法学研究部
≪法学研究部≫
「うわ!私 今日は傘持ってきてないのに!」
顔を見るや否やそう叫んだのは同じ法学部で同じクラスの安村愛だった。
白い薄手のシャツに淡いグリーンのカーディガン。7部丈のジーンズに黒い光沢のパンプス。
こてこての女子大生スタイルにもかかわらず、彼女の装いがお洒落だと感じるのは安村のルックスの良さによるものだろう。
「いやいや、今日は雨降らないだろ。雲ひとつない青空だって朝のお天気お姉さんも言ってたぞ」
小林将貴はタバコをふかし欠伸を一つ噛み殺しながら言った。
「いやいや、将貴が学校に、それも一限前に来てるなんて雨じゃ済まないかも」白い歯を見せながら安村は言った。
「それは悔しいが否定出来ない。俺だってバイトの夜勤明けでそのまま学校なんて来たくなかったよ。」
将貴はまた一つ欠伸を咬み殺す。
「まだあの怪しい店で働いてるのー?だいたい朝方まで開けてたってお客さん来ないでしょあんな店」
「まぁ普通の店じゃないわな。前入ってたフィリピン人のバイトなんか店の金持ち逃げしたんだって店長笑いながら話してたしな。」
「やっぱり危ないよー。早くもっと真面目な仕事を見つけたまえ!じゃあ、先行くよー。」
安村はそう言い残して一限の授業が行われる教室のある第3号館に向けて歩きだした。
今、2人の話に出た将貴のバイト先というのはレンタルDVDショップ。
しかし普通のレンタルDVDショップと違い店の奥半分はさまざまアダルトグッズや、いかがわしいDVD(相当マニアックな)がならんだ棚、そしてスロットマシーンで埋め尽くされているような店だった。
自分がバイトとして入る前には強盗が包丁片手に襲ってきただの、893が白い粉の受け渡し場所にして取引してただのまさに粉臭い話の絶えない店なのだった。
実際、将貴が勤めてる1年ちょっとの間にも店内でサラリーマンといわゆるヤンキー連中が肩がぶつかった、ぶつかってないのなんだのでヒートアップし、挙句に乱闘騒ぎになり警察が来る羽目になったこともあった。
しかし、将貴がそんな店で働き続けるのにも理由があった。
何より暇なのだ。
将貴が入るのは深夜1時か朝の7時なのだが、この時間に来る客はスロットコーナーに居座る常連のヤンキー連中と、時折普通のDVDショップだと勘違いして入ってきてはすぐに出て行くような客くらいなものだった。
酔った勢いなのかアダルトグッズコーナーでイチャつくカップルなんかもいるにはいるのだが、ほとんどの場合、スロットコーナーにいるヤンキー連中の好色の的にされ逃げるように店を後にするのだった。
もちろん最低限の仕事もある。接客という名のレジ番や早朝の掃除などである。
それでも将貴ただ一人で十分こなせる仕事量であり、それ以外の時間を自由に使う事が出来るため、サークルのプロフィール集には『世界一楽なバイトをする男』などと勝手に書かれていたりするのだった。
将貴は吸っていたタバコを踏み潰すと、安村の向かった方向へと自分も足を向けようとした。
しかし、後ろから肩を掴まれ足を踏み出すのを止められた。
「ptjndmwj@anvmd」
将貴には少しも理解することのできない言葉を投げかけてきたのは、身長171の将貴を 遥か上の方から見下ろす白い髭をたくわえた恰幅のある初老の男だった。
「727kbg/nmwepjn@ewjg」
男が何を言っているのかは分からない。しかし将貴には男が何を伝えたいのか理解することが出来た。
「オー!ソーリーソーリー‼︎」
将貴はそう男に言うと、自分が踏み潰したばかりのタバコの残骸を拾いあげると、喫煙スペースにある灰皿に向かった。
男はまだ何か言いたそうではあったが、言葉が通じないと悟ったのか将貴に背を向けるとゆったりと歩き出した。
(助かったな)
そう将貴が考えていると、将貴のいる禁煙スペースからみて反対側に位置する部室棟の方から見慣れた2人組の女の子がやってくるのが見えた。