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スライムは美味しいのか

旅支度を終えた二人はロディを生き返らせる旅に出発した。

川村の案内で森を抜けると河原へ着いた。

橋はかかっていないため、泳いで渡るしかない。

荷物はスカルーボの指導により幾つかの魔法が使用できる川村がポケットサイズの大きさと軽さにしたから問題はない。


「この川を抜けた先に街があるんだよね。今日はたくさん歩いたしお腹も空いたから、早く街でレストランにでも入ろうよ」

「そうでござるな……」

「決まりだね!」


言うが早いが滝川は川へと飛び込みすいすいと泳いでいき、あっという間に川の向こう側へとたどり着く。滝川は泳ぎが得意なのだ。

川村は水に入るのを躊躇っていたが、意を決して水の中へとジャンプ!

しかし水中で手足をバタバタさせたものの、すぐに沈んでしまう。

その場で何度も必死に手足を動かし浮き沈みを繰り返す川村の様子に、流石の滝川も異変を感じとった。

急いで川にダイブして彼のところまで泳ぎ、ぐったりしている彼の手を引っ張り川岸へと連れて行く。


「拙者、泳げないのでござるよ」

「だからさっき浮かない表情をしていたんだね、泳げないだけに」

「つまらないダジャレを言ってほしくはないでござるよ」


極度の緊張と体力消耗から解放された川村は、そのまま睡眠につく。


「後はボクに任せて。君が起きている頃には街についているからね」


時刻は正午過ぎ。熱い日差しが滝川の真上に降り注ぐ。

彼女は背に深い眠りに落ちた川村を背負っている。二人の濡れた服は太陽光ですっかり乾いていた。

砂漠の灼熱の太陽に比べるとずっとマシであるがやはり日焼けは避けたい。

そこで彼女はなるべく日陰を歩きながら街を目指す。

川を超えた街の道のりは平坦で綺麗に整備されていた。


「これならモンスターも出ないよね」


今の滝川は背中に川村を背負っている。

この状態では闘うこともできないし、逃げるにしてもスピードが殺されてしまう。できることなら今だけはモンスターと出くわしたくはない。

そんな彼女の願いを知ってか知らずか、前方にピンク色のゼリーのような物体が現れた。


「巨大ゼリーがこんなところに。丁度お腹が空いていたんだ。

誰だか知らないけれど感謝するよ」


滝川は空腹もあってか巨大ゼリーに噛みつく。

が、あまりのまずさに口を離して食べたものを吐き出した。


「なんて不味いゼリーなんだ!」

「人を食べておいて失礼な言い方じゃないか」

「ゼリーが喋った!?」


巨大ゼリーは滝川の目の前で人型に変化した。

ピンク色こそ変わらないが首なし騎士の姿は強そうだ。


「俺はスライムのゼリマン。気軽にゼリリンと呼んでもいいんだぜ?」

「フッ……不味いゼリーの分際でよくそんな偉そうな態度を取れたものだね」

「俺はゼリーじゃねぇよ! スライムだ!」

「ああ、小学校の頃に理科の実験や自由研究で作ったアレか」

「俺達を作っただと。人間ができもしないことを言うなぁ!

