第六話 『炎上』②
俺たちは、東京の、三か所ある出口のうち、北口に立ち、作戦実行の時間を待っていた。
時間は昼。昨日の今日で、作戦第二弾だ。
「本当にそれだけでいいのか?」
サンジェルの用意した作戦は、端的であった。一文でまとまるくらいの単純な作戦。
「いいの。あんたはいまも昔もあたしに従っていればいいほうに行った。そうでしょう?」
よくぬけぬけと……!サンジェルへの怒りを堪える。これが終われば、俺は解放されるのだ。我慢しろ、俺!
サンジェルは特注品だ、と言って、俺に真っ黒なライダースーツとヘルメットを着させた。これから外にでるのに、これくらいで、寒さがしのげるわけがない。
伊豆さんがそそそ、と寄ってきて、俺の腕に巻き付く。定位置にするつもりか。というか、サンジェルに言われて監視についていたということは、俺に向けていた好意は偽物だったと思ったのだが……。
「奈保さん……すみません。あれから冷静になって、監禁はやりすぎでした」
からだを密着させながら謝罪を口にされる。温かい。
「伊豆さん……どうせ、サンジェルの入れ知恵でしょう。大丈夫です。気にしてません」
本当は、あそこまで気を許していた相手が、サンジェル側と知り、ショックだったが、潤んだ目にほだされる。
「はい……軽率でした。好きなものがあるなら、多少強引なほうがいい、と言われていて、あんなことをしてしまいました」
そのアドバイスしかしていないのなら、監禁は完全に伊豆さんの独断じゃないか。これは、かわいさに免じて許していい範囲ではない気がする。
でも、まあ、許す。そして、やはり好かれていた、やったあ。
「ところで、聞いていいのかわかりませんが、伊豆さんはどうしてサンジェルに従っているのですか?なにかきっかけがあったのでしょう?」
すると、伊豆さんは顔を赤らめながら明かす。
「実は、とっても個人的な、恥ずかしい理由でして。伊豆家の出の者は忍者省に就職することはほぼ確定です。そして、婚約相手は同じく代々忍者省へ人材を輩出させている家柄のものにさせられます。それが、嫌で、悩んでいたのです。そうしたら、ある日、サンジェルさんが、自分の仕事を手伝えば、私の願いをかなえててくれるって……」
その理由で、スパイになっていたとは。恋愛脳、と切り捨てることは、彼女の縛られていた人生を考えれば、しないほうがいいのだろう。
伊豆さんが、にかっと笑う。出会ったころからには見られなかったとびっきりの笑顔だ。
「おかげで、私は、奈保さんに会えました。奈保さん、責任とってくれますか?」
「ええっと、は、はは、できる限りは」
ほおをかきながら、お茶を濁す。なぜ、こんなにもこの子は俺を好いてくれているのだろう。優しくした記憶はあるが、はあ、まあ、よくない言い方だが、ちょろい。
次に、蟻沢さんが寄ってきて、それとなく、伊豆を俺の腕からはがす。
「おいおい、あんまり女の子のことたぶらかすんじゃねえぞ」
声を潜めつつ、どすの聞いたお叱りの声。はい、と俺は素直に謝る。
「保留したまま、気持ちに応えないってのが、よくねえ。風犬がいるからダメっていうなり、どっちとも付き合うとかでも別にいい。とにかく、ああいう相手にはきちんとした答えをはやめにだしときな」
「先輩からの忠告ですか」
蟻沢さんが小突く。そういうこの人は、再会しても未練がましかった風太さんに対して、なにか言ったのだろうか。
……そういえば、伊豆さんに閉じ込められた蜜月の間、だが。救出してくれたのは、蟻沢さんであった。
きゅうりをつまみ食いにきた?いい大人が?……あー。
「風太さん、今回は踏んだり蹴ったりではありましたが、幸せそうでよかったです」
俺の口ぶりから、蟻沢さんは察し、小突きをさらに追加する。
「このマセガキが。……風太は作戦で死ぬ可能性が高かった。サンジェルから指令されたとおり風太を誘導したが、ずっとこころぐるしかったよ。でもよ、私があいつに応えたのは、罪悪感からじゃねえ。ちょっと、素直になったからだ」
遠くを見る蟻沢さん。その方向は病院があった。いまごろ、風犬の良心を信じれば風太さんはベッドに横たわっているはずだ。
「……知っているだろ?私が家柄を理由に、府立学校に入学できなかったこと。あれから、私は炎帝府を憎んでいた。両親に期待させて、北海道から移住したってのに、面接で、さんざん言われて……。こんな仕組み壊してやるってサンジェルに協力するようになった。だから、炎帝府側の人間になった風太を拒絶するしか、私にはなかったんだ。……でもよ、でも、やっぱり私は、あいつのこと嫌いにはなれなかった」
