術師会館での駆け引き
読んで頂いて感謝しております。
リシェル女史が語ります。
術師会館の一室に老師達が集まっていた。この質素な部屋が会議によく使われるようになったのは今の最長老が職に着いてからだ…理由を聞いたら縁起がいいからだとか。
今日は年に1度の定例長老会議の日だ。アビリティ持ちの行き先を決めるために必ずこの時期に行われている。いくつかの打ち合わせのあとに主題であるアビリティ持ちの話が始まった。
「さて、アビリティ持ちの行き先を決めるとしようか…。」
最長老が切り出すと、長老…紋様術師では最長老に次ぐ高位を表す称号で年寄りだと言うわけではない…の1人が声をあげた。
「今年は4人、内1人は貴族と聞きましが。」
「うむ、今年はフーバー老師の当番の年であったが、研究意欲をそそるような者はいたかの?」
「…今年のアビリティは、炎、身体強化、衝撃波、耐久力でありましたが、特殊な発見はありませんでした。」
「…では扱いは例年の通りでよろしいな?」
最長老が廻りの者の様子を伺うが特に反対意見はなさそうだ。
「では、ワシから1つ言わせてもらおう。西のカンサイン公爵から戦える者をぜひにとの請願書がきておる…。」
「あちらは隣国との国境で不穏な動きがあると聞きましたが?」
「…まさに貴殿の言う通り、その対応であろう。」
最長老は話を誘導するのがうまい。ああ言われて悪い気はしないだろう、今発言した老師は後に続く話に意見・反論しづらくなるはずだ。
「4人の内、衝撃波のアビリティ持ちは貴族じゃからなあ、色々と面倒になるじゃろう…となると他の3人の中からかのう…。」
「おほん、このフーバーめのところに炎のアビリティ持ちが冒険者以外の道に進むことを認めるように、と他の3人全員から話がきております。」
私の出番ねとリシェルは話にに割り込んだ。
「私の方にも、この件で衝撃波と耐久力から依頼がありました。この前のテロでの貸しを使わせてくれと…。」
「…この前、炎は暴走したそうじゃからなあ…よいのではないかの?」
他の老子達も仕方ない、といった顔をしてガヤガヤ話をしている。話は決まりそうだ…これで2人に絞られたかたちになる。
そこにコンコンと扉を叩く音がして女性の声が聞こえた、入室の許可を求めるものだ。最長老が許可を出しその者が入室してきた。
「準老師のタチアナにございます…最長老の依頼を受けて王宮に行ってまいりました…こちらの書状を。」
最近見ないと思ったら王宮に行っていたようだ…。タチアナ女史は若手の紋様術師の中では研究者としても指導者としても群を抜いている存在だ。一時、失脚していたが私が手を貸してあげたこともあり今では次の老師に一番近いと言われている。
「…皆に隠していたことがある。ここで聞いて頂きたい。」
書状を一読したあと、最長老が急に改まって丁寧な言いまわしで話しをしてきた。
「王族にアビリティ持ちが出ての…タチアナに行ってもらっておった。」
場が一斉にどよめいた。
「冒険者として修行させるといってきおった。そして、今年の、同期のアビリティ持ちで信用できる者を2人所望するとの王命だ…。」
アビリティ持ちは基本的に紋様術師の管理下におかれる。それは王国からの命令であるから…。アビリティ持ちをいざという時に戦力として扱うために、アビリティ持ちが敵に回らないために、…常に首に紐をつけておくためである。また、この命令があるからこそ紋様術師は王国内で優遇されているのだ…。
「カンサイン公爵は知っていたのでしょう、王族がアビリティ持ちを独り占めするのを牽制したのでは?」
リシェルはわざわざそのことを口にする。先程までここにいなかったタチアナに聞かせるためだ…今の時点で、王国の正確な情報はタチアナが一番知っている可能性が高い。
「国王は4人の情報を知っております。具体的に貴族の”衝撃波”とその盾の”耐久力”を、と聞かされています。」
「ならもう考える必要はなさそうじゃな、公爵のところへは身体強化じゃ。あの都市のパーティーハウスに紹介すると言うことでよかろう。フーバー老師、そちらの手配を頼めるかの。」
「引き受けましょう。」
この話しはこれで終わりそうだ。
「それともう一つ、若い女性の紋様術師を宮廷魔術師に迎えたいと言われました…。私は謹んで辞退致しましたが。」
先ほどに倍するどよめきが場を包んだ…これは…。
「…そうなると、人選はリシェル老師に任せるしかないのう…」
王国内でも若い女性の紋様術師は少ない、しかも将来性のある紋様術師はほとんどリシェルのところにスカウトしてある。最長老はそれを知っていて私の門下にないタチアナを派遣したのかもしれない。これは借りを返すつもりね、タチアナ。
「ことが重大ですので人選はすぐにと言うわけにはいきませんが…善処しますわ。」
最長老に答えながらリシェルは人選について頭を高速回転させていた…。