序章04 出会い
カタカタカタっと不気味に歯を鳴らしながら骸骨は戦いを楽しむように笑っている。
ミレイは襲ってくる骸骨の腕を一回、二回と躱すと剣を振り下ろした。
物質保有型とも言われる骸骨は霊子による強化を施されていないミレイの剣に成すすべもなく、両足を切り落とされた。
足を失った骸骨はその場に倒れて、腕で起き上がろうとしたがミレイが許すはずも無く、タブルブレイドによって切り飛ばされ、力尽きたように倒れた。
「やったよ~」
ミレイは保護のため体に展開していた霊服を解除してクロードの方を見て手を振るう。
対してクロードは「あの馬鹿」っと毒づくとミレイの方に駆け出した。
「ミレイちゃん! 危ない」
「へっ?」
アリスの警告を聴いたミレイは気の抜けた声を発して振り返ると顔だけになった骸骨が襲いかかって来た。
しかし、その攻撃はミレイに当たることはなかった。
一つの銃声音。
霊子保護を受けた鋼の弾丸は霊子特有の発光により、一本の綺麗な白い線を引きながら、ミレイの目と鼻の先に来ていた骸骨の眉間を貫く。
骸骨は硝子が割れるかのような爆散音を鳴らして崩れ去った。
「し、死ぬかと思ったぁ~」
「……油断をするな、ミレイ」
「あ、ありがとうカレンちゃん」
クロードはカレンが注意をしたからいいだろうと考え先ほどまで骸骨がいたところまで行く。
先ほどまで骸骨がいたところは綺麗な青い光を発する光球がある。クロードはそれに手をかざすと何か透明な膜が形成されて光は収まった。
この作業がバックパック役のメインになる。
ゴーストは絶対に核となる光球、通称霊魂が存在している。霊魂はそのまま放置するゴーストに戻ってしまう為、バックパック役は霊子による膜で覆う必要があり、それをデッドライン内に持ち込むまで保護するのが任務だ。
バックパック役は他にも様々な役を兼任する重要な職でもある。
カレンは武器である『スコーピオン』を担ぐと腰に差してあるダブルハンドガン『ピスカ』を構えて、霊子を注いだ。
霊子が十分に行き渡ったピスカは紅く発光していつでも発射可能状態を示していた。
カレンはちゃんと警戒を怠ってないのだとクロードは関心するが、アリスとミレイは手放しで喜んでいるため先が思いやられるの感じずにはいられなかった。
既に、倒した数は八体に及ぶ。
クロードは改めて先ほどからの戦闘を思い出す。
ミレイは類い稀ない才能とでも言うのか、ちゃんと一対一でしっかり捌き切っている。
しかし、倒した後はすぐに臨戦態勢を解いてしまう。
カレンは無駄玉を射たず、研ぎ澄まされた集中力で完璧に急所を当てている。
しかし、一発一発が余りにも遅い。合計でたったの五発しか射っておらず、牽制目的の攻撃は一発足りとて存在しない。
アリスは確かによくやっている。そう、良くやっているのだ。
特に特筆すべき事なく、駄目な所もない。でも、この職が彼女の天職なのかと聞かれればそうではないと言える。
バランサーの役割は戦闘を主とするアタッカーの補助、ガンナーの護衛と二つをこなさなければならない。
そのため、どちらか一方により過ぎるという行動は厳禁なのだ。
今回、アリスはカレンの護衛を主としてミレイから離れている。だから、先ほどのミレイのピンチを救うのは普通、バランサー職のアリスが行うべきなのだがカレンが助けることになった。
ある程度のゴーストなら問題はないが三つ星級なら、絶対に誰かが死ぬことになるだろう。
クロードは考えを纏めてから時計を見てアリス達に声をかけた。
「時間だ、撤退するぞ」
実戦二回目にして二時間で八体。
なかなか、優秀な方だ。だが、クロードは一度苦い顔をして、アリス達が結界内に入ったのを確認すると普段の顔に戻し、後ろを警戒しながら後を追うように戦闘区域から離脱したのだった。
