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第一話 『薪』①

 第二ドーム都市「東京」は全ドーム都市中最も規模が小さい。


 かつての時代、太陽がまだ空にあった大昔には、ここ、東京が経済文化の中心であり、それにつられてたくさんの人々と文化が集まり、一極集中と言われていた。


 しかし現在この国で政権を握るモノ、炎帝が首都を第五ドーム都市「岡山」に移したことで人口は急激に減少、東京からかつての活気は失せ、そこに巨大な廃墟都市が完成した。


 東京病院はそんな廃墟だらけの街中にたたずむ、このドーム唯一の医療施設である。


 正規職員数四十人、ベッド数三百、診療科は外科のみ。五階建てのコンクリート建築で外装、内装はともに白色に塗られている。


 なぜ白色なのか。その知識を持つものは、この時代にはいないため、改装時、塗装業者は訳も分からず、同じ色を上から塗り重ね続けている。


 受付で病室を聞くと404と教えられたので、付き添いの伊豆にそれを伝える。


 すると、あとから行きます、と返答されたので、ひとりで向かうことにした。


 動かないエレベーターの扉をひと睨みし、階段に足をかける。

 

 階段は何段上がっても暗い。踊り場も暗い。照明が使えないのだから当たり前だ。


 無の感情でただただ足を動かしていると自分が今何階にいるのかわからなくなる。上をむくと4の文字の刻印されたプレートが壁に貼り付けられていたので、その階に入り込む。

 

 廊下に出ると、談笑する看護師さん二人と目があった。ぺこりと頭を下げると、二人も気まずそうな笑顔で会釈に応じた。


「404の病室はこの先ですか」


「ええ、そうです。あの角を曲がると401から409までの病室がありますよ。」


「ありがとうございます。」

 

 言われた通り角を曲がると背後から案の定すぐさま看護師たちの会話の続きが聞こえてきた。


「404ってほら、さっき話していた娘よ」


「彼氏さんかしら?こんなこと言っちゃ悪いけどあんな子にもお見舞いがくるのねぇ」


 ふう、とため息をつき、心を落ち着ける。


 相変わらず風犬は周りに敵を作るのがうまいようだ。変わっていないことに安心すべきか、呆れるべきかわからないところだな。



 401、40……3、ああ後ろか、404……。



 

『404 滋養風犬』



 

 懐かしい名だ。最後に会ったのが十三のときだから、もう四年ぶりか。性格は変わっていないようだが、容姿は年頃の少女なのだから変化があったはずだ。どのように成長しているのだろう。


 重い扉に手をかける。会うのに緊張する仲ではない、と俺は思っているが。果たして向こうは俺を受け入れるのだろうか。


 大犯罪人となってしまった、この俺を。



 と、そのとき。耳をつんざく怒声が響く。


「だから触るなっつってんだろうがああああああ」


 扉の向こうからだ。この声……風犬か?声変わりしてないのか、昔のままだ。



 静。続く声が聞こえない。



 代わりに「圧」が押し寄せる。


 吹き出る汗、強大な悪寒、鳴り響く危険信号!


 扉から、離れなくては!でなけりゃ死ぬ!多分!


 右方へ飛ぶ。瞬間、扉がはじけ、大男の巨体がふきとんできて、そのまま廊下の壁に激突した。


 飛んできた男はうめき声を漏らしたしばらく後、がくんと首が下がって気を失う。


 あまりに突然の出来事に、俺は声を失う。なにが起こったというのだ。

 

 男は白衣を纏っていた。十中八九、医者だろう。しかし、なぜ吹っ飛んできたのだ。医者は飛んでくるものではない。


 それにしても勘が働かなければこの巨体に押しつぶされて……下手をすれば、死んでいたかもしれない。でこに流れる汗に生を感じる。



「あれ、そとにだれかいる?」



 びくっとさせる声が飛んできた。思わず敬語で、いますっと答えてしまう。


 そして恐る恐る顔をのぞかせると、そこには全身包帯だらけの少女がベッドの上で蹴りの姿勢を維持してそびえ立っていた。


 少女はすっと片足を下すと、放心したような表情になる。


「奈保ちゃん……」


 彼女には、あのころの面影がしっかりと残っていた。


「ただいま、風ちゃん……元気そう、だね」


 少女、滋養風犬(ジヨウフウケン)の顔が喜びに満ちていく。


「おかえり!」




 

 病室は303に移された。なんでも、入院時の病室も、303だったが、二日前にも今日と同じ事件を起こしたせいで、404に移されていたらしい。


 院長の嫌がらせとして縁起の悪い部屋番号に割り振られたというが、結局逆戻りしてしまった。

 

