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旅のはじまり

滝川には分からなかった。

自分とロディは村で買い物をしただけで住民の怒りを買った覚えはない。

けれど彼の普通ではない慌てた様子から冗談でないことはすぐにわかった。

着替え終わった彼女にロディは冷静な口調で問うた。


「さっき、俺がこの世界にはお前の世界から多くの異世界転生者が来たと話したのは覚えているか」

「ついさっきのことだからね、もちろん覚えているよ。でも、それとこの家に住民が怒りで襲撃することの何の関係があるの?」

「異世界転生者はな、この世界で調子に乗って強大な力で住民達を虐げたんだよ。レベルがどうのハーレムがどうのと、俺達にはまるで訳のわからないことを言いながら多くの罪のない住民を殺しまくり、美少女を囲み……お前の世界に何の不満があったのはわからんが、とにかく奴らは悪行をやりまくり、多くの人々を不幸にした」

「……」

「結果的に奴らは魔王の怒りに触れ、化け物に姿を変えられてしまったが、家族を奪われ、幸せを奪われた人々の怒りや怨みは消えない。

お前は転生者ではないが、異世界から来たことには変わりがない。

容姿は俺達に似ているが、お前の名は異世界の名だ。

連中には同じに見えるんだよ。お前も、転生者も」

「だからあの時、ボクが異世界から来たと聞いてお店の人は驚いたんだね」


ロディは静かに頷く。


「長い時間をかけて転生者の苦しみを忘れようとしていたこの村に、再び異世界からの人間が来た。悲劇が繰り返される。そう思っているんだ」


刹那、窓ガラスが砕ける音がして家の中に何かが飛んできた。

よく見るとそれは拳ほどの大きさの石である。


「どうやら早くもお出ましになったようだぜ。外を見てみろ」


滝川が窓から家の外を覗くと、大勢の人々が家を取り囲んでいた。

彼らは口々に「出てこい!」と怒鳴り声をあげている。

ロディは立ち上がり、テーブルの上に置いてあった銃を手に取る。


「何するの!?」

「俺が時間を稼ぐ。お前はその隙に逃げろ」

「ダメだよ。命を粗末にするようなものだ」

「お前が逃げられるのならそれでもいい」

「どうして!? なんでボクにここまで!」


彼の肩を掴んで揺さぶる滝川の目には涙が滲んでいる。

滝川はロディの真意が知りたかった。けれど彼は優しく肩から彼女の手を離し。


「理由は聞くな。とにかく今は全力でお前を逃がす。それだけだ」

「戦う以外の選択肢はないの?」

「何が言いたい」

「ボクは外にいる人にも君にも傷ついて欲しくない。

だから言葉で説得してみたいんだ」

「……わかった。だが、お前が駄目な時は俺流のやり方をするぞ」

「ありがとう」


二人は扉を開けて外に出る。

外には大勢の住人が集まってきていた。

滝川はロディより一歩前に出て、大きな声で訴えた。


「みなさん、なぜこの家に暴力で押しかけようとするのですか」

「異世界人がいると聞いたからだ」

「洋服屋から聞いたぞ。保安官が異世界人を庇っているってな。お前がそうか?」

「ボクが異世界から来たのは本当です。ですが、ボクは皆さんに危害を加えるつもりはありません!」

「都合のいいことを言って油断させ、俺達が寝込んだところを奇襲して全滅させる気だろ!」

「そうだ、そうだ。お前の言うことなんて誰が信じるものか、この悪魔め!」


一人の男が滝川に卵を投げつける。

それが彼女の髪に命中し、割れた卵が髪を濡らす。


「落ち着いてください。ボクは武器も特別な力もありません。

ボクはただ、元の世界に帰りたいんです!」

「黙れ、私利私欲を肥やすことしか能がない異世界人め!」


五〇人を超える住民達が一斉に野次を飛ばし、石や卵、泥などを手当たり次第に投げつける。雨あられと投げつけられる石などに負傷し血を流す彼女だが、説得を諦めようとはしない。

