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良き伴侶  作者: 氷中冴樹
3/4

第3章

 昼でも薄暗い城の中は、まさに本当の闇に包まれていた。

 ところどころ、崩れた壁や屋根の隙間からは、木々の梢を通して星の瞬きを見ることは出来た。だが、それ以外はまったく、ものの形すらわからなかった。

 もう時間がないと、ピエールは言った。こんなところを、人に見つかれば、警察に突き出されるに違いなかった。それでも彼は、政府の管財人が出て来た以上、遅かれ早かれ、ここが立入禁止区域にされてしまうことを恐れていた。

「あの娘が、オラニエの末裔だったとは、クソッ!」

 外に光を漏らさないために、小さな懐中電灯の明かりだけを頼りに動きながら、ピエールは毒づいていた。

 隆也は、政府の管財人を恐れるのはともかく、なぜそれほどピエールが、アンヌの素性を知って焦るのかがわからなかった。

「なぜだって?国のものになるにしろ、その娘ッ子のものになるにしろ、この城が誰かのものだと決まれば、せっかく俺様がここでお宝を見つけたとしても、素直に俺のものにはならないからさ!」

「そうなのかい?あの娘が、それほどケチとは思えないけど‥‥‥」

「あのなァ、タカヤ。お前さん、あの娘が、何の下心も無しに食事に付き合ってくれたなんて、思っちゃいないだろうな!?」

「そんなこと言って、あの娘に声を掛けるように勧めたのは、他でもない、君自身なんだぜ、ピエール!」

 隆也の皮肉に、ピエールは口の中でブツブツ言っていたが、結局は聞こえなかったフリをすると、ぶっきらぼうに隆也に手伝いを急かした。

 これまでは、どんなに薄暗いとは言っても、昼間にしかここに来たことはなかった。そのため、隆也はまるで周囲の様子がわからない夜の闇に、何度なく足元をすくわれ、自分の居場所を見失った。

「君は、こんなに暗くて、良く平気だな?」

 たった一本の懐中電灯の明かりだけを頼りに、てきぱきと準備を進めるピエールに、隆也は感心したように言った。

 すると、異国の青年はその金色の頭を軽く振って、事も無げに答えた。

「暗がり恐くて、宝探しなんか出来るかい?」

「なるほど、そう言われてみれば、そうだな‥‥‥」

 わかったような、わからないような理屈だったが、隆也には奇妙に納得できる答だった。

 そんな隆也を使って、ピエールは作業場となるべき城の床に、外に明かりが漏れないように巧みに配置しながら、ライトを並べて行った。

「つまり、この城は崩れたんじゃなくて、立て替えている最中に放棄されたと、そう言うんだなタカヤ?」

 強力なライトのために、そこだけクッキリと浮かび上がった石畳の上に、先ほどの二枚の見取図と隆也の描いた図面が広がっていた。

 ピエールは、隆也の顔を覗き込むようして確認した。女性に対して気の弱い日本人青年は、眩しいライトの光に目をしばたたかせながら、頷いていた。

 今夜しかないと、決めて掛かったピエールは、一か八か、隆也の考えに賭けることにした。この金髪の美青年の性急さに呆れながらも、隆也もあえて、今夜しかないという彼の意見に、反対しなかった。

 隆也自身、昼間の管財人の態度に、威圧的なものを感じていた。もし、隆也がこの先さらにこの場所に留まれば、管財人が何かの手を打って来るだろうことは、隆也にも容易に想像がついた。

 そうなれば、当然、しがない旅行者に過ぎない彼が、ピエールを手伝うことなど出来るはずもない。この後、ピエールが発掘を続けるためにも、隆也がこの地を離れた方が良いことは、間違いのないところだった。

 どちらにしても、自分とピエールが一緒に発掘することが出来るのは、確かに今しかないのかも知れない。隆也にしてみれば、文字通り、これが最後のチャンスのように思われた。