だが、そんなことはどうでもいい。貴様と後ろに背負った獣人は、俺の餌となるのだからな!」


ゼリマンは腰の鞘から剣を引き抜き、滝川に斬りかかる。

だが滝川は微動だにしない。


「馬鹿め。恐怖で体が硬直したか。死ねぇーッ!」






プルン。






間の抜けた音がして、滝川の頭頂部に命中した剣は砕け散る。


「馬鹿な。貴様は石頭か!」


滝川は青い瞳を光らせ微笑する。


「フフフフ。柔らかいゼリーの君の剣でボクにダメージを与えることは不可能さ」

「小癪な! 餌は餌らしく俺に食われればそれでいいんだ」

「君は不味い。店に並べられても誰も買わない失敗作だ。

そんな君にボク達を食べ物呼ばわりされる資格はない!」

「こいつ、どこまで俺を愚弄すれば気が済むのか」

「悪いけどゼリー君、ここを通させてもらうよ。

君を食べた口直しにレストランに食事へ行きたいんだ」

「通りたいのなら俺を倒してから行くことだ」

「甘味の君が人間であるボクを相手にできると思うのかい」

「疑うのならかかってきやがれ!」

「無駄な争いは避けたいのだが、君がその気ならば仕方がない」


滝川は傍に川村を下ろし、拳を握って突進。

そして彼の胴体に何発もの拳を撃ち込んでいく。

ゼリマンの身体は凹んでいくものの、本人は笑っている。


「何ィ! ボクのパンチが効かないと言うのか!?」

「スライムの俺に打撃は一切効かねぇぜ」


すると彼の右腕が槍状になる。


「食らえ、スライムランサー!」

「ぐはっ……」


槍の一撃を受け、滝川は腹を貫かれる。



「今度は俺に食われてみるか?」

「なぜ……さっきは効かなかったのに!」

「俺の身体はゴムのように柔らかくも鋼鉄のように堅くもできる。

先ほど砕けて見せたのはお前を油断させるための演技だったんだよ」


食われてみるか。

ゼリマンの発した一言が恐ろしい響きをもって滝川の耳に入る。

これまで出会ってきた魔物達――オーク、ゴブリンは滝川から身ぐるみを剥ぎ取ろうとする者ばかりであった。けれどこの不味いゼリーは違う。

彼はボクを食料として認識している。首のない身体でどうやって食べるのかはわからない。もしかすると飲み込む時に姿を変えるのかもしれない。

ただ一つ確実なのは、自分の腹の辺りに鋭い痛みを感じることと、刺された箇所から大量の血が流れていることだけだった。

ゼリマンの刺した槍から身体を引き離そうにも、彼がしっかりと槍の柄を握りしめ、槍先が完全に身体を貫通している為に引き抜くことができないのだ。

もし力づくで抜いたとしても、この先動ける保証はない。ならば、この状態で反撃できる術を考えなくては。

滝川が一矢報いる術を必死で思考を巡らしている中、ゼリマンは首のない鎧の中から笑い声を上げた。


「さてどうするかねえ。俺がこのまま剣を引き抜いて、もう一度振ればお前の身体は真っ二つになるぜ」


今はゼリマンが槍を刺したままにしているから、激痛であってもどうにか膠着状態を維持できている。

しかし彼が槍を自分の身体から抜いて突き刺しにくればその時が間違いなく自分の人生は終わるだろう。

全ては彼の気分次第。

川村はこのような状況下にあっても「もう食べられないでござる」などの寝言しながら眠りこけている。恐らくこの調子では彼はボクが死んだとしても目覚めることはないだろう。

視線を自らの服の右胸ポケットに落とす。

そこにはロディの棺が入っている。

彼を生き返らせる目的で始まった旅路。

その第一歩を出来損ないのゼリーに阻まれてしまうのか。

滝川の額から冷たい汗が流れ、顔からはいつもの微笑が消える。

動けるのは自分だけ。他人に頼ることはできない。

このゼリーの化け物を倒せる相手は今、自分以外にいないのだ。

ゼリマンは一向に槍を抜き取る様子を見せない。

どうやら膠着状態で我慢比べをして、出血多量で意識が朦朧とし動けなくなったところに一気に止めを刺す算段らしい。

首がないので相手の表情はわからないが、舐められていることは確かだった。

彼の笑い声がそれを物語っている。


「どうした、もうお終いか。俺を散々ゼリーだの失敗作だのと大層な口を効いた割にはてんで大したことないな」


滝川は彼を鋭く睨みつけ、歯を食いしばる。

食べ物に馬鹿にされたことが悔しくて溜まらないのだ。

彼女は風変わりな服装と言動、自己陶酔の多い性格上、これまで多くの人から嘲笑の対象となってきた。

それでも不屈の闘志でそれらを弾き返し、周囲と同じ色に染まることを良しとしなかった。

人間相手にならある程度なら笑って許せたかもしれない。

けれど今回の相手は食品。しかも味の悪い失敗作。

そのようなものに蔑まれムザムザと死んでいくのは屈辱だ。

槍の傷が元で死んでいくとしても、このゼリーにだけは負けたくはない。

滝川の心の中に闘志の炎がパッと燃え上がった。

必ずこの男を倒してみせる。そうしないと、ボクを庇って死んでいったロディに申し訳が立たない。だが、どうやって?

