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第一章 第十話 後悔と慟哭 了 

「ふっ、せっ!」


 手に持ったナイフが錆びて剥き出しとなったライフラインを纏めて引きちぎる。

 損傷した線からは残り少なかっただろう油や冷却水が噴出し、なんとも言えない臭いと共に地面を汚していく。


『ピピ――ガガッ、ガガガ』


 レンズの半分が砕けた真紅のモノアイが明滅。瞬間、ギギギギっと錆が擦れる音と共に既に武器を失った機械の腕が横薙ぎに振るわれる。

 掲げられたナイフとぶつかり合い、僅かな拮抗を後に刃の上を滑るようにアームが流れていく。

 胴体の間接が腕を振るうために限界まで曲げられ、油の無くなったそこから金属音が鳴る。

 元に戻るのも一苦労と言ったその大きな隙を見逃さず、キリュウはナイフを全力で突き出す。

 同程度の身長である頭部、その助けもあり見事モノアイを突き破る。更に奥に隠されたAIチップをも損傷させれば、モノアイが点滅を繰り返すやがて消滅、ガシャン! と派手な音を立てて地面に倒れこんだ。


 “朽ち掛けた機械兵”、始まりの穏やかな草原で出現するエネミーでは最も高レベル。

 4本の多脚歩行機、一見細く見えるが、その反面膂力の強いアーム型の2本の手。

 胴体から半円形で突き出した頭部にはモノアイが埋め込まれ、その全身はメタリックなシルバーと錆色で覆われている。

 完全な状態であれば随分と強力な存在であっただろう機械兵も、その長年の磨耗により最下級にまで実力は低下してしまったのだろう。


「んあ? なんだこれ」

「宝箱……でしょうか?」


 そんなレベル上げ用のエネミーと成り果てた機械兵が粒子となり消えていった後、そこにはキューブが1つ。

 更には木製の粗雑な17インチ程の箱のようなものが転がっていた。

 

「宝箱(コモン級)て情報では出るな」

「みすぼらしいのはそのせいでしょうか」


 手に触れ、ストレイジャーのインベントリ機能から手にしているアイテムの情報を表示。

 するとその箱が宝箱であり、等級は最底辺であると分かる。

 この世界のアイテムは全て、等級と呼ばれるもので括られている。

 一般的な等級であるコモン級、やや珍しいアンコモン級、貴重なレア級、滅多にはお目に掛かれないアーティファクト級、そして最高峰に位置するエピック級。

 実はプレイヤーの装備しているストレイジャーも、括りではアーティファクトに分類される。

 値段にすれば数10万ゴールドはするだろうか。無論売ることは勿論、買うことも出来ないが。


「なんだこりゃ、石版か?」


 宝箱は鍵が掛かっているなんてこともなく普通に開いた。

 中にはキリュウが口にした通り、手のひらサイズの古ぼけた石版が安置されている。

 

「兄様、これ何か書いてます。えっと、掠れて読みにくいんですけど……“歩き出した”、でしょうか? 情報には世界を構築する欠片ピースって書かれています。等級は……アンコモン級ですね」

「多分だが、あれじゃないか? カオティックゲイトで使うワード、そのどれかとか」

「あっ、本当です。ワード一覧に追加されています。どうやら3節のうち頭にくるもののようですよ」

「ワードってどう手に入れるんだと思ってたが、そっか、ドロップなんだな。当然なのかもしれないが」


 これで手持ちのワードは5個になる。初期に配布されるワードはランダム要素があるらしく、アイヒとキリュウは始まりのが被ったが、残りは別であった。

 その特性上少ないワードでも様々なフィールドに行くことが出来る。巡ってる間にレベルもワードも集まっていく、それが運営の筋書きなのだろう。

 そう考えキリュウは軽く身体を捻る。朽ち掛けた機械兵は既に4体倒しているが、レベルアップの気配はみせない。

 空を見上げれば太陽が真上を通り過ぎており、数時間もすれば沈むだろうと予想された。


「よし、機械兵討伐を再開するとしよう。日が沈むまでにレベルをもう1あげておきたい」

「了解です、兄様」












「っと! お、レベル上がった……なッ――――」

「……えっ?」


 その光景が私には訳が分からなかった。


「ングッ、クソッ、アイヒにげろ、急いでリムーブポイントに行くんだ!」

「で、でも、にいさま」


 分からない。何が起きたの? 分からない、分からない。

 そう言われてもどうしていいか分からない。身体が震えるのが自分でも分かる。

 信じたくない。でも私がどう思おうと兄様の腹部から生えた矢はなくならなくて……


「油断した、失敗した、日が暮れる前に戻っておくべきだった! クソッ、使いたくはなかったんだがな――――“世界すら凍結させし思考加速ハイパーハイスピードソート!!”」


