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遭遇

 長期休暇がくると、私は何時も高校生から家政婦へと早変わりする。

 母も中学生の妹も、私が暇そうに見えることをいいことに次から次へと家事を押し付けてくる。いつもやっている掃除や洗たくから、私がもっとも苦手としている炊事まで。

 高一の頃は私も、「これでも結構忙しいんだから……」と文句を言っていたが、母には、「あら、どうせ部活やってないんだから、とても暇でしょ?」と切り返されてしまうし、妹に至っては、「私の言うことが聞けないの?」とばかりに蹴りやパンチをいれてくるので、高二になった今では黙って家事をこなすことにしている。

 しかし、慣れてくると、家事は結構楽しいものだし、第一、私の一番嫌いな「外に出て他人と話をする」ことをしなくていいので、内心、かなりほっとしている。それに、母は、家事を全て片付けた後の時間は全て自由に使わせてくれた。そして、私がその時間、昼寝をしようが空想に耽ろうが決して文句を言わなかった。

 そう、今までは……。


 それは、夏休みも終わりに近づいたある日の午後のことだった。

 私は、いつものように太陽の光をいっぱいに浴びてふかふかのふとんを取り込み、ぱりっと乾いた洗濯物を父母の寝室である畳の部屋でたたんでいた。

 自分の部屋は西向きでとても暑かったが、畳の部屋は午前中しか日があたらず、時々風も通ってきて非常に涼しかった。が、しかし、二、三日の雨のせいで溜りに溜まった洗濯物の山は容易には崩れず、たたんでいるうちに、私はだんだんいらいらして、面倒だなあという気持ちになっていった。

 とうとう私は、山のような洗濯物をたたむのを途中でほっぽりなげ、積み上げてあった父のふとんに頭を乗せた。

 そうやってぼーっとしていると、いつもなら『別の世界』へ『片足を突っ込む』(空想に耽る)ことができるのだが、このときは違った。何時までたっても『扉が開かない』(空想の世界に入れない)のだ。その代わり、色々な、思うだけで腹の立つ雑念が飛び込んできた。

 事の起こりは、昨日の夜にさかのぼる。高校で、あまり仲良くしているとも思えない人から、「クラスでカラオケ大会をするから来ない?」という電話がかかってきたのだ。

 行っても、みんなの前で歌える歌を一つも知らないし、余り面白くなさそうなので丁寧に断わったが、何故かそれが母と妹の気に障ったらしい。いつもはあまり干渉してこないのだが、昨日は、私が「もう、自分のことなんだからいいでしょ」と、がらにもなく大声を出してしまったぐらいしつこく干渉してきた。

 母は、「もう少し高校生らしく友達と話したり、遊びに行ったりできないの?」と言ってきた。ちなみに、母の言う『高校生らしい』とは、友達とわあわあ騒いで遊んでいて、てきとうに勉強すること、らしい。

 妹のはもっと辛辣だった。「どーしてお姉ちゃんはふつーじゃないの? 高校生だっていうのに子供っぽくアニメソングばっかり大声で歌ってるし、いつもぼーっと変なことばかり考えてるし、アニメの主人公に熱をあげてるし、男よりも女のほうが好きだなんて、これじゃあ絶対変態よ!」

 これを聞いて、私は泣きたくなった。もちろん、母も妹も私のことを心配して言っているのだと思うのが、私としては、腹も立ったし落ち込んだ。

 確かに、私は子供っぽいし、引っ込み思案だし、人付き合いは下手だし、友達と何を話したらいいのか知らないし、流行りの歌一つ知らない。でも、今まではそれでいいと思ってきたし、母も妹もそのことでは何も言っていなかったのだ。それなのに……。

 私自身、自分の今の性格や行動に全然自信がなかったので、落ち込みはかなり激しかった。

〈あーあ、やっぱり『ふつー』じゃないとだめなのかなあ……〉

 私はそう呟きながら、ため息をついた。


 バサッ、ガサバサッ!

 ベランダにつながる窓の近くで突然起こった物音に、私はビクッとして起き上がった。

 ガサッ、ガサガサッ!

 畳を軽く引っかくような音がだんだんと部屋の中に入っていく。

〈風の音、じゃない、よね……〉

 私は側にほっぽりなげてあった雑誌を手に、音のするほうへ少しびくびくしながら近づいていった。

 ガサガサガサッ!

〈あっ!〉

 開けはなたれた押し入れの障子の近くで、私は音の正体を見つけた。それは体長十五センチぐらいのとかげ(正確にはヤモリ)だった。

〈……やばっ、障子が開いてる!〉

 障子を閉めようと私が動くより速く、とかげは押し入れの中にするするっと入り込んでしまった。

〈お、おい、ちょっと……〉

 私は慌てて障子を勢いよく開けた。途端に、冬用の重い掛布団がどさっと落ちてくる。

 やっとのことで布団から這い出してみると、とかげの姿は影も形もない。

〈おっかしいなあ……〉

 布団袋の端をつまんだり父の釣り糸いれの袋を退かしたりして調べてみたが、どこにもいない。諦めて障子を閉めようとすると。

 バタガサガサッ!

 また畳を引っかくような音がして、とかげが現れた。そのとかげは、不格好な足をガサガサいわせてたたんだ洗濯物がてんこもりに盛ってある洗たくだらいの影に逃げこんだ。

「もう逃がさないわよ……」

 洗濯だらいの陰をそっと覗き込む。次の瞬間、偶然、とかげと目があった。

 まるで、つやつやとした黒ビーズのような目だった。薄い白緑の体にくっついたその黒い目は、何事にも動じない毅然とした表情をしているように思えた。

 そんなとかげの表情を見て、私はふっと心が和んだ。何故かは分からない。だが、何かもやもやっとしたものがすーっと晴れたようだった。

 私は親愛の気持ちを込めてとかげを見た。が、しかし、とかげをずっとこのままにしておくわけにはいかない。この畳の部屋は両親の寝室なのだ。こんなものがいたらさっさと殺してしまうに決まっている。

「じっとしてて。逃がしてあげるから」

 私は洗たくだらいの上からそうっと近づいた。が、少し目を離した瞬間に、とかげは音もなく消え失せてしまっていた。

〈あれ、どこへいったの?〉

 畳の部屋や廊下、隣の部屋までしらみつぶしに捜したが、ついにとかげは姿を現さなかった。

〈あのとかげ、一体何者だったんだろう……〉

 私はかくんと首をかしげた。

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