3.シルティアの足
私は皆の住処からは少し離れた場所にある、岩がくり抜かれた場所にやって来た。
「あ、あの…」
「なに?今忙しいんだが」
「話を少し聞いてもらっても、いいですか?」
「あん?…あぁ、あんたかい」
この場所に住むのは、ドロテアさんと言って人魚には珍しい黒髪の人だ。
ドロテアさんは知識が豊富で色んな薬を作っているんだ!普通の風邪薬から怪しげな薬まであって、奇異な存在なんだよね。尊敬されてるけど、恐れられてる。
「適当に座って勝手に喋りな。今手離せないんでね」
「は、はい!お邪魔します」
薬を作ってる最中なのか顔も向けずにそう言われたので、適当な岩に腰を掛けた。
「……」
「………。喋らないなら帰りな」
どう切り出すか迷っていると、痺れを切らしたようにドロテアさんが声を発した。
今更誰にどう思われても変わらないよね?よし、思い切って聞いてしまおう。
「っあの!人の姿になる方法を知りませんか!?」
「は?あんた、何言ってるのか分かってる?」
「ゔ…分かってます。馬鹿な事を聞いているのも、ちゃんと分かってます…」
怪訝な顔をして、こちらに顔を向けたドロテアさんの黒い眼差しが私を捉えた。
そんなドロテアさんに萎縮してしまい、最後らへんは蚊の鳴くような音量になってしまったけれど。
「そんなもんある訳ないだろう」
「で、ですよね…」
「で?何で人の姿になりたいんだい?」
「ただふと思っただけなので、大丈夫です!」
そう言ってその場から逃げようとすると、私の真横を瓶が飛んで行った。その瓶は岩に当たり粉々になってしまった。
「!?」
「あたしが聞いてんだ。きっちり話しな」
「は、はい!!」
人を殺すような視線を向けられて、怯えながら座っていた場所に戻った。こ、怖い…。やっぱり来るんじゃなかったな…。
「…地上に出て、広い世界を見てみたいんです」
本当の理由は話せないので、嘘ではないけれど、それっぽい理由を話す事にした。
他の人魚の前で人間に会いたいからなんて、口が裂けても言えないよ。
「地上には、ここには無い物がきっと沢山あると思うんです。そして、私が生まれて来た意味を見つけたいの…です」
ドロテアさんは無言のままで、話を聞くとか言いながら、聞いてる風には見えない。
だから話し続けなきゃいけない気がして、口を滑らせてしまった。自分が何故生まれて来たのか、そんな疑問を持っている事を。
「ここでも見つけられるだろう。その髪じゃなければだけどな」
「……ここじゃ見つからないです。この髪だから」
自分の赤毛を触りながら呟いた。呪われた真紅の色じゃ、誰からも愛して貰えない。
何の為に、どんな理由を持って生まれて来たのかなんて、こんな狭い海の中じゃ絶対見つからないと思うんだよね。
「あたしは嫌いじゃないがね」
「え!?あ、ありがとうございます…」
「自分が自分を好きにならなきゃ、誰もあんたを好きにはならない」
自分が自分を…?私は自分の事を好きだっただろうか?ううん、嫌いだった。皆に疎まれている自分が嫌で、呪われたこの髪が嫌だ。
私が自分を嫌いだから皆私の事を嫌うのかな?
「ドロテアさんは自分の事が好きですか?」
「当然だろう。あたしはあたしに自信を持っているからね。あんたみたいにビクビクしながら生きるなんて、真っ平ゴメンだ」
気持ちが良いぐらいハッキリと言われてしまった。格好良いなドロテアさん。私もそうなりたいな。
「不幸なあんたに一つ教えてやろう」
「何ですか?」
「あんたなら乾かせば叶うさ」
「え?何を…?」
「そんぐらい自分で考えな。用は済んだだろ。これやるから、とっとと帰りな」
放り投げられた物を受け取り、海面の岩場に上がって一息ついた。布地を渡されたけど、なんだろうと広げて見ると洋服だった。
「わんぴーすとか言うやつだ!」
人間の娘がよく着てる服だ。何でこんな物くれたんだろうか?取り敢えず乾かしておこうと思い、岩場に濡れたワンピースを広げて置いた。
「そう言えば乾かせば叶うって何だろう」
服の話ではなさそうだし、他に乾かすと言えば髪か身体かだよね。
でも身体乾かしたらそれこそ昨日レノイルと話をしていたように、人魚の干物になりそうだ。
「…全然分からない」
考えても知らない事の答えは出てこないので、木陰のかかる岩の下で目を閉じた。青空を瞳に焼き付けて。
「ーーーはっ、寝てた!!」
バッと身体を起こすと辺りはオレンジ色に包まれていた。陽が傾きもう夕方になってしまっている。
私は一体どれぐらい寝てしまったんだろうか?
