表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/97

第六話 『炎上』③

 地面がぼこぼこだ。しかも、つるつる。そのうち、転びそうで、不安だ。おそらく、転んだら、俺は死ぬ。気をつけねばならない。


 凍えながら、俺はシャカシャカと足を動かす。前へ、前へ行かなくては。止まってはいけない。おぼつかない足取りを次第にまっすぐに直す。


 進む方向がずれても作戦は失敗する。砂川医師が五十メートル毎に、色付きの壁を設置してくれているので、それに向かっていけば間違えることはない。この着色は、幻術型の生み出した塗料による。幻術型は皮膚の色を変化させることができるのだ。皮膚の変化の点から、武術型に最もからだの構造が近いのは、この幻術型かもしれない。


 狩場の操り人形、千人隊について、サンジェルから聞かされていた。どうせ、もう見る機会はなくなるのだから、と。


 千人隊は別名、赤シャツ隊というらしい。いざとなれば、羊夢が兵の全身に電流を流し、発火させ、赤いほのおの肉に変身させることができることが、その別名の由来らしい。

 悪趣味だ、とサンジェルを避難すると、この名前は狩場がつけたのだと弁解した。奇術型の倒達技術案はほかにもあったらしいが、一番はやく実現できそうだったのが、この、羊夢と電流を組み合わせた、この方法だったという。なるほど、同じ技術型でも、倒達する方法は一つではなかったのか。しかし、確かによく考えれば、旧人類が使用していた火の発生方法が、六つで収まるはずもない。そう考えると、武術型の俺の倒達技術は随分道から外れた方法ではないだろうか。


 狩場は、捕らえた人間の心臓に、羊夢を取り付けるのだという。そこに、電流と、いくつかの命令を設定すれば、あとは操り人形の完成。

 難点は、事前に兵に命令したからだの動きしか行わないため、とっさの変更ができないことだそうだ。だから、いま千人隊を連れている狩場は難儀しているはずだ。前方へ行進というめいれいしか与えていないので、見えない壁などで足止めされてしまうと、後ろに下がることさえできず、みるみる人の山ができてしまっただろう。

 もしかしたら狩場が先頭を歩いていて、圧死しているかもしれない。そうなれば楽なのだが、さすがにそうはいかないだろう。



 一枚目の色付き壁にたどり着く。まだ五十メートルか。先は長すぎる。吹雪ではあるが、壁に色は五十メートル先もみえる。これなら迷わずたどり着けそうだ。だが少し、足を速める。



 サンジェルから聞いたのだが、何百年も、倒達者がこの世に出現しなかったのには理由があった。コウノトリプラントに赤ん坊が生成される際、炎帝は、赤ん坊の脳にロックをかけるらしい。これをされた人間は、火の使用に関する閃きが、絶対に発生しないという。

 なるほど、と納得した。禁止図書が指定されているのも、そのなかに火の知識を呼び起こすものが乗っているからであった。それを聞き、俺は少年時代なかなか危ないことをしていたのだと知る。あの読書が炎帝府に見つかっていれば、サンジェルに出会うまでもなく、監獄行きであっただろう。


 上を見上げると、もちろん、太陽はない。しかし、黒い塊が空に浮いているのは見える。あれは、炎帝が太陽を食ったあと、代わりにその場に置いた、人工物であるらしい。便のようなものか。


 そう、そもそも、炎帝とは、人間ではないらしい。炎帝とはサンジェルとそのむかしの仲間が作り出した人工知能の類なのだという。大昔の旧人類は、太陽の膨張を阻止するため、太陽のエネルギーをすべて炎帝に移し、炎帝を疑似恒星にしようとしていたのである。しかし、炎帝は旧人類に反旗を翻し、地球に帰還、旧人類が滅んだあとに自らの持つ知識により、いちから生物を作り出したのだという。それが俺たち新人類だ。


 サンジェルはことあるごとに自分のことをおばあちゃんだと主張するのはこういうわけなのだ。サンジェルが炎帝を作り、炎帝が俺たちを作った。彼女から見れば、俺たちは等しく孫、なのだ。

