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大学ノートが俺の武器  作者: 鵺這珊瑚
第一章 西日本製フランス人形、降臨
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第三巻

 涙で霞む目を、音のする方へ向けた。独りでに開いたノートは、俺を呼んでいるかのようだった。

 そこには、こうあった。


『早く日記を』


 俺は、慌てて目をこすり、もう一度それを読んだ。綺麗な、流れるような字だ。

 何より、驚くべきは俺の書いた文の下に、これが書かれていたことだった。一体、誰がいつのまに? 

 俺はボールペンを取り出し、その下に書き殴った。


『お前は誰だ』


 俺はペン先をしまい、ノートを凝視した。すると、案の定、紙面に変化が表れ始めた。ぼんやりと、真っ直ぐ引かれていたはずの罫線が歪み始めたのだ。

 その歪みはだんだんと形を変えるように動き、広がっていく。

 

 俺には、それが霧のかかった朝の湖面のように見えた。その水面から何かが、浮かび上がってくるように象られていく。それが文字だと気付いた時には、そこに歪みなどなく、ただ文字の列が並んでいるだけだった。


『私は日記。使命を持つものだ。』


 今回の字体は先ほどよりも美しく、まるで書道家が書いたかのような、整った文字だった。特に、はねの部分に強い意志のようなものが感じられる。

 ――日記、か。このノートは絶交日記と言った。これの主の事なのだろうか。さっきの減少から考えると、何かがあるのかもしれない。どうやら、この日記に文字を書き込めば、“日記”と話ができるようだ。


『その使命、とは何なんだ?』


 また同じ様にして、文字が浮かんできた。


『≪本持ち≫に使役される使命。』


 俺はペンを走らせる。


『その≪本持ち≫は、俺の事か?』


『そうだ。我が主。』

 

 我が主? 良く分からないが、悪い気はしない。俺はさらにペン先を動かす。


『≪本持ち≫とはなんだ?』


 直ぐに返事が並ぶ。


『≪本持ち≫とは、我々を使役する物の事。我々は書に宿る。我々は、我々を手にした者を主とし、その者を≪本持ち≫とする。我々は、≪本持ち≫に力を与える。』


 我々、と複数形になっているという事は、他にも“日記”のような存在がいるということか。それに、力を与えるとはどういう事なんだ・・?

 見ると、もう“日記”の文字は浮かんでいた。

 

『さあ、主。命令を。』


 急かすようだが、命令、と言われても、俺は何をしたらいいか分からない。お前は何ができるんだ、と尋ねようとした時、突然、耳を覆いたくなるような音が響き、俺は弾かれたように飛び上がった。俺は少し遅れて、ガラスが割れた音だと理解した。

 

 「やっと見つけた。」

 

 俺は、少し違和感のある日本語を話す、その少女に見覚えがあった。青空のように澄んだ大きなブルーの瞳が俺をみつめる。言うならば、フランス人形のような容姿だ。ブロンドの髪が黒のヘアピンで留められているのは大人っぽさを少しでも出そうという彼女の努力なのだろうが、逆にそれは、身長や胸も含めた彼女の子供っぽさを加速させる結果となってしまっていた。

 そうだ。こいつは俺が図書館で跳ね飛ばした、あの少女だ。俺は戸惑った。その少女が今、俺の家のガラスを突き破り、全くの無傷で腰に手を当て、頬を膨らませてこっちを見ている。一体、これはどういう状況だ?

 

 「なぜ逃げたんですか? 私、あなたに用があってきたのに。」

 

 女子は真っ直ぐに俺を見ていた。……いや、これは睨みつけているに近い。

 

 「いや、でも、連行するって……」

 

 「それは私があなたを本部に連れてこいとの命令を……ってあー、もう! めっちゃ喋り辛いやん!」

 

 俺は唖然とした。関西弁だ。いきなり関西弁だ。しかも、すごく流暢な関西弁だ。可愛い声が……。

 

 「あんた、名前は?」

 

 俺はかなりの違和感を覚えながら答えた。

 

 「……隼人(はやと)だ。」

 

 「隼人かー。最後のホルダー、最後の希望、とか言われてたからもっとあれかと思ってたけど。」

 

