川村との会話
「これでよしでござる」
川村はロディの遺体をソファに寝かせ、額の汗を拭いた。
煙玉でサラマンデスを巻いた彼は、滝川を自分の住む森の中の小屋へと連れてきたのだ。
「お主、闘い疲れで喉が渇いたでござろう」
川村は湯呑に緑茶を注ぎ、テーブルの上に置く。
「ありがとう」
短くお礼を言い、息を吹きかけて冷やすと一口飲んだ。疲れていることもあり緑茶の温かみが全身に染みわたり、激戦での疲れも癒えていくように滝川は感じた。
「こんなに美味しいお茶を飲んだのは初めてだよ」
「喜んでもらえて拙者も淹れた甲斐があるでござるよ」
「ところで君はどこの誰で、どうしてボク達を助けてくれたの?」
「そう言えば自己紹介がまだでござったな。
拙者は川村猫衛門でござる。因みに性別は男でござるよ」
「えっ――」
「拙者が男に見えないでござるか!?」
「どこからどう見ても美少女にしか見えないよ」
目尻が上がったパッチリとした黒い瞳に長い睫毛、頭頂部に生えた猫耳、白い肌に小さな顎。
川村は本人が性別を名乗らない限り、誰もが美少女と間違えるほど整った顔立ちをしていた。
「お主も他の者と同意見でござるか。拙者が男らしいと言われる日はいつ来るのでござろうか」
ため息を吐いた言葉の内容から、滝川は彼が外見のせいで理不尽な扱いを受け、男らしくありたいと悩んでいることを察し、肩を叩く。
「ボクらを助けてくれた時の川村君はとても男らしかったよ」
「ほんとでござるか!?」
目を輝かせ頬を赤く染めて小さな手で滝川の手を握る川村。
男らしいと言われたことが余程嬉しかったらしい。
しかしこの時、滝川は彼を不覚にも可愛いと思ってしまった。
「君が自己紹介をしたから、今度はボクの番だね」
滝川はサッと宝塚風のコートを羽織り、にこっと天使の如き笑みを浮かべ。
「ボクは滝川麗。よろしくね」
彼女は川村の腕を握り返し互いの自己紹介は終わった。
ここで再び椅子に腰を下ろすが、滝川の疑問はまだ解決したわけではなかった。
「ねぇ川村君。君はどうしてボクらを助けたの?」
すると彼は滝川から視線を逸らし、ソファで永遠の眠りについているロディを見つめる。
「それは、ロディ殿に頼まれていたからでござる」
「え!?」
川村は立ち上がるとロディの前に歩み寄り、その亡骸の組まれた腕にそっと触れた。
「拙者とロディ殿は同じ主に仕えた仲間だったのでござる」
「主?」
「五〇年前、拙者とロディ殿はこの世界を救うために立ち上がった一人の男を主と定め、圧政を敷く傍若無人な魔王を共に倒した仲間だったのでござるよ」
川村の口から語られた衝撃的な事実に、滝川は思考が追いついていかなかった。
「待って! 話が飲み込めないからひとつずつ質問させて。
まず、川村君は何歳なの?」
訊ねられた川村は腕を組み、「うーん」と唸る。
「少なくとも四〇〇歳は超えているでござるな」
「川村君って人間じゃないの!?」
滝川はこの瞬間まで川村を猫耳カチューシャと猫の尻尾のアクセサリーを付けて、時代劇風の恰好をした風変わりな美少年という認識でしかなかったため、常人を遥かに超える年月を生きていることに驚きを隠せなかった。
「拙者は人間と猫のハーフでござる。母親の血が強すぎたせいで、尾と耳しか父の血筋を継いでいないでござるが」
「つまるところ君は獣人って訳だね」
「そうでござるな。ただ並の獣人の寿命は長くても二〇年でござるが、拙者の場合は一二歳から外見が変わらず数百年生きているでござる」
「数百年も……辛かったでしょう?」
「最初の頃は地獄の苦しみでござったが、今はある程度慣れたでござる」
「ロディも君と同じく何百年も生きているの?」
「その通りでござる」
「どうして?」
「先代魔王と闘った拙者ら一三人は、世界を救った功績を称えられ、あるお方によって不老長寿を授けられたのでござる。故に寿命でも病でも死ぬことはこざらん。死ぬ時は戦死と決まっているのでござるよ。
拙者達は数百年もの長きに渡り生きてきた身。死ぬことに恐怖はござらぬ。
されど、苦楽を共にした仲間との別れは辛いものがあるでござる。
先の大戦で大半の仲間は死に、拙者を合わせても五人しかいないのでござるが、ロディ殿まで逝ってしまうとは……」
「ごめん、川村君。ボクのせいだよ」
「お主が悪いのではござらぬ。
ロディ殿は自分からこの最期を望んだのでござるよ」