 もっとも、ピエールが隆也と同じように考えていたかどうかは、かなり疑問だった。この不思議な金髪の美声年は、隆也の問いに、ともかく時間がないの一点張りだったのだ。

 隆也は、彼のそんな意見に、あえて異論を唱えようとはしなかった。

「十六世紀までの城の外側に、もう一つの壁を作って、二重の外壁を持つ、当時としては近代的な城を築こうとしたのかも知れない‥‥‥」

 壁をシャベルで軽く叩きながら、隆也は自分の考えを説明した。隆也の説明を聞きながら、ピエールも小さなピッケルのような工具で、隆也と同じように壁を叩き回っていた。

 二人は、明かりが城の外に漏れないように、足元だけをライトで照らしながら、慎重に作業を進めていた。

「ところが、何にか不都合が起こって、工事は中断、古くからあった内側の城の方も、結局は荒れるに任せたってことか?」

 そう言いながら、ピエールが新たな壁に移って、そこをピッケルで軽く叩いた時、背後から別の声がした。

「その時、当時のオラニエ公はこの土地から離れたのよ。ピエール、あなたはそれを御存知なのでしょう?」

 その声と同時に、二人を強力な明かりが照らし出した。隆也とピエールはその眩しさに、思わず両手で顔を覆った。

 そんな二人の前に、崩れた壁の向こうから、大型のハンド・ライトを持った若い娘の姿が現れた。

「二人とも!そのまま、動かないでちょうだい‥‥‥」

 そんな、凄みを効かせたセリフと共に、橋の上の画学生、アンヌ・マリーの手には、鈍い光を放つ拳銃が握られていた。

 ごく自然に、ピエールは両手を頭の上に上げていた。その可愛い顔に似合わない、凄みのあるセリフに対してか、その手に握られた凶暴なモノに対してか、金髪の青年は低く鋭い口笛を吹いた。

 その音に、微かに娘の表情がゆがんだ。それは、隆也の知る橋の上の画学生と同じ顔かたちをしていた。だが、彼が彼女から感じた、陽気さや優しさからは無縁の、冷たく険しい表情だった。

 アンヌは、ゆっくりとライトを足元に置くと、銃をピタリと構えたまま、二人に向かって足を進めた。

「ピエール、あなた何者なの?あなたは、ここでいったい、何を探しているの?それとも、あなたも、この城の所有権が欲しいのかしら?」

 それは、昨日、隆也が食事を共にした同じ娘とは思えないほど、冷徹で感情を押し殺した声だった。実際、隆也はそれが、自分の知っているアンヌだとは思えなかった。

 ひょっとしたら、安っぽいドラマなんかに良くある、生き別れた双子の姉妹とかじゃないかと、隆也は真面目に考えていた。

「アンヌ・マリー・ド・オラニエ。現在のオランダ王家にも連なるという、由緒ある貴族の末裔にしては、無粋な登場の仕方じゃないか?」

 突然のアンヌの登場に、隆也は驚いていたが、ピエールには驚いたような気配はなかった。むしろ、それを予想していたのか、余裕さえ感じられた。

 もっとも、この金髪の美青年の、この人を喰った態度には、いまさら隆也は驚きはしなかった。この青年は、きっと死の直前でも、こんな皮肉な笑顔を浮かべているんだろうなァと、自分でも縁起でもないと思いながら、隆也はボンヤリと考えていた。

「オトボケがお上手ね、ピエールさん。でも、私は、そこの日本人みたいに、単純なお人好しではないわ!さァ、お言いなさい、この城に隠されているものは、何なの!?」

 単純なお人好しと言われて、隆也は深いため息を吐いた。

 自分でもそうだとは思ってはいたが、改めて、彼女にそう指摘されることの方が辛かった。この城にどんな秘密が隠されていたとしても、彼にとっては、彼女のこの一言の方がショックだったに違いなかった。

 もちろん、そんな日本人青年の悩みなど、銃を挟んで対持する若いフランス人の男女には、ほとんど関係がないはずだった。

 隆也は、急に、すべてがバカバカしくなった。

「ピエール、僕は、降りるよ‥‥‥」

 そう言った隆也は、険しい表情で銃を構えるアンヌを無視するように、頭の上から両手を降ろして、クルリと背中を向けた。そして、何事もないかのように、スタスタと外に向かって歩き始めた。