するとここで彼女の脳裏に一つの閃きが起きた。

彼がゼリーだとすれば、この方法は通用するかもしれない。

彼女はズボンの左ポケットに手を伸ばし、中を探る。

ポケットの中には川村がミニサイズにしておいた鞄が入っており、それを器用に片手だけでジッパーを外して目的のものを手探りで探し当てる。

取り出したのは酒瓶だった。


「ほう。死ぬ前の酒という訳か」


相手の言葉に耳を貸さずに栓を抜いて、瓶を上に傾け、中身を口に注ぐ。

それを飲み込まずに口に含んだまま瓶をポケットに収納する。続いて取り出したのはライターだ。


「まさか、貴様!」


ここにきて滝川のしようとしていることを察し、慌てて槍を脇腹から引き抜く。

槍は真ん中の辺りまで滝川の血で塗れており真紅に染まっている。

それをリスのように両頬を膨らませた滝川を一突きにしようとするが、初動が遅かった。

滝川はライターの火を着け、口に含んだ酒を吐き出したのだ。

強烈な火炎放射と化した炎は目前のゼリマンに引火。

彼の身体を山吹色の炎が包み込む。


「ぎゃあああああ…」


河原をゴロゴロと転がりのたうち回って悶絶する首なし男は、形状を維持できなくなり、元のゼリー状態に戻る。

滝川は口に残った酒をペッと吐き出し、爽やかな笑顔になった。


「君は焼きプリンになった方がお似合いさ」


ピンク色の身体が徐々に黒く変色していき、先の方から消滅していく中、ゼリマンは怨嗟の声を上げる。


「おのれ、早くに止めを刺していればこんなことには……こうなったらお前を道連れにしてやる!」


残る最後の力を振り絞り、再度ゼリマンは首なし騎士の姿をとる。

そして千鳥足になりながらも、自分に一矢報いた敵に近づいていく。

手を大きく広げ仁王立ちになる姿勢をとると、そのまま滝川に覆い被さろうと試みる。体格差では大きく劣る上に敵は炎を纏っているのだ。

何もせずに相手に抑え込まれては文字通り死の道連れとなるだろう。


「そうはいかないよ」

「何!?」


彼女は燃え盛るゼリマンに巴投げを仕掛け、彼を川へ投げ飛ばす。

水飛沫を上げて川に着地した彼は尚も立ち上がろうとするも、ダメージに体の負担が耐え兼ね、身体の節々から火花が散る。

死期を悟った彼は万歳をして叫んだ。


「魔王様に栄光あれぇーッ!」


それは彼が魔王配下であることを意味していた。

そして、その言葉を最後にゼリマンは盛大な水柱を上げて大爆発した。

水蒸気が晴れた後には、ゼリマンの肉片ひとつ残ってはいなかった。


「君がもう美味しければボク達はこんな虚しい闘いをせずに済んだんだ」


滝川は眠っている川村を担いで再び歩みを進める。

一〇分ほど歩くと街に着いた。

西洋風建築が軒を連ねるお洒落な街だ。


「川村君、街に着いたよ。早速ご飯にしようか」


だが川村は答えない。彼はまだ寝ていたのだ。


「しょうがないね。じゃあボクだけ美味しいランチを食べちゃおうかな」


悪戯っぽく言ってみるが彼の反応はない。

滝川はブラブラと歩きながらレストランを探す。

彼女の腹が「ぐうぅ」と鳴った頃、ようやくレストランが姿を見せた。

赤い屋根がお洒落な建物だ。滝川は川村をレストランの入り口付近に置き、店の中へと入る。

店内は高級フランス料理店のような佇まいだった。

広く、壁も天井も床も白で統一されており、店の清潔感が一目でわかる。

席に着こうと空席を探し見渡していると、不意にウェイターに声をかけられた。


「あの、お客様」

「どうかしたのかな。もしかして満席で座れないとか」

「当店では重傷者を入店させることはできません」

「何を言っているのかな。ボクは至って元気だよ」

「ですが顔は真っ青で、お腹から大量の血が流れておりますが」


滝川は表面こそ平静を装っているものの、実際の負傷度は予想以上だった。

その証拠に彼女の腹から流れた血が彼の通った場所に赤い跡を付けていた。