すると、一人の女の子が前へ飛び出してきた。


「おねえちゃんをいじめないで!」


小さな体を盾にして滝川の前に立ち、懸命に彼女を守ろうとする。


「君は!」


その少女は先日、滝川がりんごを拾ってあげた少女だ。


「おねえちゃんは私をゴブリンから守ってくれたの。悪い人なんかじゃない。

エミリー、わかるもん!」


自分は命を守ってくれた。だから今度は自分が彼女を守る番。

小さな少女エミリーはその一心で住民と滝川達の間に割って入ったのだ。

住民も幼女を巻き込むことに躊躇いが生まれたのか、物を投げつける動きは止んだ。

ロディはその時を待っていたとばかりに指笛を吹いて愛馬を呼び出す。

群衆を軽々と飛び越え、愛馬はロディの傍へ降り立つ。


「エミリーのおかげで俺が時間稼ぎをする必要はなくなったな。じゃあ、行くか」

「……そうだね。でも、ちょっとだけ待ってくれないかな」


滝川はエミリーに近づくと、彼女を優しく抱きしめた。


「守ってくれてありがとう。その気持ちだけで嬉しかったよ」

「お姉ちゃん、村を出て行くの?」

「みんなを怖がらせる訳にはいかないからね」

「さよならは嫌! エミリーも行く!」

「君がいなくなったらお母さんが悲しむよ。君はここでお母さんの笑顔を守るんだ」


彼女の涙を指で拭くと、安心させるようにニコッと笑ってロディの愛馬の後ろに跨る。ロディが威嚇の意味で一発上空に発砲すると、皆は怯えて道を開けた。


「お前達を守り続けた俺がバカだったよ!」


それだけ言い残し保安官と美少女は村を去っていった。

だが、これは二人の旅の始まりでもあった。


「お腹が空いたけど、お昼ご飯はまだかな」

「何を呑気なことを言ってやがる。もう、飲む水もないんだ」

「冗談だろう?」

「考えてもみろ。急に家を出たものだから、持ってこれたのはお互いの着替えと一日分の食料だけ。しかもそれも昨日と今日で尽きちまった。

それにお前、こんな場所でレストランでもあると思うか」

「あってほしいものだよ。ボクのいた世界では二四時間経営のコンビニが一キロ置きにあったものだよ」

「そうかよ。だが、ここにはそんな便利でありがたいものはない。

何故なら俺達が歩いているのは……砂漠だから」


村を出た二人は森を抜けた先にある砂漠を歩いていた。

灼熱の太陽に砂だらけの場所に滝川は三日ぶりに戻ってきたのだ。

滝川の長い髪は汗でへばりつき、着ている服や白い手袋からは汗が滲んで滴り落ちている。ロディは横目で滝川を見て口を開く。


「いい加減に上着や手袋を脱いで楽になれ。少しは涼しくなるだろう」

「ボクの美しさがダウンしてしまう。このお洒落な服装を着てはじめて、ボクの魅力は最大限に輝くんだ」

「いくら美しくても、誰も見てないんじゃ意味がないな」

「君は幸せ者だよ。この広い砂漠の中でただ一人、完璧な美しさを持つボクをひとり占めできるんだから」

「お前のやかましい自慢話を聞いていると、余計に暑くなってきた」

「これは我慢大会だよ。ボクと君、どちらが服を脱がずに耐えられるかのね」

「ヘッ、それで罰ゲームは何にするんだ?」

「そうだね。じゃあ――」


滝川が罰ゲームの内容を口にしようとした刹那、何者かの声がした。


「罰ゲームは俺達に殺されるってのはどうだぁ?」

「君達は!」

「ヘッヘッヘ、また会ったなお嬢ちゃん。今度は前のようなヘマはやらかさねぇ。

確実にお前の息の根を止めてやるぜ、そこの保安官と一緒にな」


現れたのは前に滝川を襲おうとして失敗したオークの一団だった。

彼らは先日滝川に翻弄された怨みを忘れず、滝川が村から出てくるまで待ち伏せしていたのだ。

二人はたちまち囲まれ、八方塞がりとなる。

互いに背中合わせとなり、オーク達を睨む滝川とロディ。


「ハッ!」


早速滝川は上段蹴りを見舞うが、簡単に弾き返されてしまう。


「何故だ。前は効いたのに!?」


するとオークのリーダーはブヒブヒ笑い。


「この前はちょっと油断しただけだ。人間よりもずっと頑丈な俺様達にお前の貧弱な蹴りが効く訳ないだろう」


