川村の愛する人
「滝川殿、誤解してすまなかったでござる」
「謝らなくてもいいよ。誤解は誰にでもあるからね」
夜中の宿。川村は昼間の件を滝川に謝罪していた。
当初は滝川が自分の財布を勝手に使い込んだと思い彼女の話を聞く気にもなれなかった川村であったが、滝川の根気強い説明により誤解は解けた。
言われてみれば彼女が確認をとったような記憶もあるが寝ぼけていたので記憶が曖昧だ。けれど滝川は嘘を吐くような性格ではない為、この話は事実なのだろう。彼はこのように考え直し、先ほどの非礼を詫びたのだ。
「お主、頭は痛くないでござるか」
「フッ……たんこぶの痛みはとっくの昔に消えてしまったよ」
「改めてすまなかったでござる」
「いいんだよ。もう気にしないでも」
土下座までして謝る彼に滝川は優しく微笑み、言葉を付け足す。
「でも君がちゃんと起きているか確認しなかったボクも悪いね。これからは気を付けるよ」
「お主は何も悪くないでござる。この件は拙者に責任が――」
「ところでベッドの寝心地はどうかな」
あまりに謝られてもいたたまれない気持ちになるので、滝川は話題を変えた。
彼女らが宿泊している宿は全部で二部屋しかない小さな宿だ。
値段も決して高いと言う訳ではないが、トイレとお風呂、ベッドは付いている。
食事も食べ終わり風呂も入って二人は一つしかないベッドに横になったものの、時間が早いこともあってか眠る気にはなれない。そこで眠くなるまでお互いのことを話して相手をもっとよく知ることにした。
「川村君は好きな人とかいるの?」
「い、いきなりどうしてそんなことを聞くでござるかっ!?」
「声が裏返っているね、動揺している証拠だ」
「べ、別に拙者は動じてなどいないでござるっ!」
口ではそう言っているものの彼は耳の先まで真っ赤になっていた。
滝川は穏やかに笑うと、
「言いたくなければ言わなくてもいいよ」
「むぅ……誰にも言わないと言うのなら話すでござる」
「ボクは他人の秘密を簡単に話すようなバカじゃない。
これでも約束は必ず守るよ。それにこの世界でボクが親しいのは君だけだから、そもそも話ができるほど親しい人が君以外にいないんだけどね」
その言葉に安心したのか、川村は首に下げているロケットを外し、滝川に手渡す。承諾を得て中を開けてみると、中に入っていた人物を見て、滝川は目を丸くした。
緩くウェーブのかかった茶色のロングヘアに光沢のある桃色の瞳に尖ったエルフのような耳が特徴の美少女で、探偵が着るインバネスコートを着用している。
「悔しいけど、凄い美人じゃないか!」
滝川は容姿に関して他人を褒めることは滅多にない。それは自分が常に一番という過剰な自信からきているのであるが、その滝川が認めざるを得ないほど、ロケットの写真に写る少女は美しかった。
「この子が君の好きな人?」
川村はこくりと頷く。
「告白はした?」
「まだでござる」
「じゃあ想いを伝えないと! ボクも応援してあげるから、彼女に想いを伝えてみようよ!」
「それは永遠に叶わぬ夢でござるよ」
「……どういうこと?」
「彼女はもうこの世にいないのでござる」
彼の一言に滝川は口を抑え。
「ごめん。悪いこと聞いちゃったね」
「もう昔の話でござるから気にしていないでござるよ」
「嘘。気にしていないなら、その目の下の雫は何かな」
「え?」
滝川に言われて目の下に触れると、指先には透明な雫が付いている。
川村は信じられなかった。自分が泣いているという事実に。
「自分でも知らないうちに涙を流すとは、拙者もまだまだ女々しいでござるな」
「そんなことない。大好きな人を失った悲しみはそう簡単に消えるものじゃない。涙を流すのは当たり前だよ」
「……そうでござるな」
「もし君さえよければ、話してくれるかな。彼女のこと。悲しい過去も二人で共有し合ったら、少しは楽になれるかもしれないよ」
「……滝川殿の言う通りかもしれぬでござるな」
川村は涙を拭き一呼吸置いてから、彼女のことを話し始めた。
ソフィアは川村と同じく、滝川の祖父カイザーに仕えた少女である。
一三歳ながらその頭脳は『時代の三百年先を見通す』と言われるほど優れ、彼女の才を欲した当時の魔王が自らの部下にならないかと勧誘をするほどだった。
だが彼女にはたった一つだけ欠点があった。
一日の食費が五万スター、男性一〇人分もの食料を朝食に食べてしまうほどのとてつもない大食いだったのである。
魔王の城に招待された際に城の食べ物を残らず食い尽くしてしまい、魔王の怒りを買ってしまう。
彼女の危機を救ったのがカイザーであり、それからと言うもの、彼女はカイザーに絶対の忠誠と深い愛を誓うようになった。