 これには、さすがにピエールも唖然としたのか、口を半分開けたまま、そんな隆也を黙って見送ることしか出来なかった。

「お待ちなさい!」

 鋭い声が飛んで、アンヌは隆也の背中に銃を向けた。

「このまま、黙って帰れると思うの?」

「思うさ。なにせ、僕は単純なお人好しだもの」

 隆也は立ち止まると、銃を構えるフランス娘に首だけ向けて、そう言った。

 隆也の皮肉な口調に、二人のフランス人は、とっさに言葉がなかった。やがてピエールの表情が崩れると、大口を開け、体をくの字に折り曲げて、激しく笑い始めた。

「ハッ、こりゃいい!こりゃ、けっさくだ!!」

「なッ、何がおかしいの!?お止めなさい!笑うのを止めるのよ!!」

 体をゆすって笑い転げるピエールに、アンヌは銃を向けると、ヒステリックに叫んだ。

 そんな二人に肩をすくめると、隆也は再び、スタスタと歩き始めた。

「お待ちなさい!」

 アンヌが、そんな隆也の姿を視界の隅に捉えて、甲高い声を上げると、銃をそちらへ向けた。だが、隆也は止まろうとはしなかった。

 フランス娘の顔色が変わり、その指に力がこもった。次の瞬間、鋭い銃声がロアールの川面にこだまし、周囲の闇に反響した。

 突然の物騒な音に、眠りを覚まされた鳥達が、羽音も荒々しく、抗議の叫びを上げながら飛び去って行った。

 銃声と同時に、隆也はその足を止めた。そして、ゆっくりと、信じられないといった面持ちで、振り返った。

 暗い夜空に向けられた、アンヌの銃からは白い煙が立ち昇っていた。青ざめた顔の娘は、その銃口をゆっくりと、日本人青年の方に向け直した。

「今度は、冗談では済まないわよ!」

 アンヌの厳しい言葉に、隆也は強ばった表情を何とか緩めると、寂しそうに、力なく笑った。

 実際、隆也には笑うしかなかった。

「そんな物より、絵筆の方が良く似合うのに‥‥‥」

 そして、再び背中をフランス娘に向けると、隆也はゆっくりと歩きだした。

 そんな隆也の鮮やかさに、ピエールはさらに一層、声を立てて笑った。

 アンヌは、そんな金髪の美青年の笑い声に煽られたのか、去り行く隆也の背中に銃口をピタリと合わせると、もう一度警告を発した。

「今度こそ、本気よ!」

「まったくだ‥‥‥」

 そんな不敵な言葉を口にしながら、ただ面白そうに、笑い転げているとばかり見えたピエールが、この時、突然体を延ばした。金髪の美青年は、猫のような素早さでアンヌの銃を持つ腕を掴んだ。

