奪われた王国
「この国は今日から我のものだ」
剣を高々と掲げて宣言したのは、魔王直属の四銃士が一人サラマンデス。
彼の目下にはラシック王国の国王と王妃が胸と腹から血を流して死亡していた。
サラマンデスは二人の死体を蔑んだ瞳を向けて呟く。
「おとなしく我の要件を飲めばこのような目に遭わずに済んだものを」
すると王の間の扉が開き、一人の少女が入ってきた。
三つ編みにした金髪と黒色の瞳に白を基調としたミニスカートのドレスを着たその少女の名はメープル=ラシック。ラシック王国の姫だ。
「お父様、お母様!」
倒れている二人に駆け寄り心音を確かめたり肩を揺すったりするが、父と母の目は閉じられたままだ。
「嫌ぁあああああっ!」
辛い現実に彼女は顔を覆い泣き出す。
彼女の悲しみは涙や鼻水となり、大理石の床に落ちていく。
どれほど泣いても大好きだった両親は二度と戻ってこないのだ。
あまりにも突然に訪れた別れ。何者かに城が襲撃されたため、部屋に隠れて騒ぎが収まるまで出てくるなと言われた。けれど両親の相手を説得する声や悲鳴が微かに聞こえ、心配になって王の間へと来てしまったのだ。
そして目にしたのは血染めになった両親の姿。
さよならも言うことが出来なかったあまりにも突然の別れ。
もしも自分が両親の傍にいることができたら、殺害を止めることはできずとも、自分の顔を一目だけでも見せることができたはず。
自らの力の無さを悔い、彼女は声が枯れそうになるほど泣き叫んだ。
そして長い時間が過ぎてようやく顔を上げると、彼女の目に飛び込んできたのは陽の光に照らされて鋭く輝くサラマンデスの剣の切っ先だった。
「選べ」
涙が収まり幾分か冷静さを取り戻したものの、肩で息をしているメープルにサラマンデスは冷酷に告げた。
「この国を我に渡すか、それとも両親と同じく死ぬか。どちらか選べ。
城の兵は半分は殺害し、残った兵は我に怯えて逃げ出すか、部下になった。
つまり、お前に味方は誰もいない。さあ、どうする?」
ギロリと濃い緑色の瞳で睨みつけ、勝利宣言ともとれる嘲笑を見せた。
「この国をあなたにお渡しします」
彼女は涙を拭いて立ち上がり、一三歳とは思えぬほどの毅然とした物腰で言うと言葉を続けた。
「ですが二つだけ条件があります。
一つはお父様とお母様の遺体を冷凍保存すること、もう一つは決して戦争をして国民を巻き込まないことです」
「その二つを守るのならば国を渡すと言うのか。小娘の癖に大した度胸だ。
よかろう、約束を守ってやる」
「……国民をよろしくお願いします」
それだけ告げると最愛の両親に別れのキスをして、そっと王の間を出て行く。
城を出る際に彼女に与えられたのは、僅かな金貨とボロボロの衣服だけ。
元王族とは思えぬほどの貧しい服装で、彼女は赤子の頃から暮らしてきた城を追い出された。
その日を境にラシック王国はサラマンデスが統治する国となった。
なぜ友好的だった魔王が配下を送って国を奪うような真似をしたのか、それはメープルにはわからない。
わからないことだからこそ、自分が直接魔王の城へ赴き、彼に直接問いたださなくてはならない。
国を抜け、山を登り、遥か下に見える国を眺め彼女は拳を握って胸に当てた。
「お父様、お母様。私が国を取り戻すまで、待っていてください!」
夜遅く。
魔王の城の王の間に一人の中年男性が入ってくる。
白髪のオールバックに金色の瞳、純白の軍服を着た長身痩躯の男だ。
顔には張り付いたような笑みを浮かべている。
彼は玉座にある音響機材に頭を下げることもなく、手にもったカードの束を斬りながら口を開く。
「我が主よ」
『その声はシャドウ=グレイ君、久しぶり! こんな夜遅くにどうしたのかな』
「魔王に耳に入れたいことがある」
『何かな。君が現れるぐらいだから、よほど重大なことなのだろうね』
「左様。俺の部下のサラマンデスがラシック王国を占領した」
『ええっ!? ラシック王国がサラマンデス君に乗っ取られたの?王様とお妃様は無事かな』
「サラマンデスに殺された」
『メープルちゃんは?』
「国を渡すとだけ告げてどこかへ逃亡している」
『どうしてそんな酷いことを! 私はあの国が大好きだったんだよ。
今週もモンブランでも注文しようかと思っていたのに』
「魔王の悲しみはよくわかる。あの国の菓子はどれも舌がとろけるほどの絶品だったからな」
『その通りだよ。だからこそ私はあの国だけは積極的に干渉しなかったんだ。
それなのにどうして今になって』
「サラマンデスの独断でやったことだ。魔王の名に傷は付かん。