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「ふぅー、どうしたもんかな」
アリス達に一通り連絡事項と、夕食を摂って別れた。クロードは6時間ぶりに戻ったレッドラインは先ほどとは全くの別物と化していた。
防衛戦は毎日行われている陣取り合戦と言えば簡単に聴こえるが内容はかなり複雑だ。
ゴーストには活動期間が存在する。それが昼夜逆転生活をするはめになった原因なのだが……。
ゴーストは午後18時に活動を始め生きている人間特有の霊子を辿り人が居る区域を攻めにくる。
ゴーストは夜が深まるに連れて数を増やし午前5時をもって活動を停止する。
人類はこのサイクルで生活することを余儀無くされていた。
時刻は2時、防衛戦の中で最も佳境と言える時間帯。
現在クロードはSランクですらない。今のクロードはAランク隊員であるため単独での行動は不可能なのだ。
だが、この時間帯は誰もが必死な為、クロードはこの状況に乗じて単独行動に出ようとしていた。
前線付近が急に騒がしくなり始めた。恐らく、三つ星級以上が複数出現したのだと思いクロードはこの気に参加するためにレッドラインを越えようと足を踏み出そうとした。
「何処にいくつもり?」
凛っとした綺麗な声が聞こえた。クロードは、その声に聴き覚えがあり恐る恐ると振り返る。
案の定、クロードの後ろにはリリーが腕を組んでクロードを見ていた。
「何でここに居んだ」
「誰かさんが規則違反を起こそうとしていたからよ」
「ざけんな。俺がここに居るって如何して分かったんだ」
クロードの疑問も最もだ。
いくらゴーストに領土を奪われたとはいえ、エルステイン王国の領土は東の大国と言われるほど広大で、セカンドライン、レッドラインはその領土を二重に円形の形をとっているため戦闘範囲はかなり広大である。
そんな中、たった一人の人間を見つけるのは現実的に不可能なものだ。
「何故って、私の遠近知覚を甘く見ないで欲しいわね」
「第二能力の気配なんか一度もしなかったぞ」
第二能力――Bランクになるために必要な特殊技能のことを言う。
一般的にこの技術を知ることが出来るのはCランク隊員以上と制限が施されているため、知っているものはごくわずかな人間だけだ。
霊子操作までを第一能力、守護霊との意思疎通を第二能力と分類される。
守護霊とは、言葉の通り、生まれながらにその主たる宿主のそばを離れない神のようなものだとされているが、近年の研究によりゴーストと近い精神生命体と考えられている。
当然、クロードも第二能力は開眼していた。
リリーはガンナーとして優秀であり、リリーの守護霊はガンナーとしての相性がかなりいい。
リリーは自らの守護霊との連携技《遠近知覚》はどれだけ、離れていようが守護霊が知覚したものを共有出来ると言うものである。
「あら? 貴方の相棒は気づいているみたいだけど?」
クロードは気づかず、守護霊は気づく。そこまで、考えて一つの答えを導き出す。
「てめぇ、守護霊の一部を霊子化して果物に仕込みやがったな」
霊子は生きているものなら何でも持っているもので、果物などは遠征時に重宝されるものだ。
普通の果物より、少し霊子が多いぐらいではクロードに分からない。
こういうのは普通、守護霊が宿主に教えるものなのだが……。
クロードは自らの霊子を放出する応用で体内にあるリリーの霊子は体外に出した。
「で、貴方参加するつもりなの」
「あぁ」
クロードの気の無い返事にリリーは溜息を吐く。
「はぁ、C地点にデューイの班がいるは混ぜてもらいなさい」
リリーの言葉を聞き終えるとクロードはC地点に走り出した。
そして、途中で振り返る。
「サンキュー、リリー」
満面の笑顔でリリーにお礼を言って再び走り出した。