 彼は笑い転げながら、いつの間にか、アンヌとの距離を縮めていたのだ。

「なにを!」

 アンヌは、とっさに、銃の向きを変えようとしたが、青年の腕にガッチリと銃を握られ、動かすことが出来なかった。

 金髪の美青年は、見かけによらず、非常に強い力で彼女の腕を捻り上げた。

「痛いッ!」

 小さく叫んで、アンヌの手から、拳銃がポトリと石畳の床に落ちた。ガチャッという、乾いた音が、闇に浮かぶ古い城跡の内部に響いた。

 その銃を、素早くピエールが隆也の方に蹴り出した。

「何をしている!早く、それを拾え!!」

 言われるままに、隆也はその銃を拾った。それは、女性用の小型の拳銃だったが、生まれてこれまで、そんなモノを手にしたことのない隆也には、ズッシリと重かった。

 隆也の手に、自分の銃が握られたのを見て、アンヌの体から一気に力が抜けて行った。

「まったく、とんだ邪魔が入った。おいッ、タカヤ!ロープを取ってくれ、このお姫様を縛り上げるんだ」

 そう言うと、ピエールはアンヌが持っていたライトを拾って、その強力な明かりで彼女を照らした。その眩しさに耐えかねて、アンヌは顔をそむけた。

 隆也は何気なく自分の手の中の銃と、足元のロープを交互に見比べていた。そして、わずかに首を振るとロープを拾わずに、明かりに浮かび上がる娘に近付いた。

「おいッ、タカヤ!お前、何する気だ!?」

 日本人青年が、ロープを持たずに、拳銃だけを持って娘に近付くのを見て、ピエールは慌てて体の向きを変えた。彼は作業を再開すべく、改めて石壁に向かっていたのだ。

 隆也は、そんなピエールの声を背中で聞き流して、床に両手をついたまま、うつ向いたアンヌの傍らに座り込んだ。

「タカヤ‥‥‥?」

 自分を覗き込む、日本人青年の気配を感じて、アンヌが顔を上げた。その瞳は、涙に濡れているのか、それが強力なライトの光に反射して、キラキラと輝いていた。

 隆也は、そんな彼女の表情に、以前に、この同じ場所で見つめた、娘の愛らしさを感じて微笑んだ。

「これ、返すよ」

 そう言うと、隆也は、拳銃を娘に差し出した。

 娘は、目と口を大きく開けて、目の前の日本人青年を見上げた。

「バカ!おッ、お前!なに考えてんだ!?」

 ピエールが、慌てて隆也の肩を掴んだが、隆也はその手をゆっくりと振り払った。

「言ったろう?僕は、降りたって‥‥‥」

「でも、どうして?」

 ピエールとは、また別の立場で、アンヌも信じられないといった表情を、隆也に向けていた。

 隆也は、アンヌに見つめられると、ちょっとはにかんだような笑顔を浮かべて、頭を掻いた。

「なぜって、僕は、単純でお人好しだから‥‥‥それに、君は僕の友達じゃなかったっけ?少なくとも、僕は、今でもそう思っているよ」

 そう言うと、もう一度、彼はアンヌに拳銃を差し出した。

 アンヌは、まだ訳がわからないといった顔付きで、無意識にそれを受け取った。

「それじゃ、二人とも、出来れば、仲良く宝を探してくれ‥‥‥それが、どんなものか、知らないけど」

 そう言うと、隆也は再び二人に背を向けた。

 同時に、若いフランス人の男女が声を上げた。

「おいッ、待てよ!」

「お願い!待って!!」

 そして、アンヌとピエールは、気まずそうに顔を見合わせた。

 呼び止められた隆也は、困ったように二人を振り返った。彼にしてみれば、これ以上、現実的なゴタゴタに巻き込まれたくはなかったのだ。

 もともと、隆也は、それこそ単純な好奇心、楽しみで、ピエールを手伝っていた。本当に宝があるのかないのか、そんなことは、彼にはどうでも良かったのだ。

「ピエールが、何を探しているのか、アンヌがこの城の持ち主なのか、そんなことは、僕にはどうでもいいんだ。ただ、ここに何かありそうだから探してみる。本当に、それだけだったんだ。それが誰の物か何てことは、どうでもよかったんだ。ただ、宝探しが、面白そうだったんだ。でも、もう、そうは言っていられないんだろう?」

 寂しそうにそう言うと、隆也は視線を薄暗い石畳の床に落として、つま先で小石を蹴った。

 ピエールは、手にしたロープをクルクルと巻きながら、その手元を見つめていた。

 アンヌは、小さくため息を吐くと、隆也に返された拳銃を、ピエールに差し出した。

「ピエール、いきなり銃を向けたことは、素直に謝るわ。ごめんなさい‥‥‥」

「護身用にしても、少し物騒なんじゃないかい?」

 渡された銃を受け取ったピエールは、それをしげしげと見つめながら言った。

 アンヌは肩をすくめると、顔をしかめて見せた。

「わたしだって、こんな物は使いたくないわ。でも、わたしがこの城の所有権を請求してから、色々面倒なことが起こったの‥‥‥中には、日本人と手を組んで、この城跡を開発しようとしている連中も居て、何度も嫌な目に遭ったから、ついタカヤのことも信じられなくて、本当にごめんなさい。タカヤ‥‥‥」

 そう言って、アンヌは隆也に近付くと、彼の手を取ってじっとその顔を見つめた。

 フランス娘の、そんな潤んだ瞳に見つめられると、自らを単純でお人好しと認める隆也としては、もはや、許すも許さないもなかった。

 照れ笑いを浮かべている隆也に、アンヌは呟くような声で言った。

「わたしも、友達だと思っています。これからも、そう思っていいですか?」

「もちろん‥‥‥」

 そう答えた隆也は、アンヌに握られた手を握り返すことも出来ずに、顔を赤らめながら、しきりに頭を掻くばかりだった。

 そんな単純な日本人に、ピエールは皮肉な視線を横目で送っていた。彼は手慣れた手付きで、銃の弾層から弾を抜くと、それを自分のジャケットのポケットに入れた。

「まったく、日本人て奴は、何を考えているんだか、まるでわからないな。人の国で娘っ子を脅す奴もいれば、タカヤみたいな奴もいる。でも、まッ、ともかく、タカヤのおかげで誤解も解けたようだし、俺も、タカヤの言う、単純な宝探しが好きな口だからな‥‥‥」