ゼリマンとの闘いの後、彼女は腹に刺さった槍を引き抜き、胴体に大穴が開いた状態で川村を背負って街まで来ていたのだ。

普通の人間ならばとっくに死んでいるのだが、彼女はそれでも生きていた。


「魔法つかいを呼びましょう。店内が血糊で汚れても困りますからね」

「ボクなら問題ないよ。傷はいいから食事がしたいんだ」

「まずは傷の治癒が先です。ここで死なれては困りますので」

「それもそうだね」


レストランに呼ばれた魔法つかいの老婆は滝川に治癒魔法をかけて去っていく。

治療代には二〇〇〇スターかかったが、背に腹は代えられない。

「スター」はこの世界の通貨で、星があしらわれた紙幣のことだ。

価値は日本円にして一枚一〇〇〇円程度。つまり二〇〇〇円かかった計算になる。

因みに金は寝ている川村から借りた財布で払っている。

滝川は寝言に乗じて確認をとり、彼から財布を借りたのだ。


「傷も塞がったし、思う存分食事をしようかな」

「お客様、もう少し安静になされた方がよろしいのでは?」

「お心遣いありがとう。でもボクはもう大丈夫だよ。

早速ここのフルコースを注文したいんだけど、いいかな」

「……かしこまりました」


ウェイターは冷や汗をかきながら注文を厨房へと届けた。


「川村君も起きてくればいいのに。でも眠りたいのだから起こしちゃ悪いよね」


滝川は心を躍らせながら料理が来るのを今か今かと待ちわびる。

それから一時間が経過した。

彼女がオークの丸焼きに舌鼓を打っているころ、ようやく川村は目を覚ました。

大きく伸びをして辺りを見渡す。どうやら目的地に着いたらしい。

けれど肝心の滝川が見当たらない。


「滝川殿、どこへ行ったのでござるかー?」


名前を大声で呼んでみるも返事はない。


「おかしいでござる。どこへ行ったのでござろうか」


そこで川村は目を光らせ普段の数倍の視力を発揮する。

猫目を使えば彼女がどこにいるのかわかると思ったのだ。

ふと、その視界が目前のレストランを捉える。

まさかここの中にいるはずはない。

彼女は金を持っていないのだから料理が食べられるはずがない。

しかし万が一の可能性もあるため、店の外から眺めていると、店の奥――窓側の席に美味しそうなケーキを食べている滝川の姿を発見する。


「なぜでござる!? どうして滝川殿が?」


疑問が頭を掠めたと同時に彼は自分の身体が軽いことに気が付いた。

袴のポケットに手をやると、あるべきはずの財布がない。

盗られたのだ。だが一体誰に?

思案した彼はケーキを頬張る滝川を見て最悪の出来事を考えた。

まさか、滝川殿は拙者の金を使って料理を食べているのでは。

そうでなければあれほど贅沢な食事にありつけるはずがない。

仮にも主と認めた男の孫だったとしても、この振る舞いは断じて許せぬ。

川村は怒りで全身を震わせ、店の扉を勢いよく開ける。

そして滝川のいる席に超高速で接近すると、目をギラギラと光らせた殺意全開の表情で拳の骨をポキポキと鳴らす。


「か、川村君! どうしたのかな、そんなに怒って」

「とぼけても無駄でござるよ」


川村の一言に滝川は全身冷や汗ダラダラ。顔の笑みもひきつっている。


「お主、拙者が寝ている間にこのような贅沢な食事をして、しかも拙者の懐から盗った財布で会計を済ませようとしていたでござるな!?」

「か、借りただけだよ。君の財布をボクが盗むわけはないだろう」


滝川が出した財布を強引に奪い取り、袴にしまう。

そして自らの拳にフゥゥと息を吐きかけ、滝川を見据える。


「まさか……」


嫌な予感が全身を駆け巡り、滝川の背筋に冷たいものを流した。


「成敗でござる!」


振り下ろされた拳骨は凄まじい威力で滝川の頭頂部に炸裂し、彼女は巨大なたんこぶを作って失神KO。

そのまま川村は滝川の服の後ろ襟を掴んでずるずると引きずり歩き、会計を済ませて店を出た。

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