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サラマンデスのため息

魔王の城に帰還した紅騎士サラマンデスは落胆していた。

ロディの始末には成功したが川村の妨害があったために、標的である滝川を逃がしてしまったのだ。

無論、煙玉の煙が晴れた後に彼は捜索に乗り出したものの、既に時遅く、辺りに彼らの姿は見つからなかった。

それはこれまで一度として対象者を逃したことのない彼にとっては屈辱だった。

今回の成果を魔王に報告すれば失態を犯したとして無事では済まないだろう。

だが彼は自らの成果に嘘を吐くような真似はしたくなかった。

奴らに逃げられたのは全て自分の実力が不足していたからだ。

もう一度闘えるチャンスがあれば不覚を取られるような真似はしない。

もっともそのチャンスが与えられたならの話だが。

彼は魔王の城の泉の淵に腰を下ろしてため息を吐く。

すると近くの方からカチャカチャという金属音が聞こえてきた。

これは鎧を着こんでいる音だ。まさか敵が城内に侵入したのでは?

警戒の色を強め、剣の柄を握る彼の前に現れたのは、青い鎧を着た少女だった。


「ため息を吐くなんてあなたらしくないですね。私でよろしければ相談に乗りますよ?」

「ジークか」


氷騎士・ジーク=フリーザード。魔王が抱える直属の部下、四銃士の紅一点。

男性風の名前ではあるが性別は女性。

蒼い龍を模した鎧を着て、絹のように柔らかく滑らかな鮮やかな青色のロングヘアと紫色の瞳が特徴の美少女である。しかしその実態は触れただけで相手を瞬く間に凍らせることのできる強大な力を持ち、可憐な外見に似合わず、これまでに千人もの異世界転生者を倒してきた。

彼女はサラマンデスの傍に腰を下ろして口を開く。


「もしかして、異世界転生者に逃げられてしまったのですか」

「そうだ」

「百戦錬磨のあなたが逃げられるとは、相手は余程の手練れのようですね」

「我が未熟だったのだ」


サラマンデスは淡々とした語りで事の顛末を話す。

砂漠方面に偵察に行ったら滝川麗という少女が異世界から飛ばされてきたこと。

すぐには行動を起こさずオークをけしかけ実力を探ろうとしたら、伝説の英雄の一人、ロディが彼女を護衛しておりオークは全滅。

その後ロディは殺害したものの大きく体力を削がれた上に、川村猫衛門という侍が割って入り、滝川を逃がしてしまったこと。

全てを話し終わると、彼は泉の淵に手を突いて立ち上がる。


「今のお話を魔王様にご報告なさるおつもりなのですか」

「結果がどうであれ報告しなければならない。それが掟だ。

たとえそれで命を失うことになろうとも、我が未熟だったから起きた結果だ」


魔王は強大な軍隊を所有している訳ではなく、武力は僅か四人しかいなかった。

それは魔王が自ら人選したメンバーで固められており、莫大な報酬と名誉を得る代わりに強大な責任感が付きまとう。

彼らの敗北=魔王の敗北と同意義であり、一度でも敗北したメンバーは即自害という掟になっていた。

これまでに魔王の期待に応えられず散って逝った者は数知れない。

自害を恐れ、魔王の右腕と称される四銃士の司令塔の拷問を受け死んだ者、異世界転生者に敗れ、死んでいった者――その度にメンバー交代が行われてきた。

唯一交代がないのは司令塔の人物だけである。

サラマンデスとて四銃士の厳格な掟は熟知していた。

けれどもそれを承知で狭き門を潜り抜け入隊したのには、彼の家族が異世界転生者の手によって「自分の力を見せつけたい」という動機で皆殺しにされたからだ。彼はまだ小さく洞窟の奥で怯えていた為助かったのだ。