「それじゃ、あなた達は本当に、ただの宝探しをしていたの?」

 アンヌは、ピエールの言葉に、驚いたような表情を作った。

 改めて、彼女の視線を受けた隆也も、大きく頷いて見せた。

「どうやら、信用してもらえたようだから言うけど、俺が探しているのは、マキシム・オーモアの遺産さ」

 再び、不敵な皮肉っぽい表情を作って、金髪の美青年は言った。

「マキシム・オーモア?」

 その名前に、聞き覚えがなかったのか、アンヌはキョトンとした顔で、彼の顔を見つめていた。

 隆也も、初めて聞くその名前に、首を傾げた。

「マキシム・オーモアは、この城の、最後の持ち主の一人さ。あんたが言ったように、その時代には、もう、オラニエの一族はこの土地を離れてしまっていた。オーモアは、オラニエ公から城主として任命された者の一人だ。もっとも、その頃はやたら城主が入れ替わっていて、誰が本当に最後の一人だったのかは、良くわからんがネ。俺が探しているのは、彼がこの城のどこかに秘蔵していたはずの、コレクションさ」

 明らかに、アンヌの表情に落胆の色が浮かんだ。

 自分が求めていた物が、ピエールの探す宝とは異なるということを、ようやく理解したのだろう。隆也には、そんな娘の様子が気の毒に見えた。

「少なくとも、この城の所有権を示す書類や、印章でないことは確かだな。あんたには、期待外れだろうが」

 それは、いつもの彼の口調だったが、隆也には、何だかピエールが勝ち誇っているように思えて、次第に腹が立って来た。

 そりゃ、銃で脅したアンヌは悪い。だけど、それだけ彼女は一所懸命だったんじゃないか!この城が自分の物になるかどうか、当事者にとっては、きっと重要な問題なんだと、隆也は心の中で憤然としていた。

「だいたい、そんな物があるなら、とっくに誰かが持ち出しているんじゃないのか?こんな、朽ち果てた城跡に、この城の持ち主である、それなりの証拠なんて、残っているって思う方が、どうかしている‥‥‥」

「ピエール、君に、そんなことを言う資格は、ないはずじゃないか?」

 隆也は、静かに金髪の美青年の言葉を遮った。

 ピエールは、驚いたように隆也を振り返り、うつ向いていたアンヌは、ノロノロと日本人青年の方へ視線を向けた。

「あるはずもない物を、夢中になって探していることじゃ、君もアンヌも同じじゃないか?そんなことより、どうするんだ、ピエール。お嬢さんに水を差されたから、今夜は、これで止めておくか?」

 その言葉には、本人が意識した以上の刺があった。

 金髪の美青年は、自分が始めて聞く、この日本人の刺のある言葉に、驚きの視線を向けた。二人の間で、一瞬の緊張が流れた。

 やがて青年は、いつもと変わらず穏やかだが、やや皮肉っぽい口調で口を開いた。

「ともかく、話は後だ。今は、捜し物を見つけることが先決だ!きっと、お嬢さんも興味があるでしょうから、手伝って下さいますネ!?」

 そんなピエールの皮肉が、アンヌに伝わらないとは思えなかったが、彼女は素直に頷くと、隆也に道具の有無を尋ねた。

 隆也が小さなスコップを差し出すと、それを受け取りざま、彼女は隆也の耳元に聶いた。

「ありがとう。本当に、ごめんさい‥‥‥」

 アンヌが感謝したのは、スコップを貸したことについてなのか、ピエールの皮肉から助けたことに関してなのか、隆也にはわからなかった。彼の心は、彼女のその言葉だけで充分満足していた。

 そんな隆也を横目で見て、金髪の美青年は、本当に日本人て奴は、良くわからんとか何とか、口の中でブツブツと呟いていたようだった。そのピエールも、アンヌや隆也からは背を向けるようにして、自分も小さなピッケルを持った。

