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徒然超短編集

交通事故に遭って気がついたら異世界でした。

作者: 神村 律子

 俺の名はつるぎ蘭丸らんまる。勉強も運動もさして得意ではない普通の高校二年だ。


 そんな俺でも、一端いっぱしに恋はする。


 相手はクラスメートの大百合おおゆり可憐かれん。当然の事だが、俺の片思い。


 彼女はクラスばかりではなく、学年、いや、全校、いや町中の男子高校生の憧れの的なのだ。


 しかも、その性格の良さから、同性からも好かれており、同級生と下級生は言うまでもなく、上級生や女子大生にまで告白されてしまう子だ。


 そんな人気者の可憐に俺が思いを伝えられるはずもなく、毎日悶々としていた。


 


 ある日の放課後だった。帰宅部の俺は、数十メートル前を女子達に囲まれて帰る可憐に気づいた、


 教室でも、なるべく顔を合わせないようにし、登下校時も出会わないように注意していたのだが、その日に限って可憐達が別の道を帰っていたようだ。


 彼女達はゆっくり歩いているので、このままだと追いついてしまうと思った俺は、すぐに脇道へと曲がった。


 多分幻だと思うが、曲がりかけた時、可憐が俺を見た気がした。


(何をバカな!)


 可憐が俺に気づいて追いかけてくる。そんな都合のいい事を考えてしまった。


 あり得ない。クラスメートになって一度も言葉を交わした事がないのに。


 俺は頭を振って妄想を振り払おうとした。その時だった。


「蘭丸君、待って!」


 え? 遂に幻聴が聞こえるようになった。もうダメだ、医者に行こう。


 可憐の事が好き過ぎて、頭がおかしくなったんだ。俺は幻聴から逃れるように駆け出した。


「待ってよ、蘭丸君の意地悪!」


 まだ幻聴が……。そう思ったが、


「キャッ!」


 叫び声が聞こえた。俺は足を止めて、ゆっくり振り返った。


「いったあ……」


 そこには膝を擦り剥いて涙目で地面にしゃがみ込んでいる可憐がいた。


 とうとう幻覚がこれほどはっきり見えるようになったとは思わなかった。


 可憐は確実にそこにいたのだ。そして俺は思い出した。


 十年以上前、俺は可憐と同じ幼稚園に通っていた事を。


 そして、あの時も走って逃げて、彼女が転んだ事を。


「大丈夫?」


 俺は恐る恐る可憐に近づいた。俺は思い出したが、彼女が覚えているとは限らないからだ。


「大丈夫。あの時と一緒だね。覚えてる、蘭丸君?」


 可憐が潤んだ瞳で俺を見上げる。可憐は覚えていた。


「その後で、蘭丸君は私をお嫁さんにしてくれるって言ったんだよ」


 恥ずかしそうに上目遣いで言う可憐を見て、俺は気絶しそうになった。


 


 突然、舞い降りてきた信じられないほどの幸せ。


 次の日から、俺は可憐と一緒に登校した。


 周囲の誰もが羨ましそうに見ている。中には殺気めいた視線もあったような気がした。


 でも、隣でニコニコしている可憐を見ると、そんな不安は一瞬にして消失した。


 間違いなく俺はリア充だ。一生味わう事はないと思っていたが、リア充だ。


 このまま死んでしまってもいいとは思わないが、人生の絶頂期だとは思った。


「あ、あの子……」


 可憐の言葉と腕を掴まれた事でハッと我に返った。


 彼女が指差す方を見ると、まだ歩き始めて間もないような小さな子が、何故か車道に出てしまっていた。


 周囲には母親らしき姿はない。


「危ない!」


 俺は反射的に飛び出していた。決して可憐にいいところを見せようと思った訳ではない。


 猛スピードでトラックが接近していたからだ。


「間に合わないか?」


 俺がその子に辿り着いた時、すでにトラックはそこまで来ていた。


 運転手は居眠りをしており、スピードが落ちる気配はない。


「うわあ!」


 俺はトラックに衝突され、宙を待った。覚えているのはそこまでだった。


 


 どれほど時間が経ったのだろう? 俺は目を覚ました。


 てっきり病院のベッドの中だと思ったのだが、違っていた。


 そこは異臭がする藁の中だった。どうやら馬小屋か何かの中のようだ。


「おお、やっと目を覚ましたか」


 そう言って俺の顔を覗き込んだのは、薄汚れた茶色のローブを身にまとった老人だった。手には妙な形の木の棒を持っている。一見して、アニメや映画に出て来る魔法使いに見えなくもないが、それにしては小汚いジイさんだ。


「ここは?」


 取り敢えず状況を把握しようと思い、尋ねてみた。


「ここは、イーカセーイ王国のキツイモオ村だ。お前は見慣れぬ服装だが、何処の村の者だ?」


 老人は訝しそうな顔で尋ね返してきた。イーカセーイ? キツイモオ? 


 言葉が通じるから日本国内だと思いたいが、イーカセーイ王国ってどこだ?


 それに老人は青い目をしている。後ろに撫でつけている長い髪も白髪ではなく、赤だ。


「村の者じゃない。東京都世田谷区の者だ。ふざけてないで、ちゃんと答えろ!」


 俺はどっきりに引っかかったのだと思い、ジイさんに詰め寄った。


「おお、やはりそうか。全能なる神キチンイ様に使える大巫女様のお告げどおりだ。お前は異世界から来た勇者だな?」


 ジイさんは嬉しそうに俺の両手を握りしめて言った。


「はあ? もういいよ、どっきりだろ? 帰らせてくれ。俺はトラックにはねられたんだ。病院に行かないと」


 俺はジイさんの手を振り払って立ち上がった。あれ? 何処も痛くないんだが、どういう事だろう?


「この世界を救ってくれぬというのか?」


 ジイさんがムッとした顔で立ち塞がった。


「何言ってんのさ? 俺は帰りたいんだよ!」


 ジイさんを押し退けて小屋から出ようとした。すると、


其方そなたは其方の世界で死んで、こちらに転生したのだ。帰る事はできない」


 小屋の扉を開けて、でっぷりとした女性が入って来て言った。ジイさんと違って、目に悪いキラキラした生地のローブを着ている。


「おお、大巫女様!」


 ジイさんが慌てて平伏ひれふした。そんなに偉いオバさんなのだろうか? いや、それより気になる事を言われたぞ。


「え? 俺、死んだのか?」


 オバさんを見て訊いた。するとオバさんは大きく頷き、


左様さよう。其方はもはやこの世界で勇者として生きていくしかないのだ」


 非常にあっさりとしたオバさんの言葉に俺は驚愕した。可憐との幸せな日は一日も続かなかったというのか?


「この世界を滅ぼそうとしている魔王を倒して欲しい。さすれば、其方はもう一度其方の世界に帰れるだろう」


 オバさんのその言葉で俺は勇者として戦う決意をした。もう一度可憐に会うために。


 可憐、必ず戻るから、待っていてくれ。一番の願いを心の中で呟いた。


 


 だが、オバさんの言葉が偽りだとわかったのは、魔王を倒した後だった。

ということでした。

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