奴がラシック王国を占領したのはジークの入れ知恵だとか。
何でも滝川麗とか言う異世界転生者を始末する作戦にラシック王国の支配は必要らしい」
『ラシック王国を占領して王族まで手をかけて、それで失敗したら魔力剥奪ってことを彼はわかっているのだろうか』
「奴もそれは理解している。だが魔王よ、魔力剥奪はどう考えても甘すぎる。
最低でも自害か、あるいは八つ裂きにして焼却炉に落とすべきだ。
使えない奴は肉も骨も溶かして消した方が他の部下の教訓になる」
『君はそう言って私が魔力剥奪した子や解雇して退職金を渡した子を消してきたじゃないか』
「代わりの者はいくらでもいるし、血飛沫や断末魔を聞くのは俺の楽しみだ。
その点は魔王も理解しているであろう。何、代わりの者はいくらでもいる」
『でも可哀想じゃないか』
「宜しい。ならば賭けよう。サラマンデスが滝川を始末できるか。俺が勝ったら奴を細切れ肉にして焼却炉に投げ捨てる。魔王が勝ったら奴の魔力を剥奪すればいい」
『それなら私は勝つ方に賭ける』
「俺は敗北する方だ。もっとも奴が戦死すれば賭けも無効で手間も省けるのだが。フフフフフフフフ……」
幽霊騎士の襲撃に遭うというハプニングもあったものの、その後にモンスター達が襲ってくる気配はなく、滝川は朝八時に起床した。
彼らの宿泊している部屋には日本のホテルと同じように洗面台と風呂が備え付けられているため、何より風呂を好む滝川は朝風呂に入って癒され、服を着替えて顔を洗い、歯を磨いて洗面所を出ると、ようやく川村が起きたところだった。
「川村君、おはよう!」
「おはようでござる……」
「どうしたの? 元気ないみたいだけど」
「拙者は朝に弱いのでござる。ところでお主、風呂に入ったでござるか」
「その通り。君も入った方がいいよ、すっきりするから」
「それがいいでござるな」
寝ぼけ眼の目を擦りながら、のそのそと入れ替えりになる川村。
彼が風呂に入っている間、滝川はベッドに腰を下ろし、まるで探偵のように顎に手を当てながら、あることを考えていた。
(どうして昨日の幽霊騎士はボク達を狙ってきていたのだろう。
食料や金目のもの目当てならばもっと他の人を狙うはず。
それなのにボク達をピンポイントで、しかもあれほど大人数で襲い掛かってきたということは、誰かの差し金かもしれない。だが、そうなるとボク達が寝ている時に刺客を送り込まなかったのは何故だ?)
考えてはみるものの考えれば考えるほど新しい謎が生まれる。
自分一人ではどうやっても答えに辿り着かないと結論付けた彼女は川村の風呂が終わるまで待つことにした。風呂から上がって滝川の疑問を聞いた川村は目を鋭く光らせた。
「実は拙者もそれを気にして夜中まで警戒をしていたのでござる。
けれども一向に敵襲の気配はなかったでござるから寝てしまったのでござるが」
「本気でボク達を殺めたいのなら寝込みを真っ先に襲うはず。
でもそうしなかったってことは、ボク達に幽霊騎士達を倒され手駒がなくなったか、ボクらをいつでも倒せるという余裕の表れ……」
「あるいは拙者らの実力を探る為に幽霊騎士を送り込み、どこからか監視しているのかもしれぬでござるな」
「その可能性も捨てきれないね。もっともその根拠もないからそうだとも言い切れないけど」
「今度敵が襲ってきたら、監視しているか否か訊ねた方がよいでござるな」
「でも相手にそれを見つかったら別の方法で攻めてくるかもしれない」
「何にしても次に敵が攻めてきた時でござるな。拙者達の考えすぎで、実際は盗賊の幽霊騎士集団が宿を襲おうとして、偶然拙者らを見つけて倒されただけということもあり得るでござる」
自分で言って満足気に頷く川村に滝川が訊いた。
「待って! それじゃあどうして奴らは君の名前を知っていたの?」
「拙者は世界を救った英雄の一人として学校の教科書にも活躍が載っているから、知っている人は誰だって知っているでござるよ。だからレストランの時も主人がお金を返してくれたでござろう」
「そうだったのか!」
先日、滝川は熟睡中の川村の財布を借りてレストランに入った。そのことがばれて川村に成敗されたが、会計の時に払ったお金は店主が川村の顔を見るなり返金してくれたのだ。
あの時から滝川はずっと気になっていたのだが、たんこぶの痛みやら歩いた疲労やらで訊くことができないでいたのだ。
「この宿の主人も君のことを知っているといいね」
「拙者を知っているのと無料にしてくれるのとは違う話でござる。