「はい……」
「私は、今回でサンジェル陣営から離れる。もとからあたしは下っ端構成員だし、簡単に認めてくれたよ。条件は出されたが、大丈夫だ。……まっ、お前にはもっとのびのび生きてほしかったってことなんだがな、どうやら私以上にいばらの道を進むようだな、お前は」
「後悔はしないつもりです」
「そうか……ああ、そうだ。お前の就職先を喫茶店にする件、まだ有効だから。考えとけ」
彼女は左手のほうで、わざと手を振り、病院の方角に歩いていく。すると、また伊豆さんが寄ってくる。
「再就職の件、忍者省の事務職もあいてますからねっ」
「はいはい、伊豆麻里、そのくらいにしとけ。そろそろ時間だ」
今度は、サンジェルが伊豆を引きはがす。伊豆は口惜しいといった顔をしながらも、おとなしく引き下がる。このひとは、サンジェルに思考能力を取られているのではないかとたまに心配になる。
ずずずずと、左斜め前の空間に、黒渦が発生する。やがて、のっそりと防護服を着た砂川医師と、小柄な女性が現れ、ゲートが閉じる。
この小柄な女性はサンジェル側の呪術師である。匿名希望らしく、俺には顔を見せてくれなかった。だが、声を聴くと聞き覚えがあった。喫茶店で俺と伊豆に催眠剤入り珈琲を出した店員だ。我ながらよく覚えているものだ。執念深い。
砂川医師は、防護服を脱ぐと、サンジェルに報告する。
「首尾は上々だ。きっちり、あいつらを閉じ込めてきた」
「さすがだねえ、あんた、わが腹心なだけあるよ」
砂川医師は、倒達者ではないが、それに匹敵する魔術型の技術者であるという。
魔術型は、魔臓器を体内に持っており、そこで魔粒子を生成している。それを魔導管を通し、手のひらから体外に排出する。魔粒子は一粒一粒は目に見えぬほど小さいが、みなエネルギーを発している。
現在はなくなってしまったが、魔術型の大企業、「魔導モーター」は、このエネルギーをリペイントした廃車に注ぎ、バイクや車を生産していた。そのような使い方が、もっとも一般的で、有効的だとされている魔粒子だが、砂川医師は違う使い方を見出したのだ。
魔粒子を規則的に並べることで、彼は、見えない壁を空中に作り出すという荒業をやってのけたのである。
原理だけ聞けば出来そうなものだが、そもそも、すべての粒に同じだけのエネルギーを込めて体外に放出するなんてことが、通常できないらしい。それを、砂川医師は最初からできていたというのだから、恐ろしい話である。
本題に戻るが、砂川医師は、この壁を用いて、青森のドームに向かう狩場瑠衣一行を閉じ込めてきた。ちょうど、箱をかぶせるように、千人隊を囲ったのである。イメージでは想像できるが、そんな巨大な箱を魔術で作り上げるなど、常人離れした魔力生成量がなければ不可能である。砂川医師は、風犬に軽んじられているようだったが、超凄い人だ。
いくら狩場瑠衣が倒達して、火が使用できるからといって、この壁は壊せない。強度は鉄板や、岩ともくらべものにならないほど頑丈なのだ。エネルギーが無くなり、魔粒子が消滅しない限り壁は消えることはない。
砂川医師には、これで、足止めしてもらった。あとは、俺が、固まった奴らを、一掃すればいのだ。狩場瑠衣は千人隊という数の優位を生かして、これまで立ち回ってきたが、今回俺が与える一撃はそんなものでは、どうにもできない。
正直、彼女の火の使用を見て、俺は失笑していた。便利かもしれないが、そのレベルとは。俺とは、立っているステージが違いすぎる。確かに、目線が同じなはずがない。
……こうして、終わった話を盛り返すあたり、俺は小心者でもある。
砂川医師の到着により、俺は、ドームの外へ出た。寒い。
いや、そんなレベルじゃない。こんなの、凍って、死ぬ。
太陽が炎帝により食われたことにより、ドーム外の気候は氷の世界と化しているのだ。本来、特殊加工のされた魔導max号にのるしか、移動手段はない。
そこへ、こんなライダースーツ一枚で飛び出すのだから、正気の沙汰ではない。
サンジェルと伊豆が、手を振る。
「風邪ひくんじゃないぞー」
「生きてっ……帰ってきてください……!」
二人のテンションの差に苦笑しながら、俺は外へ駈け出す。




