第一話
1/9 兄と妹の身長差を変えました。
1/26 数字表記を変更しました。
バーチャル技術と呼ばれるものが4年程前、世間に公表された。実際のところ後からの呼称であるが、根強い呼び名により固定された名だ。
少し前なら夢だと馬鹿にされた技術だったろうが、世の中天才はいるもので、数十年は叶わないと思われたバーチャル技術は見事完成された。
複雑怪奇な機構はブラックボックスな面も強いが、ありていに言えば脳がシナプス間を通じて行う電気信号。
その膨大な数に及ぶ信号パターン全てを解き明かした天才科学者がいた。
世界の科学技術はそれを境に飛躍的な向上を見せる。
医療であれば脳に近い部分に電子チップを埋め込み、脳から発される電気信号をチップとシナプスを強制的に介し、伝達齟齬のあった麻痺部分に通達。
結果、半身不随及び脳の伝達齟齬による麻痺は見事な治療を可能とした。
同じ原理で視力を取り戻すことは無論、生来目の見えない人も光を取り戻す。
反面、この技術は軍事転用されれば非常に危険な側面を持つ。
脳の電気信号が解明されたということは、逆に言えば相手の脳に電気信号を送り操れるということだ。
実際はそこまで複雑な機構を開発するのは容易くないが、不可能可能で言えば十分に可能である。
医療軍事と発達を見せた一方、娯楽への転換は当たり前だが最後となった。
世界中が、特に若者を中心として絶望の声があがったが、それはバーチャル技術が世に出て4年後に起きる。
『世界初のVRMMORPG“Humans War”の世界共同開発が決定されました、詳しくは……』
予想より早い娯楽への転換。そこには政治的、軍事的、あるいはお上の命令。
様々な思惑の結果ヒューマンズウォーの開発が決まる。
そして僅か1年後、そのテスターとしておよそ100万人の応募枠が各国で発表された。
うち、日本ではおよそ20万人の枠が設けられる。これは脳の電気信号解明の科学者、VRMMO用の筐体の開発の責任者が日本人によるためだ。
つまり、貢献度や国の国力などが応募枠に反映されているという、政治上の思惑である。
プローモンション用のムービーが、その数日後に日本公式サイトで発表。
初のVRMMOでありながら、そのグラフィック技術は既出のどのMMORPGをも容易く上回っている。
軍事用のまだ世間に降りてこない最先端の技術すら使われたそれは、1企業としての限界に囚われることがない。
莫大な資金による豊富な人材は、本来であれば数年は先のCG技術をも容易く成し遂げた。
総費用は明かされなかったが、噂では数百億とも、数千億とも言われている。
そうして築かれたゲームが人気が出ない筈もなく、1週間経たず約百万の応募者数が日本公式サイトには寄せられた。
この100万と言う数字は虚偽ではなく、“テスター希望者は最寄の指定役場にて届けを――――”と言う指示により、従来の捨てアドによる重複応募は不可能だ。
更には無料での健康診断が実地され、そこで渡される認可証――精神、身体共に健康を示す証書――をも必要とする徹底振り。
最終的に締め切り時には数百万名にも及ぶ募集者が現れ、その倍率は極めて厳しいものとなった。
当初は1000万を越すのではと言われたが、テストに国が指定した、1ヶ月間の拘束期間の必要と言う記述のお陰でそれに至ることはなかった。
そんな異常な倍率を誇るテスター枠を“鬼無里兄弟”は2人揃って受かる…………
「えっと、ここが『Humans War』筐体センター04支部だな」
「随分と多いですね、人」
黒髪の少女が思わずと言った感じで呟く。専用のバスで数時間揺られて着いた場所は山奥であった。
自然豊かな場所には不似合いな巨大なセンター。そこには“HW筐体センター04支部”と大きく書かれた門。
その横には自衛官らしき人が検問官のように数名並び、ざっと見るだけで100名近くは居るだろう人々から招待状を受け取り、身元を確認している。
「大丈夫か? 人が多いとこ苦手だろ?」
「いえ、大丈夫です兄様……」
そう口元に笑みを浮かべるが、人形のように端整な、作り物を思わせる顔には僅かな怯えが見て取れた。
対人恐怖症とも、あるいはパニック症候群とも呼べるし、心的障害と呼んでもいいかもしれない。
「取り合えず愛姫はここで待っててくれ、俺が招待状もって並ぶから通る時に呼ぶよ」
「ありがとう御座います、兄様」
「気にするなって、血を分けた妹なんだぜ? まして兄は妹を守る為にいるんだからな」
そう言って、自身より10センチ以上小さな妹の頭をぐしゃぐしゃと撫で回す。