それに拙者も世間から遠ざかって長いことになるから、あの時の主人のようにはうまくことは運ばないでござろうな。それに、何でも知名度だけで美味しい思いをしようというのはあまり関心しないでござるよ」
「うん……そうだね」
無料で高級ホテルに宿泊し、好きなものを買い放題しながら旅ができると考えた滝川の落胆ぶりは顔によく現れていた。
川村の顔で宿代をまけてもらう訳にはいかず、通常料金を払って二人は宿を後にした。
休憩を挟みながら、彼らは確実に前へと歩んでいく。疲労が酷くなった時はエリザベスの背に跨り、歩くよりも数倍の速さで移動することができた。夜になっても宿屋らしいものは見つからないために野宿をして、食事は木に生えている果実を食べる日々が続く。当然ながら何日も風呂に入っていないために、滝川のストレスはピークに達していた。
前を歩く川村に滝川は眉をピクピクと動かし、不満げに聞いた。
「国はまだ見えないのかな。宿を出てからもう二週間になるけど、流石のボクも服が汗でベタついて限界だよ」
川村は振り返らずに答える。
「もう少しの辛抱でござるよ。ラシック王国に着いたら温かいお風呂に美味しいご飯にありつけるでござるから」
「もう少しってどのくらいなのかな」
「そうでござるなぁ……早くて二日、このペースだと三日ではつくでござるな」
「三日!? そんなにかかったらボクは枯れてミイラになってしまうよ」
「三日ぐらい入れないからと言ってミイラにはならないでござるよ。
それに最近は敵も襲ってこないし、涼しく食べ物や水にもありつけるでござろう。
拙者は砂漠と比べたら随分とマシと思うのでござるが、お主はどうでござるか」
宿を出て以降、どういう訳か敵の襲撃は一度もなかった。そのせいもあってか比較的楽な道中ではあったが、風呂に入れない現実は滝川にとってかなり堪えるものがあった。
砂漠では水も食べ物もなく、あるのはサボテンと砂地だけ。おまけに獰猛なオークが集団で襲ってくる地獄のような二日間は流石の滝川でも御免こうむりたかった。
「あのときと比べたらここが天国かと思えるよ」
「そうでござろう。それにお主、ロディ殿を生き返らせたいのなら頑張るでござる」
川村の言葉に、滝川は額の汗を拭って薄く微笑む。
「そうだね。ここでボクが泣き言を言っていたらロディに馬鹿にされる」
伝説の英雄の一人にして保安官であるロディは所属していたカイザー軍の隊長であるカイザーから滝川を守るようにと使命を帯びていた。
その命を守るべく彼は命を懸けて四銃士のサラマンデスから滝川を守り抜いたが、その代償として彼は死亡してしまった。
命を捨ててまで守り通した存在である自分が簡単に泣き言を言っているような姿を見たら、ロディはきっと失望するに違いない。
宝塚風の赤いコートのポケットの中に入れてあるロディの棺。
その中で彼は冷たい眠りに入っている。
初めて出会った異世界の友であり命の恩人。彼を蘇らせ、受けた恩を返すのだ。あっさりと旅の目的を捨てようとした先刻の自分を恥じ、彼女は自分の胸に手を当てて、改めて決意をする。
ボクはどんなことがあっても、必ずロディをスカルーボさんの手によって蘇らせてみせる!
川村の話では遅くとも三日では目的地であるラシック王国に到着するという。汗臭くなり美しさが損なわれるのは出来れば避けたいところではあるが、背に腹は代えられない。王国につけば満足するまで湯船につかればいいし、スカルーボさんもいるとのことだから、ロディも蘇って全ての問題が解決する。
旅の終わりを再確認したら、身体に力が漲ってくる。
「川村君、ボクは少し走ることにするよ」
「走ったら体力を消耗してバテるだけでござるよ」
呆れ気味に忠告する川村であったが、自分の世界に入り込んだ滝川の耳には届かなかった。
「今のボクは天馬よりも速く走れる!」
「滝川殿!」
「ハハハハハハハハ……」
川村が止めるよりも早く滝川は走り出し、その距離をどんどん引き離していく。このまま暴走してはぐれられても困るので、彼はエリザベスに跨り追いかけると、数百メートル先に立ち止まっている滝川の姿を発見した。川村は彼女の真後ろで馬を止め、棒立ちになっている彼女の肩を叩いて半ば呆れ気味に言う。
「だから忠告したのでござるよ。急に走ると疲れると」
けれど彼女は答えない。
何事かと思い彼女の背から前を覗き込んでみると、滝川の目の前には継ぎ接ぎだらけのボロボロのコートと頭巾を身に纏った小柄な人が倒れ込んでいた。
「先に走ったのは謝るよ。
でも今はそれよりも、この人を助けるのが先決だよ」




