第五話
結局、何時までも尻込みしている訳にもいかず、不安な顔を見せるアイヒを引きつれ草原をキリュウは探索しつつ、ストレイジャーを弄くりまわしていった。
結果的に多くの情報が手に入ったのは有意義であったろう。
例えばこの草原、名前は“始まりの穏やかな草原”と言うらしいこと。
それはストレイジャーの立体ホログラフのウィンドウに書かれていた。
正式には以下がこの草原の情報だ。
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《始まりの穏やかな草原》
《稀少度:common(☆)》
《レベル帯1~2》
《MOB傾向:Nonactive》
《MOB頻度:低》
《MOB情報:探索不足》
《混沌率:極低》
《踏破率:11%》
《ドロップ情報:不明》
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どれも字面から大体を理解することは十分可能だ。
一番上がこのフィールドの名前だろうし、それを打ち込んだのはそもそもキリュウである。
次も言わばレア度だろう。何に影響するのかは不明であるが、低いよりは高い方が価値が高くなるだろう事は想像に難くない。
レベル帯は推奨レベルなのか、出現するエネミーのレベルなのかはイマイチ不明分からない。
エネミー情報は既に何度か兎のような存在に出会っているが登録されないことから、戦闘状態になるか、あるいは倒してしまわないといけないのだろうと判断している。
混沌率に関してはヘルプにも予想通り載っておらず、現状予測も立っていない。
踏破率はそのまま、このフィールドの探索状態だろうし、ドロップも大体は判断がつく。
他にもストレイジャーに記載されているヘルプ機能が案外役に立たないとか、所持金がどうやらデジタル式だとか、本当にログアウト出来ないとか、初期装備で実は装備はされてないがインベントリにナイフが支給されているとか。
他にもオートマッピング機能やら、クエストの受注一覧、その日国に納めないといけないゴールドの金額であったり、現実のネットでもあった大型掲示板らしきものだとか……
非常にストレイジャーが多機能であると判明していた。まだまだ探せばきっと見つかっていない機能があるだろうと、そうキリュウは見ている。
「掲示板にスレッドはやっぱまだない、か……」
「広場の騒ぎは物凄いものでした。他の広場も似たようなものだと思いますし、殆どのプレイヤーが現状認識に忙しいのではないでしょうか?」
既に震えも治まり、幾分顔色は悪いがしっかりと二本足で直立し歩いていたアイヒが答える。
実際キリュウ達は即座にカオティックゲイトへと移動できたが、大部分のプレイヤーは今だ王国に居るのだ。
カオティックゲイトの数はそれこそ千にも及ぶだろうし、チャンネルも5つ存在しているようだが、プレイヤーの人数を考慮すれば致し方ない。
悲観に暮れるプレイヤー、当り散らす者、カオティックゲイトでキングダムから出ようと他者を追い落とす者……
不安と恐慌に駆られたプレイヤー達は過半数を超え、キングダム内部は暴徒の巣窟に成り下がっていた。
NPCに危害を加えたり、器物破損を犯した者はキングダム所属の衛兵に捕まり投獄すらされている。
無論、幸いと言うべきかすんなり外のフィールドに脱出できた鬼無里兄弟はそんな事など知らず、これからどうするべきかで悩んでいた。
「やっぱり、お金……稼がないといけないと思います、兄様」
どうするかなーと、恐怖も喉元すぎればなんとやら。元より常人から一歩二歩外れているキリュウは逸早く立ち直り、この先の事を考えていたところ。
アイヒがおずおずといった風に口火を切った。元来人見知りは無論、過去のトラウマもあり大人しいところのあるアイヒにしては珍しい積極性だ。
「お金は必要だよなぁ……」
「はい。レベル1での上納金が100ゴールド。初期所持金が500ゴールドですし、レベル毎の上納金変動、食料の価格。アイテムの取引価格とか、武器防具とか色々調べないといけませんけど、何より先立つものにはお金が必要です」
「怖いのはレベルがあがったら上納金がバカみたいに上がるケース、か」
その言葉にアイヒが少し困った顔を見せる。眉が八の字に曲がり、小首を傾げる動作は容姿も相俟って随分と愛らしい。