キューティクルが美しいそれは絹より手触りがよく、ともすればずっと撫でていても飽きないほどだ。
細い髪が宙を舞い、その度にシャンプーとそれ以外のあまやかな香りが鼻を擽る。
「ちょ、わっ!? に、兄様、か…髪がくしゃくしゃになってしまいます!!」
「よしっ、少しは緊張がほぐれたな。んじゃ行ってくるわ」
歩き出した兄の後方、言われて身体の強張りが解けていることに気づく。
何時だって少女の兄はこうして助けてくれる。世間的に見れば欠陥を抱えた兄だが、少女にとっては何時だって“英雄”なのだ。
「早く戻って来て下さいね、にいさまー!!」
嬉しくなり、思わず子供のように両手を伸ばし振ってしまう。振り返りはしなかったが、後ろ手に手を振り返してもらい、更に心が暖まっていく。
その姿が他のテスターに紛れて見えなくなるまで笑顔で手を振り、ふと気づけば随分と周囲から注目を集めていることに気づく。
持ち前の対人恐怖症にも似た症状がぶり返し、固まることはなかったが肩を少しだけ竦ませてしまう。
それでも出来るだけ俯かずに前をむく。これも兄がわざと作ってくれた“機会”であると知っているからだ。
「はい、お待たせしました。招待状はお持ちになりましたか?」
「これですよね?」
並び始めて15分近く、ようやく自衛官の場所まで着き、ポケットに仕舞っていた“2枚”の招待状を取り出す。
「鬼無里鬼瑠様と……こちらは?」
「すいません、妹の分なんですが、雑多な場所が好きじゃなくて。今呼んできますね」
「ご兄弟でテスターに当選ですか、それは運がいい。ではまだ人は居ますんで、早めにお願いします」
「了解です。おーい! あいひー!!」
声を掛けるが返事がない。はて? と、自衛官に一声掛けてから愛姫の下に向かう。
時間が経ったにしては門前の人だかりは衰えない。みれば新たなバスが到着していた。
更に視線を移せば妹、愛姫が1人の男性に絡まれてるのが見える。
逸る内心を押さえつけ、足早に近づけば会話が聞こえてきた。
「ねぇー、いいじゃんかよぉ。俺と一緒に並ぼうぜ?」
「は、離して、ください」
「にしてもほっそいねぇー、食べてる? でもオレの好みー。この建物さー、レストランあるんだって、一緒に食べようぜ。金ならオレ払うって、こう見えて結構金持ち? みたいな」
「に、にいさ……」
ブチぎれるより早く、愛姫が助けを求める更に早く。金髪に染め痛んだ髪、パンクなファッションにアクセサリーをじゃらじゃらと付けた男の間に割り込む。
握られた手を力尽くで振りほどき、その際軽く捻りを加えてやる。
「ッてぇ!? おい、オマエ邪魔すんなよ! アッ!?」
「失せろ屑が」
唾を吐き捨てるように嫌悪を隠しもせず口にする。
「上等だガキィッ!! その小奇麗な顔に芸術を施してやんよッ!!」
何を言われたのか理解した瞬間、金髪の男の眉根が釣り上がりその手が振り上げられる。
あまりに短気で阿呆。そう内心で呟きほんの一瞬目蓋を瞑り精神を集中させていく。
時間にして刹那の瞬間、“世界は凍結した”。真実は異であり、実際のところは世界が凍結するほどの“思考加速”。
一種の天才的能力であり、その代償として欠陥をもその身には与えられたが、その力は絶大だ。
木偶の刹那は鬼瑠にとっては無限の如くであり、加速され、平行化された思考は膨大な情報から最適の解を導き出す。
そこから思考速度を落としていくと、金髪の腕がゆっくりと動き出す。
あまりに遅いその1撃に合わせ鬼瑠自身も動き出すが、その動きも亀の如く。
確かにその力は世界を凍結させるほどの思考速度を生み出すが、肉体がそれに付随する訳ではない。
まぁ、それでもと。単純な暴力勘違い野郎を黙らすには十分すぎる力であった。
振られる腕に合わせ更に同方向へと手を沿え押し出してやる。その瞬間思考加速を解いた。
「うっ、うわぁッ!? ――へぶしっ!?」
見事バランスを崩し、転んだ男の腹に容赦なくつま先をめり込ませる。
最低限の手加減を加えた1撃は内臓破壊すら免れたが、凄まじい苦痛を男に与えた。
「自衛官が待っている、行こう」
罪悪感の欠片も見せず言い放つ。増えた人ごみにより、自衛官からは見えないこともあっての行動だった。
「はいっ兄様!」
そしてそれを当然の如く受け入れる愛姫。モラルの欠如。それが兄の負った欠陥であり、愛姫はそれを気にするどころか受け入れていた……
後書き
欠陥品の兄と妹。メインキャラクターです。
頭悪い作品の筈が、気づくとなぜか回りくどい設定を盛り込んでいる……