「彼を蘇らせることはできないの?」
この世界には魔法使いがいる。傷なども治せるぐらいなのだから、もしかすると死者をも蘇らせることができるのではないか。
僅かな希望を懸けて川村に訊ねると、彼は少しの間口ごもっていたが、やがて深呼吸をして切り出した。
「結論から言って、並の魔法使いでは不可能でござる」
「そんな!」
「拙者が知る限り、死者を生き返らせる術をもつ者はただ一人でござる」
「誰? どこに住んでいるの!?」
ロディを生き返らせる為ならなんだってする。
自分を守ってくれたのだから、今度は自分がロディの為に頑張る番だ。
「そのお方にかかればロディ殿を生き返らせるのは朝飯前でござる。ただ――」
「ただ?」
「いや、何でもないでござる」
「川村君は私が『生き返らせるには条件が伴うから嫌』なのだね」
「うわあっ!」
いつの間にいたのだろうか。二人の間に長身の男性が立っていた。
顔は黒い三角帽子に覆われよく見えないが、黒いコートに金色の髑髏のネックレス、黒いブーツを着て身の丈ほどもある巨大な鎌を持った怪しさ全開の人物だ。
「あなたは?」
「君はこの世界とは別の世界……地球の日本から来たようだね。
私はスカルーボ=ブラック。高校二年生の滝川麗さん、よろしく」
スカルーボは一目で滝川の名前、出身、高校生であることを言い当てた。
「スカルーボさん、どうしてボクがこの世界の出身でないことがわかったんですか?」
「私は人の心が読める。だから君の心を読んで言い当てることができたんだよ」
その答えを聞き、滝川はドキリとした。心の中が読めるのであれば、彼に隠し事は絶対にできない。
「君はロディ君を生き返らせたいと思っているね。そして川村君から私が蘇生魔術の使い手であることを聞いて、ロディ君の蘇生を頼もうとしている。
違うかな?」
「お、仰る通りです……」
「ハハハハハハハハハハハ!かしこまらなくてもいいんだよ。君はロディ相手にも対等の口調で話していただろう。私にもそうしてくれて構わないよ」
「は、はい」
滝川はスカルーボに小さく頷くことしかできないでいた。
これまで異世界で出会ったどの相手違う雰囲気を察し、自然と敬語口調になってしまっているのだ。
彼は所持していた大鎌を壁に立てかけ、ロディを寄せてソファに座る。
三角帽子を深く被っている為、影がかかってその素顔は見えない。
けれどきっと声と同じく優しい顔なのだろうなと滝川は想像を膨らませた。
「スカルーボ殿、どうかロディ殿を生き返らせてはくれぬでごさるか」
「ボクからもお願いします!」
深々と頭を下げて頼み込む二人に、彼は穏やかな声で言った。
「私としてもロディ君を生き返らせたい気持ちは同じだよ」
「じゃあ――」
パッと顔を輝かせる二人に彼は言葉を続ける。
「でも、そう簡単にはできないね」
「どうしてですか!? 方法が難しいとか――」
「私にかかれば死人を生き返らせることなどは、呼吸をするのと同じぐらい簡単なことだよ。
でもね、亡くなった人が簡単に生き返ってしまったらそれを知った人々が次々に私にお願いしてきて、この世界の生死バランスは崩壊して大変なことになってしまうかもしれない。けれど私も君達もロディ君を生き返らせたい。じゃあ、どうすればいいのか。答えは簡単だよ」
彼は指を鳴らして一枚の地図を出現させると、それをテーブルに敷き、告げる。
「君達が私の家まで無事にロディ君を運んできてくれたら生き返らせてあげよう」
「ええっ!?」
「これは私が君達に与えるクエストだよ。二人で力を合わせてロディ君を私の住んでいる国の私の家まで連れてきておくれ。ああ、ちなみに彼には防腐魔法をかけて頑丈な棺桶に入れて、ポケットサイズに縮小しておいたから安心してもいいよ」
いつの間にか彼の手元には小さな棺桶が置かれていた。中にはロディがミニサイズとなり入っている。
「これで持ち運びと腐敗の心配は消えたね。それでは私は家で待っているから、頑張るんだよ」
「あっ、待ってください!」
だが滝川が制止するよりも早くスカルーボは瞬間移動で消えてしまった。
すっかり小さくなったロディを覗き込んで、川村は滝川に訊ねる。
「スカルーボさんの電話番号は知っている?」
「知らないでござる。そもそもあのお方は電話を持っていないでござるから、連絡するには直接本人に会いに行くしかないでござるな。
