ハロウィンナイト
人通りのない森のなか、一軒の廃墟に普段はない明かりがともっていた。
廃墟はところどころ窓が割れたり壁が崩れていたりもするのだが、広間だけは埃がはらわれ明かりがともされていた。
がさがさと床に座りこんで袋をあさる毛むくじゃらの人間の後姿へ、魔女の格好をした小柄な少女が声をかけた。
「おつかれさま~、一度目の収穫はどうだった?」
「まぁまぁだな。
みろよ、こんな菓子程度で俺たちが大人しくしていると思っているんだぜ?」
人間って奴は、馬鹿だよなっと笑いながら、狼男の格好をした男が骨付きのもも肉に齧りついた。
毛むくじゃらな手に握りしめたもも肉をたべるあいまに、スナック菓子をがさがさ漁る。大きく開いた口にはギラリとした歯がかがやいており、ぱっと見ただけではどういう造りになっているのか分からない。
その青年はぴくぴく耳を動かし、尾を機嫌よさそうに振っている。その横ではどこか呆れた様子の黒猫が一匹、狼男を眺めていた。
「あら、私は美味しいものを食べることが出来ればどちらでもいいわ」
「まじょ、おれ、はらへった…」
「おっ!フランケンも大量だったみたいだな」
「人が話しているのにうるさいわねっ。
あんたなんて、これでも食べてなさいよ!」
魔女の姿をした女性は器に綺麗にもってあった白いババロアをぐちゃぐちゃと混ぜると、大男へ手渡した。彼はフランケンシュタイン博士のつくりだした、かの有名な怪物をまねた格好をしている。この怪物は正式な名前を持たないため、彼自身はフランケンと仲間内では呼ばれている。
「あーあ、せっかくフランケンのために作ったのに、自分でぐちゃぐちゃにするなんて馬鹿な奴だなぁ」
「うっさいわよ、狼男!」
「あじ、もんだいない。おれ、たべる」
特に気にした様子もなく、大皿に盛られたそれを男はがつがつと平らげていく。
男の喉元が動くたびに皮膚が引っ張られているようだが、不思議と首の横についたネジの位置が動くことはない。
「うっえ~よく食えるな、そんなもん」
「みため、もんだいない。あじ、うまい」
「ふんっ!私がわざわざ作ったんだから当たり前でしょ」
狼男は、直径30センチはあろうかと言う大皿をかかえて食べるフランケンと、胸を張って満足そうに笑う魔女を見比べてごくりと喉を鳴らす。
確かに、彼女が崩すまえは綺麗な形をしていた。とろりと上にかけられていた血のように真っ赤な苺シロップは、今でこそ混ざって全体が薄紅色に変わってしまったが、さわやかな酸味のある香りが彼のよく効く鼻まで届いている。
ちょうど、甘い物を食べたいと考えていた狼男は、狙いを定めてフランケンへ近寄った。
「へぇ、そんなにうまいなら俺も少し……」
バシッと伸ばした手を振り払われ、狼男は顔を顰めて抗議する。
「なんだよ!少しくらい味見させてくれたっていいじゃねぇかっ」
「これ、おれの。おおかみ、ばかにする。だめ」
「はぁ?魔女を馬鹿にしたわけじゃねぇって!」
「おれのっ」
「なんなんだよぉ~。はじめから食わせる気はないってことかっ」
そんな会話を聞いて、様子を見ていた小悪魔の格好をした少女が笑い声をあげた。笑うたびにふわふわと揺れる金髪のあいだからは、くるりと丸まった角がみえる。
「そりゃあ。
魔女があげたものを、フランケン君から奪おうなんてするから悪いのよ」
「ウム、フランケンハ魔女ヲトテモ好イテ、イルカラナ」
「魔女だって、フランケン君が食べやすいようにわざとやったんでしょう?」
「なっ、違うわよ!
