2.笑いのツボ
昨日と同じ場所で彼が来るのを待った。体が乾いてしまうといけないので海に浸かりながら。
「そう言えば時間決めてなかった…」
また明日とは言われたけれど、どのくらいの時間にとは言わなかったからいつ来るのか分からないので、一応起きてすぐには来てみた。といっても太陽の高さからお昼ぐらいだけどね。
そして人魚に人間のような時間を細かく刻む事はしないので、何時と言われてもこまるのだけど。
「ま、いっか。歌って待ってよ」
この場所は陸地に近いので少し離れた場所(だけど彼が来たら分かるぐらいの)に移動した。
今日は何の唄にしようかな?そうだ、遠い記憶に残るあの唄にしよう!
誰に教えて貰ったか覚えてないけれど、ずっと頭の中に残っていて、一瞬たりとも忘れた事のないあの美しい唄を歌おう。
「~~♪~~~~♪」
人魚の唄は人間が歌う唄のように、歌詞があるわけじゃないんだ。メロディだけというか、言葉じゃなくて感情を歌うの。
だから言葉がなくても種族の垣根を越えて、唄の意味が伝わるんだよね。
ガサガサ
「!」
昨日の場所で木々が音を立てた。離れている場所でも音が聞き取れる程、人魚は耳がいい。歌うのを中断して海に飛び込み、誰が来たかの様子を見る。
別の人間の可能性もあるからね。彼みたいに良い人間ならいいけど、それも分からない。
「歌が聴こえたけどまだ来てないのかな?」
木々の間から顔を出したのは、昨日の人間だった。
安堵して砂浜に近付けば、私を見つけた彼と目が合ったので、海から上がり砂浜に出た。
「そう言えばまだ名前を聞いていなかったね」
「私はシルティア」
「シルティアか…名前の響きも綺麗だ。俺はレノイルだよ」
「レノイル…」
私は彼の名前を忘れない様に小さく呟いて、心に刻んだ。他人の名前を普段呼ばないせいで、聞いてもすぐ忘れてしまうんだよね。
だから何度も反復して覚えこんだ。初めての人間の知り合いだから忘れたくないんだ。
「ねぇ、シルティアは誕生日はいつ?」
「誕生日?」
「知らないの?自分が生まれた日だよ」
「私が生まれた日?…いつだろう」
人間は誕生日の日を盛大に祝うらしい。「生まれて来てくれて有難う」って意味があるんだって。
私達は寿命が長いせいか、そういうのないんだよね。
「家族はいないのかい?」
「いるけど、人間みたいに日付?って物は私達にはないから知らないと思う」
私の返答を聞いたレノイルは残念そうな顔をしたと思えば、パッと表情を変えて違う質問をしてきた。
「…そう。なら時期は?春夏秋冬ぐらいの認識はあるだろ?」
「そういう話聞いた事ないから知らない」
お父さんとお母さんとは物心ついた時から話した記憶がない。何時も冷たい目を向けられるだけだから、私が生まれた日の話なんて聞けないんだ。
「……両親と仲悪いの?」
「話したことないの。だから家族はお姉ちゃんだけだと思ってる」
「話した事がない?…まさか、その髪のせいで?」
「分からない。でもそうかも」
皆が私を見る目は同じだから、きっとそうなのかも。慣れてしまったから何とも思わないけど。
私に笑いかけてくれるのはお姉ちゃんだけだもの。
「そんなの間違ってるよ!シルティアは呪われてなんかいない。こんなにも綺麗なのに!」
「…ありがとう。貴方だけだよ、そうやって言ってくれるの」
私の為に怒ってくれるレノイル。その気持ちだけで嬉しいの。友達が居たらこんな感じなのかな?
「シルティアが人の姿になれたら良かったね」
「え?どうして?」
「地上でその髪色を理由にシルティアを避ける人はいないからさ」
その答えに成る程と納得した。畏怖の目を向けられる事なく過ごせたら、どれだけ楽なんだろう。
それにしても人間の世界か…。危険じゃないのかな?
