下を切り落とし、あんたの牙から逃れたってことかねぇ。ま、どうでもいい。結果は変わらない。やつは生きている。それがすべてだ」
唇を噛む。あんなに、覚悟を決めたのに。結局俺は、成し遂げられなかったのか。
いや、いまはそんな後悔よりも、気になることがある。何故、風犬が狩場瑠衣と話しているのだ。彼女は狩場瑠衣が暴走してから、病院にいて、一度も接触する機会はなかったはず、だ。
「あっ」
まさか、だが。
「おい、サンジェル。狩場瑠衣はどうやって、逃げ出したんだ。そもそもの話だ。お前はなにかミスを犯したのか」
サンジェルはむっとする。
「あたしにミスは無かった。あんなもの、予測できるはずがないんだよ。……まあ、いまとなってはもう隠す必要もない。三週間前のことだ。あたしの研究所が襲撃された。その犯人が、狩場瑠衣を外へ逃がしやがったのよ」
「それが、滋養、風犬か」
サンジェルが頷く。
「彼女、やっぱ化け物だわ。奈保よ。倒達者になる方法、説明したことあったっけ」
俺は首を振る。方法?確立しているのか。サンジェルは箱をツンツンとつつく。
「神術型は、首筋に記録媒体を挿入することで、旧人類の技術を甦らせる、これは知っているね。実はね、この挿入口、神術型以外の技術型にも存在するのよ。出現させるには特殊な方法が必要だから、普通は知られてないけど」
記憶を呼び起こす。むかし、サンジェルが俺の後ろに回って、何かをしてきたことがあった。あれのことか。
「炎帝は、生まれる子どもの脳にセーブをかける。あたしが開発したチップは、そのセーブを取り除き、脳を活性化させる。これによって被験者の肉体は倒達技術の発動に耐えられる性能を手に入れる。あとは本能が火の付け方を見つけ出すんだが、ショックをいくつか与えないといけないらしい。一番いいのは、火だね、やっぱり。これにより、抑圧された人間の閃きが、開花する。あんたや狩場瑠衣はこの方法で倒達した」
サンジェルは言葉を区切る。外から風犬の怒鳴り声が聞こえる。風犬が、狩場の胸元を締め上げ、恫喝していた。どういうこと!その叫びは、俺の鼓膜を引き裂くかと思うほど殺気に満ちていた。
狩場が、風犬を振り払う。そして、地面に手をかざす。すると、一瞬のうちにその手には杖が握られていた。狩場は奇術型であるため、転送術は使えない。あの地点に、事前に杖を仕込んでいたということだろう。彼女は、ここでの風犬との衝突を予期していたのだ。
「あんたは、あたしのことを悪魔だって思っているかもしれないけどね。あたしにとっちゃ、風犬のほうが、よっぽど危険人物だよ。……あたしが、あんたに狩場瑠衣の殺しを依頼したのも、風犬が理由なのよ」
唾を飲み込む。サンジェルの話は飛び飛びだが、じわり、じわりと核心に迫ってくる。禁忌の扉に手をかけては離しをくりかえしているような,焦らし。
狩場が、杖で突きを放つ。はやい。紙一重で風犬はそれをかわす。しかし、瞬時に横に薙ぎ払われた杖の先端が、風犬のみぞおちをかすめる。チッとどちらのものかわからない舌打ちがここまで届く。
「風犬は、私の研究所を破壊して、狩場を外に逃がした。どこから情報を仕入れたのか、想像は難しくない。東京に居つく浮浪者のなかにも、あたしの信者はいる。そいつから狩場の存在を聞き出したんだろう。そして、風犬は、解放と引き換えに、狩場と契約を交わした」
そういえば、赤レンガ倉庫で、狩場もそのようなことをほのめかしてはいた気がする。詳細は語ってくれなかったが、まさか風犬が関わっていたとは……。
「武功会の襲撃は、兵力増強を目的とした狩場の行動に思えるが、それは違う。狩場があの日、旧武道館で行ったのは、死体に羊夢をつけて、死体を回収しただけ。幹部の殺害はすべて、他者の犯行……」
「旧武道館の人間を皆殺しにしたのは、滋養風犬だ」
風犬が突進する。狩場は杖で防御姿勢をとる。風犬が繰り出したのは、手刀。皮膚の摩擦をへらしたことで、その一撃の速度は音を超える。がきん、と音がして、杖が切断される。
事件について、風太さんは、切断された遺体の一部から、刃物の達人の犯行と推測した。それに対し、蟻沢さんは強すぎると否定して、狩場の倒達技術によるものだと、議論を誘導させた。
しかし、真実は違った。犯人は、滋養風犬。それがわかれば、おのずと答えは見えてくる。おそらく、彼女は皮膚の摩擦を操り、手刀を妖刀と変え、凶刃を振るったのだ。
「では、なぜ風犬が武功会を壊滅させたか、だけど。これは本人からきいて、ぞっとしたよ。なんだと思う?」
「…………さあ」
「あいつは、狩場の倒達技術、千人隊のことを知って、武術の練習のサンドバックにちょうどいいと考えたんだ。だから、兵を増やさせるため、自らの組織を差し出したんだ」
絶句する。サンドバック?千人隊を?そんな馬鹿な。横浜での惨劇がフラッシュバックする。 風太さんの、警察省のエリートにも手の余る戦力だぞ。そんな用途、思いつくなんて、まともじゃない!
