第16話 妹とお風呂
場所は“荒くれ者の宿”の浴場―――
唐突だが、ルリカはかなり動揺していた。
その原因たる人物はルリカが赤面していることにお構いなくルリカの髪を洗っていた。
今日、街中で再開した自称(?)妹のリリ・エインズワースは、ルリカの髪を洗うのが天職と言える程慣れた手つきだった。職人技と言っても過言ではない。
ここは、浴場。すなわち、お互いタオルも巻かない生まれたままの姿というわけで―――そんなことを意識するたびにルリカは顔を真っ赤にしてしまう。
「お姉ちゃん、痒い所とかない?」
「な、ないよ!?」
声が裏返りそうになったが、必死に我慢しつつルリカは返す。
そんな動揺しっぱなしのルリカがよほど可笑しいのかリリは終始微笑んだままだった。
ようやく髪を洗い終えて、今2人で入るには少し狭い湯船に背中合わせで浸かっていた。
「そう言えばさ、リリはその……内心どう思っていたの?昔の私の事」
ルリカは何となく感じていた疑問をリリにぶつけてみる。
7体も精霊を使役し、果てには天才扱いされた姉だったらしいこの体の本当の主に対して劣等感などを感じていたのではないかとふと考えてしまったのだ。
「自慢のお姉ちゃんだよ?使えない魔法なんてないぐらいの魔法適性だったし、剣は私の方が強かったけど弓に関しては文句の付けどころがないくらい美しかった。そんなお姉ちゃんを持てて幸せだったよ」
リリの顔は背中合わせで見えなかったが、その声には少しばかり無理しているような感情が含まれているのをルリカは見逃さなかった。
「……それって本当?」
ルリカは数多の戦闘の中で培った洞察力でリリの核心に迫ろうとする。戦いの中で敵の仕草、クセを見つけ出しそれを突く、という事を優先事項としているためかリリの言葉にはほんの少し“嘘”を感じてしまったのだ。
「……そうだね、本当は悔しかったよ。お姉ちゃんだけ、天才扱いされて私のことは誰も見てくれなかった。ひたすら剣と向き合って血の滲むような努力をしてもお姉ちゃんには届かなかった。果てには両親にさえ見捨てられかけていた時もあった………」
リリは当時の記憶を思い出したためか、悔しさで身を震わせる。顔は見えないが、涙を溜めているに違いない。
「でも、お姉ちゃんだけはいつも私の隣にいてくれた。最初は情けだと思って、拒絶したけど、お姉ちゃんはそんな私をいつも見守ってくれていた。数年前だけど、自暴自棄になっていた私が森の奥深くでモンスターの群れに襲われた時があったんだ。斬っても斬っても次から次へと湧いて出てくるモンスターに、私は最終的に膝を折ってその場に倒れてしまった」
リリは少しだけ嗚咽を漏らしてその時に感じたどうしようもない死のイメージを振り払おうと目を擦る。
「……でもね、お姉ちゃんがその時駆け付けてくれた。“身体強化”を通常の倍以上、自分に掛けてボロボロの状態でモンスターを一掃したんだよ。最初は信じられなかった。誰も認めてくれなかった私をお姉ちゃんだけは認めてくれていたと、その時になってようやく理解できたんだ。それ以来、私は劣等感も力の差に嫉妬することもなくなって、純粋にお姉ちゃんの為に何かしたい、隣に居続けたいと思うようになった」
ルリカはリリの声音に信じられないほどの決意というか覚悟が籠っていると直感した。忠誠、と呼ぶにはあまりにも足りないほどの何かがリリの中に存在している。それは“狂気”に近いといってもいい何かだ。
リリの剣の腕はたった数秒しか見ていないが、その事件をきっかけにして信じられないほどの鍛錬に励んだと想像するのは容易かった。
「……だから、私はお姉ちゃんの敵は絶対に赦さない。お姉ちゃんを傷つけるような奴は私が、って、お姉ちゃん?」
ルリカはほとんど無意識にリリの背中から抱き付いていた。どうしてそんなことをしたのかルリカ自身よくわかっていなかった。
「……もう少しこのままで」
「うん、お姉ちゃん」
その後、のぼせる寸前まで湯船に浸かったルリカとリリは着替えて自室に戻った。
★ ★ ★
寝る前までリリから過去のことを聞いていたルリカは脳内で全て整理していた。
まず第一、1か月前、ルリカ・エインズワース(リリから聞いた情報によるこの体の主の名)は数百年以上昔の禁書の解読に成功し、異世界から生命体を召喚するという実験を行ったが、召喚の儀は途中まで成功したにもかかわらず、最終的に眩い光に包まれた直後、ルリカは消えていたという。
第二、リリはその時、凄まじく動揺し発狂する寸前まで壊れそうになったが、ウェリア一の大予言者レイモンドのお告げに従い、ルリカを探す旅に出たという。