リリーはクロードの言葉に不意に俯いてしまう。
クロードの言葉に俯いてしまったリリーはポツリと呟いた。
「本当に貴方は卑怯だわ、バカクロ」
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「油断するな、ウィル」
「は、はい」
エルステイン領南西に位置するC地点でデューイ・ランドルフの班は一体の三つ星級との戦闘を繰り広げていた。
デューイ班の一人、ウィルソン・ガントラは自らの体に纏った霊服の霊子を右手に持つ刀に集める。
ウィルソンの持つ刀が集められた霊子によって眩い光を放った。
しかし、敵は三つ星級ゴースト。防御に使う分の霊子を攻撃に回しているのに気づいている。
三つ星級ゴースト個体名称『堕ちた木』はその葉がない幾つもの枝を伸ばしてウィルソンを襲う。
集中しているウィルソンをカバーするためにバランサー役が両手に持つダガーですべての枝を切り落とす。
激昂するダウンツリーが地面から根を突き出してバランサーの足を摑む。
「きゃー」
掴まれたバランサーは宙吊りになり、足からダウンツリーに霊子を吸収されそうになる。
しかし、デューイ班のガンナー役がバランサーを摑む根を射ち砕く。
重力に従い垂直落下するバランサーは空中で一回転を決めると見事に着地して見せる。そして、残りの根を切りギザんだ。
そこで、霊子のため終わったウィルソンは2mほどの距離を一瞬で詰めてダウンツリーを切る。
刀型アタッカーが最もよく使う技。ダッシュ時と斬撃時における霊子放出加速による光速移動と光速斬撃の合わせ技。
ダウンツリーはウィルソンの斬撃になす術もなく、真っ二つに切られた。
ダウンツリーは硝子が割れる音と共に爆散して、黄色霊魂をその場に残した。
「うん、上出来だな」
デューイの称賛にウィルソン達は気を緩めた。しかし、霊服は発動状態のままで、何時でも戦闘に移ることが出来るので油断していないのが覗える。
デューイは不審な気配を感じて後方を見た。
デューイが振り返る前に拍手の音が響く。
拍手の音でデューイ班の面々は臨戦態勢に移行するが、デューイがそれを制す。
「誰だ」
「おいおい、俺を忘れたか? デューイ」
暗い森の中から一人の男が現れた。
出てきた黒髪黒目の男に警戒するウィルソン達だが、デューイはその男を見ると警戒していた顔を崩し笑顔で男のもとに行く。
「せ、センパーイ。久しぶりじゃないですか?」
「そうだな、デューイ」
何時もと違う教官の行動にウィルソン達は困惑する。
ウィルソン達が何時も見ているデューイは冷静沈着で、他の同期の教官と比べるとかなり優しい人間だというのは理解していた。
しかし、今のデューイから冷静沈着な雰囲気はなく、まるで主人に構って欲しい忠犬のようだ。
「ぁあの〜、デューイ教官こちらの方は?」
「あぁ、ごほん。此方は僕の先輩でクロ先輩だ。皆はこっちの方が知っているかな?」
デューイは勿体ぶるように間を開けると笑顔でクロードを紹介した。
「三年連続ファーストに君臨する餓狼こと、クロード・ファングス先輩だ」
デューイの紹介にクロードは内心毒づく。
(おいおい、マジで餓狼流行っているんじゃないだろうな)
クロードがその呼び名に恥ずかしがっているとも知らずに、デューイ班の面々は口々に言い合い。クロードに質問などをする。
遠慮なくクロードに質問するウィルソン達をデューイは大人しくさせた。
「ほら、クロ先輩が困ってるだろ」
ウィルソン達はクロードに謝罪の言葉をすると一歩その場から離れた。
「ところで、クロ先輩どうしたんですか?」
「いや、それがさぁ。折り入って頼みがあるんだ」
クロードはウィルソン達に聞かれないようにそるため、手招きを押して距離を取った。
「そういえば、噂で聞いたんですけどファースト降ろされたって冗談ですよね?」
