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滝川の怒り

クラッシュクローが完全に極まる直前に背後のロープに身体を預けた滝川は、その反動を利用して彼の顔面に強烈な膝蹴りで返礼した。

技を破られたシャドウは僅かに後退すると、口角を上げて言う。


「俺のクラッシュクローを破ったのはお前が初めてだ」

「ボクはここにくる直前にスター道場と言う所に寄っていたんだ。

そこで君と同じ技をスター流奥義として使っている少女に会った」

「成程。本来ならばスター流の門下生でない者以外では使用できるはずのないクラッシュクローをなぜ俺が発動できたのか。お前は気になっているという訳か」

「君は魔王軍の最高司令官だからスター流とは何の関係もないはず。

スター流の創始者であるスター=アーナツメルツさんは『スター流奥義はスター流の門下生でなければ、使いこなせない』と話していた。

でも、君は実際にクラッシュクローを発動した。

ボクは君がどこかでこの技の使い手に会って闘いになり、戦闘中に覚えたと推測しているけれど、真実はどうなのかな」


彼女の答えを聞いたシャドウは満面の笑みを浮かべて答えを発した。


「俺はスター=アーナツメルツ様の最初の弟子。そして究極奥義を除き全てのスター流奥義を極めている。初歩的な技であるクラッシュクローが発動できるのはそういう理由だ」


彼の口から放たれた衝撃的な答えに、滝川は目を大きく見開き驚愕する。


「まさか、君が川村君の言っていた裏切り者……?」

「ほう、お前は川村猫衛門と知り合いだったのか。スター道場へ行けるのはスター様が直々に弟子としてスカウトした者か門下生のみ。

奴の導きがあったのならば、お前が道場へ足を運べたのも納得が行く。

なるほどお前は彼から聞かされていたということか。

俺がスター流を裏切り、奴の想い人であるソフィア共々仲間を殺した話を」


ミルフィーユの最大必殺技が初歩的なものだったことにも滝川は驚いたが、最も衝撃的だったのは彼がスター流の裏切り者だったという事実。

もしもこの試合を川村が視聴していたとしたら、彼は一体どんな気持ちだろう。ずっと行方不明だった敵が魔王軍最高司令官としてテレビの前に現れた時の驚きと憎しみは、きっと言葉で言い表せるものではないはずだ。この場にいない川村に代わってシャドウを絶対に倒してみせる。

彼女が心の中に眠る熱い闘志を燃やしていると、彼は彼女が首に下げているロディの棺に気が付いた。


「その小さな棺に眠るのはロディであろう。お前は川村ではなくロディとも親しかったのか」

「彼はボクがこの世界に飛ばされた時、初めてボクを助けてくれた恩人にして友達だよ。

ボクを庇ってサラマンデスに殺されてしまったけれど……

ボクは彼の恩に報いる為にも彼を生き返らせる旅をしているんだ」

「川村がスター道場に案内した事と言い、お前はどうやら特別な存在らしい。だが、そんなことよりもロディが死んで俺は嬉しい。

奴とは何もかも正反対でとにかく相性が最悪だった。

実力もない癖に情に脆く、この世界にとってゴミ以外の何物でもない異世界人を庇って死ぬとは、ロディらしい愚かな最期だ」

「ボクは自分のことならどれだけ馬鹿にされても構わない。

けれど、ロディや仲間を侮辱されるのだけは絶対に許さない!」


滝川はナルシストではあるが基本的に穏やかな性格である。

大抵の悪口は気にせずに流すことができるのだが、そんな彼女であっても自分を文字通り命を懸けて守ってくれた恩人を侮辱されるのは耐えられなかった。


「今の言葉を取り消してロディに謝れぇ!」


別人のように声を荒げて殴りかかる彼女の打撃を、シャドウは次々とさばいていく。


「何をそんなに怒っているんだ。俺はお前より遥かに奴について詳しい。

ロディは俺達の中で唯一特殊能力も使えない落ちこぼれだった。

ロクに学問もできず、銃の腕だけは良かったがそれ以外に何の取り柄も無い人間だった。事実を言って何が悪い?」

「黙れ! 君にとってはそう見えたのもしれないけれど、ボクにとってのロディは熱い正義の心を持った兄のような存在だったんだ!」

「お前がどう思っていようと構わぬが、俺にとっての奴は犬猿の仲で、早く死んでほしいと常に思っていた。

あの日に奴を殺さなかったのは、楽しみは最後まで残しておこうと思ったからだ。それをサラマンデスが奪ったとは、奴は処刑せねば」

「君は仲間を何だと思っているんだ! ロディや川村だって、元は君と一緒にスターさんの元で共に泣き、共に笑った友達じゃないのか!」

「俺に仲間や友情などと言う概念はない。仲間など足手まといになるだけの邪魔な存在……年端もいかぬ小娘の分際で生意気にも俺を説教しようとは、俺が最も嫌っていたカイザーを思い出す」