第三、割とルリカが飛ばされた場所は近く、と言っても全力で走り続けて3週間はかかる距離をわずか2週間で踏破して冒険都市イタラに入った直後、ルリカを発見した時にあのお坊ちゃまと敵対していたので割り込んだという。
(よくできたストーリーだけど、どうにも腑に落ちない……)
何かが頭の中で引っかかるルリカはリリからより詳しいことを聞くためにも今日のところは寝て、また明日色々と聞くことにした。
リリはルリカの行くところに絶対付いていくと言って、ウェリアに帰る気は毛頭ないらしい。ルリカとしてもこの世界の地図はこの冒険都市イタラ以外のものがないので、道案内兼頼れる仲間ができるというのにメリット以外ないので快く了承した。
「それじゃあお姉ちゃん寝よ?」
「うん」
「寝よ?」
「……うん」
「寝よ?」
「…………分かったからそんな目で見ないで」
リリは上目遣いでルリカを見て、それに観念したルリカが掛け布団を頭から被る。
「むう……えい!」
頬をリスみたいに膨らませたリリは布団の中に躊躇わず侵入してくる。その動きに迷いはなく、穏やかに微笑んでいるだけに見えるがその中には少しだけ腹黒い何かが潜んでいるようにも感じた。
そこでようやくルリカは自分の位置について致命的なミスをしていることに気付いた。ベッドの内側を見るように寝ているため、今リリが布団の中に侵入しその可愛らしい瓜二つの顔が目の前にあるのだ。
リリから女の子らしい甘酸っぱい果実のような匂いが被った布団の中で漂い、おまけに鼻と鼻が付きそうなほど近い。元の世界でこんなに可愛い美少女とここまで近い距離になったことがあるだろうか、いやないだろう、とルリカの脳は断ずる。
「……ねえ、お姉ちゃん?明日は何するの?」
「取り敢えず、西方ダンジョンの“死区”で荒稼ぎするつもりだよ。その為にもまずリリも冒険者ギルドに登録しに行こ?」
「分かった。それなりのランクに成れればいいって感じかな………それで、その後は?」
リリは明日の予定を事細かく聞いてくるのだが、これも長年の習慣というやつらしい。ルリカ・エインズワースから次の日の予定を聞き、それに合わせる、というのがリリのルーティンだ。
ルリカ・エインズワースが研究に没頭したいというならば、図書館でその手伝い。魔法の訓練をしたいというならば、その対戦相手。いつでもどこでもルリカ・エインズワースの傍から離れないと決めたリリからすれば至極当然のようなことだが、地球基準で言えば重度のシスコンであると診断されるだろう。
「リリの服を新調しようか。私の服もそこまで多くないし、旅に出るつもりだからそれなりに着替えは必要だから」
「……私はお姉ちゃんのお下がりでもいいんだけどなぁ」
「ん?何か言った?」
「何でもないよ、お姉ちゃん」
こんな至近距離だというのにリリの小声を聞き取れなかったルリカは関係のないことだと勝手に断じて話を次に進める。
「それなりにお金が貯まったらこの都市を後にするつもりなんだけど……リリはこの世界の地図とかわかる?」
「うん、世界地図ぐらいなら全部覚えているよ。お姉ちゃんにあれこれ教えてもらったし、秘境とか細かいところは分からないけど国とその都市なら大丈夫」
「そう、ありがとう」
ルリカの今のところの目的は旅に出ること。そして、個人課題と共通課題をクリアして【スペシャルボーナス】を手にすることだ。つまり“天命祭”を勝ち抜くということだ。
そのためには仲間がいる。自分ひとりでやらなければならないことだと分かっていても、こんな勝手のわからない世界では必然的に仲間がいる。常に傍にいてくれて背中を任せてもいい仲間が。
リリはこの世界で初めてできた仲間だ。会って一日も経っていないのに、何故かリリは信頼できる気がする。人を見る目はあるが中々信頼できないと自負しているルリカだが、こんなにもすぐ誰かと打ち解けたのは初めてかもしれない。
「お姉ちゃんの記憶が戻ってくれるなら私はそれだけでいいんだよ。それまでは、絶対に誰にもお姉ちゃんを傷つけさせはしないから安心していいよ」
「……ッ」
ルリカはリリの笑顔にドキッとしつつ、罪悪感を抱いてしまう。もうルリカ・エインズワースはこの世界にはいないかもしれないというのに。無垢なリリを騙しているような気がしてルリカは身を引き裂かれるような気分だった。
12月3日より1週間ほど諸事情により投稿をストップすることになりました。本当に申し訳ございません。
次回は12月10日以降に投稿することになると思います。
感想等、宜しくお願い致します。