「オーモアという人は、オラニエ公の親戚で、この城を任されていた。その頃には、もうこの城は大して重要なものではなくなっていたんだ」

 ピエールは、ピッケルで壁を叩きながら、背中を向けたまま、先ほどの説明を続けた。やや口調が固かったのは、ぎこちなくなった隆也との関係を、修復したいと思っていたためかも知れない。

 隆也は、そんなピエールの態度に、何かホッとするものを感じていた。

「君が言うように、この城の拡張工事が行なわれていたとしたら、恐らくその指揮を執っていたのが、そのオーモア公じゃないかと、俺は睨んでいる‥‥‥」

「そのオーモア公っていうのは?」

「ねェ、見て!」

隆也も、妙に興奮した気持ちを鎮めようと、具体的な説明をピエールに求めた時、アンヌが小さな叫び声を上げた。

 男達が同時に声の方を振り向くと、彼女の持つ小さなスコップの先が、壁の石の隙間に刺さり、スルスルと中に潜って行った。ピエールと隆也は、飛ぶようにしてその傍に駆け寄ると、無作法にも娘を押し退けるようにして、その辺りの壁を叩き始めた。

 彼らのシャベルとピッケルは、明らかに他の壁とは異なる、軽い音を響かせた。

「間違いない。中は空洞だ」

 隆也の言葉に、ピエールは大きく頷くと、小さなピッケルを捨てて、大きなツルハシを掴んだ。

 そして二人の男性は、思い切ってそれぞれが持つ道具を振り上げた。

鈍い音がして、古い石組が崩れた。すぐに、三つの光がその中を照らした。

 中には、ポッカリと空洞が広がっていた。

 三人は顔を見合わせ、ごっくりと息を飲むと、ゆっくりと暗い空洞に足を踏みいれた。

「二つの外壁に挟まれて、ちょうど回廊のようになっていたんだ‥‥‥」

 ピエールが、周囲を見回しながら言ったように、高い石壁が両側にそそり立つ感じのその空間は、三人が余裕で並べるほどの、廊下のようになっていた。

 その回廊は、大きな弧を描くように、奥深くに向かって長い傾斜が続いていた。

 ピエールは、ロープの端を入口の外にしっかりと固定すると、そのロープを穴の奥へと延ばした。ライト付きのヘルメットを被って、彼は奥へと進んで行った。

 アンヌと隆也も、小さな懐中電灯を頼りに、そのロープを手繰るようにしながら、そんなピエールの後に続いた。

 いつ足元が崩れるかも知れない不安に、三人の足取りは慎重だった。

「城の構造上、この部分が外側の新しい壁に一番近かったんだ。だから、そのまま回廊みたいにしたのかも知れない‥‥‥」

 隆也が、自分自身に言い聞かせるようにそう言った時、アンヌの短い悲鳴が起こった。

 隆也とピエールが、同時に顔色を変えて彼女の方を振り向くと、アンヌは壁の一角を震える指で指差していた。

「ひ、人の顔が‥‥‥」

 そこには、確かに懐中電灯の明りで、ポッと浮かび上がった人の顔があった。

「これだ!」

 ピエールが、押し殺したような声で叫んだ。そして彼は、壁に沿ってライトの明りを向けた。

 石壁には古い肖像画が、何枚も並んで掛けられていた。

「歴代のオラニエ公の肖像さ、これがオーモア・コレクションって訳さ!」

 気のせいか、ピエールには興奮したようなところは、感じられなかった。

 隆也は、明りの中でしげしげと肖像画を見て、軽く首を振った。

「だけど、保存状態が悪かったせいか、だいぶ傷んでいるよ」

「美術品としての価値は、余りないだろうな。だが、歴史的価値は計り知れないだろう。それに、今の修復技術を持ってすれば、復元も容易だ。そうなれば、観光資源としては文句ないものになるだろうな」

 そう言ってアンヌを振り返ったピエールは、軽くウインクして見せた。

 それまで怯えていたアンヌは、金髪の美青年のそんな気障な態度に、露骨にそっぽを向いた。ピエールは軽く笑いながら、先へ進んだ。

「だが、俺の探しているモノは、これじゃない‥‥‥」

 アンヌと隆也は顔を見合わせると、仕方なくピエールに続いた。肖像画に見守られるように、三人はやがて回廊の奥にたどり着いた。


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