「それから二十数年。愚劣な異世界転生者共への復讐だけを糧に生きてきたが、命運は尽きたらしい」


ひとり呟き振り返る彼の顔には自嘲的な笑みが浮かんでいた。

そして彼は前を向いて再び歩き出す。


「お待ちください!」


凛とした声で彼を呼び止めたのはジークだった。

彼女が声と共に発した冷気で泉の水、地面、花々は瞬時に凍り付き、更にはサラマンデスの足元も凍り付いてしまい、彼は動きを封じられる。


「なぜ我を止める?」

「お友達が命を失う様を黙って見ている訳にはいきませんもの」

「我と共に魔王様のおられる王の間に行くと言うのか」

「はい。わたくしもあなたにお供して、魔王様を説得してみます」

「お前の気持ちは嬉しいがそれは無理と言うもの。お前が説得したところで掟は変わらぬ」


すると彼女は首を横に振り、澄んだ紫の瞳で紅騎士を見据えると、彼の大きな手を小さな両手で包み込み、妖精の如き可憐な微笑みを見せる。


「だいじょうぶです。私に任せてください」


サラマンデスとジークは共に魔王の王の間へと向かう。

王の間は広く、その奥には宝石で飾られた玉座が置かれている。

けれど玉座には魔王の姿はなく、代わりに一台の音響機材が設置されていた。

魔王は人付き合いを好む性格ではなく、人前にも滅多に姿を現さない。

それ故に命令や部下との会話も音響機材を通じて行われるのだ。

滝川の祖父によって近代化したこの世界にとって音響機材は当たり前に存在するが、それが魔王が使うというのは現・魔王が即位するまで一度もなかった。

紅騎士と氷騎士は拳を床に突けて跪いて魔王への忠誠を表す。


『親愛なる四銃士のサラマンデス君とジークちゃん、おはよう!

朝早くから魔王の間に来るなんて珍しいねぇ! 会えて嬉しいよ!』


音響機材の中から高く明るい声が飛び出してきた。

それが全世界を手中に収める魔王の声なのだ。

彼の声を聞いた誰もが魔王という称号とその声の明るさにギャップを禁じ得ない。魔王の声を幾度か聞いている二人にとっても、その違和感は拭えずにいた。


『それで、どうしてここに来たのかな』


魔王の問いにサラマンデスは生唾をごくりと飲み込み、顔を上げる。

報告を済ませば自分の命はないだろうが、仕えた主に嘘を吐くことだけはしてはならない。彼は覚悟を決め、自らの失態を報告した。


「申し訳ございませぬ。先頃、異世界転生者の討伐に失敗致しました」


彼の発した一言に魔王は何も答えない。

約一分間、時間が停止したかのような静寂が起きた後、魔王の声が告げた。


『自害しなさい』


先ほどの陽気な言動から一変し、魔王の称号に相応しく威厳のある声が辺りに響く。

サラマンデスは言われるがままに自らの剣の柄に手を添えるが、それを制止したのはジークだった。

彼女は紅騎士を見つめて頷くと、毅然とした物腰で声を上げる。


「お待ちください魔王様! 紅騎士はこれまでに千人もの異世界転生者を殺害した業績がございます。

その上、今回の任務失敗はロディと川村猫衛門という伝説の英雄の妨害があったと聞いております」

『それは本当かね』

「左様でございます。二人もの妨害に遭った上に相手は伝説の英雄です。彼らを相手に互角以上に闘い、そのうちロディを始末するという大殊勲を挙げております。彼のような逸材をみすみす自害させるのは、あまりに惜しいのではないでしょうか」

『では私にどうしろと』

「今一度チャンスをお与えください。次は私も彼と組んで出撃致します。

一人が駄目ならば二人で闘えば確実に敵を倒せます!」

『……』

「万が一、任務に失敗した場合は私の首を差し上げます」

『わかった。そこまで言うのなら自害は取り下げてあげるよ。

ただし、次も失敗したら君達の魔力は剥奪ね。

正直言って部下に自害をさせるのは私の本意ではないけれど、君達の上司が煩くてね……だから、今回の件は保留しておくよ』

「寛大な処遇、感謝いたします!」

『期待しているよ』


それだけ言って声はプツリと切れた。

ジークとサラマンデスは立ち上がり、颯爽と魔王の間を去る。

目的は滝川の命を奪う為だ。

けれどその前にすべきことがある。

美しき氷騎士の少女は顔に冷笑を浮かべた。


「滝川麗さん、まずはあなたの実力、試させていただきます」

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