「だが、千人隊を用意したとして、今度は場所の問題が発生する。千人のサンドバッグを相手に遊べる場所なんて、なかなかないからね。だから風犬は、千人隊を青森に運ばせ、のちに広大な土地がある北海道に移動させることができるように狩場に指示していた。ここまで、いい?」
信じがたいことだが、顎を引き、頷く。サンジェルの話をかみ砕きながら、風犬の狂気じみた強さへの執着に、愛らしさを感じていた。
「狩場に命令する一方、風犬は武功会幹部との闘いで負った傷を癒すため、隠れもせず、堂々と入院していた。記憶障害を騙ってね。砂川から連絡があって、あたしは彼女に交渉しにいった。狩場の手綱をあたしに返せってね。でも風犬は一歩も譲らない頑固者だった。砂川が手をやいているのも、よくわかったよ」
あいつらしいふてぶてしさだ。
「だから、妥協案を出した。狩場の身元はあたしが預かるが、千人隊はいつでも貸し出せるようにする。風犬は渋々承諾した。……だが、あたしには耐えられなかった。このままでは、娘のように育てた狩場が、風犬に壊される」
「…………」
「だから、あたしは、あんたに殺しを頼んだ。狩場を、真の意味で解放してやって欲しかったんだ」
狩場は二本目の杖を取り出し、ブンと片手で振った。すると、その杖は刀へと姿を変える。仕込み杖というやつだ。
狩場は再び、突きの構えをとる。風犬は迎撃態勢を整えるが、異変に気付き、足元を見る。
地面から腕が生え、彼女の足を掴んでいる。蟻沢さんもあれに捕らえられた。地面の下に人を埋め込み、獲物がその場に立ったら捕縛する罠となっているのだろう。
動けない風犬に、狩場は狙いを定め、突く。かわせるわけがない。普通は。
だが、狩場が相手にしているのは、滋養風犬である。
風犬は、ブリッジをする。上体をそらして突きを回避したのだ。彼女の腹筋がミシミシ、と音を立てる。
直後、地面が隆起し、埋まっていた人間が、地上に引きずり出される。風犬は、ブリッジどころか、足をロックされたまま、逆立ちをしたのだ。恐るべき筋力である。風犬はそのまま一回転し、しがみつく男を地面に叩きつける。
巻き上がった土煙に、狩場が身を隠す。俺から見えるのは風犬の呼吸を整える姿のみ。
「結局、あんたは狩場を殺せず、風犬はもとの約束を果たせなかった狩場に制裁をくわえようとしている……残念な結末だよ。ところでさ、武道館の壁か床に焦げ跡が付いていなかった?」
「……あれ、襲撃したのは風犬なのに?狩場は羊夢の取り付けしか、していないんだよな」
「うん。さっき倒達者に至るためには、あたしのチップが必要っていったけど、実はもうひとつの方法があるんだ。それは単純に、偶然、火を使えるようになること」
煙の中が発光する。狩場は電気を纏ったまま、風犬に攻撃するつもりだ。成功すれば大やけどを負わせられる。しかし、そんなことをしては、光で位置がばれてしまう。風犬は、その方向に体を向ける。迎え撃つ気だ。
「武術型の倒達技術、『極加速』は、皮膚の形態変化で、摩擦係数を減らし、風の影響を受けなくすることで、隕石となる。でも、逆に摩擦の高いものを素早くこすりつけることで火を起こす方法っていうのも、ある。旧人類にとってはむしろこっちの方が馴染み深い。でも加減が難しくて、結局この時代まで、武術型からは倒達者が出てこなかった。あんたのような、正当な裏技を使わなければ、新人類が倒達することはない……はずだった」
煙が晴れ、狩場が現れる。このまま風犬に突っ込もうとする。しかし、その瞬間。
狩場瑠衣の上半身が、もえる。
「え……?」
