表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
99/126

03






――




「何これでかい。」

「反応としては間違っていませんが、もう少し言い方ってものがあるでしょう。」


彼の、乾家のお宅を前に、私は唖然としながら呟いたが、即座に乾にばっさり切られる。

…ごめん、ボキャブラリ貧困で。

ってか、私じゃなくてもこんな反応だと思うんだけど、如何なものか。

ほんと、なに、これ。


どどん!と効果音がつきそうなくらい圧倒的な広さを誇る大豪邸。

端から端が見えないくらい眼前に横に広がっている。

麗奈さん家と張り合うくらい…いや、もっと大きい?

外観だけしか見えないが、かなりお金がかかってそう。

バラのアーチに手入れの行き届いた庭園。大理石の階段を登ればこれまた豪勢な扉。


…ああ、やっぱり私、ボキャブラリがない。

もうこの風景をどう言い表していいか、言葉に尽くせない。

とにかく事実として分かったのは、隣にたっている男がとんでもない金持ちだってことぐらい。


「じゃあ、中にはいりますよ。」

「はあ……。」


私に腕を突き出してくる乾圭太朗は、ぴっしりとした黒いタキシード姿だ。

外向けの笑顔にいつもの細い眼鏡。胸元には銀色のネクタイピンが留めてあった。

違和感なくタキシード着こなす大学生って……。しかもそれが恐ろしくお似合いだ。流石、乾。


対する私は、先程(強制的に)買った黒いシフォンワンピースのドレス。

肩を出すデザインで、胸元にはフリルが付いている。

首には二連の真珠の首飾り。髪は赤い花の髪留めで一つにまとめている。


…まあ、私が選んだわけじゃないから変じゃないとは思うんだけど、どうなんだろう。

とりあえず乾に駄目だしはされたが、果たして他の方々に受け入れられるかどうだか。


「まあ、ナツさんはただ俺についてればいいですから。」

「…それが難しいんじゃないか。」

「大丈夫ですよ、『ナツ』さんなら。」

「…ふん。」


軽々と言ってくれるね。ほんと、ムカつくわー


私は脳内で乾を蹴っ飛ばし、嫌みのように強く彼の腕に自分の腕を巻きつけた。

乾はやはり困ったような笑みをこぼして、再度『大丈夫』と私を勇気づけるように言う。

そして、私たちは会場内へと足を進めた。



――



扉をあけると煌びやかな世界が私たちを待ちうけていた。

吹き抜けの広間にはいって目に飛び込んでいたのは、存在感のあるシャンデリア、そしてレッドカーペット。

また、立食形式らしく、白いテーブルにきれいに盛られた高級そうな料理。

側には控えている幾人ものリアル執事、メイドさん。


わお、なんてすんばらしー景色!

予想通りではあったが現実でこんなこと体験できるなんて思ってもみなかったわ。

いい体験できたネ!


………なんて。


分かった、正直に言う。

―酔った。

確かに食事も内装も音楽とか執事さんたちとかすごかったよ。すごいと思ったよ。

だが、その広間を埋め尽くす招待客の、多いこと多いこと。

親戚はともかく、会社の重役とかその息子娘とか取引先のお偉いさんとかその妻とか。

絶対成人越えした坊っちゃんのお誕生日パーティの規模じゃない。


自然とため息がもれた。



「…乾。」

「はい?」

「あの、気分がすぐれないので退室を…」

「待って下さい。言いたいことは何となくわかりますが、兄に会うまでは我慢して。」

「と言われても……」

「後でその辺の料理、自由に食べていいですから。」

「……。」

「年代物のワインやオリジナルカクテルもありますよ」

「よし分かった行こう。」


俄然やる気を出した私は瞬時に顔を切り替え、乾を引っ張るように歩き出す。

現金?は、何を当たり前のことを。

かつ、と履きなれないヒールを鳴らして場内の端の方に落ち着くと、再度彼を見上げた。


「で、どこにいるの、その…乾悠十さん?って。」

「えっと、主催者側ですから……ああ、いました。階段の上です。」

「んー?」

「あの、中心にいる男性。見えますか?」

「どれどれ?」


促され上の方に視線を向ける私。吹き抜けのホールには左右から階段が降りている形になっている。

そこには人だかりがあって………


「…なに、あれ。」

「俺の兄ですけど、なにか。」


そうナチュラルに呟いてしまった。相変わらずひとつ残らず拾ってくれるね、君は。

…って、そうじゃねぇ。『なにか』じゃなくて。『なにか』どころじゃなくて。


「あれ、君の兄?」

「ええ。今日の主役ですよ。」


や、ちょっと、待て。マジで?本気で言ってる?

