病弱な姉と健康な私。
物心ついた時から、私には病弱な姉と姉が大好きな両親がいた。
「いい?あなたは次女なんだから、弁えて行動するのよ」
「お姉ちゃんが頑張ってるんだから、あなたは一人で何とかしなさい」
両親がよくいっていた言葉だった。話を聞くと、私は健康だから、恵まれているんだから、我慢しなさいということだった。
なんじゃそりゃ。とは思ったが、まぁそれでいいならいいやと私はポー…っと生きていた。
親は姉を溺愛していて、こっちに振り向こうとしないが、家が金持ちなので私は基本的に不自由せず、それでいいやと上手く折り合いをつけていた。
で、一方の姉、姫花はすごく体の弱いひとだった。どうやら、未熟児として産まれたらしく、儚く可愛い人で、名前の通り、花のお姫様のようで、私はそこまでの審美眼は持ち合わせてないのだが、親がいうには小さい姉は可愛いらしい。
「お姉ちゃんは可愛いね、小さくても可愛いわよ」
「そうそう、大きいなんて可愛くないんだから」
……確かに、身長が高くて目が死んでいて、隈があって可愛げのない私なんかよりもよっぽど可愛い人だった。
見た目的にも、性格的にも、自分にも可愛い人だった。甘やかされて育った為か、姉さんは完璧なお姫様だった。
「千春ちゃん、それちょうだい?」
何でも欲しがる姉は、私のものまで欲しがっていた。私だって人間なので、嫌がったことはあるが、両親にいつも怒られた。
「千春、姫花が欲しがってるからあげなさい」
「お姉ちゃんはね、今頑張ってるだよ?なのに千春は何もしないのかい?」
そうか……なら仕方ない。
可愛い人形も、甘いクッキーも、金を貯めて買ったカメラも血液も神経も全部、全部、姉に渡す。
小さい頃からの防衛本能だろうか?私はものに執着しなくなった。どうせ姉に奪われるのだろうと思うとバカらしくなる。
「千春は一人で大丈夫だよね?」
そう言われて、私はいつも放ったらかしにされた。7歳の時、熱で39度以上出た時も誰も看病してくれなかった。どうやら姉が微熱をだしたらしい。
「貴方はただの風邪だけど、姫花は死ぬかもしれないのよ?」
そう言われたので、一人で病院にいったし、自力で直した。命を天秤に掛けらると、よく分からないが、どうしようもなかった。
別に悲しくなかった訳ではない。寂しいと思わなかった訳ではない。
でも、どうしようも無かった。
中学に入り、私はバスケ部に入部した。中1の時点で既に165㎝もある体格や、元々の運動神経のよさもあり、努力もして、すぐにレギュラー入りを果たした。
「お姉ちゃんがしんどい時に……」
と、親はぶつくさ言っていたが、私はそれを無視した。
姉へのコンプレックスを、自分の視野の狭さを改善させる為に無視した。
無視して努力した。無視する為に努力した。バスケでずっとシュートの練習をして、走りまくって、ボール追いかけて、私はいつのまにかエースになってた。
私を慕ってくれる仲間も表れてくれて、その仲間の為に頑張りたくて、必死で努力して、作戦を練って、中二の時、全国ベスト8まで上りつめた。来年は優勝だと、皆で泣いた。
「次のキャプテンはお前だ!」
そういって、キャプテンに肩を叩かれた。みんなにも時期キャプテンだと言われた。
「はい!」
私は泣きながら、そう宣言した。
来年があると、私はそう信じていたのだ。
姉が入院する病院に呼び出されたが、私としては見舞いの為にきていた。リンゴと花をもち、姉の病室に生けていたら、親は唐突にこういった。
「肺の臓器の半分を移植してほしい」
私は手を止めて頭をフリーズさせてしまった。コイツは何を言っているんだ?
「もう分かるわよね?臓器移植できる体なんだから、お姉ちゃんは苦しい思いをしているの」
「お願い、千春ちゃん…」
頭が混乱する。何をいってるのか分からない。嫌々、お前らの肺を移植させろよ。あ、そっか拒絶反応が出るのか……?何をいってるんだ?
でも、これだけは分かる。
「そんな……ことをしたら、私は運動出来なくなるじゃないか…」
私が必死で言葉を絞っていってみたが、親と姉はポカーンとしている。理解していないようだ。コイツ等は人語を理解出来ないのか?
