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 ナポリタンって料理に、最近疑問を抱いていた。

 いや、ナポリタンは一般的なパスタ料理の代表格だし、勿論美味しいことも知ってる。私も小さい頃、よくファミリーレストランとかで注文してたし、ナポリタン。

 じゃあナポリタンって料理のどこに疑問を抱くのかと聞かれると、それは一つしかない。


 名前だ。


 ナポリタンは元々、日本にあるどこかのホテルが開発した料理らしい。ならどうして開発者は、ナポリタンなんていう、さもヨーロッパ風な名前を付けてしまったんだろう。

 確かに食材は外国が原産のものばかりだし、そのネーミングは解らなくもないんだけど、やっぱり日本で生まれたなら、もうちょっと日本的な要素を入れても良かったと思う。


 と、まぁこんなことを一人で悩むのも馬鹿らしいので、結局その疑問は解消しないまま放置してるんだけど。


 そもそも、どうしてこんな下らないことを私が悩んでいるのかというと、その昔、この話題をある人と話したことがあるのだ。

 実はその時に、ナポリタンの和名ということで、長ったらしい名前を考えて、決めた……筈なのだが、結局一度も使うことが無くて時間は進み、八年。


 一度も使ったことが無い名前を八年も覚えているワケもなく、西日が辺り一帯を橙色に染めている河川敷の土手を歩いていて、なんとなくそう思った。


 もう、八年か。


 彼と会わなくなってから、八年経ったのだ。


 結局、私は普通だった。彼の言った通り、特別な人が居なくなってから、一週間くらいでクラスメイト達の会話に混じって、楽しく雑談に興じることが出来ていたのだ。

 本当に、当時の私を馬鹿らしいと思う。何をあんなことで不幸だの特別だの悩んでいたのか。


 それと、偶然というか、彼との出会いがあったからこその賜物だろうから、偶然とは呼べないんだろうけど、私は大学を出て、心理カウンセラーの仕事に就いた。

 彼の言う、専門職だ。

 で、職場が家の近所なので、暇があればこうして、この土手を歩いている。


 ――大きさが同じくらいの石を何個も、両腕で抱えて。


 勿論、石を運んでいるのには理由がある。一言で言ってしまえば、ちょっとしたストレス発散だった。社会人ともなると、精神的疲労の一つや二つ、次々とでてくるから、その時は見晴らしの良いこの河川敷の土手の上で、石を何個か積んで、それを一気に蹴り飛ばすのが、私のストレス解消法である。


