第17話 酔っ払い
投稿再開いたしました。
遅くなってしまい申し訳ありません。
翌朝、鼻腔をくすぐるような甘酸っぱい香りと太陽の光で目を覚ましたルリカは起きようとしても中々上体を起こせないことに気付く。
「……んん」
その理由はすぐに判明した。
ルリカの上に覆いかぶさるように抱き付いてスヤスヤと寝息を立てる妹、リリだ。
絶世の美少女と呼んでも過言ではないリリが自分に抱き付いて、あまつさえ気を許して寝ているなどと誰が想像できただろうか。もう少しだけこのままでいたいのはやまやまだが、これ以上は健全な男子高校生にとってつらいものとなるだろう。
「……リリ、起きて」
人差し指と親指でリリの頬をむにっと抓る。リリの頬はまるでシルクのような肌触りで、押し返されるほどの弾力を併せ持っていた。何だか癖になりそうだとルリカは直感した。
「………ひゃに、おねえひゃん」
リリは今にも二度寝に突入してしまいそうな重い瞼を根性で薄っすらと開けつつルリカを見ていた。
「もう朝だから起きて」
「……あとちょっと」
「ダメ」
ルリカがリリを強く揺すって、やっと起きたリリは片目を閉じたままルリカと共に洗面所へと向かった。
★ ★ ★
冒険者ギルド受付―――
ルリカとリリは1時間以上も時間をかけて身支度を整えてそこにやってきた。
リリは昨夜ルリカと会うまで飲まず食わず、不眠で走り続けて来たため疲れが一気に来たようだ。しかし、たった数時間寝ただけである程度回復してしまうなど常軌を逸している。
聞いてみたところ、ウェリアのエルフはほとんどその体質のため特に珍しいものではないらしい。
「ああ、ルリカちゃん。おはよう。今日はどうしたの、ってその子は?」
「おはようございます、セリアさん。実はこの子は私の妹なんです」
「よろしくお願いします、セリアさん。妹のリリ・エインズワースです」
リリはどこかの令嬢のような挨拶はせず、戦士の風格を漂わせたまま如何にも冒険者らしい右手を上げるだけの軽い礼を済ませる。
セリアもここに来るのは冒険者ばかりなので一々、そんな礼儀がなっていないなどとは口にしない。よってセリアは自身も右手を軽く上げるだけで挨拶を済ませてしまう。
「い、妹ですか」
軽く挨拶を済ませてしまう、とはいうものの表情は少し引き攣っているようにも見える。
ルリカはこのギルド始まって以来のAAランクスターターであり、たった数日で数百万を稼ぐほどの逸材だ。その妹が来たとなれば、もしかすればAランクスターターになる可能性も無きにしも非ず。
周囲もルリカの妹と聞いて人だかりができ始めていた。
リリは登録用紙を素早く書き終えると係員に案内されて地下訓練場へと向かった。
もちろん、ルリカも、周囲に出来た人だかりも一緒に。
今回のリリの相手は意外とすぐ現れた。どこかで見たかのような巨漢だったが、ルリカは人違いだろうと思い、目を逸らした。
リリは緊張なんてするわけがないと言わんばかりに両手に持つ双剣を見つめたり、ジャグリングのように投げて遊んでいた。
「それではこれよりランク考査に入るが、両者とも準備はいいか?」
審判のギルド職員がそのように言った後、リリは敵の巨漢を見るまでもなく双剣を手に軽く頷いた。その態度に巨漢は明らかに額に青筋を浮かべながら「……ああ」と低い声音で肯定した。
「始め!」
審判が宣言した瞬間、リリはルリカ以外には見えないような速度で駆け出した。地面にすれすれになるような低い体勢でスタートダッシュを決めたリリはたった一秒で巨漢の背後に到達する。
突然、目の前からリリが消えたことを一秒後ようやく理解できた巨漢は目を見開き共学しようとするが、そんな暇をリリが与えるはずもない。
20メートル以上は離れていたはずの距離を一秒以内に移動する瞬発力と脚力。時速にして初速72キロを優に超える速度で生み出されたエネルギーは異常だ。例え華奢なリリの脚から放たれた蹴りでも破壊力は言うまでもないだろう。
ミシッ、と骨が異様な音を立てて折れた音の直後、巨漢は数十メートルを無様に転がっていく。巨漢がいた場所には右足で回し蹴りを終えたまま動かないリリがいた。
「な、なんだあの子はッ!?瞬間移動かッ!?」