滝川は自分がオークを倒せるほどの戦闘力を秘めていると思っていた。

だが実際はオーク達が本気を出していなかっただけと知り、その自信は粉々に砕かれ、彼女は地面に両膝を付く。


「お前なんてナルシストのただの女の子なんだよォ!」


オークのモーニングスターの一撃を食らい、滝川は吐血して倒れ伏す。

肉体のダメージよりも精神を傷つけられ、彼女は立つ気力も失っていた。

それを見たロディは声を張り上げる。


「何をやっていやがる。敵に背中を見せるのは、自分から殺してくれと言っているようなものだ」

「ボクの蹴りは彼らには通じなかった。やはりボクなんかが立ち向かっていいような相手じゃなかったんだよ」

「いつものお前らしくねぇな。たった一回攻撃を弾かれたぐらいでよ……」

「もう放っておいてくれ。ボクはダメな奴なんだ」

「ああ! もう、面倒クセェ! 攻撃がまだ完全に通じないと決まった訳じゃねぇだろ。諦めなければ道筋は開けるってことを、今からお前に教えてやるッ!」


ロディは得意の銃をガンベルトに入れたまま、素手だけで一〇体のオークに猛然と挑んでいく。


「む、無茶だロディ。君一人で闘うなんて無謀過ぎる!」

「無茶? 無謀? 残念ながら俺にそんな言葉は通じないね。

何故なら俺は、これまで一度も『できない』と思ったことのない人間だからさ!」


腕を引き、オークの鎧に拳を撃ち込む。だがその堅さに逆に自らの手の皮が裂け、血が噴き出す。


「保安官さんよ。何をやったって無駄だぜ。俺らの鎧は砕けねぇよ」

「お前らみたいな豚野郎に、自分の可能性を決められたくはないね」


パンチの連打を幾度もオークの鎧に当てていくと、次第に鎧に拳状の凹みが生まれる。


「おおおおおッ!」


血塗れの両拳で炸裂させるパンチの雨は、ついにオークの鎧を粉砕した。


「馬鹿な。俺の鎧が……!」

「人間、諦めなければ何でもできる!」


ロディは滝川に向けてウィンクをする。

彼は滝川のマイナスの考えを自らの行動で変えてもらいたかったのだ。

だが、滝川は起き上がらない。

敵のど真ん中で完全に戦意を喪失してしまったのだ。

普段が自信満々な分、その自信を砕かれると滝川は非常に脆いのだ。


(畜生。あいつにも闘って欲しかったが仕方がねぇ)


保安官はついに必殺の銃を引き抜き、その銃口をオークに向ける。


「俺の本領を受けてみやがれ」

「撃てるもんなら撃ってみな!」


オーク達はモーニングスター、剣、槍、大斧などで彼を狙うが、ロディはそれを側転で避けつつ、回転の合間に発砲して一人ずつ止めを刺していく。

アッという間にオークは白いモヒカンが特徴のリーダーだけとなった。


「仲間はみんな俺に殺されちまったが、どうする?

このまま泣いて帰るなら見逃してやってもいいぜ」


拳銃で己の肩を叩きながら情けをかける。その姿は様になっていた。

リーダーオークは脂汗を流しながらも、鼻息荒くロディに突進してくる。


「俺の仲間を許さねえええええぇッ!」

「お前らが攻撃したから悪いんだろう」


至極真っ当な意見を告げると、オークの額に弾丸を撃ち込んだ。


「結局一人で倒しちまった。こいつが一人前になるのはいつの日か。

先が思いやられるぜ」


ショックと疲労のせいで静かな寝息を立てている滝川にそっと自分の上着を被せ、彼女を起こさないようにして傍を離れると満天の星空を眺め、一人呟く。


「アンタとの約束、必ず守ってやるからな」


「ロディ……聞こえるか、ロディ」


満天の星空を眺めていた彼の耳に何者かの声が飛び込んできた。

低く威厳がありながらも温かみに満ちたその声に、ロディはパッと跳ね起きた。

そして周囲を見渡すが、滝川を除いて人の気配はない。

気のせいかと思い再び寝転がろうとするものの、やはり気がかりで寝ることができない。

先ほどの声は俺が忠誠を誓った男の声だ。

俺が聞き間違えるはずはないし、誰かの物まねというのも考えにくい。

だが何故だ?