頭脳を生かしてカイザー軍の参謀として活躍。
魔王の侵攻を悉く潰し、魔王軍攻略に大きく貢献した。
ソフィアの想い人は永遠にカイザーであり自分ではない。永久に自分ではカイザーの代わりは努められない。川村はそれを理解してはいたが、それでも彼女への恋心を消すことは出来なかった。
恋が叶わないのならせめて、彼女を危険から守り抜こう。
そんな川村の気持ちを知ってか知らずか、ソフィアは彼を買い物に誘ったり、お礼として頬にキスをしたりと思わせぶりな行動をとったこともあった。
川村にはそれは彼女なりの感謝の表れで恋愛感情など皆無であることはわかっていた。わかってはいたのだが、胸の高鳴りや天にも昇る嬉しさを抑えることは出来なかった。
しかしカイザーがこの世界の王として君臨した五年後に悲劇が起きる。
突如としてカイザーの右腕とまで信頼していた男が反乱を起こし、それに巻き込まれて仲間共々殺されてしまったのだ。
異変に気づいて川村が駆けつけたが、既に遅く裏切り者の手により切り付けられ、ソフィアは重傷を負った状態であった。彼女の元へ走りより、傷口を抑えながら彼は強く言う。
「しっかりするでござる!」
「ごめん、川村君。私、もうダメみたい……彼を許してあげて……」
その言葉を最後にソフィアは息絶えた。
ソフィアの亡骸を優しく床に寝かせ、キッと彼女の敵を見据える。
「お主だけは生かしておけぬ!」
己の全ての力を出して裏切り者に向かって行ったが実力差は如何ともし難く、彼は敗北。
結局のところ川村は最愛の人を自らの刀で守ることが出来なかった。
裏切り者との実力差が地上と太陽ほどあったせいなのか、それとも怒りと悲しみで冷静さを欠いたことが敗北へと繋がったのか、それはわからない。
ただひとつ確かなのは、自分が最愛の人と仲間を一度に失ったということだけだ。
「生き残った者は拙者、ロディ殿、カイザー殿だけでござった。
ただ一人、遠い昔に封印された男を除いては。
あの日だけで無敵を誇ったカイザー軍の主力が八名も削がれ、カイザー殿も拙者らを反乱軍に人質にとられ異世界追放の身になったのでござる」
「……」
「拙者は三百年先を見通せるほどの頭脳があるソフィア殿が、あの反乱を見通せぬはずはないと考えているのでござる。彼女は何か考えがあって敢えて敵の手にかかった――そうでなければソフィア殿が討たれるなど、どう考えてもあり得ぬのでござる」
「それじゃあ川村君はその人に復讐する為に生きているの?」
「当然でござる。奴がなぜ裏切ったのかはわからぬでござるが、仲間とソフィア殿の無念を晴らさぬ限りは拙者は死んでも死にきれないのでござる!」
布団の上に立ち、拳を堅く握りしめる川村。
ふと目線を下におろすと、滝川は既に毛布を被って深い眠りについていた。
「全くお主は」
肩をすくめて自らも就寝しようとした時、彼の猫耳が遠くで草叢をかき分ける音に反応した。殺気と悪寒で、自らと滝川に重大な危機が迫っていることを察する。
「先手必勝でござる!」
空いている窓から勢いをつけて軽々と飛び降り、着地。
川村達が借りた部屋は二階ではあるが猫の如き俊敏性と柔軟さを持つ彼にとっては訳の無いことである。
そのまま彼は音がした方向に忍び足で接近していき、刀を引き抜くと敵がいると思しき場所へ一閃を浴びせた。背を斜め袈裟斬りにされた相手は一体の幽霊騎士。
幽霊騎士は消滅したが、川村は周囲を取り囲むようにして三〇人は下らないという幽霊騎士軍団に囲まれてしまう。
彼らは剣を持ち、怨嗟の咆哮を上げている。
「お主ら、拙者と一戦交えるつもりでござるか!?」
「カワムラ……コロス!!」
「カワヲハギトリ、ニクヲクラウ!」
川村は一体ずつ幽霊騎士達を撃破していく。けれど大立ち回りを一人で続けているうちに体力は尽きかけている。まだ二体も幽霊騎士を残してはいるが彼は肩で息をし、額から汗がダラダラと流れ、足元はおぼつかない。
「シネーッ!」
好機と見た幽霊騎士たちは剣を振り上げ川村に止めを刺そうとする。
しかしそれを防いだのは滝川だった。
パジャマ姿の彼女は所持していた袋に入れた塩を幽霊騎士にばら撒くと、彼らは苦悶の声を上げつつ消滅した。
「川村君、大丈夫?」
「助かったでござる……」
滝川は自らの肩を川村に貸して部屋へ戻ると、宿屋の主人に頼んで魔法つかいを呼んでもらった。
この世界では「誰でも格安で怪我を治せるように」という魔王の政策により、魔法つかいはどのような怪我であれ一万スターを超えない範囲で治すようにと法律で義務付けられている。レストランで滝川の治療費が驚く程安かったのもその為なのだ。
