石川まみの場合1
長谷川夕子に男が出来たという噂に、ブーゲンビリア学園に関わる人々は驚きを隠せなかった。勿論、 石川まみも例外ではない。
「ちょっと、みどり」
ハーフアップにした暗めの茶髪を揺らしながら、教室に入るなり、まみは綾瀬みどりの机をバァンと叩いた。
彼女の剣幕に、みどりはたじろぐどころか、わざとらしい溜め息を吐いた。
「どういうことよ、長谷川先輩に男が出来たって。それはカレシなの? カノジョなの?」
まみはハンカチを噛みながらキィーキィー喚くようにみどりを問い詰める。
みどりは別段気にすることはなく、平然と文庫本に視線を戻した。
流れるような黒髪を持つみどりは、さながら文学少女のようである。これでポニーテールを解いていれば、文句はないだろう。
「あたしが知るわけないじゃん。誰と付き合おうと、夕子先輩の勝手でしょ」
「何、夕子先輩なんて馴れ馴れしく呼んでるのよ。みどりのくせに」
まみとみどりは中学のときからの親友であるが、時々、いや、まみの言動の大半は、みどりにとって理解し難いものであった。
「長谷川先輩はお優しい方だから、特定の相手はつくらないと思っていたのに」
まみの外れた言動に、みどりはまたも深く溜め息を吐いた。
「それ以前に夕子先輩はレズビアンで有名じゃない。それなのに相手が男ってことの方が驚きでしょ」
「わたしも長谷川先輩とお近づきになりたい。あわよくば妹になりたい」
みどりの指摘を無視して、まみは自身の願望を口にした。今度はみどりも呆れ返り、溜め息すら出なかった。
「なら、演劇部でも入れば良かったじゃん」
「そういうことじゃないのよ」
まみは再び机を叩く。
周囲の生徒はいつものことだとでも言うように、一切興味を示さず談笑している。
「長谷川先輩目当てで入部したあんたと一緒にしないで頂戴」
まみがみどりの顔を覗き混む。
図星を突かれたみどりは顔を真っ赤に染め上げ、我慢出来ずに机を叩いた。
「あたしが好きなのは夕子先輩の芝居であって、夕子先輩に取り入ろうなんて浅はかな考えで入部したわけじゃない。軽率に夕子先輩に近付きたいなんて言うあんたにこそ、一緒にされたくないんだけど」
みどりは険しい表情のまま立ち上がる。
「もうすぐホームルーム始まるわよ」
「トイレ」
みどりはまみの顔を見ることなく、教室を後にした。
まみは今までみどりに何度も叱られてきたが、彼女が怒ったところを見たのは、それが初めてだった。