悪魔のくせに ヒトのくせに
短篇です。急に書きたくなったので書いちゃいました。続編は予定してません。駄文ですがどうぞよろしくお願いします。
――しんしんと、雪が降る。静かに降り続く雪は優しく全てを覆い尽くす。
きれいだな、と、少女――穂村 冬子は、己の状況を省みずに、そう、思った。
どこにでもあるような公園で少女は仰向けに横たわっていた。別に好き好んでやっているわけではない。ただ起き上がろうとしても身体が言うことを聞かないだけだ。
それもその筈。身体には袈裟掛けに大きく傷が入っており、素人目にも致命傷だと見て取れる。学友に自慢していた長い黒髪は血と泥で汚れ、ようやく着慣れてきた制服に関してはもはや見る影もない。
起きなきゃ、と、身体に鞭打ち、無理矢理立たせる。
視線を傷口に向ける。治癒魔術が発動しないところから察するに呪いをかけられたようだ。
なかなかに絶望的状況。だが、その黒い瞳は常時と変わらず鋭く、否、さらに鋭さを増しているかのようだ。
諦めとは無縁たる、強き意志秘めた、瞳。
長年連れ添った愛刀も折れてしまったが、それを責めるつもりはない。今回ばかりは相手が悪かった。
よもや、こんな極東の地で爵位持ちの悪魔とやり合うとは、思いもよらなかった。
悪魔の魔力を探知した30分前。
捕捉し、人目に付きにくいこの公園に誘導した10分前。
お前を狩る、と宣言した9分前。
相手の力量を理解した8分前。
それでも戦い、もしかしたら勝てると、自惚れた1分前。
それでは本気を出そうと、悪魔が言った10秒前。
――そして問答無用に薙ぎ払われた9秒前。
まるで相手になっていない。大人と子供の喧嘩のほうがまだマシだろう。
「ヒトのくせに、なかなか頑張るじゃないか。」
悪魔が、そう言いながら、倒れ伏す少女に近づいていく。
黒の高級スーツを嫌味なく着こなし、颯爽と歩く姿はこの上なく自信に溢れ、銀髪、否、白髪に緋い瞳はヒトではなく、悪魔を彷彿とさせなくもない。
だがそんな容姿など気にも止めぬものが背中から生えている。
――翼。それも自然界にあるはずのない形態をしている。
右からは異様にこうもりのごとき大きな翼が生え、対して左からは小さな翼が3枚生えていて、こちらは翼というより、甲殻類の足を思わせた。
ばさり、と己の力を誇示するように、 左右非対称たる翼がはためく。
服を破らずに生え、とても飛行に適していないこの翼こそが、悪魔の凶器である。
「ご褒美に、命乞いでもしてみてごらん。運が良ければ見逃してあげなくもない。」
翼が届くギリギリの距離で悪魔は足を止めた。
「本当か?」と、折れた刀を杖代わりにしてようやく立ち上がった少女は問うた。
「無論。二言はない。悪魔は嘘を吐かないからね。」
もっとも、助けると明言したわけではないが。
「そうか、ならば」
と少女は言うや否や、刀を手放した。
立っているのが精一杯でいつ倒れてもおかしくない状況で少女は言った。
「私にも、二言は無い。ヒトを、あまり、舐めるなよ。」
力強く、はっきりと、そう言った。
わずかに悪魔が動揺、あるいは、驚嘆したように見えた。どちらにしても、隙は隙である。
少女は動いた。己の右腕を悪魔に向かってかざし、間違いなく最後の一撃を放つ。
「我が名『穂村 冬子』改め『焔 刀呼』の名に於いて命ず!我が仇敵を悉く灼き払え、火之産神!!」
向けられし右腕から、神より祝福された炎が噴き出し、その驕慢ごと悪魔を灼き尽くす
「哭り罅け(なりひびけ)」
――かに思えたが、
「悪夢と同、義たる宵・闇の、魔弦(スト=ラディ・バリウス)」
壊れた発音の呪文の後から響いた、パチン、という音が少女の決死の一撃を台無しにした。
ガシャン、と数百枚のガラスをまとめて割ったような轟音とともに炎が砕け散った。
そして、そこには、完全に無傷、どころか、服の裾さえ焦げていない悪魔がいた。
「くそ…」
ここにきて、ついに心が折れかけた。だが、
「やれやれ、ヒトのくせにとんでもない切り札があったものだ。」
悪魔が右手の中指と親指、先程なら鳴らした指、に負った火傷を見てわずかに笑った。
「一矢報えて、満足かい?」
「少しだけ。」
少女は立つことさえできず、片膝をつき、なんとか身体を支えている。
「厄介だね、今の炎。祝福されているから、治りが遅いや。」
本来なら、この程度の傷すでに治っているはずである。
「どうして、勝てないと解っていたのに戦ったんだい?」
それは純粋な好奇心から来た質問である。