 それは兄様の絶対切り札。世界が与えた才能、いいえ、異能。

 曰く、世界すら凍結したように見えるほどの思考加速。

 普通の思考加速とは一線を画しているところは、それが並行思考と同時に行われるから。

 普通では考えられない程に加速した思考と、それを平行化するマルチタスク。

 そうして兄様は誰もが知らない世界にただ1人立つ。


「あ゛、グッ――――ッ!」


 腕が振られる。既に茜から夜へと移り変わりつつ草原の中、銀色のナイフが兄様の動きに合わせて踊った。

 バキッ! と何かを砕く音。地面に落ちる矢。当たった訳じゃない。今の兄様にとって矢を打ち払うなんて造作もないこと。

 その筈なのに、どうしてそんなに脂汗を滲ませているのでしょうか。分からない、分からない。

 確かにその異能は過負荷が強く、一定以上強い加速は神経が悲鳴をあげ、頭痛をもたらすと兄様は言っていた。

 痛覚のない脳が痛みを上げるそれは言わば警告であり、リミットなんだって、前に教えてくれた。

 でも、今はそんな強い行使じゃない筈なんです。矢程度を打ち払うなら、それこそ軽度の能力行使で兄様には事足りる筈なのに……

 腹部の痛み? 違う、違う。明らかにそれより痛がっている。


「ひゅーっ! やるなぁ! まさか弓矢を正面から打ち払うなんてよ、お前どこのバケモンだ?」

「ただのしがないシスコンだ、伏兵か……見逃してくれると有難いんだがなッ!」

「ばっか、鴨葱を見逃すなんて、悪党じゃねーだろ?」


 30メートル程先に現れた筋骨逞しい男性。その人との会話中にも兄様の腕は振るわれる。

 その度に折られた矢が地面に零れ落ち、その表情は苦痛に変わっていく。

 ふと、混乱でグルグルとまわる頭の片隅に、このゲームは既に加速状態であると思い出す。

 つまり、それは……


「あ、ぁあ……」

「なんだ、そっちのお嬢ちゃんは気でも狂ったか?」


 声にならない悲鳴。

 少しずつ近づいてくる男がそれに反応するけど、私はそんなことに構ってる余裕なんてなかった。


「だめ、だめ、だめ、だめっ! 止めて、止めて下さい兄様!! それ以上は使わないでッ!!」


 分かってる。そんなことじゃ兄様は思考加速を解除しない。

 言わずにはいられなかった。だって、この世界では思考加速は平等なんです。

 そんな世界で思考加速を重ねると言う意味。加速された世界を凌駕する思考加速。

 例えこの世界が10倍の加速世界だとして、たった2倍の加速を得るのすら20倍の思考加速と同等の負荷が必要になってしまう!

 分かってしまったんです。兄様の苦痛、それは即ち、その程度の加速でも本来とは段違いの負荷を負ってしまうことによるものだって。


「あ、なんだ? 気が狂ったわけじゃねーのか? まっ、その方がこっちも楽しめるがよ。にしてもなんだお前、服装からもしかしてとは思ったが、男か。んじゃ殺しちまってもいいよなぁ?」

「返り討ちにあうのが精々だろうさ。正当防衛なら殺しても構わないだろう?」

「ハッ、言ってくれるねッ!」


 同時、地面をけり出した男性がその手にもった無骨な大剣を袈裟懸けに振り下ろす。

 助けなきゃ。そう思っているのに震える体は動いてくれない。

 忌まわしい記憶。幼い頃のトラウマが私を縛って身体の自由を奪ってしまう。

 

「大振りの1撃だな。当たるわけがない!」

「本当に、か?」

「――ッッ!?」


 男がにやりと笑った瞬間、兄様が攻撃姿勢をキャンセルしてナイフを素早く一線。

 私がどうして!? と思う間もなく砕けた矢が地面に転がる。

 そうだ。私は馬鹿じゃないの。相手は2人なんです、易々と反撃を許すわけありません。

 どうすれば、どうすれば……兄様が負けるなんて考えたくない。

 けれども、遠距離と近距離の組み合わせは兄様にとっても相性が悪い。

 身体が動けば、震えが止まれば、役に立たなくたって、1撃与える隙くらいつくってみせるのにッ!!


