第二話
プロローグにおいて主人公の描写を変更しました。
また、二話においても妹との身長差を変更しました。
1/30 数字表記を変更しました。
門を通り、大通りを真っ直ぐ進んだ先にあるセンター。
その受付から専用の筐体を示す番号札を受け取り、鬼無里兄弟は2階にある筐体区画に進む。
まるで病院を連想させる白色のリノリウムは硬質で、カツンカツンと二人以外も含めた足音があちらこちらから反響してくる。
「あ、兄様ありました。78番と77番です」
「なんか見た感じは漫画喫茶みたいなところだな」
鬼瑠の言う通り、1階は受付ロビーなどの事務室、食事所などがメインとなっていたが、2階は個室が大量に並ぶ空間だ。
その並びと雰囲気は確かにどこか漫画喫茶を彷彿させる。
1室の広さは数畳程度であり、仕切りのカーテンを開けてみれば白色、玉形の筐体が1つ。
筐体のドアを開ければ中にはリクライニングシートとヘッドギア。それに鬼瑠には理解出来ない機類が並べられている。
「テスト受付開始まで15分てところか……脳波パターンの登録にデータの読み込みでそれくらい掛かるらしいし、さっさと渡されたコレに着替えようか」
受付で渡された白い衣服。患者が手術時などに着込むものと酷似している為か、やはり病院のような印象を強く与える。
長時間の着用を想定してか、衣擦れが起こりにくい素材を使われており、手触りもよいため着るのは構わないが女子であれば少々恥ずかしいのではないか。
なにせ生地は薄く、下手したらブラの線が透けてしまいそうだ。
「まぁ、愛姫はあんまり胸ないし、目立たないか」
「……兄様?」
思ったことがつい口に出てしまい、しまったと思った時には既に遅く。
頬をぴんく色に染め肩を振るわせる妹の姿。実兄とは言え、身体的な事を口にされればそれは恥ずかしいだろう。
何かを言われるより早くサッと仕切りのカーテンを閉めてしまう。
小さく「兄様の馬鹿っ!」と、聞こえた気もするが気にしてはいけない。
デリカシーが無いのは元からであり、そもそも妹の裸くらい何度となく見たことがあるのだ。
今更下着程度でうろたえる鬼瑠ではなかった――――
――――手早く着替え、置いてあった籠に衣服を仕舞い筐体に滑り込む。
筐体の中には注意書きで裸足での着席が書かれており、リノリウムの冷たさが足元から伝わりぶるりと震えてしまう。
センター内はややひんやりした程度の空調だが、筐体の中は機械熱によるためかそれより少し暖かい。
リクライニングシートに触れるとまるで手触りはゲルのようだ。
恐る恐るといった風情で座り込み足を伸ばせば、肉体に合わせてゲルが沈み過負荷を和らげてくれる。
「うわっ、なんだこれ。気持ち悪いな……」
ブヨブヨとした感触が不快だが文句を言っても仕方ない。溜息1つで気持ちを切り替え、頭の横にあるフックに掛けてあるヘッドギアを手に取る。
形状としては居たってシンプルだ。言うなればそれはヘッドギアと言うよりは、ヘッドフォンに非常に近しい。
ただ1つそれと違うのはそこからむき出しのバイザーが前に伸びている事くらいだろう。
早速装着してみれば成る程、どのサイズにも適用できるようにとの工夫らしい。
ヘッドフォンの要領で耳に当たる部分を調整し、バイザーもずらしていく。
最後に寝た状態でも不備がないか確認する。ズレがないことを確認し、いよいよかと生唾を飲み込む。
鬼無里兄弟は世間からすれば欠陥品だ。兄である鬼瑠は特異な才能の代償として、著しいモラルの欠如をきたしている。
例えば妹。頭では血の繋がった存在だと理解しているが、その姿にふと“欲情”にも似た感情を感じることがある。
これは普通であればありえない。濃い血同士は種の本能的に忌避し合うからだ。
また、暴力行為に対しても枷がない。それこそ相手が死のうとなんら呵責を抱くこともないだろう。
唯一救いがあるとすれば、理性そのものは通常であることだろうか。
お陰でその本性は擬態されているが、ふとした拍子、特に妹関係となるとそれも期待できない。
また、これは妹である愛姫も知らないことだが、感情にも微妙な欠落を及ぼしている。
妹である愛姫もまた欠陥品だ。それは兄とは違い後天的要素によるものだが、ある意味社会に出る上では兄より酷い。
幼い頃、愛姫はその端整な容姿が災いして幼女趣味の変態に攫われた事がある。
同時、2歳違いの兄は当時一見として女児に見紛う容姿をしており、オマケのような扱いで共に攫われてしまう。
詳しい内容は省くが、結果的に愛姫はその当時の出来事が切っ掛けで人前に出れなくなる。
ゆえに1番近いものは心的障害だろう。
人前での愛姫、兄の前での愛姫という一種の2面性が形成されるのは当たり前だった…………
――――ピピッ、脳波パターンを取得。登録完了。
――――バイタルチェック……完了。正常。
――――メンタルチェック……完了。基準値クリア。
――――データダウンロードを開始します。しばらくお待ち下さい…………
――――コンテンツのUPデートが完了しました。それではどうぞ、ヒューマンズウォーをお楽しみ下さい!
