過去 Ⅰ
彼は、一人で砂漠を歩いていた。
彼の名はダイア。一国の王子で、今年二十歳を迎える。
その一国の王子がなぜ砂漠にいるのか。それは、彼の不思議な力が原因であった。
「水をくれ。」
彼がそうつぶやくと、砂漠から水が湧きだした。
彼は、冷たい水を顔に受けると、考えた。
あとどれくらい歩けば国に帰れるのだろう。
彼は、毎日を王宮で過ごしていた。貧民たちから見れば、それは憧れの世界なのだろう。
だが、現実は、貧民たちの思っているような世界では無い。毎日を仕事に追われ、起床も就寝の時間も決められている。毎日スケジュールはびっしり埋まっており、自分の時間など無い。彼が、特に嫌だったのは大人同士の汚い争いごとだった。
その王宮生活にうんざりした彼は窮屈な王宮生活を抜けるため、つい、砂漠の向こうの国へ行きたい、と願ってしまったのだった。
照りつける太陽の下、彼は黙々と歩き続けた。
そして、ある日。彼は歓喜の声を上げた。
「やった……! 私の国だ……!」
彼は砂に足を取られながらも、必死に駆けた。だが、彼が見た光景は、彼の知っているそれとは異なっていた。
「……おかしい。貧民たちが、市場を開いていない。子供の姿も無い。」
彼は、静まり返った町で呟いた。
彼は歩いた。大きな路地だけでなく、細い路地も見て回った。
だが、そのどこにも、彼の国の面影は見られなかった。路地の壁は黒ずんだ赤い塗料がぶちまけられ、地面には腐った食物が散乱していた。
絶望が彼を覆った時、彼の耳に、ざっざっという、砂を踏む音が聞こえてきた。彼は歓喜した。
「おーい! そこに誰かいるのかー!」
彼が声を掛けると、その音の間隔はせまくなった。大人数であることが窺えた。
彼は思った。良かった、人が居た。他の貧民達は、何かの事情でどこかに身を潜めているのだろう。
そう思った彼は甘かった。路地に見えたそれは、彼の国の者たちではなかった。
「まだ残って居やがったか! お前ら、殺せ!」
彼らの一人が彼を指さしている。
「なぜ隣国の者がここに……!?」
彼は剣を抜いた。
敵の刃と、彼の剣がぶつかり合い、駆動する。
「こいつ、何者だ!?」
「うろたえるな! 動きは単純だ! 見切れ!」
敵の司令官の一声で、敵の動きは格段に軽くなった。
彼はじりじりと、壁に追いやられていく。
彼は思案した。こうなれば、力を使うしかない。
彼は、言ってしまった。
「こいつらを殺してくれ!」
願いは叶い、敵は胸を抑えながら倒れた。
彼は額に浮かんだ汗をぬぐった。
「この願い、本当は試したくなかったんだ。すまない。」
彼は遺体にそうつぶやいた。
だが、彼は遺体の内の一つが、全身から血を噴き出して死んでいることに気が付かなかった。