「クソッ!」

「おらおら、次々行くぞ!」


 無造作に振るわれる横薙ぎ。スウェーバックで回避するも、的確に放たれる矢を回避する為に体勢を崩してしまう。

 目線は殆ど狙撃地点に向いてるのは、いくら思考加速とは言え、視認できなきゃ意味がないということ。

 1撃に気づけなきゃ対処できない。純粋だけど、大きな欠点。


「粘るな。じゃあ、こいつはどうだ?」


 再びにやりと笑みを浮かべ、片手を空に向ける男。瞬間、訳も分からず私の身体を悪寒が包み込んだ。

 聞こえる筈はないのに、どこからかヒュッ! と風を切り裂く音が耳に届く。

 「アイヒッ!!」と、切羽詰った兄様の声。どうしたんですか? なんて、条件反射で口にしようとした瞬間駆け抜ける衝撃。


「え?」


 頭を地面に打ったのか痛い。どうしてこんなことに? そう思って目を開けたら、また間抜けな声が口から漏れた。


「大丈夫か、アイヒ」

「ぁ、あぁ、ど、して」


 自分で何を口にしてるのか分からない。なんで兄様の背中から矢が生えているのか分からない。

 奥の方でゲラゲラとなんでか笑っている男が不快で、とてもじゃないけど理解できない。

 頭が、いたい。


「あっグッ!?」

「兄、さま?」

「大丈夫だ、気にするな。いいからアイヒは早く逃げるんだ、どうせ俺にはLPがある。だがアイヒはだめだ、捕まったら何をされるか分からない。いいな?」


 何を言われているのかよく分からない。でも私は頷いた。

 だって兄様が真剣なんだもの。何時に無いほど真剣で、私の身を案じているのがわかる。

 だから頷く。どうして背中に矢が増えている? とか、兄様の下から出ようと腹部に触れたら、呻き声が聞こえて、真っ赤な何かが手に付いたとか。

 全部全部見なかったことにして私は頷く。血の気が退いてるのが分かるけど、震える身体を叱咤してずるずると兄様の下から移動した。


「さ、アイヒ行くんだ」

「おーおー、麗しい兄弟愛だな。安心しろや、お前をきっちり始末した後はその大事な妹様も俺達が丁寧に扱ってやるよ。なーに最初は痛いだろうがすぐ慣れる。知ってるか? このゲーム、普通に媚薬とか売ってるんだぜ?」


 悪意の塊だ。下卑た笑い声が耳に粘りつく。ねっとりとした視線が私の身体を這うようにねめつけ、べろりと汚らしい舌が唇を舐めていく。

 獣の舌なめずりのようだった。何をされるのか、分からないなんて言わない。だから余計恐怖で足が竦みそうになる。


「にっ、にいさま」

「大丈夫だ。大丈夫。俺が行かせはしない、アイヒは守ってみせる」


 ぎゅっと、力強く抱きしめられる。暖かい体温、兄様の汗の混じった匂い。鉄錆の、臭い。

 トスンッと、何かがぶつかる音、兄様の呻き声。恐る恐る伸ばした手に感じる3つの矢。

 わたしが、私がこんなことしているから兄様はまた射抜かれたんだ。

 その思考が私の心を蝕む、それでも怖くて、過去がどうしようもなくて、足は震えていて……


「帰ったら、少しだけ贅沢しよう。美味しいご飯に熱いお風呂、一緒に偶には入るのもいいかもしれない」


 ――――トスッ。

 刺さる音。私の目尻から溢れる熱い液体。

 声は、もうでない。


「さっ、これ以上兄を困らせないでくれ。アイヒはいい子だろ?」


 うなずく。あしをうごかす。心の中であやまる。駄目な妹でごめんなさい。

 何時も何時も守られてばかりでごめんなさい。

 宿屋で待ってるから、絶対返ってきて。もうにいさま困らせないから……だから、だからっ。


 走り出す、こける。痛い。でも兄様はもっと痛い。後ろから剣戟の音が鳴り響く。

 涙で前が見えないけど、一生懸命に走る。何かが腕に当たった。

 痛くて痛くて余計涙が出て、蹲って震えて、何も見ないようにしたいのに、臆病な筈の私の足は止まらない。

 灼熱の熱さと、1度も経験したことのない痛みが腕を苛むけれど。見たら恐怖で戻れなくなりそうで、見ないまま私はただ走る。


「随分と梃子摺らせてくれたなぁ? でもこれでお終いだ、じゃあなッ!」

「と。よしっ、追いかけるとしますかね、ハハッ!! まったく、藤堂院様々だぜ!!」


 遠くから聞こえる声。PTを組んだことで視界端に映されていたHPバー。

 兄様のそれが黒く染まる。ガチガチと歯が震え、全身が凍えそうなくらい寒くなる。

 兄様が死んだ。兄様が死んだ。兄様が死んだ。兄様が死んだっ! 兄様が死んだッ!!

 誰のせい? 私のせいだ! 誰のせい? 私のせいだっ!! 私のせいだッ!!

 どこか楽観視していた。この世界を甘くみていた。PKなんてそうそう出会わないってなめていた。

 兄様が守ってくれるって甘えていたッ。過去の私が兄様を殺したッ。

 弱いから殺された。私が弱いから兄様は殺された。


 奥歯が砕ける。砕けた歯が口内を傷つけ血があふれ出す。

 それでも私は口を開き――――


「ああぁああぁああぁあぁあああ゛あ゛あ゛ぁぁあ゛あ゛ッ!!」


 訳も分からず叫んだ。走りながら叫んだ。もうこんなのは嫌だった。

 だから叫んだ。きっと必要なことなんだって。叫び続けた。

 そこから先のことを、私は覚えてない…………







後書き


加筆するかも。文字数増えたんで、結構描写が甘い。

ロクデナシの為にも避けれないシーンでした。

と言うか、主人公がアイヒに見えて仕方ない……


次章からやっとこさタイトル詐欺は返上できそうだ。


それでは感想評価、お気に入り、誤字脱字報告。

とくに感想は心よりお待ちしております。

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