炎の美少女拳士!ミルフィーユの本気!
スターが滝川達を連れてきたのは道場の裏側にある格闘場だった。
弟子達が闘うことで互いを高め合う目的で作られたこの場所は広さにして百畳はあり、その中央には白いマットに三本ロープのプロレスリングが一つ設置されている。
「もしかして川村君達はあのリングの上で闘うのかな」
「察しがいいね。その通りだよ」
「こんなに広いのだからリングじゃなくて、もっと自由に闘わせたらいいんじゃないかな」
「普通はリングの上で闘うことにしているのだけど、それはそれで面白いかもしれないね。では、君の案を採用してリングを除くとしようか」
スターが軽く指を鳴らすとリングは消滅し、格闘場は殺風景な場所へと早変わりした。
「さあ、これで二人とも思う存分闘えるね」
スターの呼びかけに頷いた二人は、格闘場の中央に向かいあって立つ。
スターは魔法でテーブルと椅子を出現させ、簡易の観客席を作り出した。
テーブルの上にはゴングが置かれており、それが鳴らされた時が決闘の合図となる。
試合開始の前にスターがルールの説明をする。
「時間無制限。武器の使用、反則は自由。どちらかの相手を完全に倒せば試合終了。わかったかな?」
二人が無言で頷いたので了承したとスターは判断し、試合開始のゴングを高らかに打ち鳴らした。
けれど、試合が開始されても川村と滝川は動く気配を見せようとはせず、膠着状態を保っている。
一方観客席では――
「フッ……メープル。ボクの膝の上に手を置いてどうしたのかな。
ボクの美しさに魅了されて一緒にダンスでも踊りたくなったのだろうけど、今は試合を観戦したいんだ。悪いけど、後にしてくれないかな」
「いえ、そうではないのですが、少し川村さんが心配になって……
川村さん、大丈夫でしょうか?」
「ミルフィーユの実力は未知数だけど、大勢の幽霊騎士を相手にしても全く引く様子を見せなかった川村君のことだから心配ないと思うよ」
「そうでしょうか。私、少し心配です……」
「ボク達が応援すればきっと川村君は勝てるよ。
だから一緒に応援しよう」
「はいっ!」
滝川の答えにメープルは安心したのか、じっと川村を見守ることにした。
試合が開始して間もないのに声援を送ったらかえって試合に集中できず、迷惑になると思ったのだ。
暫くの膠着状態の後、先に攻撃を仕掛けたのは川村猫衛門だった。
鞘から愛刀・斬心刀を引き抜くと強く一歩を踏み出し、その勢いを利用して真上に跳躍する。十メートルほどの高さまで舞い上がると、そこで上昇を停止させてミルフィーユを見下ろした。
「斬心刀・風車斬り!」
刀を構えて縦に猛回転し、そのままの体勢でミルフィーユ目がけて超高速で落下していく。
真上からの斬撃がミルフィーユの頭頂部に炸裂する寸前、彼女は斬心刀の鋭利な刃先を片手で受け止めていた。
「拙者の刀を片手のみで防ぐとは……ッ」
「それは違うよ。私の左手をよく見てみてよ」
彼女に言われて片手に視線を移した川村は仰天した。
何とミルフィーユは片手の人差し指と中指だけで落下の威力の加わった川村の体重と斬心刀を受け止めていたのだ。
猫衛門は必死に力を込めるが、どれほど力を加えても二本の指でガッチリと挟まれた愛刀は振り下ろすことも、引き抜くこともできない。
更に恐るべきは中華風の衣装を纏った可憐な少女は、刀ごと川村を自分の後方に大きく振り上げ野球ボールを投げるかの如くに刀と一緒に思いきり彼を投げ飛ばしたのだ。
「きゃああッ!」
「危ない!」
ミサイルのように真っ直ぐ向かってくる川村の背中。
滝川はそれからメープルを守ろうと彼女を地面に思いきり押し倒して命中を避けようとする。
そんな彼女の前に悠々と椅子に腰を下ろすスターは、余裕の表情で突っ込んでくる川村をキャッチし、闘技場へと舞い戻らせた。
「ミルフィーユちゃん、投げる時はちゃんと人がいないか確認してから投げようね」
「会長さん、ごめんなさい!
