夏の家
ドン、ゴロゴロゴロゴロ
「開けてくれ」
「はいはい、今開けますよ」
がらり戸を開けて中に居るものを外に出す、そのままゴロゴロゴロと転がっていくモノを見送ってドアを閉める、
「はぁ、俺も慣れたなぁ…」
初めて霊を見たときのことなんて覚えていない、物心つくまえから見えていた、自分がどうやら他の人と違うらしいと思ったのは小学校2年生の時、横断歩道でいっつも立っているおじさんに挨拶をしていたら友達にお前なにやってンだと言われた、どうやらあのおじさん、俺にしか見えていなかったらしい。
高校に入ったものの、都会の空気に馴染めず、不登校になってしまって早一ヶ月、田舎の曾祖母の家に俺は避難していた。
世間ではもう夏休み、亡くなった曾祖母の形見であるこの家の世話を条件に夏休みだけ俺は独り暮らしをしていた。
太陽が空のてっぺんに来る頃、取れた夏野菜を包丁で切っているとチャイムが鳴った。
「はーい、」
出てみると一人の女の子が息をきらして立っていた、
「あ、あの!助けて下さい!」
そう言って俺の体にすがってくる女の子、女の子が逃げて来たであろう方向の木からは…
「…分かったから、家の中にいなさい、」
女の子を家に上げ、俺は女の子を追ってきたそれに話しかけた。
「あの子はうちで預かる、諦めてくれ」
「……」
「どうしてもか?」
「…」
「仕方ない、それならばこちらもそれなりの対策をとらせてもらう」
それに背を向けると明らかに怒りが伝わってくる、これ以上話すとこちらも危ない
俺はがらり戸をピシャリと閉めた。
女の子は小学生ぐらいだろうか、服が土だらけだ、
「冷やし中華食べるか?」
「風呂にでも入るか?」
どの問いにも答えはノーだ、仕方なく俺は家にある刃物全てを研ぎにかかった。
すると女の子は俺の隣に座り、刃物が段々鋭くなっていくのを見つめている。
「髪の毛がたくさん入った箱を開けたな?」
ハサミを磨きながら聞くとコクリと頷いた、
「あれにはお札が張ってあって鍵がかけられてたはずだが?」
「…お札は切れてた、鍵は憲ちゃんが開けた…」
その言葉に一瞬刃物を研ぐ手が止まる、
「その憲ちゃんはどうした、」
すると頭を横にふるふるとふられた
「分からないのか?」
無言の肯定にため息をつき、危険な輝きを放つ刃物を全て白布に包む。
「いいか?俺が出たら全部の窓の雨戸を閉めろ、絶対に外に出るなよ。」
少女が頷くのを確認してから外に出る。
奴はうちのすぐ前の木からじっと無い目でこちらを見つめてくる、奴から目を離さないようにしながら研いだ刃物を玄関や窓の前に一つずつ置いていく、一つ、二つ、三つ、全部の窓や玄関に置いた後、やつの様子を見ると笑っている?ように怒っている、そのまま俺は家の中に戻った、
少女はしっかりと仕事を果たしてくれたようだ、念のため全部の窓の雨戸が閉まっている事を確認してから少女にヒトガタを渡す、
「絶対に放すな、」
そう言いつけてから不安そうな少女の目の前に座る。
「怖いか?」
頷く少女を見るのはこれで何回目だろうか
「あれは大昔の人の髪の毛だ、誰のかは分からん、性別も、年も、でもあれには恐ろしく何かが詰まっている、だから消えない、俺はあれをお髪様と呼んでいるが…」
少女の怯えが酷くなってしまった…失敗したな…
やつが手を出してきたのは深夜12時頃だった、ミシミシという音と共に家が軋む、
(来たか…)
少女が俺の服の袖を掴むのが分かる
ガリガリ、ミシィッ、ガチガチ様々な音が飛び交うなか少女が悲鳴を上げた、指差す方向を見ると髪の毛がチロチロと動きながら勝手口に侵入していた、
(くそ、砥が甘かったか)
「そこにいろ!絶対にヒトガタを放すな!」
と少女を怒鳴り勝手口の前で腕を組み、あぐらをかいて座る。髪の毛がするりと伸びて俺の頬を撫でた瞬間、扉が吹き飛ばされそうな勢いで叩かれた。
ズドン!ズドン!ズドン!やつが滅茶苦茶に扉を叩いてくる、ドン!ドン!ドン!俺はギュッと曾祖母の形見の数珠を握りしめた。
朝日が昇るのと同時にお髪様が勝手口を叩く音も弱まっていった、勝手口を開けるとやつがいた、人の慎重よりも少しだけ大きいそれは黒い糸状の塊にしか見えない、が目が見えた、初めて奴の目という物をみた、そしてやはり、笑っている様に怒っていた。
「お髪様、お帰りください」
そう言うとズリッ、ズリッと髪の毛を引きずりながら視界から消えていった、その後家の周りに置いた刃物を回収した、どれも全て酷く錆びてしまっていた。
少女は…寝てしまったようだ、だがしっかりとヒトガタは握られている、しかし、白い紙で出来たヒトガタには髪の毛がびっしりと巻き付いていた、
「危ない所だった…」
小さなキャンプファイヤーみたいな物を作り、そこにヒトガタを投げ込み燃やす、すると少女が近くに寄ってきた、
「そのままにしておくと場所を覚えられてしまうからな」
「あの…ありがとうございました」
少女の声を久しぶりに聞いた気がしてビックリしてしまう、うんとかまぁみたいな曖昧な返事をしてから燃えきったヒトガタの灰を袋にかき集める。
その後少女を連れてバス停に向かう、
「あの…」
変な所に連れてこられて不安なのだろう、しかし…
「お父さんとお母さんの所に帰りたいか?」
頷かれた、そうか…
「親の顔を思い出せるか?名前でもいい、」
少女は少し考えてから横にふるふると首をふった、
「やっぱりか…単刀直入に言わせてもらう、君はもう死んでいる、なんでそんな事になったのかは正直俺にも分からん、多分相当長い間その姿で奴から逃げ続けていたんだろうな、両親の顔すら思い出せないくらいね」
少女の顔には少し動揺が見えたが、すぐに納得した顔になった、どうやら自分でも思う所があったんだろう。
遠くから風が吹いてきた、
「ほら、迎えだ」
少女も同じ方向を向いてからくるりとこちらに体を向けて
「ありがとうございました」
と頭を下げた。
「どういたしまして、」
そう返してまばたきをした直後、少女の姿はもう見えなかった。
朝食を食べた後、札を持って山に登った、髪の毛が入っている箱はやはり開いたままだ、出来るだけ触れる時間を小さくしながら箱にトングで髪の毛を戻し、箱をとじ新しい札を張って鍵をかけた、その後ヒトガタの灰が入った袋を置いて箱と一緒に土に埋めた、人が不審に思わないくらい自然な雰囲気に埋めた直後、何かの気配を感じて勢いよく振り向く、がただただ木が広がるだけだった。