もっとも、さっきはあのお方自らが出向いてくれたでござるが」
「二人で行くしかないんだよね?」
「ロディ殿を生き返らせるには、それしか方法がないでござるよ」
「そうだね」
川村の家からあまりにも遠いスカルーボが住む国。
けれどロディを蘇生させるにはこれしかない以上、考えている暇はなかった。
滝川は決して広くない家を見渡し。
「じゃあ、まずは旅の準備をしよう。ボク達は村を出た時ミスをしたから、同じ過ちを繰り返したくはないんだ」
「ミス? どんなミスをしたのでござるか?」
「水も食料も着替えもお金も、全然持たずに家を出たんだ」
「それは災難でござったな」
口ではそう言いつつも、川村は腹を抱えて笑っている。
「もう! 笑わないでよ!」
顔を真っ赤にして恥ずかしがる滝川を尻目に、川村の笑い声は暫く止むことはなかった。
「ここからスカルーボさんの国まで何日ぐらいかかりそう?」
「そうでござるなぁ……どんなに早くても一か月はかかるでござるな」
「一月も!?」
「移動手段が歩きしかない以上、仕方のないことでござろう」
「川村君は車とか持っていないの?」
「期待に応えられなくてすまないでござるが、拙者は車も運転免許も持っていないのでござるよ」
「じゃあタクシーで行こうよ。その方がずっと楽だし」
「山あり谷ありの険しい道をタクシーが通ってくれるとは思えないでござるよ。
それに、目的地まで行くのにどれほどの料金がかかることやら」
「ここから飛行場まで何時間ぐらい歩けばいい?」
「……先ほどからお主は楽をする手段ばかり考えているでござるな」
「できるだけ楽な方法で行って汗をかきたくないんだよ。何日もお風呂に入れないなんて、ボクにはもう耐えられないからね」
滝川にとって風呂に入れないことは死活問題であった。
彼女は出来るだけ早く行ってロディを生き返らせたいと考えているのだ。
そんな彼女の態度に川村は額を抑えてため息を吐く。
(ロディ殿ならこういう時、『甘えるな!』と怒鳴っているでござろうな。
大体、命を助けてもらった恩人に殆どお礼を言わず、図々しい態度を取り続けるというのはちょっと人として問題があるのでは――)
「何か言った?」
「な、何でもないでござるよ!」
愛想笑いをして手を振って誤魔化した。
危ない、危ない。自分でも気づかない内に心の声が小さく漏れていたとは。
これからは気を付けなくては。
滝川が読心術の使い手でなくて本当によかった。
ほっと安堵したが、問題は解決した訳ではない。
彼女の甘い性根を叩き直さねば、この旅の目的が達成されることは永久にないであろう。
ならば、多少手荒ではあるが、拙者が甘え切った性根を正しくさせる他ない。
川村は腰の鞘に触れ剣の柄を握ると、無断で煎餅を食い散らかしている滝川の背後に回り声をかける。
「滝川殿」
「え? 何?」
「すまぬでござる」
川村は鼠を襲う猫のように目をギラリと光らせ日本刀を引き抜き、滝川に容赦の無い一太刀を浴びせた。振り向いた滝川は頭から縦に斬られた感覚を覚えたが、痛みも血が出る様子もない。
川村の持つ刀『斬心刀』は何でも斬ることができる凄まじい切れ味の剣である。
生物は勿論のこと、その名の通り相手の『心』を斬り、改心させることもできる。
彼は滝川の心を斬ることによって甘えた性根を断ち切ったのだ。
ほんの数秒放心状態にいた滝川だったが、再び煎餅に視線を戻し、ムシャムシャ。
「お主、人の家のものを勝手に食べてすまないと思わないのでござるか」
「もしかして怒っているのかな? 何が原因で怒っているのかはわからないけど、怒った顔も可愛いね。君はボクの次に愛らしいよ」
「反省していない!?」
剣の効果を試す為に敢えて少し厳しい声で言ってはみたが、どうやら効果はなかったらしい。
「拙者の斬心刀が通用しないとは、恐るべし滝川殿!」
逆に心を折られた川村は、愛刀も彼の心を表すかのようにへにゃりと曲がっていた。
(この調子だと、これから先が思いやられるでござるなぁ……)
滝川は旅支度をしながらこれまでのことを川村に話した。
「あのときロディが助けてくれなかったら、ボクは死んでいたよ」
「滝川殿、どうしてロディ殿はお主を助けたと思うでござるか」
「本人が言うには困っているボクを見捨てておけなかったんだって」
しかし、滝川はロディの回答に疑問を抱いていた。