階段の上?人だかりの中心?

…私には美女をはべらしている金髪チャラ男しか目に入らないのだが?


ねえ、もしやあれが君のアニー?間違った、兄?



「じゃあ、とっとと挨拶しましょう。」

「マテや」

「何ですか、いきなり口調変えたところで俺は引きませんけど。」

「引けや」

「じゃあ、とっとと挨拶しましょう。」

「ループとか怖くね?…ってちょっと無視しないで!先に進まないで!」

「ナツさん待ってるの、面倒くさいんで。」


そうザックリと切り捨てられ、今度は乾の腕にぐいぐいひかれて階段を上がる。

手を振り払おうとする私の抵抗も空しくさっさと最上段を登り切った。

そして。



「こんばんは、兄さん。」



―無謀にも声をかけ始めちゃったよ。

愛想笑いを浮かべる乾の横に、棒立ちの私。

彼がそう言った途端に、私は顔を青くした。


心もキャラも言葉の準備もしてないのに。

なにこの鬼畜。ちゃんと血、通ってんの?てか、私、今回扱い酷くない?


そう脳内で乾をディスりまくるが、彼は相変わらずにこにこと胡散臭い笑みを顔に張り付けていた。

ちっと舌打ちも追加しておく。



「…ん?」


そうこうしているうちに、女性の輪の中心にいた男が、くるりと振り向いた。

―金髪男は、やっぱり近くで見ても派手だった。

水谷以上にジャラジャラとピアスやらアクセサリーやらつけているし、少し色黒でがっちりとしていてガタイがいい。

乾とはあまり似ていなかったが、共通点と言えば普通に色男という言葉が似合うくらい顔が整っていたことか。


…まあ、私は興味ないんだけど。


声に気付いた男は、乾の顔を見るとパッと顔を輝かせ、女性たちをかき分けて私たちの前に躍り出た。


「お、圭太朗!久しぶりじゃないか!元気だったか?」

「どうも、ごぶさたしています。ええ、元気にやっていましたよ。」

「そうか!お前、家に全然帰ってこないもんなあ。皆心配してたんだぞ。」

「そうですか、それはすいません。」


金髪は見た目通り感情がよく顔に現れる。

対する乾は淡々といなすように当たり障りのない受け答え。

…なにこの温度差。というくらい他人行儀そうな乾に思わず噴き出しそうになる。

―が、兄弟の感動の再会トークがひと段落したところで、金髪が私の方に目を向けたので慌てて顔を引き締めた。


「…圭太朗。こちらのお嬢さんは?」

「ああ、彼女ですか。俺の友人ですよ。」


ギラリと値踏みするようにこちらを見つめてくる男に少し萎縮してしまうが、私はとりあえず営業スマイルを作った。



「はじめまして、本城那津と申します。乾君とは大学の同級生です。」


そう言って、ぺこりと頭を下げる。多少不自然な笑顔だったが、まあ多分大丈夫だろう。

初対面の男に顔を見破られるほど私の技も落ちちゃいない。

私は下げた頭をあげ、金髪男の様子をうかがった。


「………。」

「…あの?」

「………。」


―だが、帰ってきたのは、まさかの無言。そして無表情。

先程までにこやかに笑っていたのが幻であったかのように彼は真剣な表情で私を見下していたのだ。


…え、待って。ごめん何か、ヘマしちゃった系か、これは?


よくわからないけど、しせんが、いたい。


………。


途端、ぶわっと湧きおこる冷や汗。冷ややかな空気をリアルに感じ取ってしまった。


――ヤバい、乾に怒られるぅうう!!

