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楽園

 ある市の郊外にある小学校の裏手にある小さな池には、不吉なジンクスがある。毎年必ず、小学校に通う児童の一人が、池で溺れ死ぬというものだ。

 去年も、学校に上がったばかりの少女が、池の周辺で行方不明になった。

 そして、今年も?


 息を弾ませ、池に張り巡らされたフェンス横に倒れ込む。

 彼奴らも、此処までは追って来ないだろう。少年の願望に似た予測は、しかしあえなく外れた。

「探したぜ」

 すぐに、大柄な少年が三人、少年を取り囲む。がさつそうに見える三人は、逃げた少年が背負うランドセルを無理矢理少年の背から引きはがすと、そのランドセルを高く投げ上げた。

 何度か三人に痛めつけられている所為でぼろぼろになったランドセルは、高いフェンスを越えて池に落下する。ぼたっという、池に落ちたとは思えない音が、少年の耳に暗く、響いた。

「今日はこれくらいにしとくか」

 三人の真ん中に立つ、リーダー格の少年が、フェンスに指を絡ませて池に落ちたランドセルを呆然と見詰める少年の肩を小突く。

「また告げ口したら、今度はお前を池に放り込むからな」

 恐ろしい言葉を残し、三人は勝ち誇ったような顔をして帰って行った。

 後に残ったのは、弱々しく座り込んだ少年だけ。

〈どう、しよう……〉

 沈むでもなく、さりとて流されるでもなく、ただプカプカと浮いているぼろぼろのランドセルを、絶望感と共に見詰める。ランドセルを背負わぬまま帰宅すれば、虐められたことが両親に分かってしまう。両親は担任の先生に連絡し、担任の先生はあの三人を叱るだろう。そしてまた、明日、少年は三人に虐められるのだ。堂々巡りの、毎日。しかしそれを止める術を、少年は知らなかった。

 フェンス傍まで迫る、ドロドロの池面を、見詰める。辺りがすっかり暗くなり、ランドセルが見えなくなっても、少年はその場に座り込んでいた。

 と。

 冷たい手が、少年の肩に置かれる。驚いて振り向くと、少年の背後に、これまでに見かけたことの無い、スーツ姿の男性が立っていた。

「此処に居てはいけない。家に帰りなさい」

 無表情な顔から話される優しげな言葉に、首を横に振る。帰れない。帰れば、『明日』が来てしまう。……辛い、『明日』が。

「そうか」

 少年の返事に、男性が微かに笑ったような気がした、次の瞬間。

 少年の周りが、不意に冷たくなる。少年の目の前に漂う自分のランドセルが、少年が池の中に居ることを教えた。

「池の中は、恐ろしいか?」

 男性の言葉に、首を横に振る。冷たく、暗いが、それでも此処に居れば、『明日』は来ない。少年はそう、理解した。

「そうか」

 男性はただ、それだけ言うと、少年を池の底の楽園へと誘った。


 今年も、ジンクス通り、小学生が池の周辺で行方不明になった。

 そしておそらく、来年も。『明日』に絶望した者が、池中にある楽園に誘われるのだろう。苦痛の無い、楽園に。

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