「何を言っているんだ?姉が苦しんでるんだぞ!?」
「何のために産まれたと思ってるの?お姉ちゃんが可哀想だと思わないの?」
私って……何の為に生まれてきたんだろ…
分かってる。姉の為に生まれてきたのだ。臓器の為に生まれてきたのだ。今までも血液取られたし、筋肉の筋を取られた。
でも、肺を取られたら、運動はしにくくなる。
「千春ちゃんは…もう、充分でしょ?」
姉が、可愛らしくそんなことをいってきた。
充分なものか、まだまだやりたい事があるんだよ。来年こそはバスケで全国優勝したいし、キャプテンもやりたい。私を慕う仲間を引っ張りたい。
筋肉の筋を取られて腕が動かなかった時、どんだけ私がリハビリして復帰したと思ってるんだ。
「お願い……死にたくないの」
けれど、命を天秤にかけられれば、それは軽いものなのだろう。
別にバスケが世界な訳ではない。勉強も頑張って、将来は医者やトレーナーになりたいと目指してるし、最近は絵の才能もあると誉められたし、組んだバンドはプロにならないかとスカウトがきた。
バスケがなくても運動が出来なくても、私は大丈夫だし、慕ってくれる人は沢山いる。先生も大丈夫だよと支えてくれると確信がある。
失うものは、ほとんど無いように見えるし、私は充分にみえるだろう。
だけど……
「お前が死ねよ」
私は感情何もなく、淡々と口にした。父も母も姉も呆然としている。
「今すぐ死んでよ死に損ない」
バシン!!と流石に父に頬を叩かれた。
「なんて事を言ってるんだ!?」
本当だ……何をいってるんだろ。これは最低だなと、冷静に考える私だが、同時に熱くてドロドロしたものが、体から溢れだしてくる。
「だって、コイツに臓器渡す意味あんの?」
「ひどい…」
「はぁ!?何が酷いんだよ!私が何をしたっていうんだよ!?なんでこんな目に会わなきゃいけないの!?」
「だって…千春ちゃんは恵まれてるじゃない……でも、私は病弱で…」
普段、怒りをぶつけられることのない姉は、怖そうに怯え、けれどもそういった。しかし、最後まで聞かずに私はいう。
「私は自分で努力して自分で勝ち取ったの!姉さんが仮に病弱を直しても私と同じこと出来る!?シュート練して、手を豆だらけにして、勉強して、友達作って…出来ないでしょ!?だったら死になさいよ!今すぐ死ねよ!!」
酷いことを言っているというのは、分かっている。とんでもないことを言っているのも分かってる。けれど、どうしようもないのだ。
どんなにバスケに励んでも、どんなに友達に囲まれても、どんなに先生に誉められても……私はずっと、ポカンと心に穴が開いていた。何かを溜めていた。それが爆発してしまったのだ。
「千春……なんてことを…!」
父と母は私たちを見ているが、どちらかと言えば姉を見ている。私へと向ける視線は軽蔑のそれだ。もうダメだ。もういやだ。もう無理だ。もう努力できない。もう改善できない。もう私一人がなんとかなるものじゃない。
ふと、姉の方をみると、姉は涙を流して怒りに震えていた。
「あなたが……死になさいよ……!」
ひどく嫌な不意に言われた一言は、私を歓喜させた。
その言葉をまっていた。
産まれてからずっと、ずっとその言葉をまっていた。直接的に、具体的に言ってくれるその言葉をまっていた。
いつもいつもヒロインぶってる姉が、被害者ぶっている姉が、そういってくれるのを待っていた。冗談でも、つい言った言葉でも……
「ようやく……言ってくれたね。ありがとう」
純粋な嬉しさで、私は礼をいった。
今、私がいるのは出口付近。窓があるのはそこからは5メートル離れた姉のベッドの横だ。私はそこへ飛んだ。
花が生けてあった花瓶は割れ、水と花弁をまといながら、私は窓に到達する。
火事場の底力……いや、アレは生きる為の力だから、私のとは全然違う。私は今から逆のことをしようとしているのだから。
開いている窓に足かけ、風を感じる。空はまるでサファイヤのようなに綺麗な青だ。ここは7階だからそこそこに見晴らしもいい。
「何……やって…」
横にいる姉が顔を青ざめた。私がなにをしようとしているのかを察したのだろう姉は私へと手を伸ばす。
「やだ……千春ちゃ……!嘘だから!!移植もしなくて……!!」
姉が訂正する前に、私が悪者に戻るまえに、私は窓から手を離し、足で思いっきり窓辺を蹴り飛ばして、外へと投じて宙に体を飛ばした。
「ごめんね、姫花ちゃん」
落ちる前の1秒間、その時私は確かに飛んでいた。スローモーションに見えてくる親は何かを叫び、姉は、泣き出しそうな顔をして断末魔の叫びをあげていた。
「イヤァァァアアアア!!!」
点滴の針をブチ切らせながら、手を伸ばした姉だが、ギリギリで宙を切る。その時の姉の顔はまさしく姉の顔で、本気で絶望の顔を浮かべてこちらへ走ってくる親は、まさしく親だった。
うん、分かってる。姉が悪くないことくらい。本当に寿命が短いから焦っているだけだなんて。
分かってるよ。親が悪くないことくらい。助けが必要な子と、健康な子なら、そりゃ優先してしまうし、ちゃんと私のことも愛してくれてるつもりだったのでしょう。
分かってる。これは全部私が悪いんです。姉に暴言を吐いた。親の気持ちを知ろうとせずに、被害者づらした私が悪いと……
バスケの皆に迷惑をかける。私に期待してくれた先生は悲しむ。
慕ってくれた後輩はきっと泣くだろう。顔を真っ赤にして好きですと言ってくれた彼もきっと泣くだろう。
何があっても私の味方だと言ってくれた友達は後を追うかもしれない。
よく考えれば物凄くめぐまれていた。怖いほどに楽しかった。
でも、もう無理なんです。どう足掻いても私はもう、この世界を愛せません。この世界を生きていけません。
私視点の身勝手なことだけど、ずっと死にたいと思ってました。けど、自分の責任で死にたくなかったんです。責任転嫁です。
最後くらい……自分は悪くないと思って死んで行きたいんです。
黒いアスファルトが目の前に迫ってくる。真珠のような目から出てきた水玉は上へと飛んでいた。
どうして、こうなったんだろ……どうしたらよかったんだろ…どうしたら……
「なんだ……ちゃんと話せば…もっと早く泣いとけばよかった……」
もう手遅れな解決策を今更ながらに思いつき……
私の世界は暗転した。