石川まみの場合2
今回、他校のモブで男が出てきます。ご注意ください。
まみが長谷川夕子に出会ったのは、高校の入学式の日であった。
まみはもともと、ブーゲンビリア学園を併願で受験しており、本命は公立の進学校だったのだが、そちらは残念な結果に終わってしまった。
ブーゲンビリア学園だって、全国でも高い偏差値を誇る。
しかし、まみが通いたかった高校は、共学だったのだ。
落ちた場合、せめて親友のみどりと同じ学校に通いたいと思い、学力的にも申し分ないブーゲンビリアを抑えで受けたが、まみ自身が公立に受かる気でいた。
入学式当日になっても、まみは受験に落ちたショックを引きずっていた。
(みどりと一緒に通えるし、どうせ落ちないと思っていたから受けたけど、女子校なんてやっぱり有り得ない 恋愛出来ないし、女子怖いし、恋愛出来ないし)
なんて思いながら歩いていると、一緒に来たはずのみどりとその母親の姿がいつのまにか見えなくなっていた。
携帯電話でみどりに連絡すると、彼女は「この馬鹿、今どこにいるの」と、必死な声で電話に出た。まみは「馬鹿とは何よ わたしの方が偏差値上じゃない」と、外れた答え方をした。
学校訪問で何度も行っているから、道は覚えているし、何かあったとしても、今は携帯という便利なツールがあるため、学校で合流しようということになった。みどりは心配してきたが、まみが一方的に通話を終了させた。
まみが学校に向かって歩いていると、見知らぬ男子生徒3人ほどに取り囲まれた。まみは無表情で男子を見る。
「君のその制服、ブーゲンビリアだよね」
「見ない顔だけど1年生? かわい~」
「オレたちと遊ばない?」
まみは男子生徒達を見回し、溜め息を吐いた。
(昼間からナンパなんて暇なのかしら。わたしが可愛いのは解るけど、この人達の制服、近所にある自称進学校のお坊っちゃま学校だし、お顔もあまり芳しくないし、わたしが可愛いのは解るけどね)
まみのわざとらしい動作を見て、男子生徒はあまり面白そうにせず、まみの胸ぐらを掴んだ。
「こいつ、オレたちの顔見て溜め息吐きやがった」
「ちょっと可愛いからって調子乗りやがって なめてんのか?」
まみは受験に落ちた自分を心底恨んだ。
共学の進学校にさえ受かっていれば、女子校に通うことも、みどりとはぐれることも、ここで下品な男子生徒に絡まれることもなかった。
(わたし、この人達に乱暴されるのかしら。カレシ、欲しかったな)
まみが目を瞑ったそのとき、ぐわっと低い声があがる。
ゆっくり目を開けると、そこには自分の胸ぐらを掴んでいた男子生徒が倒れている代わりに、ひとりの女子高生が立っていた。盛大に着崩してはいるが、彼女はまみと同じブーゲンビリア学園の制服を纏っていた。
「おまえら、暇なのは別に構わねぇけど、狙うなら共学の馬鹿女にしとけ。そいつらなら金目当てで相手してくれんじゃね?」
女子高生は長い黒髪を揺らし、ゴミを見るような目で男子生徒達に言い放つ。
「なんだてめぇ」
まだ立っている男子生徒二人が女子高生に襲い掛かる。1人の拳が彼女の顔に当たった。
「......いってぇな」
女子高生は殴られた箇所から出た血を拭い、殴ってきた男子生徒に急所蹴りを決める。蹴られた男子は声にならない声を挙げ、それを見ていたもう1人の男子生徒も表情を歪め、その場から慌てて立ち去る。
まみは只々、呆然と立ち尽くしていたが、女子高生に手を引かれ、その場を駆け抜けた。
大通りから外れ、まみと女子高生はとぼとぼ歩いていた。
入学式までは、まだ少し余裕があった。
「あの、助けて頂いてありがとうございました」
まみはぺこりと頭を下げるが、女子高生は顔を上げるよう促した。
「可愛い女の子が下劣な男に絡まれてるんだ。助けに入らない奴こそ、紳士じゃねぇよ。それに、口でも拳でも鞄でも何でも良いけど、ちゃんと抵抗しろよな。お嬢ちゃんはお嬢ちゃんで、あいつらは男なんだから」
非常に物言いは格好良いのだが、この台詞を口にしているのは、黒髪美人の女子高生である。
「あの、ブーゲンビリアの生徒さんですよね」
「あぁ、2年だよ。お嬢ちゃんは新入生?」
「えぇ」
雑談をしながら、2人は楽しげに歩いた。
(すごく綺麗な人。おまけに格好良いし、こんな人が先輩にいるのなら、女子校も悪くないのかもしれない。カレシとか、いるのかしら)
まみはそんなことを考えながら、自分の鼓動が速くなっていくのを感じた。
「着いたよ」
まみが女子高生の声と共に足を止めると、ブーゲンビリア学園の正門が目の前にあった。
あんなに通いたくなかったアンティーク風の校舎が、今のまみにはお城のように見える。
「ちょっと、長谷川さん」
まみが自分の世界に浸っていると、1人の女子生徒がこちらに向かってくる。
暗めの茶髪にボブカット、制服は正しく着こなしていて、普通という言葉が似合うような人だ。
「よぉ、フロイライン。眉間に皺、寄ってるぜ?」
まみの隣にいる女子高生がボブカットの女子生徒に手を降る。
どうやら、彼女は長谷川という名前らしい。
(長谷川、先輩)
まみの鼓動は、再び速くなった。
「誰のせいだと思ってるの? 始業式、無断欠席するとか、いつまで春休み気分なわけ? あんた頭良いんだから学校に連絡入れるとか、もっと対処の仕方あったでしょ?」
フロイラインと呼ばれたボブカットの女子生徒は、ひどい剣幕で長谷川と呼ばれた女子高生に詰め寄る。
長谷川はそれをへらへらとした笑みを浮かべながら、適当に流した。
「いやー、この子が大通りで男子校の連中に絡まれててさー」
「それを助けに入ったのは誉められるけど、長谷川さんが直接仲裁に入らなくても、警察を呼ぶフリをして適当に撒くとか、あったでしょう? 怪我してるじゃない」
ボブカットの女子生徒は、ポケットから白いレースのハンカチを取り出し、長谷川の口元を拭う。
2人の距離感に、まみの胸が締め付けられた。
「フロイライン、良いって」
「......ちょっと、長谷川さん。色付きのリップ、及びお化粧は校則で禁止されてるって、知ってるよね?」
長谷川の少し赤らんだ顔が、一瞬で真っ青になる。
「......この子を助けたっつーことで、今日のところは勘弁」
「そもそも、それ自体が遅刻の理由にならないんだけど。話の内容から推測して、助けたのはほんの数10分前で、長谷川さんが来なかった始業式は、もう3時間程前に終わってるから」
ボブカットの女子生徒が、長谷川の肩をがっしり掴む。
長谷川は、この世の終わりとでも言うように、綺麗な顔を歪めていた。
「貴女、新入生ね。ご入学、おめでとうございます。あちらで受付を済ませて、道順が書いてありますから、そのまま体育館に向かってください。長谷川さんはこっち」
ボブカットの女子生徒はまみに微笑みかけ、長谷川を連行して行った。
(下の名前、聞きたかったな)
まみの脳裏には、長谷川の艶やかな黒髪と、美しい顔が焼き付いて離れなかった。