「わ、ヒリヒリすると思ったら肌が日焼けしてる!」
太陽が傾けば日が当たるから当然だよね…。お姉ちゃんにバレたら何て言われるだろう。
痛む腕を摩りながら服の存在を思い出して、後ろを振り返ると風に飛ばされる事なくちゃんとあった。
「良かった。怒られるところだった」
ワンピースは雲みたいに真っ白で、せっかく乾かしたんだからと着てみようと視線を下に向けると、そこに本来ある筈のものが無くなっていた。
「……え?…あ、足が……」
人魚の鱗の色も人によって違うんだけど、私は髪色と同じ真紅の鱗なんだ!…なんだけど、今目に入るのは赤色のあの字もない程に全て肌色になっていた。
しかも鱗どころか尾鰭もなくなっており、尚且つ下半身が二つに別れているではないか。
「な、何で…?え?これって人間の…?」
そうだ。何処かで見た事あるこの形は、人間の足だ。左右別々に自由に動かせるそれはとても不思議で、何だか不安。こんなか細い足で歩けるのだろうか?
「そもそも何でこんな足になったんだろう?」
ワンピースを見つめながら考えていると、ある言葉が頭の中でリフレインした。
「あんたなら乾かせば叶うさ」ドロテアさんが不敵に微笑みながら言っていた言葉の意味がこの足なのかな?
「よいしょっと…わわっ!」
ワンピースを着て岩場に立ち上がってみると、上手くバランスが取れなくて座り込んでしまう。
なんて言えばいいのかな、体に凄く負担がかかるんだよね。水中にいる時には感じない、見えない力みたいなのが上から押さえ付けてくる。
「こんなに体が重いなんて、人間って強いのね」
人間の方が、私達人魚よりもよっぽど丈夫なんじゃないのかな。
何度か挑戦したら、立ち上がってもグラつかないようにはなった。立ち上がると視界が高くなって、いつも見てる景色より広く見えるようになった。
「うわぁ、空が近くなった!」
立つ練習をしていたので、気付かないうちに時間が経ったみたい。オレンジ色だった空はすっかり暗闇に変わっていた。
いつもより近くなった空に手を伸ばして目を細めた。姿を現した星がチカチカと輝き、はしゃぐ私を見守ってくれている。
「っ、私ね!こんなに楽しいの初めて!」
偶然通りかかったクジラにそう声をかけると、知らねえよそんな事といったように、潮を吹いてそのまま行ってしまった。
でもそんなの気にもならないの。誰かにこの気持ちを聞いて欲しかっただけだから!
「そうだ!この喜びを唄にしよう!!」
誰でもいいからこの気持ちを共有して欲しい。この声が届いた人にも楽しくなるような、そんな唄を歌わなくちゃ!!
「〜♫〜〜♪♫〜♩」
夢中で岩場の上で歌っていると、気付けば周りは賑やかになっていた。
渡り鳥が休憩がてらに羽根を休めながら、私の唄に加わるように囀りが聞こえてくる。
海亀二匹は恋人のように寄り添いながら、私の声に耳を傾けて波に揺蕩っている。
イルカは岩場の周りを、唄に合わせて踊るようにジャンプをしながら泳いでいる。
「(楽しい!)」
種族なんか関係ない。私の唄を聞いてこの場にいるこの瞬間だけは私のものだわ。
呪われてるとか、嫌われていても関係ないの!だって私の唄を皆が心地良さそうに目を閉じて聞いてくれているのだから!
「聞いてくれてありがとう!」
歌い終われば、自分達の目的を思い出したようにゆっくりとこの場を離れていく。潮に流されるように歌声に引き寄せられて来ただけだから。
でもそれだけで充分なの。同じ人魚達は私の唄を聞いてくれないから。呪われるー!って言って騒ぐんだ。
「私もそろそろ帰りたいけど、この足どうしよう」
悩んだけど取り敢えず海の中に入ってみる事にした。すると人間のような足から一瞬で人魚の尾に早変わりした。
「凄ーい!これ皆出来るのかな?」
でも誰からもそんな話を聞いたことがない。もしかしたら私だけなのかも知れないし、お姉ちゃんには言わずに黙っておこう。今度ドロテアさんにお礼をいいがてら聞いてみようかなと心に決めて帰宅した。
「お帰りシルティア」
「ただいまお姉ちゃん」
「ちょっとどうしたの?皮膚が赤くなってるわよ!」
お姉ちゃんが慌てて私の腕を掴んだ。ちょっと痛い…。
「うっかり寝てしまって…。でも大丈夫!干からびてないから」
「見れば分かるわよ。それにしても尾はちゃんと海につけてたのよね?」
「う、うん」
「そう、それならいいわ。くれぐれも体を乾かしては駄目よ?私達は海がないと生きていけないのだから」
お姉ちゃんの言葉に分かってるよと返した。初めてお姉ちゃんに嘘をついてしまったわ。本当は乾いてしまって人間の足になってしまったの!なんて言えないよ。
でもそんなに念を押して言うって事は、本当はお姉ちゃんも知っているんじゃないのかな?
「(怖くて聞けないけど)」
それを聞いてお姉ちゃんが変わってしまったら嫌だから、やっぱり黙っておくのが正解だよね。
よし、今日は早く寝て明日は人の姿になって人間の町に行ってみようかな。




