第五巻
普通のホテルだ。俺のこの部屋に対する第一印象はそれだった。俺はホテルでいつもやることを決行した。
「ダイブ!」
柔らかい、雲のようなベッドが、衝撃を受け止め、俺を包み込むように抱いた。これがたまらない。
「……なんでダブルベッドなんだろう。」
俺は少し首を傾げ、仰向けになった。天井を、ぼうっと眺める。
おじいちゃんは昔から変わった人だった、と母は言っていた。
実際、俺もそういう印象が強かった。
ギラギラとした眼光を宿した瞳と、年の割に真っ白な髪以外は、ごく普通のおじいちゃんだ。だが、祖父は少し違っていた。最初にそれを眼にしたのは、俺が幼稚園児の時だった。
夏場の家には、度々蚊が侵入する。これが鬱陶しく、血をたらふく吸っていく。俺達はなかなかそれを殺せずにいた。そこに、颯爽と祖父が現れ、蚊を殺した。――押しピンで。
それもそのはず、祖父は剣道、弓道、空手、柔道、等々の最高段を保持しているのだ。さらに、囲碁に将棋も負けなしで、家事も完璧にこなす。それに、祖父は最近のゲームまで攻略してしまうのだ。
俺は、昔、携帯ゲーム機を祖父母の家に忘れてしまった事がある。その次の日に、俺はそれを取りに帰った。
俺は、手元に戻ってきたゲームをわくわくとした気持ちで起動させた。だが、セーブデータを読み込み終わった時……俺の心は音を立て崩れ、俺はとてつもない喪失感に包まれた。
一生懸命、時間を使い、進めていたゲームが、たった一日でクリアされてしまっていたのだ。主人公のレベルも、仲間のレベルも、全て限界値まで達していた。
そんな最強祖父は、滅多に家にいる事は無かった。理由は分からなかったが、何か重要な事があるのだろうとは思っていた。……まさか、それが神狩りと戦う為だったとは知らなかったが……。
しかし、祖父も能力を持っていたとは驚きだ。全く気付かなかった……。
……思えば、祖父の部屋はまるで図書館みたいだったな。
小学生だった俺は、祖父の部屋に初めて入れてもらった。
俺は、その本の冊数に目を輝かせた。
俺は、祖父に言った。
「おじいちゃんも、本が好きなんだね!」
祖父はにっこりと俺に微笑みかけた。
「そうだよ。本は、みんな心を持っている。……おじいちゃんは、その感情の変化が好きなんだよ。」
祖父はさらに笑みを深くし、続けた。
「おじいちゃんは、お前にも、その心が分かるときが来ると思っている。」
「はやとにも?」
「そう。お前にも、本の感情を読み取って欲しい。きっと、お前は色んな体験ができるだろう。仲間ができ、敵にも出会う。そして、試練に立ち向かう事にもなるだろうな。」
俺はその言葉に首をかしげていた。
今思えば、祖父は分かっていたのかもしれない。家族が死ぬことや、俺がこの力を手にすること。そして、俺が最後のホルダーに呼ばれる事も。
……そういえば、最後のホルダーってどういう事なんだ? そこを説明してもらっていない。最後の希望と呼ばれる理由もだ。
俺は反動をつけ起き上がると、窓を開けた。
「……なにもない。」
そこに広がっていたのは、夜景でも、星空でも無かった。
闇だった。本当の、無の空間。吸い込まれそうな闇が、ただただ広がるのみだった。
これも、鍵の能力なのだろうか。
この≪反逆団≫本部は、大都会の真ん中にある小さなビルだと、クレアは言っていた。
現実にない場所だから、無が生まれるのだろうか。
俺は窓を閉めると、またベッドに横になった。