 蹴り飛ばされた男はやはり医者だった。この病院で最も体格がよい力持ちであったので、気性の荒い風犬の担当となったという。


 蹴られた理由は、注射を嫌がる風犬を押さえつけようとした際、風犬の髪の毛にふれてしまったから。彼女は絶対に人にその髪を触らせないのだ。


「でも最初に忠告してたんだよ?触ったら殴るって」


 ぶるるんと、長髪をふるう風犬。動物的だ。


「そっか」

 

 殴るどころか蹴っていたことには突っ込まないことにした。


 滋養風犬は悪びれない。俺は幼馴染だが、こいつが心をこめて謝ったところをみたことがない。この歳までそのままならもう変わらないだろう。



「それにしてもうれしいなーうれっしいなー目の前に奈保ちゃんがいるよーかわいいなあかわいいなあこりゃあもう抱き着くしかありませんなあ!」


 指をわしわしさせながらこちらにとびかかろうとしている風犬を、優しくなだめる。


彼女は本来病院であばれられるからだではないのだ。無理な運動は禁物、絶対安静。いつ血を吐いてもおかしくないほどに傷ついた肉体。動かないに越したことはない。


「なほなほなほなほなほ」


それでも顔をすりつけてく風犬。


「いたいいたい……いたい。ちょっ風ちゃんっ。肌っ抑えて」


「あまりに奈保ちゃんがかわいいんだもんっ」


「かわいいっ……いや、その前にあんまり奈保って呼ぶなよ……」


 ん?と風犬が首を傾げる。


「ああーそうか奈保ちゃんまだ気にしてんのかー女の子みたいな名前だってこと。でもいいじゃん。かわいいお顔にぴったりマッチしてるよっ」


「………」


「あー照れたー。かお真っ赤―あははははー」


「あんまりからかうなよ」


 風犬の様子に、俺は安心する。そして、拒絶されるのではないかという、自分勝手な思い込みを恥じた。


 いま思えば、彼女が俺に、なにかしたことなんて、一度たりともないのだ。俺が、自分で離れていっただけ。


 こいつは、ただただ、自由を目指し、それに俺が付いていけなかったのだ。どうしようもないのは、俺なんだ……。


 俺の曇った顔を、風犬は見逃さなかった。風犬は、どうしたの、と無邪気に尋ねる。気分の沈みを悟られるのは、避けたかった。


俺は、風犬にはいつでも笑っていてほしいし、自己中心的であってほしいと思っている。俺に構わなければ、彼女はもっと高みにいけるはずなのだ。


「奈保ちゃん。私、奈保ちゃんがいるから頑張れるんだよ?会えない間、ずーと奈保ちゃんのこと考えていた。だからさ、もうどこにもいかないで」


 うつむきかけていた顔を上げる。思考を読まれた。そして、自己否定の他者否定。


「風ちゃんには、敵わないなあ」


「まあねっ」


 ふんっ、と鼻息を鳴らす風犬。一体、俺は生涯何回、こいつに助けられていくのだろう。







「どうでした?」


 

 病室を出るとひび割れた壁を背に、小柄な少女が立っていた。この廊下の壁にも同じ大きさのひびがあるということは、前回吹き飛ばされたのも、あのデカい医者だったということだろう。


「ああ、元気そうでした。はしゃぎすぎて今は寝ています。……もう数か月はベッド生活でしょうね」


「いや、そうじゃなくて! 滋養さんの容態はもう知っていますから。ちゃんと話したんですよね、今後のこと…… 財閥解体のことや炎技会中止の件とか」

 

 眉をひそめ、組んだ腕の上で指をタイプする伊豆。ずいぶんとストレスが溜まっているようだ。


 初対面のときには整っていた髪型には乱れが見られ肌のツヤもこころなしか失われている。


ここ数日の多忙の原因の一端でもある俺としては、少女から美貌を奪ってしまったことに、負い目を感じざるを得ない。



「大丈夫です。ちゃんと伝えておきましたよ。まあ細かいことは病院の外にある喫茶店で話しましょう。武功会の名前を出せば奥の個室に通してくれるので……あまり聞かれないほうのよい話でしょうし」

 

 伊豆の眉が大きく跳ね上がる。


「絶対に聞かれてはいけない話です! ……席はもうとってもらっています。行きましょう」


 サッと俺に背を向けると伊豆はずんずんと廊下を歩いて階段のほうへ進んでいく。


「あっ、はいすみません」


 ……さっき開口一番にどうでした? って言ってたじゃないか。……まあ疲れているのだろう。不満に思ってはいけない。



 閉じた病室の扉を一瞥して、息を吐く。



「…よしっ」

 

 俺は伊豆を追いかける。


 

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