 ところで、なぜサンジェルは千年も生きていられているのか、その疑問が当然のように湧いたが、それについてははぐらかされてしまった。



 二枚目の壁だ。色は緑。一番最初の壁は赤だったのだが、毎回違う色なのだろうか。赤のほうが遠くから見やすいので、統一してほしかった。ここで百メートルか。長いぞ。



 炎帝が六大企業を作り出し、支援し続けていたのは、同じ技術型同士で固まってくれていると、管理がしやすかったからである。二十年に一度の炎技会は倒達者が現れていいないかのチェック。炎天府は、自身の敷いた支配体制を荒らしうる倒達者を野放しにしたくはないのだ。


 今年の炎技会が中止になり、武功会も奇森倶楽部も見捨てられるかたちになったのは、これに理由がある。倒達者が現れたのだ、構っている暇などない。炎帝府が財閥解体法などで俺を追い込んだのは、倒達者の俺をあえてサンジェル側につかせ、狩場と争わせて共倒れするのを狙ったからだと推測する。



 三枚目の壁が現れる。色は黄色だ。もっと見やすい色がいい。



 狩場瑠衣の生まれは奇森倶楽部の下級構成員であったらしい。彼女は、奇術に興味があったが、与えられる仕事は華やかなショーの舞台裏ばかりであった。日の目を見ることはない、黒子である。彼女は自分の生まれを憎んでいた。そんなとき、サンジェルに出会い、八歳にして家出、失踪。以後、彼女は研究員、として、そしてのちに実験体としての二十年間を過ごしたという。離反したのは、この扱いに堪忍袋の緒が切れたからだろう。



 四枚目の壁だ。字が書いてあった。『がんばれ』。そんなに気持ちはほっこりしない。



 狩場の事情は風犬と似ている。生まれがよくないため、不利益を被る。大企業内部ですらこうなのだから、ほかの一般人、とくに浮浪者などは現体制で大変な思いをしているのだろう。武功会が崩壊し、関連企業を訪問した際、伊豆さんは冷たくされたという。彼らには、いい気味だ、と思われていたのだろう。



 五枚目、赤だ。



 サンジェルは炎帝の人工知能の一部をデリートし、公平な世の中を作ろうとしているという。そんなやつが、人体実験などしているのだから、正義を謳う者が倫理を持つかは、また別の話だと考えさせられる。



 六枚目、桃色。



 俺は、サンジェルに協力してはいるが、それは今回きりにしようと思う。彼女の手で平和になっても、付き合っていれば、俺の手は真っ赤になっているだろう。



 七枚目、黄緑?ぶれて判別できない。



 俺は、狩場には同情するが、決して仲間意識はない。踏み台に、してやる。それだけだ。



      八枚目、紫。



              九枚目、橙色。



                       十枚目、黄色。



                                   十一枚目。



 俺の倒達技術は、武術型の体質により、実現するものであった。


 武術型が武術型と言われるゆえんであるが、単純に武術に向いているからである。平均的に筋肉が付きやすく、肉体が頑丈で、体力もほかの技術型より頭一つ抜けている。武術型の体質として一番にあげられるのが、皮膚の質を変化させ、摩擦係数を操作することであるが、これを俺が使用するのは一番最後で、要となるのは、前述の優れた肉体である。


 武術型は古文書を解読して復興させた武術と、皮膚の変化による戦闘技術を手に入れた。時には、受け流し、時には削り、時には受け止め。実に美しく、洗練されていった技術である。


 しかし、こんなものを極めたところで、目指すべき火の使用になぞ、たどり着くはずがない。


 火の出る拳?火を噴く蹴り?そんなものできるわけがない。


 サンジェルは、俺の肉体の枷を徐々に外していく機能を設けた。からだが、悲鳴を上げるほど、限界まで無理に動かすのである。そうすることで実現できたのが、超、高速移動。要は足を極限まで稼働することで、最速の走りができるようになったのである。