何から説明しようかと悩むクロードが言うや早いか、デューイが言った。
何とも、どうしたものか、と悩むがここは言うしかないと考えるクロード。
「ほんとうだ」
「えぇぇぇぇぇー」
クロードの肯定にデューイは驚きの声を上げる。
ウィルソン達がどうしたのかとこちらを見たが大丈夫だと顔で言う。
「単独任務中でのミスが原因だ」
「そ、そうですか……」
「一時的な返還と言うことになっているが、どうなることやら」
「と言うことはリハビリ期間ですね」
「あぁ、そこで相談なんだが。お前の班が参加する時だけでいい。同行させてくれないか?」
クロードの申し出に破顔するデューイだが、すぐに顔を引き締めて真剣な表情になった。
「大変申し訳ないのですが、合同戦闘は不可能です」
「そ、そうか……」
「いや、違うんです。ウィル達はまだ訓練生なんです。だから、情報制限で……」
落ち込んだクロード励ますように言うデューイだが言葉は尻すぼみになる。
「教官になってたのか?」
「はい、今年卒業の訓練生ですけど」
クロードは先ほどのウィルソン達の戦闘を思い出す。
統率の取れた行動に、阿吽の呼吸ともいえる絶妙なコンビネーション。守護霊を使ってはいなかったが、それでも平均Bランクはあるだろう完璧なチームだと思えた。
現にクロードは卒業生だと思っていた。
訓練の邪魔をするのは悪いと考えクロードはやはり単独でどうにかしようと考える。
「そうか、わかった」
「ま、待ってください」
「?」
呼び止められたので振り返ると、ウィルソンがクロードを見据えていた。
「すみません、聞こえてしまいました」
離れていたとはいえ五歩ぐらいの距離だ。すべては聞けていなくても、大体は把握できたのだろう。
ウィルソンは頭を下げて謝罪を一度すると顔を上げる。
「合同戦闘はできませんが、単独実践の見学と言う形式なら大丈夫だと思います」
ウィルソンの提案になるほどと感心する。
「いいのか?」
「はい、最高レベルの戦闘を見る機会などほとんどありませんから」
デューイに確認を取ろうと見るが、「なるほど、その手があったか」と何やら喜んでいる。
「んじゃ、お言葉に甘えて言うのも可笑しいか。よろしく」
クロード達がいるのは今も戦闘区域だ。
しかも、現在は4時と一番過強ともいえる時間帯でもある。
普通はこんなにも話すことを許されるようなものではない。
現に今もクロード達を狙うゴーストの一撃が放たれた。
四級ゴースト個体名称『囁き蝙蝠』は、目にも止まらぬ速さで錯乱効果のある超音波弾をデューイ班のガンナーに放つ。
ウィルソンはその攻撃に気づき飛び跳ねるようにカバーに向かおうとするが、ここで気づく。
教官も、ましてやファーストのクロードが気づかない筈がない。
だが、一向に彼らは動かない。自分のスピードでは間に合わないことも、この引き延ばされたような長い一秒間の中で把握していた。
なら、自分はこの後何が起こるのかすべてを見ようと、ただ一点放たれた超音波弾を凝視した。
当たる、そう思うよりも早く事態は急変した。
ガンナーも気づき霊服の強化を速やかに行うが間に合うかどうかは五分五分と言ったところ。
ガンナーの目の前に達した超音波弾は突如としてその姿を消失させた。
「えっ」
気づいた瞬間にはその姿を消していたことに現実感が湧かなかったウィルソンだったがデューイの言葉に驚愕を隠しきれなくなる。
「流石先輩ですね」
「デューイも出来るだろ」
これが序列入りの人なのかと思うとウィルソンは嫌な汗が背を伝うのを感じる。とは言ってもボディスーツを着ているためことは物理的に不可能なのだが……
「んじゃ、始めるか」
クロードは数度屈伸をすると駆け出した。
ウィルソンはクロードのこの後二時間にも及ぶ戦いぶりで流石だと感じたのだった。