第三話 プロローグ完
ご指摘により、あとがきを修正しました。
「すっげー……」
今まで人生十八年間生きてきた中で最大級の感動。だがしかし、思いとは裏腹に飛び出た言葉は驚くほど簡素なものだった。
開いた口が塞がらず、瞳に映った景色だけが脳髄を支配していく。
てっきり昼だとキリュウが思っていた仮想世界は、二つの満月が支配する夜空だった。
青と赤の双月が地球の何倍も大きく空に居座り、天の川の如く星の瀑布が瞬いている。
あまりの光量に外灯のない“広場”ですら煌々と照らし出す。
観察すれば流れ星は勿論、微妙に雲や星は細かい移動、瞬きを繰り返し、それがどれ程丁寧に作られたのかを物語っている。
――――ドンッ!
誰かの肩がぶつかり、ようやく我を取り戻す。気づけば周囲の人物も圧倒的な星空に目を奪われていた。
少なく見積もっても、数千人はこの広場にいるだろうか。テスター全員が入るには狭いだろうし、幾つか転送場所は異なるのかもしれない。
そう考え、アイヒの姿が見当たらないことに気づく。これだけの人ごみである、まともに歩くことも、ましては声を出すのも無理だろう。
外装設定に時間を掛けすぎただろうかと焦る中、一瞬人々の合間から床に蹲っている黒髪の少女が垣間見えた。
「クソッ、どけっ! 邪魔だっ! あいひッ!!」
すし詰めのように、満員電車のように溢れかえる人の波。
無理やり掻き分け、時に足を取られそうになりながら必死に進み名を呼ぶ。
「にい……さま…?」
かぼそい、今にも掻き消えてしまいそうな声量。それでもキリュウの声にまでそれは届いた。
「はぁはぁっ……」
予想以上の体力消耗に戸惑いながら、何とかレンガ製の家屋を背にしゃがみ込んでいるアイヒの隣まで辿り着く。
荒い息をつきながら隣に座り込み、無意識のうちにその頭を撫でる。
「にしても、よく、俺だって……分かったな……はぁはぁ」
今の外装は元の容姿とは違う。それこそ数センチ背が高いだけで、後はアイヒとなんら変わらないだろう。
流石に胸部までは偽装できなかったが、それでもよくそれが兄と判断できたものだ。
「……兄様の考えそうなことですから」
そうはにかんで笑う。触れ合った肩から感じる震えは少しだけ治まっていた………
『あー、あー。テステス』
突如広場に響き渡った声。歳若い、恐らくは二十代男性と思われる。低すぎない、高すぎない音域。
にわかに活気付くプレイヤー達。前情報が確かなら、これから始まるのはチュートリアルだろうとキリュウは思い出す。
それが終われば広場の封鎖が解かれ、本当の意味でのヒューマンズウォーの開始となる。
否が応でも高まる期待感はなんとも言えない熱気を生み出す。
それでも私語が出ないのは流石はゲーマーと言ったところか、僅かな情報も見逃すつもりはどのプレイヤーもないらしい。
『まずはそうだね。はじめまして、私がこの“Humans War”の開発責任者であり、運営主任でもある藤堂院庄太郎だ』
それは偽名なのか、あるいは本名なのか判断のし難い名前だった。
本名と言うには少々胡散臭く、だからと言って偽名と断定するにはいささかまともにすぎる。
アイヒもキリュウもそう考え、微妙な表情を浮かべる。そもそも名を名乗る意味はあるのか、と?
『きっと今多くの者は、そんなことどうでもいいと考えたのだろうね。だがまぁ、一応君達の“生殺与奪”を握る神の名だ、覚えておいて損はないだろう?』
「は?」
「えっ?」
それは誰の声だったのか。そもそもキリュウの耳に届いた声はどう言う意味なのか。
(あれか? VR世界では、お前らの命なんぞ自分の手でどうとでも出来るぞ的なジョークとか)
にしてはブラックにすぎると思考するが、なぜか肝は冷えていく一方。
聞こえた声から、冗談のような意思が欠片も感じ取れなかった。どこまでも軽く、飄々としていながら、反して嘘とは感じさせない矛盾。
『君達世界中より集められた百万人のテスターは、私達が作り上げた“Humans War”から逃げられない。とある条件をクリアしないかぎり、決して逃れることは出来ないんだよ』
それはどう言う意味なのか。やはりキリュウにはどこか夢のように思えてならない。
デスゲーム? ネットに氾濫するチープな小説。その中でも一昔前に流行ったジャンルが脳裏をかけめぐっていく。
実際大型掲示板などでは面白半分にそれが取り上げられていた。
ログアウト不能となったゲーム。そしてそこでの死は現実としての死をも意味する。誰が言い出したのかデスゲーム。
「で、できねぇッ!? おいっ、クソッ!! ログアウトできねーぞ!!」
グルグル思考が回り、気づけばアイヒに腕をまわしぎゅっと欠き抱いている時、突如として静寂を突き破った声。
「本当だ……ログアウト、できない……」
「じょ、冗談じゃないわよ!! 政府直下でしょ!? どうしてそんなことになるのよッ!!」
「はは、ははは、ははははは」
「……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」
「これって、これって閉じ込められ系じゃね? うはっ、オレサマの時代キタコレ!!」
先の叫びを皮切りに溢れ出す声、声、声。絶望と怨嗟に彩られた叫びは病原菌のように感染し、不安は瞬く間に伝染していく。
ログアウトだけならまだ不具合といえたかもしれない。だが、明確にはしなかったが、生殺与奪を握っていると庄太郎は口にしたのだ。
わざわざそんな事を言うくらいである、決して冗談ではすまない裏があるのは明白。
それを敏感に感じ取った者から狂気に駆られていった。それはキリュウとアイヒも例外ではなかったが、腕に感じるぬくもりが、腰に回された腕の熱さが、それをすんでのところで塞き止めてみせた。
『ハハハハハハ、いいね、心地良い空気だ。だが少々五月蝿いな……《静まれ》』
「――――!?」
「――――!!」
瞬間世界から音が消え去った。いや、実際には管理者権限により一時音声機能がプレイヤーから奪われただけだ。
脳では確かに喋っている感覚があると言うのに、実際には何も聞こえてこない不気味さ。
それは先程言われた生殺与奪、そして神と言う言葉を想起させるには十分すぎたものであり、次々と顔を青褪めさせながらも、プレイヤーは口を噤んでいく。
『ありがとう、これで話しを再開できる』
――よく言うぜ、自分でやっておきながら……
誰もが思い、そして言葉にも音にもならずそれは消えていく。
『さて、それじゃあ“チュートリアル”を始めようか? これは絶望の始まりであり、同時にきっと多くの者には歓迎すべき希望だろうね。多くの喜びが……あるいは悲しみが生まれ、数多くの物語と、その数だけの情報が誕生するだろう』
そして語られる内容。それは酷く一方的で、理不尽で、常人たる精神ならば憤慨すべき内容だ。
――――同時に。それはとても素敵で、魅力に溢れ、尋常ならざる者には楽園であり、常人たる者の精神をあまやかに侵食する、娼婦の如き内容であった…………
後書き
この作品は息抜きがメインなので、更新速度は主に作者の気紛れと、読者様の応援から成り立っていきますことをご了承下さい。
次からはいよいよ本編ぽくなります。
ではでは、次回更新でまた会いましょう。