 最後の……なんだって? それは分からないが、「あれ」が俺の容姿を指している事はさすがに分かった。少女はそう言い、俺の少し前まで来ると、手を差し出してきた。白く綺麗な手のせいで、人差し指の先の絆創膏が目立っている。観察していると、催促するように手が振られた。早く握れと、俺を見上げる少女の青い瞳が言っている。俺がその手を握ると、やっとか、と少女は少しため息をつき言った。


 「よろしく、隼人。うちの名前はクレア。あんたと同じ、ホルダーや。」


 俺はよろしく、と言いかけ、気付いた。


 「ホルダーって?」


 俺が言うと、クレアと言った女子は振り払うように手を切り、呆れた表情で言った。


 「≪本持ち≫のこと。本持ち、ってダサいから付いた名前や。これぐらいは常識の範囲内やで? 全く、リーダーに飛んだお目付け役を任されてもうたわ。」


 クレアは他にも何か言っていたが、俺には早口で聞きとれなかった。クレアは一通り悪口を言い終わったのか、短すぎると言ってもいいぐらいの短さを誇る黒のスカートからスマホを引っ張り出し、誰かに電話をかけ始めた。


 「あ、リーダー? 無事、保護したで。うん、大丈夫。向こうはまだ“最後のホルダー”を見つけられてへんし。……え!? ほんま!? うん。……分かった、できれば応援よろしく。」


 目上の人とはクレアは話を終えるとスマホを乱暴にしまい、もう片方のポケットから何かを取り出した。

 「手帳?」


 俺が聞くと、クレアは一瞬何のことか分からなかったようで、少し辺りを見回したが、すぐに自分の手にあるものだと気付き、ああ、と声を上げた。


 「うちの≪(キー)≫。大した能力やないねんけど。それより、今すぐここをでーへんと。奴らが

ここを嗅ぎつけたらしい。」


 クレアはそう言うと、俺の手を引っ張り、玄関の方へと俺を連れて行こうとする。俺はその手を振りほどいた。


 「待ってくれ、訳が分からない。奴らが何なのかは知らないが、俺の知ったことじゃない。俺はこの家を守らないといけないし、上には……上には、妹が居る。」


 クレアは目を少し見開くと、さっきよりもさらに重いため息をついた。


 「あほ。ホルダーになるってどういうことか分かってんの?」


 俺はクレアの真剣な表情に少したじろぎ、首を横に振った。クレアは、またため息をつき説明をし始めた。


 「ホルダーは、鍵の力によって色んな能力を得ることができんねん。うちんとこの組織には空を飛ぶことが出来る奴もおるし、うちみたいに鍵が直接変化する奴もおる。でも、それは逆に、危険も孕んでる。鍵の力をコントロールできんかったら、鍵に飲み込まれて消滅してまう。鍵を誤って傷つけてしもうたら自分もただじゃ済まへん。そして、何より怖いのは、神狩りに捕まることや。」


 「神狩り?」


 クレアは口を固く結び頷く。


 「うちらホルダーを狙ってる集団。ま、元々神狩りは、唯の自然保護団体だったらしいんやけど。純粋に、あいつらは自然と、自然の生き物たちを保護することを世間に訴え続けていたらしいねん。環境破壊には断固反対やってな。でも、彼らの訴えは聞き入れられへんかって、世界は自国の発展と利益のみを考え、森林をどんどん消滅させていったんや。やつらは、そこで思った。こうなったら、世界を自分たちで変えるしかない。このねじ曲がった世界の正常化は、自分達に反対する勢力を消し去って初めて達成される、ってな。あいつらは純粋やったからこそ、誤った道に進んでしもうた。そして今、あいつらはその目的のほとんどを達成した。でも、あいつらはそれで満足せんかった。」


 「満足しなかった、ってどういう事だ?」


 クレアは眉間にしわを寄せたまま、しばらく答えなかったが、やがて、ゆっくりと口を開き、答えた。


 「――人間を殺す快感を覚えてしまってん。」


 人間を殺す快感……? 俺は自分の体を、冷たい物が駆けあがってくるような、おぞましい寒気を感じた。


 「その身勝手な欲を満たすためだけに、あいつらは、世界で殺人事件を起こし続けた。今度は、世界だとか環境だとか、そんな話やなかった。その殺し方も、残酷な物やったし。うちはいっかいだけそれ見たことがあるねんけど……。」


 クレアはそこまで言うと、うつむき、黙り込んだ。その瞳には、深い悲しみが映っていた。本当の事、なのか?