「わからないのか?悪魔のくせに。」
確かに少女と悪魔との実力差が天と地ほどの差があり、己の命一つ積んでも到底届かぬことを知っていた。
「わからんよな。勝てるから戦い、負けるから逃げる、そんな考えしか持たぬお前には。」
「なに?」
「負けると分かっていても戦わなけばならぬときがあるのさ。」
「それが今と言うわけか。」
「そうだ。」
「だが、お前は死ぬ。ここで死ぬ。不様に死ぬ。無意味に死ぬ。犬死にだ。」
「勝手に決めるな。誰が犬死にすると決めた?」
少女は笑った。
「お前か?私か?神か?運命か?笑わせるな。」
「ならば誰だ?」
「はン、そんなことも解らないのか、悪魔のくせに。」
「そこまで言うなら、教えてもらおうじゃないか。何なら“プリーズ”もつけようか?」
「いや、いらんよ。」
少女は言う。
「『誰か』。」
少女は続ける。
「いつかお前の前に敵として立ちはだかるであろう、『誰か』。」
少女はさらに続ける。
「今回はお前に届かなかった。だが次はどうだろう?その次は?いつか、必ずお前に届く『誰か』が現れ、お前を打ち倒したとき、私の死は犬死にではなくなる。」
「呆れるな。」
悪魔は笑った。
「見ず知らずの誰かにそこまで事後を託せるとは羨ましい限りだ。」
悪魔の言葉を少女が遮る。
「やれやれ、悪魔のくせにヒトのこと舐めすぎだぞ。」
少女は、やはり、笑いながら言う。
「ヒトは成長する。強く、賢く。その速度は蟻の歩みとさほど変わらずとも、確実に成長する。」
少女は続ける。。
「そしてその成長は子へと受け継がれる。」
目が、霞んできた。
「私たちには次があるのさ。まだ見ぬ『誰か』にバトンを渡せる。」
倒れる身体を両手で支える。
「いつか、きっと、お前は倒される。」
しかし支えきれずに、ドサリと倒れ伏してしまった。せめて最後の意地で身体を仰向けにする。
「貴様は、ヒトのくせに、死が恐くないのか?」
悪魔が少女を見下ろし、言う。
「死ぬのが恐ければ、魔狩人なぞやらんよ。まったく、悪魔のくせに、ヒトのこと、何も知らないんだな。」
「ああ、そうだな。」
悪魔はこのヒトにある感情が沸いてきた。
「おもしろい。気が変わったよ。」
「なに?」
「見逃してあげる。」
「どういう、つもりだ?」
「その傷は確かに致命傷だけど、死にはしないよ。僕が呪いを解除すればね。」
「な、に?」
「ちょっと君に興味が沸いてきてね。」
「ふざけるなよ?」
「君、変わってるよ、ヒトのくせに。」
「お前も、悪魔のくせに、変わってるよ。ていうかヒトの話を聞け。」
「やだよ。」
悪戯っぽく舌を出し笑う悪魔。
「さて、怪我の具合はどうだい?」
「え?あれ、治り始めてる。」
悪魔が呪いを解除したのだろう。こうなれば後は治癒魔術の出番だ。
「礼は言わないわよ。」
「言ってほしいなあ。」
悪魔の、やはり悪戯めいた笑みを見て、呆れたようにため息をつく少女。
「ふざけるなよ、悪魔の――」
「刻刀 震夜。」
少女の言葉を遮るように悪魔が名乗る。
「君にはそう呼んでほしいなあ。」
悪魔の言葉に少女が何か言おうとした、まさにその時、一迅の風が吹いた。
わずかに目をつむり、あけたとき、悪魔はすでに眼前から消え失せていた。
「カッコつけてんじゃないわよ、悪魔のくせに。」
虚空から声が響く。
それは悪魔、刻刀 震夜のそれであった。
――じゃあ、またね。
再び一迅の風が吹き、刻刀 震夜の魔力は遠退いた。
「私の名前は、穂村 冬子よ。」
もはや自分を除いて誰もいなくなった公園で少女、穂村 冬子は、そう、つぶやいた。
そのつぶやきも、また、風に流れ、二人が初めて出逢い、そして戦った跡を、降り続く雪が覆い尽くしていく。
「帰るか。」
怪我は完全に治ったとは言い難い。だが、いつまでもここにいても仕方ない。
せっかく拾った命だ。大事にしよう。
「寒いわね。」
そして少女もまた、凍える身体を竦めながら、公園を後にした。
――以上が二人が出逢った事の顛末である。
果たして悪魔、刻刀 震夜が予言した通り、少女、穂村 冬子は再び逢うこととなる。それも思いもよらぬ形で。
けれどそれはまた、別の話。
前書きでは続編は予定してませんと書きましたが、要望があれば書くかも?あと、この話とはまったく関係ありませんが、続きもので『Joyful Joker』という、SFものを書いてますのでそちらも目を通していただければ幸いです。感想とか送っていただければさらに幸いです。以上ロドリゲスでした。