初対面の自分にあそこまで尽くしてくれて命まで投げ出そうとするのは、やはりおかしい。もしかするとこの答えの他に何か別の理由があるのではないか。
川村は彼女の考えを見透かしたように問いかけた。
「お主はロディ殿に助けられた理由を、本当にそれだけだと思っているのでござろうか」
「正直言って、いくら人が良いと言っても自分の命を投げ出そうとしてまでボクを優先するなんて、どう考えても裏に別の理由があるとしか考えられないよ」
「お主が疑問に思うのも当然でござろう。ロディ殿が亡くなった今、拙者が真実を教えてあげるでござるよ」
「知っているの? 彼がボクを助けた理由を」
川村は頷き、真実を話し始めた。
「ロディ殿は、異世界人であるお主らを、この世界にいる人々を数えきれないほど悲しませたとして憎んでおる。お主が私利私欲を満たす為にこの世界にやってきたのなら、ゴブリン達に襲われたところで彼は見殺しにしたでござろう。
でもそうしなかったのには二つの理由があるのでござる。
まず、お主はゴブリンに襲われた少女を自分の身も顧みずに助けようとしたこと。これが彼がお主を他人を思いやる優しい心の持ち主で、私利私欲の為にこの世界に足を踏み入れてはいないことを悟ったきっかけでござった。
第二に、お主はこの世界を救った英雄にして拙者ら主の孫だからでござる!」
滝川は川村の告白に頭が真っ白になりそうになった。
何か理由があるとは思っていたけど、ボクが英雄の孫?
嘘だ、あり得ない。
「ちょっと待ってよ。ボクが英雄の孫だなんて、何かの冗談だよね!?」
「拙者は嘘はつかないでござる。
カイザー=ブレッド。お主はこの名に聞き覚えはあるでござるか」
「ボクのお爺ちゃんの名前じゃないか!」
カイザー=ブレッドは滝川には母方の祖父に当たる男性で、晩年まで現役のパン職人として働いていた。
大柄な体格でとても優しく、滝川も彼のことが大好きだった。
カイザーの娘と滝川の父が結婚して彼女が生まれた。したがって滝川はハーフである。
「でも、お爺ちゃんがこの世界を救った英雄なんて、信じられないな」
「お主は思い当たる節がありながらそれを頭の中で必死で否定しているでござろう。顔にすぐ現れるから拙者でもそのぐらいはわかるでござろう」
滝川は図星を突かれたのでこれ以上隠し事はできないと判断し、彼に頭の中で考えていたことを言った。
「お爺ちゃんはボクによく自分を主人公にした異世界の物語を話してくれたんだ。異世界に迷い込んだお爺ちゃんが仲間を集めて魔王を倒し、異世界の王になるお話――でも、あれは真実だったんだね」
「カイザー殿はやはり自分の活躍を子孫に伝えていたでござったか。
紛れもなくその話は真実でござる。
ロディ殿がお主を助けたのは、彼の最後の言葉があったからでござる」
「最後の言葉?」
「左様。王になったカイザー殿は善政を敷き、国民の誰からも慕われる王でござった。けれど信頼するある部下の裏切りと策略により異世界追放となったのでござる。しかしながら悲しむ我らにカイザー殿は元の世界に帰還する直前、このような言葉を残してくれたのでござる。
『この世界に再び危機が訪れる時、私の孫が危機を救ってくれる』と。
そして孫が異世界に来た時の護衛をロディ殿と拙者に託された。
その孫こそが……」
川村はビシッと滝川を指差し。
「滝川麗! お主でござる!」
川村によるとカイザーは予知能力を持っており、それを駆使して川村達に滝川の名前と外見的特徴、この世界を訪れる日時と現れる場所を教えていたという。
「だからロディはボクが滝川麗だってわかったんだね」
「その通りでござる」
「でもお爺ちゃんが英雄だったなんて誇らしい気分だね。
ボクはこの世界の英雄になる気は今のところないけれど、これだけは言える。
ロディを生き返らせて元の世界に帰って、佐藤君とデートがしたい」
宣言し川村に顔を向けた滝川の爽やかな笑顔は見るものを圧倒する美しさを放っていた。
すると、彼女の身体全体から黄金色のオーラが放たれ、家全体を包み込む。
(この黄金のオーラはまさか!)
あまりの美しさと眩しさに耐え切れず、川村は腕で光を遮る。
ほんの三〇秒ほどで光は消え、後にはぐっすりと眠る滝川はいた。
川村は寝ている滝川に布団を被せ、ポツリと呟く。
「滝川殿の放った神々しいオーラは、まさしくあの男のもの。だが一体なぜ!?」