 「でも、そんな残酷な事件が多発しているなら、なんで報道されないんだ? 神狩りってそいつらが名乗っているなら、マスコミも分かるだろ?」


 俺が言うと、クレアは苛立つように言った。


 「マスコミ? あいつらに、そんなちっぽけなもの、どうとでもできるに決まってるやろ?」


 俺の頭に一つの言葉が浮かんだ。買収。俺は、クレアの握られた拳が少し震えているのに気付いた。


 「……そして最近あいつらは、それに飽き足らず、ある兵器を利用しようと考え始めよった。」


 「ある兵器……。」


 クレアは頷いた。


 「それが、うちらの持っている鍵のことや。うちらは、これと契約を交わしていて、いわばシンクロしている状態や。さっきも言うたけど、鍵を傷つけられればうちらも傷つく。つまり、鍵を神狩りに奪われれば、命を握られているのに等しい状況に陥んねん。」


 俺はゴクリと唾を呑んだ。


 「それに、うちらが鍵をあいつらに渡せば、その鍵が、人殺しに利用されることになるからな。……もうすでに、大多数は神狩りの手に渡ってしもうたけど……。」


 クレアの肩が震えている。よっぽどの事があったのだ。読書家の俺が想像できない位の範囲の出来事

が。急に、俺は何かに見られているような気がしてきた。首筋がチリチリと痒い。いままでこんなことはなかった。危険を、俺の体が察知しているのだ。


 そう考えていた時、突然何かを叩くような音が聞こえてきた。俺には分かった。玄関だ。玄関からそれ

は聞こえてくる。


 「神狩り……! 逃げよう、隼人!」


 クレアの一言で、俺は現実に引き戻されたような気がした。俺は窓から逃げようと、足を動かそうとした。


 「どうしたんや、早く! あいつらに捕まったら、鍵が奪われる! 奴らの狙いはさっきも言うたやろ!」


 分かってる。分かってる……。でも、足が動かない。足が、俺の言う事を聞かないのだ。俺は、脚に何度も何度も命令した。しかし、足は震えるばかりで、命令を拒絶している。突然命の危機に直面し、混乱しているのだ。


 そのとき、何かを叩きつけたかのような、とてつもなく大きな音が聞こえた。玄関の扉が倒れた音だと、直感で俺は理解した。


 「何やってんねん! 自分の命が危険なんやで!?」


 クレアがそう言ったかと思うと、俺は胴に黒い影を感じ、次の瞬間、俺は今まで経験したことも無いような衝撃を受け、床に崩れていた。

 呼吸が速くなる。胴の痛みは全身に急激に広がった。まるで、内臓が潰されてしまったかのようだ。


 「お前が最後のホルダー? 弱そうだな。」


 男の声。首を精一杯動かした俺の目に、盛り上がった腕の筋肉が目に入った。言うならば、大男だ。一体、いつの間に側に居たんだ……。こいつが、俺に攻撃を仕掛けたのは間違いなかった。


