プロローグ
≪プロローグ≫
オレンジに淡く灯る天井の大きな照明を見つめながら
「これで最後にしよう」
そう佐伯素子は呟いた。
隣で寝息をたてる男。
今の言葉は彼に向けて投げかけた言葉ではなく、素子自身へ決意を告げるために呟いたものだった。
しかし彼女には痛いほど分かっていた。
この決意が自分自身によって無下に破られ、またこの淡く灯るオレンジ色の照明を見つめながら同じ台詞を吐くことになるということを。
素子がこの男と知り合い、こうして二人きりで夜を越えるのはもう何度目だろうか。
私たち二人の重ねる時間に価値はない。
素子は頭では十分に理解していながらも、何故かこの男との淡く儚い関係に抗えない自分に苛立ちを感じていた。
これが人間として、いや、女としての本能なんだと割り切れるのであれば どれだけ救われただろうか。
そんな素子の葛藤を嘲笑うような陽気なメロディが部屋に鳴り響き、ベッドのサイドテーブルに置かれた男の携帯がチカチカと輝きだす。
「ねぇ、携帯。携帯鳴ってるよ?」
「んん…」
男は素子の呼びかけに薄く目を開ける。
一瞬自分がどこにいるのか 。あぁ 。そうかこの女と一緒だったな。
そんな目の動きをしたように素子は感じた。
「いつの間にか寝てしまってたよ。」
男はそう言いながら携帯のディスプレイに目をやる。
たとえこの男との関係がホテル一室内に限られた薄っぺらいものだとしても、電話の相手が彼の本命の彼女だと、そのくらい素子にも分かるのだった。
「私のことはいいから早く出てあげたら?」
彼は素子に対し軽く片手をあげ、謝る素振りを見せると電話と共にバスルームへと消えていった。
そんな彼の背中に目をやりながら
「これで最後にしよう。」
守られることのない決意を、素子は力なく呟くのだった。