あの男はこの世界に存在しないはず。

それなのになぜ、今になって奴の声が聞こえたのか。

様々な疑問が彼の頭を掠める中、再び声がした。


「ロディ、聞こえるなら返事をしろ」

「……隊長、どこにいるんだ。隠れるなんてアンタらしくねぇよ」

「私は君の魂に直接語りかけている。君も知っているはずだ、私がこの世界にいないことを」

「すまねぇ。覚えてはいたんだが、アンタの声を聞くと懐かしさについ喜んじまった」

「君の前に姿を見せられないのは、とても残念だ。できることなら、君と再び戦いたかった」

「いや、いいんだ。アンタの声を聞けただけで俺は幸せだ。

それはともかく、なぜ魂で語りかけてきた」


ロディの質問に声の主は押し黙る。

暫くの沈黙が流れ、聞こえるのは風の音だけだ。

保安官は相手が話を続けるまで、じっと目を瞑り待っていた。

長い沈黙ののち、再び声が聞こえてきた。


「以前、私が君に下した命令を覚えているだろうか?」

「もちろん覚えているぜ。『この世界に滝川麗と名乗る金髪碧眼の少女が来たら、彼女が一人前になるまで見守ってやってほしい』だろ?」

「君の隣には、滝川麗がいるな」

「その通りだ。今はぐっすり寝ている。随分なナルシストでよ、甘ちゃんの癖に自慢話だけは一人前だから困ったものだぜ」

「……そうか」

「それで、その滝川の件がどうかしたのか」

「君には申し訳ないが、滝川から離れて欲しいんだ」

「何ッ!?」

「君が私の忠実な部下で、私の約束を守り果たそうとしてくれている気持ちは嬉しい。だが、このままでは彼女の為にはならない」

「隊長、それは一体どういう意味なんだ!」


ロディには信じられないことだった。

彼を唯一の上司と尊敬し、誠心誠意尽くしてきた。

彼の背中を追い、彼を超えることを目標にして生きてきた。

残念ながらその志は半ばではあるが、上司であり友であるカイザーに尽くすべく彼は一生懸命努力してきた。彼が最初に滝川の話を信じたのも、あの日に滝川という少女が異世界から飛ばされてくることを知っていたからであり、命を懸けて滝川を守ってきたのも、隊長の恩を返すためであった。

それなのにここにきて滝川と別れろとはどういう意味なのか。

ロディには元上司の考えが理解できなかった。


「隊長、どうしてそんな悲しいことを言うんだ。俺じゃ力不足だって言いたいのかよ! 俺はアンタの最後の隊長命令を命を散らしてでも全うしたいんだ!」

「君は私にとって大切な部下であり友だ、それは今でも変わらない。そして君には使命を全うするだけの力もあると私は信じている」

「だったらどうして!」

「君は命令に忠実になるあまり、滝川に少しでも身の危険が起きるとすぐに助けるだろう。だが、それでは彼女の為にはならない!

万が一、君が命を落としたらどうする? 彼女はたった一人で過酷なこの世界を生きなければならない。

だが、心身共に甘えのある今の滝川では一人で生きていくことは不可能と見た。

最悪の場合、英雄になれないまま死ぬかもしれん……」

「じゃ、じゃあ俺はどうすればいいんだ」

「少しの間、彼女と別れるのだ。

君は知らないかもしれないが、彼女は砂漠を切り抜け森までたどり着いた。

誰の力も借りずにだ……限界ギリギリ、生か死かの極限状態で培われる、逆境を跳ね返す力。それが彼女には生まれつき備わっている。

君の新たなる使命は、彼女を遠くから見守り、力を覚醒させるまで甘やかさないことだ」

「ここ数日滝川と過ごして情が移っちまったから、簡単に別れられそうにもねぇよ」

「情に厚い君のことだ。滝川から離れるのは友を見殺しにするのと同じほど辛い行為だろうな。だが、その厳しさが滝川を今より何倍も強くさせる。

愛は試練を乗り越えた後に、存分に与えたらいいだろう」

「……」

「迷っているようだな。だが、急いで結論を出す必要はない。

焦りは選択を誤る要因になる。最終的に答えを決めるのは君自身だ」


そして声は途絶えた。魂の会話が終了してしまったのだ。

ロディから相手に話をする術はないため、再び彼から連絡が来るのを待つしかない。

穏やかな寝息を立てて幸せそうな顔で眠っている滝川。

彼女は故郷の夢でも見ているのだろうか。

突然の上司からの新たなる指示。

滝川と隊長。

大切な二人の間に挟まれ、ロディは髪を掻きむしる。


「畜生! 俺はどうしたらいいんだ!」

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