 クレアが駆け寄ってくる。


 「大丈夫、隼人!?」


 俺はかろうじて頷く。


 「お前は誰だ? ちっこい奴だな。」


 大男の言葉に、クレアは憤ったように足をふみならした。


 「あたしが小さい!? 嘘言うな、デカブツ!」


 事実だ。


 大男はそれを聞き、高らかな笑い声を上げた。


 「威勢のいい譲ちゃんだ。で、お前、何者だ?」


 クレアは大きく息を吸うと、


 「私は≪反逆団(レジスタンス)≫本部第一班、一等諜報員クレア=エメット! ホルダーや!」

 と叫んだ。今まで全く興味を示していなかった大男が、ホルダー、という言葉に目つきを変えた。


 「お前もホルダーか。」


 「そうや。うち、これでも優秀な方なんやで?」


 大男はそれを無視した。むっとするクレア。


 「最後のホルダーには護衛がつくだろうとは言われていたが、それがこんな幼女だったとはな。お前の

能力は何だ?」


 クレアは眉間にしわを寄せる。


 「その前に、あんたの名前を教えなさい。人に名乗らせた後は自分も名乗るもんやないん?」


 大男は自分のスキンヘッドを撫で唸った。恐らく癖なのだろう。


 「確かに、大人がしっかりしないと世の中は回らないだろうな。すまん。」


 意外に素直な人だ。


 「俺の名はバイタル。神狩り一の怪力の持ち主と呼ばれている。……これでいいか?」


 クレアはコクコクと頷くと言った。


 「うちの鍵の能力は、“一刀両断”。鍵を変化させ、対象を斬り裂くっていうやつや。」


 ほう、とバイタルはあごひげをさする。


 「俺の能力は“筋肉増強(バイタリティ)”だ。常時俺の筋肉を活性化させる。」


 「ブースト系の鍵……。」


 クレアは呟く。


 「で、俺はお前の能力に興味がある。なんてったって、最後の鍵だからな。」


 バイタルは俺に言った。俺は痛む体を起こすことに集中していて会話に入ると思っていなかったので、少しの間ちょっとしたパニックに陥った。バイタルは俺をじっと見ている。


 俺は考える。能力、と言われても、唯の大学ノートに、そんな力があるのかは疑わしい。“日記”は何

も言わなかったし……。


 「まあいい。俺が奪えばそれでしまいだ。」


 待ちきれなくなったのだろう、バイタルは関節を鳴らし始めた。クレアの表情ががらりと変わる。


 「最後のホルダーを連れ去ろうっていうんなら、うちも全力で戦うで?」


 バイタルは歯を見せてニヤッと笑う。


 「その華奢な体でどうやって戦う?」


 クレアは手帳を取り出した。すると、鍵は輝きを放ち形を変え、いつのまにか、彼女の右手には見事な装飾が施された日本刀が握られていた。


 「下がって!」


 バイクルの拳が彼女に襲いかかる。だが、クレアの刃はその前に駆動し、彼の懐に入り込んでいた。彼女の一閃が迸った、が、バイクルの体は切り裂かれるどころか、全くの無傷であった。バイクルは巨体を倒し、クレアを押し潰そうとする。しかし、身軽な彼女はひらりと飛び上がり、十分な間合いを取ると刀を構え直した。


 拳と刃がぶつかり合い、空気が揺れ、壁は共鳴している。


 俺はノートを抱えながら考えた。ここは、2014年の日本であるはずだ。山に囲まれ、沢山の本がある、平和な国。この地球は科学が発達し、俺はこの15年間、とても便利な暮らしをしてきた。……つまり、ここは争いがほとんどないような世界であって、魔法と剣の世界では無いということだ。


 じゃあ、なぜ目の前であり得ない事が起こっている? ≪本持ち≫? ≪(キー)≫? 神狩り? 訳が分からない。それに、俺が最後のホルダー、ってどういう事なんだ?

 突如地面が揺れ、大きな音が聞こえてきた。気付けば、彼女はこちらに歩み寄ってくるところだった。

 

 「“解除(リライト)”。」


 彼女が呟くと、彼女の日本刀が手帳に戻った。


 俺は、唖然としていた。倒れたまま動かないバイタルの姿が目に入ったのだ。 


 「まだ死んでへんよ。……えっと、これって日本語で峰打ちっていうんやろ?」


 そうですけど……クレアさん。あなたの体のどこに、日本刀を振り回す力があるのですか?


 俺はフランス人形が日本刀を振りまわす光景のシュールさに吹き出しそうになった。


 俺が労いの言葉を掛けようとすると、それより先にクレアが口を開けた。


 「さ、隼人。本部に来てもらうで。」

 

 俺は、とんでもない怪力を持った関西弁フランス人形に捕まったようだ。

 俺は、この先に戦だらけの人生が待っている等、知る由も無かった。

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