でも川村とか言ったっけ? 君はこれで分かったんじゃないかな。
私がどれぐらい強いのか」
地に倒れ伏す川村を冷たい目で見下ろすミルフィーユ。
しかし川村はすぐさま立ち上がって間合いを取ると、その場で斬心刀を二回振る。それにより発生した二つの青い斬撃の衝撃波がミルフィーユに襲い来る。二つの斬撃を華麗な側転で躱し、中国拳法のような独特のポーズをとった。
「まだまだでござる!」
次々に放たれる斬撃波は高速回転する丸鋸のようにミルフィーユに迫る。しかし彼女はそれを顔色ひとつ変えずに上半身だけの動きで全て受け流していく。幾度か川村の斬撃とミルフィーユの回避の攻防が続くと、ミルフィーユが川村に問いかけた。
「君はさっきから刀ばっかり使っているけど、格闘の方は得意じゃないの?」
「それはどういう意味でござるか」
「そのままの意味だよ。君は武器にばかり頼って生身で闘うことができない卑怯者かと聞いているんだよ」
「拙者は卑怯などではない! この試合は武器の使用は許可されているでござる。従って拙者の戦闘方法はルールの範囲内――」
突如、ミルフィーユの姿が川村の視界から消えた。
「ぬ!? お主、何処へ姿を晦ましたでござるか。
隠れてないで正々堂々と姿を現すでござる!」
ミルフィーユの姿が見えなくなったのは川村一人ではなかった。
客席にいる滝川やメープルも突然消えた彼女に困惑していた。
滝川は目をゴシゴシと擦ってもう一度格闘場を見てみる。
しかし、それでもミルフィーユは見当たらない。
「可笑しいな。ボクは錯覚でも見ているのだろうか。
ほんの数秒前まで確かに川村君の目の前にいたミルフィーユの姿が見えなくなっているのだけれど」
「滝川さん、実は私もそうなんです。僅かの間に一体何が起きたと言うのでしょう。ミルフィーユさんは勝負を諦めて格闘場を去ってしまったのでしょうか?」
メープルの疑問に答えたのはスターだ。
「君達、上を見てごらん」
「上?」
言われたとおりに顔を上げて空を見ると、そこには空中を浮遊しているミルフィーユが居た。両掌から炎を発射して宙に浮かんでいるのだ。
「君の刀が反則でないと言うのなら私も能力を使わせてもらうよ☆」
「能力でござると?」
「そ。私は会長さんの修行によって、身体を炎に変化させたり、炎を自由に操る能力を獲得したんだ。それじゃあいっくよー! 能力奥義『火炎弾』!」
ミルフィーユは左手で飛行のバランスを取りつつ、空いている右手で炎の弾を連続発射。
川村はその名の通り猫のような柔軟性で火炎弾を回避していくものの、弾丸が命中した箇所の地面には黒く焼けた凹みが作られていく。
「こんなものに命中したら、拙者は身体を貫かれ黒焦げになって命を落とすでござろうな」
「これでも一応、君に敬意を払って威力は弱めてあげているんだから感謝してよね」
「生憎、お主に感謝をするような舌は持ち合わせてはいないでござるよ」
「私の強さを認めてくれるのなら攻撃を止めようかと思ったけど、そうはいかないみたいだね。あまり強情を張ると大怪我しても知らないよ?」
「これから魔王軍との戦いに挑むというのに怪我を恐れていたら闘えないでござろう」
「それじゃあ君の気が済むまで相手をしてあげるよ。地上でね」
彼女は地上に降り立ち能力を停止し、固めた拳の骨をポキポキと鳴らす。
「その様子だとお主は拙者と肉弾戦をするつもりでござるか」
「正解☆」
にこりと微笑んだかと思うとミルフィーユは瞬時に間合いを詰めて川村の腹に強烈な肘鉄を見舞った。
完全に油断していたこともありモロに受けた川村は腹を抑えて後退する。しかしミルフィーユはダメージを回復させる隙を与えるほど甘い相手ではなく、彼の顔面を掌底の猛ラッシュが襲ってくる。
避ける間もなく撃ち込まれる掌底の嵐に川村は反撃することさえままならない。
「アチョッ」
鋭いソパットが腹に食い込み、川村の華奢な体躯に鉄の棍棒のような威力の蹴り技が次々と炸裂する。
蹴りの風圧によって川村の袴が開けてその白い素肌が露わになるが、彼の上半身はミルフィーユの蹴りにより、かなりの数の紫色のあざが出来ていた。
「アチャーッ!」
止めとばかりに顔面を狙って放たれたつま先蹴りを川村は辛うじてキャッチし、受け止めた右足を捻って彼女の身体を旋回させて押し倒す。
普通ならここで馬乗りになり打撃を食らわせるところではあるが、なぜか川村は動きと止めて適度に後方に下がって間合いをとると、素早い動作で立ち上がってきた彼女に問うた。
「お主、拙者に手加減しているでござるな」
「手加減? なんのことかな」
「とぼけても無駄でござる。お主が本気を出していないことは拙者にはお見通しでござるよ」
「どうしてそう言い切れるの。君は相当にダメージを受けているのに」
「何故なら、お主はこれまでの拙者との闘いでスター流奥義を使用していないでござるからな」
「……」
「スター殿の弟子ならば最低一つか二つは身に着けているスター流奥義をお主は発動していないでござる。それは拙者の体調を気遣ってのことでござるか」
「べ、別に君の体調なんて気にしていなんだから!
ただ奥義なんか出さなくても倒せると思っていただけだよ。
でもそこまで君が私の奥義を受けたいって言うのなら出してあげてもいいけど?」
顎をプイッと背けて言うミルフィーユであったが、彼女が川村を心配していることは明らかだった。
彼女の言葉や態度を見たメープルは穏やかな笑顔を浮かべ。
「闘い方が容赦なかったのでミルフィーユさんって血も涙もない冷酷な人なのかと思っていましたが、本当は優しい人だったんですね」
「メープル、その発言は彼女を傷つけていると思うよ」
「え? そうなんですか!?」
「メープルって天然だったんだね……」
そんなやりとりが客席で行われているとは露とも思わないミルフィーユは、拳を握りしめて川村を睨む。
「それでは君の望み通りにスター流奥義をお見舞いしてあげるよ!
スター流奥義がひとつ、『クラッシュクロー』!」
彼女は右手を焼けた鉄のように燃えるように赤く変化させて、急速に間合いを詰めて川村の顔面を掴もうと試みる。彼女は人間離れした握力で川村の顔面を粉砕する算段なのだ。
しかし猫衛門は冷静に刀の柄を掴み。
「この試合、お主の敗北でござる!」
神速の抜刀でミルフィーユの傍を駆け抜ける。
「スター流最大奥義がひとつ・『華麗米斬り』!」
ミルフィーユは米の字に斬撃を食らって地に倒れ伏し、試合終了のゴングが鳴らされても気絶したままだった。勝利を収めた川村は刀を鞘に納め、後ろを向いたまま優しく言った。
「お主は強い女子でござった。拙者の先ほどの発言は撤回するでござる」




