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甘露

 茶葉の銘柄に関係なく、紅茶はストレートで飲むのが(あきら)と、双子の妹の(さとり)のこだわり。

 だが、時には、砂糖をたっぷり入れた甘い紅茶を飲みたくなるときも、確かにあった。

 例えば。


「さとちゃん、起きてる?」

 淹れたての紅茶が入った魔法瓶と陶器のカップを二つ抱えて、悟の部屋の扉を開ける。

 ナチュラルカラーで統一された、しかし小さな本棚が一つと文机しかない畳の部屋の真ん中で、敷かれた布団の固まりがごそっと動いた。

 もぞもぞと布団から這い出した妹の顔は、青白く浮腫んでいる。それでも、本当に、髪型以外は鏡を見ているみたいにそっくりだ。とりとめもなくそう思いながら、晃はカップの一つを妹に差し出した。

「頭痛いの治った? はい、いつもの紅茶」

 悟の横にあぐらで座り、上半身を布団の上に起こした妹に魔法瓶を見せてから、二つのカップにそっと、紅茶を半分注ぐ。悟は黙ったまま、晃から受け取ったカップを口に持っていった。

「どう、甘い?」

 晃の言葉に、悟がこくりと頷く。だが次の瞬間、悟のカップが細かく震えるのが、晃にもはっきりと分かった。

「あきちゃん……」

 擦れた声で、悟が呟く。震える妹の背中を、晃はそっと撫でた。

 これ以上、悟に何か言われると、晃の方が泣きそうになってしまうから。

 そして。……悟の口から「あの言葉」を聞きたくないから。


 悟の頭痛の原因は、晃には分かっている。この街が、人が多く、空気も悪く、その上何もかもがせかせかしているこの街が、悟には耐えられない。ただ、それだけのことだ。

 普段の悟は、そんなことなど全く気にしない様子で大学に行ったり家事をしたりしている。しかし何か、例えば、大学で出された課題が難しすぎて解けなかったとか、同級生とうまく話せなかったとかといった、本当に些細なことで、悟はすぐに落ち込んでしまう。そして「頭が痛い」といって布団の中に閉じこもってしまうのだ。

 晃自身も、悟と同じような理由で落ち込みたくなるときが、多々ある。だが、自分は悟のたった一人の姉なのだ。双子だから、普段は姉だの妹だのといったことは気にしないが、悟が落ち込んでいるときだけは、自分は落ち込んではいけないと強く思う。

 その想いを鼓舞する為に使うのが、甘い紅茶。


 それに。魔法瓶からもう一杯分、自分のカップに紅茶を注ぎながら、唇を噛み締める。この街に行くと決めたのは、自分達なのだ。晃は音楽の為、悟は数学の為に。高校卒業まで居た田舎町では、音楽も数学も専門的には勉強できないから、二人は故郷を捨て、この街に来た。

 悟があの田舎町を恋しがっていることは、よく分かっている。晃自身もそう思って、いるのだから。だが、帰ってもどうにもならないことも、二人は知っている。母が亡くなってしまった今となっては、父のない子達にどこかよそよそしかったあの町と自分達を繋ぐモノは、何もない。

 だからこそ。悟の口から「帰りたい」という言葉を聞くのが、腹立たしくもあり、怖くもある。黙ったまま肩を震わせている悟を、晃はただ静かに見守った。


 しばらくして。晃の目の前に、カップが差し出される。

「もう一杯、ね」

 無言のままの妹ににこっと笑ってから、晃は床に置いた魔法瓶を持ち上げた。

「ごめんね。……ありがとう」

 カップに紅茶を注ぎながら、ちらりと悟の顔を見る。悟の顔色は、先ほどより大分良くなっていた。もう、大丈夫だ。

「うん、別に」

 晃はわざと素っ気なくそう答えると、今度はたっぷりとカップに紅茶を注いだ。

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