 実は、もう既に三個くらい石の塔を積み上げたのだが、なんだか微妙に物足りないので、石を調達してきたところだった。

 妙に足取りが軽い。もしかすると、石を調達する過程もストレスの解消になるのかもしれないなと、鼻歌交じりに思いつつ、石の塔を積み上げた場所まで戻ってくると。


 一人の少年が、私が積み上げた石の塔を全部、蹴り壊していた。


 見事なトーキックで、流石育ち盛りとでも言わせんばかりの飛距離で、石がバラバラになって飛んでいく。

 石の塔を蹴り壊した少年は学生服を着ていて、襟には校章が付けられており――って、私の母校の校章だった。


 そっか、まだ男子は学生服なんだ。


 最近はブレザーが主流になってきてるから、学生服も珍しい。


「って、なに人が折角積み上げたもの、蹴り壊してくれてるの?」


 本題を思い出して、少年に声を掛ける。

 思い悩んだ表情をしていた少年は、私の声に驚いたように振り向き、私が抱えてる大量の石を見て、目を丸くしていた。


「貴女が、積み上げたんですか……?」

「うん、そうだけど?」


 何か悪い?と含んだ目で少年を見ると、意味が通じたのか、少年は少し立ち竦んで、何も言わなかった。

 それを見て、なんだか懐かしくなった私はクスリと笑って、自分が抱えていた石を地面に置き、それらを積み上げながら、口を開く。


「あーあ、折角三個も出来てたのに。また最初からやり直しじゃない」

「そんな、嫌味っぽく言われても……」

「あ、じゃあ悪いことしたって自覚はしてるんだ」


 しまった、と言わんばかりに少年は口を(つぐ)んだが、むしろその行為が何よりも自覚していることを肯定してしまっている。

 解りやすい自爆だった。


 一つ目の塔を積み上げた私は、そんな少年の反応を見て微笑み、また口を開く。


「自覚してるなら、何かお詫びが必要だよね。それに、まだ『ごめんなさい』も言われてないけど?」

「え、いや、でも、単に石蹴り飛ばしただけだし、第一もう元通りになりそうじゃないですか!」


 少年はそう言って、二個目が完成間近の石の塔を指差す。

 ごめんなさいは言ってくれなかった。


 まぁ、いいんだけど。


 うぅん、この子を見てると、凄く昔の自分と被って、なんだか微笑ましくなってしまう。

 面白い子だな。昔の私を、彼もそんな目で見ていたんだろうか。


「だめー、悪いことをしたんなら、ちゃんとお詫びをして貰わないと。被害者側の意見は聞かないと、ね」


 本当はそんなの知らないけど。


 二つ目の石の塔が完成し、三つ目の建築に取り掛かる。


「お詫びって……何をしろって言うんですか。もうソレ、ほぼ直ってるし」


 少年は呆れた風に溜息を吐いて、額に手を当てながらそう言った。


「うん、最初は元通りに直してもらおうと思ってたんだけど、君の言った通り直ったし、もうこれは良いよ」

「っていうかそもそも、何の為に積んでるんですか。何かの宗教?」


 本当に昔の私にそっくりで、思わずクスクスと、喉の奥で笑い声を漏らしてしまう。

 それを不審に思ったのか、少年は訝しげな目で私をみて、帰る為の足を踏み出そうかどうしよか、迷っている雰囲気を、その顔に醸し出していた。


「ああ違うの。君と同じだよ」


 少年は益々意味が解らないといった様子で、首を傾げている。

 その動作に私はまた苦笑して、積み上がった石の塔三つを並ばせて立ち上がり、周りに誰も居ないことを確認して、石の塔から一メートル程距離を取り、一歩、二歩と足を踏み出して、勢い良く後ろに振り上げた右足を、石の塔目掛けて振り切る。


 パンッ、と石の塔は見るも無残に崩れ去り、少年が蹴った時よりも一回り小さい放物線を描いて、石がばらばらになって飛んでいく。


「あ……」


 背後で、少年のそんな小さな声が聞こえた。

 飛んでいった石を見て、私は満足そうに片手を腰に当てて、ここから見える風景を目に焼き付ける。


「蹴り壊す為、だったんですね」

「うん、本当はもうちょっと多いほうが良かったんだけど、まぁいいや、代わりは、君に埋めてもらうことにしたから」

「は?」


 聞こえてくる、少年の素っ頓狂な声。

 クス、と私は一つ笑い声を上げて、河川敷の風景と太陽に背を向け、少年と向き合う。


「私と、会話をしない?」


 …………


「……いや、現在進行形でしてますけど、会話」


 一拍と言わず三拍くらい遅れて、それから少年はまるで残念な人を見るような、哀れみの目でそう言った。


「ううん、そういう意味じゃなくて、普通の会話。特に意味なんて無い、どうでも良くて、でも楽しくて、なんてことのない、ただの日常会話をしよう」

「日常会話って、それこそ意味不明です」


 もうやってられるか、と少年は私に背を向けて、足を踏み出そうとしていた。


 っていうか、それは困る。折角この子となら、あの疑問の答えも、楽しく出せると思うのに。


 ――ううん、違う。


 確かにそれもあるんだろうけど、私は、八年前の、あの会話をもう一度してみたいだけなんだ。

 私が居て、彼が居る。一対一の、日常会話に見えてそうでない、けどやっぱり日常会話に分類されるであろう、そんな不思議な会話。


 不思議で、とても儚いお話。


「待って」


 私の言葉で少年がその足を止めることは無く、一歩、二歩、と歩いていく。

 ただ、一回だけ深い溜息を吐いたのは、しっかりと確認できた。


 まぁ、これで駄目だったらもういいや。元々、一人じゃ結論を出すのも面倒臭かった話題だし。八年前のあの会話は、私と彼でしか出来ないものなんだ。


 そんなの、ちゃんと解ってる。解ってる上で、私はこの子に声を掛ける。


 だから、もしこれで少年が止まってくれたら、もう一度振り向いてくれたら、その時は――



「ナポリタンって料理について、君はどう思う?」



 ピタリと、少年の足が止まった。


「はぁ?」


 彼は振り向いて、大きく見開いた目で私を見ていた。


 そんな彼に、私はニッコリと、笑みを浮かべて、口を開く。



 ――その時は、この子と毎日、他愛も無い日常会話を繰り広げよう。



 ††††††



 それで、今日の晩御飯は、『西洋麺にトマトを基調としたタレを絡めて炒めたモノに、野菜炒めを絡めて』だった。

 あとがき


 どうも、作者です。最近は暖かくなってきましたね。まぁそれでもこたつに入ってゴロゴロしてる自分なんですけども。


 ってわけで、いかがでしたでしょうかこの短編集全五話。ここまで読んでくれた読者の方々、本当にありがとうございます。

 さてこの物語、『起承転結』に加え『継』を足しての作品なのですが、『継』っていうのは、見て解るとおり、後日談ですよね。『私』が『彼』と離れてから、早八年。八年経って、今度は『私』が『彼』の立場になって『少年』と他愛もない日常会話を繰り広げていくのでしょう。


 『継』という字も、そういう所から取りました。あの河川敷の日常会話は、継がれていくものなんですよって、ちょっとロマンチックですよね。だから『彼』も、もしかしたら昔は『私』の立場に居たのかも知れません。


 では今回はこの辺で、さようなら。

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