「…人の姿かぁ。これじゃあ歩けないもんね」
私は自分の足を伸ばして眺める。下半身は鱗で覆われており、人間のような二本の足じゃないから歩くのには適してない。
ドロテアさんに聞いたら何か知ってるだろうか?…私なんかの話を聞いてくれたらだけど。
「無理を言ってごめん。願望だから気にしないで」
「ううん。私じゃ思い付かない発想で面白いよ。人間は発想力が豊かだよね」
「そう?人魚も同じではないの?」
「全然!」
残念だけど違うんだよね。人魚は毎日をのんびりと過ごせればそれでいいから、何かを発明するとかはないんだ。
人間は今よりも、生活などをより良くする為に色んな物を作るんだって!頭いいなぁ。
「私達は変化を嫌がるからね」
「それで毎日楽しい?」
「楽しそうだよ皆は。私はつまらないけど」
争いを好まない種族だからかも知れないけどね。
私には毎日海の中に篭って生きるのは、酷く退屈で堪らない。あの目があるからかも知れないけど。
「シルティアは外が好きなんだね」
「うん!キラキラしてるから大好き」
「キラキラ?」
「海の中にはない物が沢山あって、外は宝物みたいにキラキラしてるの。体にはあんまりよくないけど、太陽の温もりも好きだし、風も心地良いの」
海の中では風は吹かない代わりに、潮が流れる。
あれも好きだけど、風は突風でも無い限り体が持ってかれる事はない。ソヨソヨと通り抜けるのが癒されるのよね。
「なら今もしかして辛いよね?木陰に移動しよう」
「ありがとう。実はちょっと辛かったの」
「そういう事は早く言ってよ」
レノイルは一度海に入ってから木陰に移動した私に、自分が着ていた上着を掛けてくれた。何で?と聞いても何だか答えにくそうな感じではぐらかされてしまった。…本当になんでだろう?
「体が乾くと何か不都合でもあるの?…って質問ばっかりでごめん」
「ううん、いいよ。体が渇いちゃ駄目だって言われてるけど、理由までは知らないんだ。まぁ普段、海から離れる事もないからね」
動けなくなるとかそんな感じだと思うんだけどな。
「魚とかは干からびてしまうからね。同じような理由かな?」
「ーーーーぷっ、あははっ!」
「え!?」
「に、人魚の干物って、あはは!」
突然笑い出した私にレノイルは困惑してる。
魚の干物を思い浮かべてから、人魚の干物を連想したら何だか面白くなってしまい、笑いが止まらなくなってしまった。
「人魚の干物?全然笑えないよ…」
「そう?ふふ、美味しそう」
「……シルティアが楽しそうならいいけど」
レノイルにはこの面白さは分からないみたいで、苦笑いしながら笑う私を見てた。
人間と人魚じゃ笑いのツボが違うのかもね。こないだお姉様が亀の甲羅の上に蛸が乗っていたと笑い転げてた話をしても、レノイルには面白くないらしい。
「そういう事もあるんだなとは思うけど、笑い転げる程ではないかな」
「そうなんだ。レノイルは普段何をしてるの?」
「俺は……」
私が質問すると、レノイルはそのまま止まってしまった。答えにくい質問だったのかな?
「人間は毎日忙しく動き回ってて、大変そうだよね。でも、羨ましいな」
「…何故?」
「行きたい場所に行けて、やりたい事が出来るんでしょ?私は海しか知らないから」
海って広いけど、正直何もない場所が大半なの。何かなければ、今いる場所から移動したりしないから変化がないんだよね。
「あ、ねぇ地上にはお城って場所があるんでしょ?見た事ある?」
「あるよ」
「どんな感じなの?やっぱり凄く大きい?キラキラしてる?」
「はは、そうだね。キラキラしてるかも」
「やっぱりそうなんだ!見てみたいなぁ」
興奮気味に聞く私に優しく答えてくれたレノイルは、お城の外観や内装などを教えてくれた。
昔、年頃の人魚達が人間のお城の話をしていて、「おうじさま」という存在がいるんだって。キャーキャーいいながら盛り上がってたのを聞いた事あるんだ。
「おうじさまとかいるんでしょ?会ったことある?」
「……あるよ」
「どんな人?やっぱり格好良いの?」
「どうだろう。人魚の美醜の判断が人間と同じか分からないから」
レノイルは、私から目を逸らして海を見ながらそう呟いた。もしかして「おうじさま」って人は、あんまり良い人じゃないのかな?
「美醜の判断?私はレノイルは格好良いと思うよ」
「……っ、どうも」
「顔赤いよ?大丈夫?」
「いや、シルティアの髪が反射してるだけだよ」
そういう事もあるんだ!と一人納得する私に、レノイルはホッとした様に溜め息を吐いていた。
「おひめさまとかもいるの?」
「いるけど…詳しいな。誰か見た事あるの?」
「ううん、そういう場所があるんだって言ってたのを聞いた事があるだけだよ。でも海から離れられないから、見た事ある人は居ないんじゃないかな」
なら誰が最初に言い出したのかよね。だって海にいたら知り得ない話だしさ。
そんな風に会話を楽しんでいると、昨日と同じ声が聞こえてきたので、上着を返して海へと戻った。
どうやらレノイルを迎えに来たようだ。
「レノイル様!こんな所にいらしたんですね!探しましたよ!!」
「今戻る」
「この場所に何かあるのですか?」
「いや別に何でもない。行くぞ」
背を向けてこの場を去るレノイルの姿を、見えなくなるまで見送ってから私も家へと戻った。
「(次の約束、なかったな…)」
どうして寂しいと思ってしまうんだろう。
人間にはこれ以上関わっちゃいけないのに、また会いたいと思ってしまうの。
私が人間になれたらな…なんて馬鹿な事を考えちゃうんだ。そんな事出来っこないのにね。