みんなにはちゃんと、買ってきた美味しい方を食べてもらおうと思って…」
「魔女ガ作ッタモノヲ我々ガ食セバ、フランケンガ嘆くカラナ」
「ちっ、違うってば!」
全身を黒い装いで纏めた少女は、ミイラの格好をした男の膝上でそれはそれは楽しそうに笑っている。
そんな少女をみつめ、ミイラ男は優しく彼女の頭をなで続ける。ミイラ男の全身は包帯で覆われ、微かに目がのぞけるだけにもかかわらず、二人のあいだにはどこか甘い空気が流れている。
「うん。おれ、まじょ、すき」
げんなりする周囲に対し、フランケンだけは一見恐ろしく見える顔を、嬉しそうに歪めた。
通常の人間だったら逃げ出しそうな容貌も、魔女に関する事になると途端に親しみやすくなる。「みんなの前で、何言ってるのよ!」と顔を赤くしてさわぐ魔女と、なぜ怒っているのか不思議そうにしているフランケンを横目でみて、やっていられないとばかりに狼男は肉に齧りつく。
「おや…また魔女は揉めているのかい?」
「おうっ、吸血鬼もやっと来たか!」
助かったとばかりにマントを羽織った男を招きよせると、狼男は彼の好きなワインを進めた。普段は折り合いの悪い二人だが、カップルだらけのこの場では喧嘩する雰囲気にもならない。
「…だから、狼もわからないやつだねぇ。僕のことはヴァンパイアと呼んでくれと言っているじゃないか。そもそも、僕は白より赤の方が好きなんだ」
トクトクと自分で用意した赤ワインをグラスに注いで、狼の近くに腰を下ろした。優雅にイスへ腰かける姿はまるでどこかの貴族をおもわせ、なにをしている訳でもないのに上品にみえる。
ふわふわと飛んできた小さな妖精が、楽しそうに周囲を飛び回っている。
「あら、ヴァンパイア伯爵。
今回はお早いご登場ですこと。とうとう女性たちに見放されまして?」
「こんばんは、魔女のお嬢さん。
女性がそのように大声を出すものではありませんよ。あいにく私の体は一つしかありませんので、多くの申し出を断ってこちらへ来たところなのですよ」
「っち!嫌味な男。どうしてこんな奴がモテるのか、不思議でしょうがないわっ」
みんな見る目がないのねっと、憤りが隠せないように魔女は腕を組んだ。
そんな彼女の背中を、フランケンが宥めるように撫でている。魔女が好きなグミを一つ差し出すと、苛立ちをぶつけるように噛みしめる。
その横で、魔女に同意するように首を縦に振っていた狼男には、多くのコウモリが襲いかかった。
「いてっ、いててて!おい、なにする吸血野郎!」
「笑った君も、魔女と同罪。レディーに乱暴なことをするわけにはいかないから、君に向けているまでだが何か?」
「すかしたキザ野郎め!八つ当たりしているだけじゃねぇーかっ」
「フランケンも、魔女に乱暴する位なら狼くんに全て負わせた方がいいよね?」
「まじょ、いじめる、だめ。……ごめん、おおかみ」
「フランケンてめぇ、さり気なく俺を生け贄にしてるんじゃねぇっ」
きゃんきゃんと叫ぶ狼男をみて皆は笑い、黒猫と妖精だけは呆れたように溜め息をついた。
そんな空気を壊すように、先ほどのヴァンパイアよりも黒い出で立ちの人間と白い服装の女性がやってきた。
「あれ?にぎやかだねぇ~、やっほぉー」
「おう!幽霊娘と死神もきたかっ」
「………」
モノクロで見た目だけでも正反対な二人だが、互いの性格さえも対極的だった。
女性の方はこの寒い時期だというのに、白いワンピースを一枚着ているだけだ。
ゆらゆらとどこか輪郭がぼやけてとらえどころのない少女だが、その明るい性格と反応から皆に可愛がられている。
それに対し、死神の姿をした人間は頭から黒い旅人のようなマントを羽織っているため、男か女か見極めることすらできない。
狼男が声をかけたが頷くだけで言葉は返さず、声で判断することも不可能だ。
無視をされた形になった狼男だったが、ヴァンパイアからの八つ当たりを避けるのに必死で気にした様子はない。常だったら「あいかわらず辛気臭い」ぐらいの嫌味でも言いそうなものだが、そんなことを言えば幽霊の姿をした少女まで敵に回す事になるので笑顔で答える。
そんな狼男をしり目にヴァンパイアは立ち上がりあいさつに向かう。
「やぁ、今日もお嬢さんは美しいね」
「……彼女に近づくなヴァンパイア」
吸血鬼が幽霊姿の女性に近づいたことで、ようやく死神姿の男が声をだした。
普通の人間だったら震え上がるような声であったのにも関わらず、吸血鬼は心外だと言わんばかりに眉をあげただけだった。
「おいおい、いくら私だって、そのお嬢さんに手出しはできないさ」
「お前の言葉は信用できない」
「物理的に無理だろう」
周囲の人間のみならず、渦中の存在である女性までも吸血鬼の言葉に頷いている。
「彼女ほど魅力的だと、傍にいるだけでも目の保養だなんだと…お前なら言いだしかねない」
「やっ…やだなぁ死神さん。
私が、伯爵の目に留まるほど魅力的なわけないじゃない」
「いや。魅力はともかく、どうせなら触れていろいろできる方が私としては有難いからね?」
「なに?彼女のどこが不満だというのだ。こんなに美しい魂は他にはないぞ」
「死神さん…」
「あっちもこっちも、バカップルだらけか…」
はぁぁぁっと、重いため息をついた吸血鬼の肩をそっと叩いて狼男は慰める。
八つ当たりされた恨みはいまだ残っているが、このカップル率の高い環境下で二人争うことは馬鹿げている。
「おそくなりましたぁ」と、間延びした口調で入ってきた骨の姿をした男を最後に、今回参加する予定の者は顔をそろえた。骨の姿の男が動くたびにカタカタ音を立てるが、いつものことだと別段気にする者はいない。
何時までもこの空気の中にいるのが居た堪れなくなった狼男は、早々に祭りの開会を告げる。
「さぁ!そろそろメンバーも集まったことだし、街へ繰り出すとするかっ」
「この姿で外を歩ける、滅多にない機会だしね」
「まじょ、いっしょ、うれしい」
「沢山獲物を収穫しましょうね、ミイラ男」
「協力スル」
「私は、酒のつまみか女性の方が有難いな…」
「もう、今度は女性と勝手にいなくならないでよ?
死神さんも、一緒に頑張ろうねっ」
「ああ、分かっている」
「楽しみですねぇ」
「じゃあ、2時間後にまたここで!」
その言葉を最後に、おのおの街へ繰り出していく。
ハロウィンの夜は…まだ始まったばかり。