 否、高速移動という名称は正しくない。サンジェルには何度か訂正された。彼女曰く、俺の肉体は、無限の可能性があるという。いまいちピンとこないが、俺の技術は、それにちなんで、「極加速」と名付けられているらしい。


 これに関する知識を、俺は持っていないので、どうにも高速移動との違いがわからなかったが、どうやら、どんどん、速くなる、らしい。


 俺の足が粉々に粉砕しなければ、理論上どこまででも俺は走れるという。


 そして、俺は走っていくうちに火を纏うようになる。これは隕石と同じ理屈だという。前面の空気が圧縮され、温度が上昇し、火がつく。聞いていて理解できなかったので、丸覚えである。


 要は、今から、俺は、地を這う隕石として、狩場瑠衣と千人隊を焼き払うのだ。


 すでに、俺の意識はスピードについていけていない。ある程度は脳も加速についていけるそうなのだが、そろそろ気絶したまま走り続けることになりそうだ。


 何枚の壁をぶち破ったかわからない。だが、ぶち破れるほどの速度に達していることは確かである。前方が熱い。圧力により、発火現象が起きたのだろう。東京から青森までの距離で、隕石ほどまでのスピードになるかは、疑問だったが、杞憂そうだ。もうすでに、発火したのだから、それレベルまで達したということだろう。


 もう、景色を認識することもできない。早過ぎるスピードに、世界が置き去りにされているのだ。いま、自分はどこだ。なにになっている。古武術では、自然と一体となるという思想があるものがある。期せずして、この領域に達するとは。そう、いま俺はヒトではない。隕石だ。すべてを焼き払う、炎のカタマリ。


走り続けて、どのくらい経ったのだろう。自我がいよいよ肉体から乖離する寸前まできたころ、ついに、そのときが来た。


 目の前に、人の集団が現れたのだ。10人、20人、いやそれ以上。数えることができないほどに、多い。ひとりひとりの表情や体格を区別することも難しく、粒が並んでいるようにしか見えない。



 氷河の世界を、散歩している人間が一般人であるはずもない。間違いない、千人隊だ。狩場ルイが引き連れる、悪魔の軍勢。意思もなく、ただ青森を目指す指令に従おうとしているが、砂川さんの壁により、停止を余儀なくされている。


そうか、もうそんなところまできたのか。

気を引き締め、歯を噛む。全身の筋肉を硬直させて……。



 


 よし、轢こう。



 そう考えた時にはもう轢いていた。止まれないのだ。


 眼前の人だかりが割れるように散っていく。空に跳ねあげられる者。炎に飲み込まれる者。肉が千切られる者。様々な死が視界に入る。そこで、ようやく自分が倒達者としての暴威を振るっていることを自覚する。


サンジェルから産み落とされた、俺という怪異。俺は、もはや強い、弱いの次元にいない。直線上の存在を消し炭にする「現象」だ。


 ここで、俺は、ギャンブルをした。普段は危ない橋を渡らない俺が、だ。なぜならこのギャンブル、負けても痛手のない、完全自分ルールのものだからである。俺は両手で握りこぶしを作り、前へ突き出した。


 狩場瑠衣よ。俺とお前が運命でつながれているなら、こうなるはずだろう!


 視界から、人が消える。千人隊を殲滅し終わった。否、一体を除いて。血が、俺の頬に飛びつくが、乾燥して消える。俺の両腕が槍となり、『千人隊の誰か』を、ひきずることに、成功したのだ。


 さあ、お前は、誰だ!


 ゆっくり顔を上げる。髪は長い。条件一、クリア。服装。スーツ?タキシード?黒い。条件二、及第点。条件三、仮面の有無。有り!二重丸!外れろ!仮面!条件四!爛れた顔!


「クリア!」


 狩場瑠衣、貫通完了!!!