魔法つかいの呪文によって疲労と負傷が回復した川村は、滝川の隣で横になる。
一緒に眠ろうと滝川が提案したのだ。
川村は先ほどの騒ぎのせいで眠る気が起きなくなったので、以前から気になっていた疑問を滝川に言ってみた。
「お主は恐怖を感じないのでござるか」
「え?」
「拙者が闘っていた相手は幽霊騎士と呼ばれる騎士の亡霊でござる。並の精神をした人間ならば拙者を助けず宿で怯えているはずでござる」
「そ、それは君が友達だから助けないといけないと思って体が勝手に動いたのさ」
「それだけではござらぬ。拙者と会うまでの旅路でオークと闘ったり、ゴブリンから少女を救い出したりしたと話していたではござらぬか。
もっと言えば拙者と初めてあったあの時、お主は生身の人間であるにも関わらず魔物の騎士と対決していたでござる。
これはお主が稀代の英雄、カイザー殿の血を継いでいることを差し引いても説明できないことでござる。
拙者の見当違いでござったら謝るが、お主、拙者に何か隠し事をしているでござらぬか?」
「川村君には気づかれてしまったか。ロディはわからなかったんだけどね」
滝川はため息をひとつ吐いて右を向きいつもの笑顔を川村に見せる。
けれどその顔は普段とは違う暗い影を感じさせるものだった。
「君の言う通り、ボクは恐怖や不安を感じない」
はっきりとした声で言い切った滝川に川村は大きな瞳を更に大きく見開いた。
川村は出逢った当初から彼女に対し若干の違和感があった。けれどその正体が何かはわからず悶々とした時を過ごし続けた。けれども彼女が幾度も修羅場を乗り越える様を聞いたり見たりしているうちに、違和感の正体に気づき始める。
この女子は恐怖を感じない精神の持ち主ではないか。
果たして彼の予感は的中し、彼女は自らが抱いていた懸念と同じ言葉を口にしたのだ。
けれど同時に新たなる疑問が川村の頭を掠める。
普通の人間には絶対にあるはずの不安や恐怖の感情。
それがどうして彼女には存在しないのか。
オークや幽霊、更には紅騎士サラマンデスにでさえも一歩も引かずに立ち向かう姿勢を見せるほどのメンタル。
間違いなく彼女は一切の恐怖や不安を感じていない。
だが、何故だ?
何故彼女は不安や恐怖を感じないのか。
まさか――
無言で頭を回転させていた川村はひとつの答えに辿り着く。
けれどもそれは決して自らの口では訊けない問いかけだった。
黙っている川村の答えを見透かすように彼女は口を開いた。
「ボクがどうして不安や恐怖を感じないのかなって君は思っている。
そうでしょう?」
「その通りでござる」
「ボクも昔は普通に恐怖も不安も感じる女の子だったんだよ。
そう……あの時までは。
ボクの家族が皆殺しにされたあの日の、あの瞬間まではね――」
つぅっと滝川の瞳から透明で光り輝く雫が流れ、彼女の細い顎を伝ってパジャマに沁みを作る。
そして滝川は物語を語って聞かせるかのような穏やかな澄んだ声で、自らの過去を打ち明けた。
滝川はフランス人の母親と日本人の父親と共に日本で暮らしていた。
両親はパン屋を経営しており、お客さんの絶えない人気店であったこともあってか暮らしぶりはよく、滝川は両親の愛情を一杯に受けて成長した。
一〇歳から読み始めた男装をした少女が活躍する少女漫画の影響で、いつしか一人称が「私」から「ボク」に、口調も男性的なものとなったが両親は別に咎めたりはせず、風変りながらも愛する娘を見守り続けた。
そして中学二年生の七月に悲劇は起きた。
彼女が学校へ行っている最中に、両親の店へ訪れた強盗により、愛する父親と母親が殺害されたと言うのだ。
急いで家へ帰った滝川が見たものは、大勢の野次馬とパトカーや救急車、そして二度と目を開くことのない両親の変わり果てた姿だった。
「わあああああああッ!」
滝川は大雨が降りしきる中声が掠れるまで泣き叫び、気づいた時には彼女の心の中から恐怖と不安という感情が抜け落ちていた。
暫くはショックのあまり食事も摂らず会話もできず、別人のようにやせ細り、目の下に隈ができるほど憔悴しきっていた。
そんな彼女を救ってくれたのが母方の祖父であるカイザーで、彼は孫娘を引取り、両親に負けず劣らずの深い愛情でもって彼女の心と体に光を与え続け、見違えるほどに回復させたのだ。
けれど彼の愛情をもってしても、失った感情が戻ることは決してなかった――
「これがボクの過去のお話。それじゃあ、お休み」
川村が何かを言おうとするのを遮り、一方的に部屋の電気を消して眠ってしまった。これは彼女の防衛機制なのかは川村にはわからなかったが、彼女の秘密を知ってしまった以上は彼女に無謀な行いをさせて傷を負わせる訳にはいかないと静かに誓った。