「あんな小さな子の生むようなパワーかぁッ!?ダリー(巨漢のこと)が蹴り飛ばされるなんて………」
「エルフだから当然なのかッ!?それにしても早すぎるッ!」
ギャラリーは瞬間移動したかのように見えるようだが、ルリカにはしっかりとリリが何をしたのか一部始終見えていたので苦笑するしかなかった。
瞬間移動じみた移動速度、さらにそんな移動速度と急ブレーキをかけるような圧倒的な脚力、高速移動しつつ回し蹴りをするような体幹バランス、何をとってもリリは明らかに普通のエルフを超えているようにも見える。
「……気持ち悪い目でお姉ちゃんを見るな」
しかし本人はほとんど姉であるルリカを醜悪な目つきで見ていた巨漢に対して憤りを感じていたためそんな周囲の声など聞こえていなかった。
「や、やめッ!」
審判がランク考査の終了を告げた時点でリリがAランクスタートをその場にいた誰もが確信した。
★ ★ ★
リリは満面の笑みでルリカと腕を組んでミカの服屋へと向かっていた。
理由は単純。ギルドで行われたランク考査によってリリはルリカと同じAAランクスタートを告げられたからだ。ルリカと同じランクというだけでリリはまるでクリスマスにサンタからプレゼントを貰った子供のようにはしゃぎ出した。
「……お姉ちゃんと一緒。お姉ちゃんと一緒。お姉ちゃんと―――――」
先程からまるで狂ったように同じ言葉を繰り返し呟き続けるリリに少し恐怖しつつルリカは少しほっとしていた。
リリはカミソリのように鋭い目つきで巨漢を睨んでいたところにルリカが近づいていくだけで警戒心をあっさり手放して可愛らしい表情に戻ったのだ。ルリカは自分自身がリリのストッパーになれると自覚することができた。
こうしているリリは傍から見ればただの可愛らしい美少女だが、いざルリカが絡むと恐ろしいほどの力を発揮する。
そうこうしているうちに二人はミカの服屋に辿り着いた。
「ミカさん、います―――――」
「ルリカちゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!」
ドアを開けた途端、非常に強い酒の匂いがしたと同時に顔を真っ赤にしたミカがダイブしてきた。
「酒臭っ!ミカさん!?」
ルリカは咄嗟にダイブしてきたミカをキャッチした。キャッチできたのだが、直後、信じられない速度でルリカの口元に手に持っていたジョッキを運ぶ。
「うっ!?」
信じられないアルコール度数の酒がルリカの鼻を刺激する。エルフとなって身体的に凄まじく高スペックとなっているため、なまじ嗅覚も強い。吐き気を催すような強い酒をミカは平気で飲んでいたのだ。
「ミカさんダメですッ!」
咄嗟に手で口元を隠してジョッキの中の酒をどうにか飲まないように拒む。
「えぇぇぇん、ルリカちゃんが、ひくっ、私のお酒、飲んでくれないよぉぉぉ!」
涙目で駄々っ子のように喚くミカは、二日前、ルリカを戦慄させた得体の知れない人物は見る影を失い、今ではただの酔っぱらいと化している。
「ああ、もう!“感電”!」
指先をミカの首筋に当てると、詠唱をほとんど破棄して微弱な電気を作りだす。地球で言うところのスタンガンだ。
「あふぅ……」
ビリッ、と静電気が発生したにしてはやけに大きな音がしてミカを一瞬のうちに感電させる。身体の力が抜けたミカは朦朧とする意識の中でも、ジョッキを最後まで手放すことはなかった。
「ミカさん、なんでこんなになるまでお酒を飲んだんだろう……」
ルリカは疑問を抱きながら、店の中でかつて着せ替え人形状態となった場所に向かい、ミカを寝かせる。
「リリ、悪いんだけど、服はまた今度にしよ?」
「うん、私は全然大丈夫だけど、その人大丈夫そう?」
「あと数分で目を覚ますと思うけど……酔いは残っていると思う」
リリは苦笑しつつ、ルリカは困惑しつつミカの穏やかな寝顔を見ていた。
「……“回復”」
気休め程度ではあるが、光属性魔法の現在ルリカが持ちうる唯一の回復魔法を唱えてその場を後にした。
次回は3、4日以内に仕上げたいと思います。
また、2作目を来年から投稿したいと思っています。よろしければ、そちらの方もご覧いただきたいです。
感想等、宜しくお願い致します。