日本語に直された説明文と、このMMOの為だけに作られたという特殊プログラミング言語が幾度と流れ、遂に完了する。
レム睡眠をさとす電磁波が脳に刺激を与え、電気信号となって即座に肉体が眠りへと堕ちていく。
急激な睡魔に驚きつつ、身を任せるようにすれば僅か1分足らずで意識は暗転した――――
《ようこそ史上初のVRシステム搭載MMORPG“Humans War”へ! ここではあなたの外装を設定します。目の前に表示されるウィンドウに従って操作して下さい》
気づけば三百六十度暗闇の空間に一人で立っていた。不思議と平衡感覚は正常であり、脳内に響いた女性型合成音声の言葉に前を向けば、それなりに大きいゲームウィンドウが二つ。
半透明のそれは緑を基準としており、大きさは実に二十四インチ程にも及ぶだろうか。
横長のメインウィンドウの横には、何やら見覚えのある青年が映った縦長の等身大ウィンドウが並んでいる。
「と言うかこいつ、俺か?」
よくよく見れば鏡などそう見ないこともあり分からなかったが、ウィンドウに映った裸体の青年は己だと気づく。
短めの黒髪は無造作に跳ね上げられ、切れ長の瞳は見る者に我の強さを思い知らせるだろう。
整った眉に長い睫毛、ともすれば女々しく見える二重は眼光の鋭さが打ち消している。
シャープな顔の輪郭は鋭角的ながら整い、全体的な凛とした雰囲気は妹に通じる部分が多い。
身長は172、体重は約55キロ。細身の肉体は筋肉は付いていないが、余計な脂肪も少ない。
「こうして自分の姿をマジマジ見るのは恥ずかしいな……」
気恥ずかしさに思わず白一色の電子体の頬を掻く。
「つーことは、こっちで外装を弄くるのか」
見ればあらゆる項目にスライダーが付いており、それを操作して容姿を変える事ができるようだ。
性別を変える事は出来ないが、自由度はそれなりに高そうである。
試しに適当に色々弄ってみた結果、どうやら自己の容姿から大きく離れた設定は無理だと判明した。
特に体格や身長はシビアであり、身長に至っては±10センチ、が限界であった。
これはあまりに極端にかけ離れると脳内で送られる電気信号に齟齬が発生し、仮想世界の肉体の操作に影響を与える為である。
この±10センチとは、その齟齬をコンピューター側が修正出来る限界を示している。
「何もいじらねーつもりだったんだけど……これならもしかしていけるか?」
ふと思いついた悪戯に従い次々スライダーを弄くっていく。
集中すること20分あまり、ウィンドウに表示されたアバターは驚くべき変化を遂げていた。
一言で言えば妹。その艶やかに伸ばされ切りそろえられた髪は無論、真白い肌、細い眉、異常に長い睫毛、小さめの鼻、桜色の少し薄い唇。
鋭角的だった顔の輪郭は角がとれ丸味を増しており、身長は限界まで下げられ162センチに。体重やウェストなどはそれに合わせ自動で調整されている。
身長こそ数センチ程高いが、どこからどうみてもその姿は鬼無里愛姫そのものだった。
予想以上の出来栄えに鬼瑠自身驚きつつ、最後に名前をキリュウと登録し外装設定を完了させる。
《それではどうぞ、Humans Warを心行くまでお楽しみ下さい!!》
合成音声の音と共に視界が暗転し、肉体が浮遊感に包まれ意識が再び暗闇へと沈んでいった…………
後書き
魔が差したというしかない……
気づけばややこしい設定が増えていく。
典型的な自爆型だが笑うしかない。