風犬は蹴りの打ち終わりの姿勢をとどめている。狩場は発火した自身の肉体に困惑している。電気を纏ったとはいえ、自分のからだを燃やすまではしようとしていなかったのに。
「各技術型ごとに、倒達者は一人ずつつくる予定だった。チップはその分の枚数しか用意できなかったからね。風犬の倒達はまさに予想外。あたしの範疇のそと。まったく、手に負えないよ。」
狩場は、距離を大きくとる。俺の件もあり、倒達者への警戒心ができたのだろう。
「滋養風犬……!お前も、か!お前も、倒達者なのかあ!」
激昂する狩場とは対照的に、風犬は、ふう、とため息をつく。そして、突然、風犬は四つん這いになった。
「ん……?あれは、知らないな」
サンジェルが首をひねる。だが、俺は知っている。あれは、かつて俺を絶望させた彼女オリジナルの武術だ。あの時以来、風犬はこの型を披露していない。なぜなら、格下を蹂躙するとき以外には使い道がないから、らしい。
狩場が、左腕を引き抜く。現れたのは、大ばさみ。狩場は、動かない。今度は、じぶんが迎えうとうとしている。風犬は、膠着状態はごめんとばかりに、その姿勢のまま、突撃する。
風犬が、狩場のふくらはぎに噛みつく。さきほどのお返しか。狩場ははさみを振り下ろす。が、回避される。代わりに食いちぎられる狩場の肉。見ていて痛々しい。
無事なほうの足で、狩場は蹴りを放つ。また、回避される。風犬は今度は、後ろからとびかかり、狩場を地に押し倒した。
仰向けの狩場に風犬は拳を叩きこむ。マウントポジションをとり、圧倒的に有利になったので、彼女は攻撃を休めない。拳、拳、拳。血が地面に飛び散る。
滋養風犬流暴力術『猛獣跋扈の型』。地に張り付くほどの低姿勢の構えは、相手の攻撃パターンを狭め、対処を遅らせる。慣れない盤面に戸惑う相手には隙が大きい。タイミングをみて飛びかかり、グラウンドに持ち込み、あとは蹂躙するだけ。
そして、風犬は狩場の首を噛む。直後、おびただしい出血。勝負が決まった。あのまま止血しなければ、確実に狩場は死ぬ。風犬は、自分の服をちぎると、狩場の首に巻く。死なれては、千人隊は失われる。それを考えての行動だろう。
だが、直後、俺は風犬の残酷性を見る。風犬は、狩場の肩から先を、引きちぎる。そして、腕を素早く動かし、摩擦により火種を作ると、その箇所を燃やす。血が止まる。火を使っての、止血。どこで覚えたのか。
次に足をもぐ。出血。点火。止血。足をもぐ。出血。点火。止血。
ようやく、風犬は立ち上がる。その顔は輝いている。すっきりした、といったところか。四肢を失った、狩場が足元に転がる。俺は吐き気を堪えながら、サンジェルに問う。
「風犬には、俺が倒達者であることや、お前に従って、千人隊を破壊したことは言ってないんだよな」
「そうね。ありがたいでしょ、そのほうが」
「ああ。風犬が、なんで俺のことを好いているか、それは、俺がいつでも殺せるくらい弱くて、傍においても安心だから、だそうだ」
風犬が、俺に手を振る。俺は、笑いかける。
「あんたさ、もしよかったら、かくまってやろうか。いつか、風犬に殺されるよ」
サンジェルは同情したような顔をする。やめろよ、悪魔がそんな顔をするな。お前は、俺にとっての敵であってくれ。そうでないと、俺は、風犬に敵意を抱くかもしれない。俺は誘いを断り、目をつぶる。もう、話すことはない。眠らせてもらう。
サンジェルは、溜息をつくと、俺をベッドに置く。じゃあね、といい彼女の気配が消えた。
そうだ。これでいい。俺は風犬と一緒にいられれば、それだけでいい。
次回で一章は最終話数です。長い間お付き合いいただきありがとうございました。