「予測で物事を行うのは危ないですけど、流石にレベルだけの上納金上昇はそう大きなものじゃないと思います。運営の狙いは明確ですし、上納金未払いでのプレイヤー減少はそう望んでいないのでは?」
確かにとキリュウは頷く。間違いなく運営、あるいは藤堂院はプレイヤー同士の殺し合いを望んでいる。
上納金や食事のシステムも、言えば、引きこもり組みを作らせない為の措置だろう。
無論、巷に溢れた普通の小説なら、ギルドの傘下に入って面倒を見てもらうなどといったこともあるだろうが……
このゲームではそう上手くいくかはわからない。圧倒的なPK推奨のゲームだ、警戒は度合いはあれ誰もが抱くに違いない。
そもそもギルド機能があるかも不明だし、真っ当に考えれば上位プレイヤーの庇護下とは言うが、事実は命を握られる行為に等しい。
嫌味ったらしく告げられた倫理規制の緩和。生理現象の一部凍結。どれもプレイヤーの不安を見事に煽ってくれる代物ばかりだ。
「はぁ……」
「兄さん……」
頭の痛い状況にキリュウが重い溜息を吐けば、アイヒが心配そうに見つめてくる。
現実では上目遣いであったそれも、今では殆ど変わらない位置だ。
キリュウだけならいい。殺しだってやってみなくちゃ分からないが恐らく平気だろう。
だがアイヒはそうじゃない。確かにキリュウと一緒にいることでやや半歩常人からズレてしまっているが、それでもその感性は正常と言える。
現実ではない、ゲームの中だし、PK=死亡とは明言もされていないが、それでも積極的に行っていける筈もない。
「大丈夫だ。必ず無事に脱出してみせるよ、アイヒは世界でたった一人の血の繋がった妹なんだ。絶対に守ってみせる」
無意識に頭を撫でてやればそれだけでアイヒの瞳はとろんと焦点を曖昧にさせる。
それはアイヒにとっての精神安定剤。いや、性質悪く言えば麻薬にも近いものだった。
物心ついた頃には既に何かあれば優しく頭部を撫でられていた。それは酷く安心出来、トラウマを抱えてからは更に顕著となる。
どんなに不安な時も、兄であるキリュウのその行為があれば安心してしまう。
まるで免罪符のようなそれは誤魔化しの切り札でもあり、常々アイヒが兄はズルいと思っていることをキリュウは知らない。
「幸いリバイブポイントは初期から支給されてるし。最悪は避けれるだろう。んじゃまっ、レベル上げに金稼ぎといきますか」
「あ、兄様、クエストはしっかり受注しておいてくださいね」
「分かってるって。NPCに話さなくても受けれるのは便利だよなぁ」
「これでクエスト全部、一々NPCからの受諾でしたら、キングダムは大変な事になってたと思います」
確かにと、内心キリュウはごちる。なんせプレイヤー数が半端ではない。そんな人数がNPCの元に殺到すれば、クエストの受諾どころではないだろう。
しかもPK推奨もあるのだ。原因は不明だが暴力行為はキングダム内でも可能であり、大人数が集まれば碌な事にならないのは予想出来る。
念のためストレイジャーを操作し、その中の王国依頼受諾掲示板という項目を空中に出現したホログラフをタッチしていく。
と言っても、先程一応確認済みであり、やはりこれ以上受けれそうなクエストはない。
フィールドが多岐に渡る為か、クスエトの内容はレベル帯での一定数のエネミー駆除。
そのボス討伐版や、レベル帯での素材系ドロップアイテムの収集などがメインとなっている。
今回受けたのは1~3レベル帯でのエネミー討伐15体。及びその素材回収5個。一応ボス討伐の3つとなっている。
ボスクエは受けたものの、今のところ挑戦する気はない。そもそもどこに出現するかも分かっていない。
奇妙なのがクエスト達成の報告に経験値がない点だろうか。どうやら物資や金銭の報酬が主となっている。
「お、丁度いいところに出てきたな」
クエストの確認を終えた頃、視界の先に、円環状のデジタルデータとしか言い様のない数列が表示され、その中央に白いウサギが一体出現した。
風だって、温度だって、手触りだって、匂いだって、およそ5感全てが完璧に再現されている中でのそれはどうも奇妙な非現実感を与えてくる。
ゲームだとは頭で認識していても、あまりのリアルさにそれを忘れそうになった頃、こうやってひょっこりとこの世界はゲームなんだと訴えてくるのだ。
「アイヒはとりあえず観戦してていいよ。多分、先に慣れるのは俺の方が早いし、後で感想とアドバイスがあれば教えるよ」
そう言ってアイヒが何を言うよりも先に数十メートル先でのんびり草を食むウサギ目掛けてキリュウは走り出した………