「!?」

「お前にカイザーがどうのと言っても理解できる話ではないだろう。

俺が今すべきことはお前の顔を粉砕することのみ!」


シャドウが自分の指の骨をパキッと鳴らす。

どうやら再びクラッシュクローを仕掛けるつもりらしい。


「今度は魔力でお前を引き寄せてやる」


紫色のエネルギーがシャドウの掌に凝縮されていく。

あれが満タンになった時に奥義を発動するのだろう。

滝川はシャドウの言動に怒りを見せつつも、頭の片隅にはどこか冷静な部分も確かにあった。

川村の想い人の敵を討ち、今はなき友に対する暴言を撤回させるためにも、ここは彼のクローを封じなければいけない。

そのように結論を出して先に動いたのは滝川だった。

彼女はパッと飛び上がると立っているシャドウの頭を両足で挟み込んで自分の身体が回転する勢いを使って放り投げ、彼の身体がマットに付いた隙を逃さず、素早く彼の左腕をとって腕十字固めに移行する。

しかしシャドウは左腕が完全に伸びきるのを防ぐべく、両腕をクラッチさせて耐えている。


「非力なお前が俺の腕を伸ばしきれるとでも?」

「できるさッ!」


パワーの点に関しては滝川は少女ということを考慮してもシャドウと圧倒的な差がある。

腕ひしぎは一度完全に極まれば相手がいくら体格差があったとしても筋肉の影響で返すことは殆ど不可能で、その気になれば腕を破壊することもできる。

しかしパワー不足の悲しさ故に滝川がどれほど力を加えても、シャドウの両手のロックは微動だにしない。

汗を流して歯を食いしばり、必死で腕を伸ばそうとする彼女にシャドウは冷たい笑みを零した。


「無駄だ。お前がどれほど頑張ろうともパワーの差は覆せぬ」

「……ハー……ハー……」

「どうした? 息が切れてきているぞ!」


滝川はもてる力の全てを出し尽くしてしまったのか、肩で荒い呼吸をするほど体力は消耗し、ついには彼の腕から両腕を離し、大の字に倒れ込んでしまった。


「持久戦は俺に分があったようだな」


解放されたシャドウはゆっくりと起き上がると、立つ力も失った滝川の腹を思いきり踏みつける。

その激痛に彼女は嗚咽し、青い瞳に薄ら涙を溜めて唾を口から吐き出す。

彼は美少女が苦しむ様を見下ろすと容赦なく腹を踏みつけまくる。


「どうしたのかな、滝川よ。お前は天才なのだろう? だったら俺の踏みつけからも容易に脱出できるはずだがどうしたのだ、この様は?」

「ガフッ……ゲホゲホッ……」

「苦しみで声も出ないのか、可哀想に。

それでは、もっと楽にしてやるとしよう」


運の悪いことに滝川が倒れていたのはロープの真下だった。

それをいいことにシャドウはロープを掴んで反動を加え、膝蹴りで更に彼女の腹を執拗に攻め立てる。

激痛のあまり首を左右に振って悶え苦しむ滝川。

その度に彼女の長く艶やかな金髪が乱れる。

するとシャドウはその髪をがっしりと掴んで、無理やり引っ張り上げる。

上目遣いで睨んで彼の手を叩くものの、シャドウは全く意に介しておらず、髪を引っ張る力で彼女を強引に立ち上がらせた。

幸いなことに彼女の髪は一本も抜けなかったものの髪は乱れ放題になり、いつもの美しさは損なわれていた。

滝川はロープにもたれかかりながらも彼に口を開いた。


「ボクの触り心地が最高の髪を無断で触った上にこんなにも乱すなんて、君は全人類を敵に回すよ」

「生憎だが、俺は元より孤独の身。全人類が全て敵になろうとも一向に構わぬ。いや、むしろそれだけ大勢の相手と闘えるとなれば願ってもない話だ。では、お言葉に甘えてもっと人間達を怒らせてみようか」


唸りをあげた右の拳が滝川の頬に命中し、彼女は口を切る。

唇を切り流れ出る血が小さな顎を伝い落ち、白いマットに赤い花びらを咲かせる。

シャドウは黄金色の瞳をギラギラと輝かせ舌なめずりをすると、彼女の顎をペロリと舐め、満足気な笑みを浮かべる。


「美味い血だ……成程、お前の血の味で分かった。

お前がなぜロディや川村に守られていたのか、そしてお前の正体が」

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