「獅子頭奈保おおおおおおおおおおおおおおおおおお」


 声が後方に消える。俺以外が聞き取れない、悲鳴が続く。狩場の立場から見れば、急に後方の兵隊が消えたと思ったら、自分が炎に包まれているのだ。意味がわからないだろう。空間がブレているため、その表情はうかがえないが、おそらく苦痛に顔を歪めているに違いない。


「貴様ああああああ!なっなああああ…ン……でえええええええええええ」


自分の身に起きている発火現象の原因を、もう一人の倒達者である俺なことは理解したようだが、なぜこのような目にあわされているのかはわからないらしい。彼女は、俺を捕虜にしたときも礼をつくしていた。それなのに、この仕打ちはない。その思考は正常である。


「お久しぶりです。狩場瑠衣さん」


 俺は、普段と同じ口調で話す。音速に置き去りにされる俺の声は、狩場の耳には入っていないだろう。だが、聞いてもらう必要はない。俺の今から行う懺悔は、独善的なものであり、人に聞かせるには堪えられないものである。


「俺は、いままで、流されたり、逃げたりをつづけた人生でした。でも、このままじゃだめだって思っています。俺、変わります。このあなたの命を犠牲に。……俺、好きな子がいるんですよ。性格はよくない、顔もあいつよりかわいいやつはたくさんいます。でも、あいつは俺のことは慕ってくれているんですよ。俺、自分の夢がありません。だから、そいつの夢をかなえてあげたいんです。それが、一方的な、俺の夢。まっすぐ、まっすぐ、これからはそれだけのために、生きていきたいのです」


「あなあああっさどいえええええええ…………」


 狩場がなにを訴えているのか、わからない。だが、それでいい。どうせ、俺の話も聞いていないだろう。おあいこだ。


狩場ルイの千人隊は、恐ろしい技術だった。電気を発生させるだけでなく、人を操り、自分だけの軍隊を生成できるのだ。個人の力を超えている。しかし、それはヒト対ヒトのときのみ有利になるだけの力だ。俺のように、すべて塗り替え、台無しにするような圧倒生はない。


敗者に対し、散々な評価をつけつつも、俺の極加速にも、デメリットが多いことは認める。今回のように丁寧な準備がなければ、意味なくまっすぐ走るだけのこと。脅威にはなりえない。日常で火が欲しい時には使えないし、勝手が悪いことこの上ない。


そして、そもそもが。


 この技術、うまく止められるかが、未知数なのだ。皮膚の摩擦をブレーキとするのが、用意された方法であるが、そんなことでこのスピードが止まる気はしない。

 だって、さっきから試しているのだ。止まらないではないか!足が粉々になるまで、走る?果たして、それでも止まるのだろうか。勢いが付いた胴体は、そのまま火球となって燃え尽きるまで止まらないのではないだろうか。


 はっと顔をあげると、そこに狩場はいなかった。燃え尽きて、消えてしまったのか。足元をみる。そういえば、地を蹴る感覚がだいぶ前からない。これ、足が地面に擦り切れて千切れたということはないか?


からだが熱い。燃えている。身体の芯まであったかい。極寒の世界で、俺はいま、特別だ!!!


 あれ……?ここは、どこだ。


 まだ、地球か?


 俺は、死ぬのか?


 嫌だ!生きるんだ!風犬と!


 走馬燈が出てくる。脳が加速しているからだろうか、それとももう、死ぬからだろうか。


 幼少期、少年期、先日から夢で見直してきた内容が映像として現れる。可愛いなあ!風犬は!


 俺が、風犬に勝負を挑む。見たこともない型で相手にされる。ものの数秒で、俺は地に伏す。事前に見ていた風太さんと風犬の勝負とは、比べ物にならない、チープな試合。俺は、ショックで、目の前が暗くなる。



 ……?次は?


 サンジェルが出てこないぞ。あいつの記憶が俺の脳から零れ落ちるなんてこと、ないのに。


 暗闇が続く。ああ!おれ、もう死んだのか!


 そうか、そういうことか、合点いった!だからか、ははっ。死んだら、過去のことは思い出せないのか、そういうものなのか!はははははははは!



 …………………そんな。こんなところで、終わり?



 嫌だ……会いたいよ。会いたいよ!会わせろよ!


 風犬!


「好きだあああああああ!ふうけえええええええんんんんん」


















「 私も ! 」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