第10話 ”止まった世界”
そろそろ他の登場人物たちも出そうと考えていますが、もうしばらくほどルリカの戦いを書きたいと思います。
西方ダンジョン―――――
そこは多くの中級冒険者たちが集う荒稼ぎをするにはちょうどいいと呼ばれている場所だ。ルリカの姿は当然そこにあった。
目的は“魔石”の大量採取だ。西方ダンジョンは規模的に言えば冒険都市イタラでは2番目のものだが、モンスターの量が尋常ではないのだ。至る所にモンスターが湧くスポット―――“ハウス”が存在しており、常に西方ダンジョンにはモンスターが100以上は存在していると言われている。
そしてモンスターから採取される“魔石”の質も北、東方ダンジョンで採れるもの以上の物なので、“魔道具”制作において重要なファクターとなる。
そんな西方ダンジョン内でルリカは“ハウス”を探し歩いていた。
女の子の体となってから“技術”が違う体となったことで少しばかりのズレが生じたため、叩き直す意味も含めてなるべく人気のない“ハウス”を探していたのだ。
「……よっと」
道中、コボルトやスケルトン兵(剣士タイプ)が幾度も襲ってきたのだが、その度に合気や柔術で叩き伏せられては首の骨を折られるという非人道的な反撃を喰らってしまっていた。単純な攻撃しかすることができないモンスターを倒すというのはルリカにとって非常に機械的だったと言わざるを得ない。
ルリカ目がけて突進してきたコボルトはルリカに触れる寸前に来た道へと投げ返されてしまい、真上からボロボロの鉄剣を振り降ろすスケルトン兵は剣を持つ腕(骨だけ)を肘と膝で粉砕されて体重を全て乗せた拳で首をあらぬ方向へと曲げられてしまい、結局両者とも何もすることが赦されぬままルリカの進撃を許してしまっていた。
「万象を穿て、“瓦礫弾”」
次第に面倒になって来たルリカは何もないところに直径30センチぐらいの石を創りだして無慈悲にも発射して穴だらけにされる度に空間倉庫”に放り込まれていくコボルトやスケルトン兵はとても哀れに見える。
そして、小一時間ほど進んだところで急激に襲ってくるモンスターの数が増え始めたのをきっかけにギアを上げたルリカは魔法を止めて徒手格闘に切り替えた。
「……それにしても多いな」
先ほどから相手をしているコボルトやスケルトン兵の数は数分おきに倍以上に膨れ上がって来たのだ。如何にルリカの“技術”が幅広いとは言え、一分間に戦わなければならない相手が数十体以上というのは過酷だ。
しかし、そんなことはお構いなしでコボルトやスケルトン兵は突撃して来る。
ルリカは頬に冷や汗を流しながらも迷うことなく敵の中心へと向かって行った。
★ ★ ★
“ハウス”は全冒険者にとって最高の稼ぎ場なのだが、“ハウス”―――つまりモンスターの湧く場所付近では毎分100以上のモンスターが発生するため、パーティーを組んでも最低“ハウス”中心から100メートル以上は離れた場所で戦うのが定石だ。
しかしそんな定石はルリカ相手では無意味だった。
死亡率が最も高い“ハウス”中心で無双するルリカを遠目で見てしまった冒険者たちは口を揃えてこう言った。
―――――本当にただのエルフか?―――――と。
危険な場所に身を置くことこそルリカの習得した“技術”が真の力を発揮する場所にして成長できる場所でもある。
360度、自分の周囲は全て敵という状況下でルリカは氷のように冷たい蒼色の瞳はコボルト、スケルトン兵の一挙一動を全て見切り、か細い体はまるで大樹の根のように不動で、一瞬で幾度もの正拳、裏拳、蹴り―――――様々な攻撃を繰り出していた。
コボルトやスケルトン兵の弱点である胸辺りの“魔石”への強い衝撃を与える、ということを全く気にせずに与える攻撃一つ一つに迷いは欠片ほども存在していない。故に時には頭蓋を砕くことさえ厭わずにやっているため、身動きが取れずに味方に踏まれて圧死するというケースが発生している。
「………はあッ!」
気合の込められた拳が一閃され、拳の先にいたモンスターを吹き飛ばして血の道を作り上げる。魔力を込めて放たれた拳の威力は言うまでもない。全身の骨格を利用して亜音速にまで加速された正拳突きに魔力を込めて放つなど、この世界においてルリカにしかできないだろう。
高速で行われる戦いで普通の冒険者たちには目には何が起きているのか正確に把握できている者など皆無だったが、ルリカには違う風に見えている。
襲い掛かる無数のコボルトやスケルトン兵は全て極度に遅く、いやもはや止まって見えていた。
“止まった世界”と呼ばれる限界まで自分を追い込み、鍛え抜いた先にある選ばれた者しか垣間見ることができない異様な程万物万象が止まったように見える世界だ。
何千、何万と繰り返して体に恐ろしい濃さで染み込んでいる“技術”が自然と繰り出される。もはや無意識と言っても過言ではない世界でルリカは一人さらに“止まった世界”の奥深くへと進もうとしていた。
未来視と呼んでも差し支えないほどの観察眼でルリカは敵の動きを数秒先まで読むことができるが、さらにその先、数十秒先を見ようとしているのだ。
かつてないほど集中してルリカは戦闘に没頭していた。死すらも恐れないその姿勢は誰から見ても自殺行為にしか見えないが、人が限界を超えるためには誰もが到達する境地でもある。
―――西方ダンジョンでは一時間以上に渡ってルリカによる蹂躙戟が繰り広げられた。
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