と、心の中で絶叫しながら恐怖に震える私。

だから駄目だって!庶民に礼儀とかマナーとかお嬢様風ごあいさつとか、ハードル高かったってええ!!


「あ、あの、なにか……」


うう。恥ずかしいけどしょうがない。非礼があったなら詫びねば。

私は恐る恐る、金髪の彼に声をかける。彼はその重い口をようやく開け。


「…か、」

「か?」


へ?




「かーさあああん!!けーたろーがマジで彼女連れてきたあああ!!」


「は?」




そう、興奮気味に響いた叫び声にひくっと顔を引きつらせる私。

ちょっと言ってる意味が分からない。何それ。

…ああ、いけない。高級バッグが握力でくしゃくしゃに。


しかし金髪男はそんな私の様子など全く気付かず。

ぱっと乾の方に目を向け、掴みかからんばかりの勢いで質問する。



「圭太朗、ついにやったな!もーお前その年になっても女嫌いなおんねぇしさ。もしかしたらずっと独身かも、って兄ちゃん心配してたんだぞー。」

「…ああ、そうですか。でもナツさn「あーいい!馴れ初めは後で聞くから!先に母さんに会わせないといけねぇし!」

「いやそうじゃなk「しかも、本城さん、だったか?ホントに可愛らしい女性じゃないか!うらやましいなー。こいつ!」

「………。」


…すごい、なんてマシンガントーク。

乾が口をはさめないとか、相当だぞ。

いやでも乾もスゴイ。笑顔を崩さないまま口元だけ歪ませるって、どんな高等技術だよ。


―まあ、それより。どうしようかこの勘違い男。

どこをどう脳内処理したら『友人』が『彼女』になるんだよ。さっききちんと紹介したっての。


「えっと、乾さん?あの…」

「あー、そんな格式ばらなくていいよ!俺のことは悠十さん、もしくはお義兄さんって呼んで!」


いや、遠慮したい。

ため息をつきたいのをぐっと飲み込んで、私は苦笑いを浮かべた。



「あのだからそれ、誤解で…」

「…呼んだ?悠十?」



え。


背後から聞こえた、少し低めの女性の声。

ソレに言いだした言葉を遮られた私は、後ろを振り向いた。


――そのひとは。

美しい、としか言えなかった。


真っ赤なスパンコールドレスを身にまとい、最高級であるだろう大ぶりのピアスや首飾りを着こなす美女。

こめかみや口元に刻まれたしわが年齢を感じさせるが、肌の白さやバツグンのスタイルを保っている辺り、まだまだ『オネーサン』と呼んでも差し支えないだろう。


成熟された大人の魅力っていうか、洗練されたスタイルや言動から生み出される独特の雰囲気っていうか。

…もう、とりあえず色気がスゴイ。美魔女?って呼ぶんだっけこういう人のこと。

そんな芸能人みたいな綺麗な人を前に私は、といえば。



「………。」


…ただ、硬直し、絶句。

もう自分の所在すら確認できず、

ワイングラス片手にゆっくりと近づいて来る彼女を別世界の者のように感じていた。


「あ、母さん!」

「え!?」


はたしてこの美女は何者だ、という回答はムカツクことに金髪男が答えてくれた。

その一言を聞き、私は不躾にも目を丸くして二度見をする、という暴挙に走ってしまう。


か、カアサン…!?だと…!?

え、てか子持ち?こんな大きな息子を?その美貌で?


―不条理!なんて不公平なんだ神よ!

世のお母さんが皺・染み消しだのダイエットだのにいそしんでいるのに、

この人にはアンチエイジングという言葉すら不要ではないかっ!


―なんて、どうでもいいことを真剣に神に祈ったりと無駄な時間を浪費していると、乾夫人(確)は私の目の前にまで迫っていた。びし、と笑顔がフリーズする。


「―で。この子が、圭の?」

「そ。連れて来た彼女、だって。」

「ふーん。」


だから違うっつーに!!という心の叫びは口に持ってこれず。

私は遠慮ナシに私を上から下までじろじろ見る彼女の視線を、黙って受けていた。

夫人は何やら呟きながらすっと目を細める。そしてその麗しい紅い唇を開いた。


「アナタ、名前は。」

「は、はいい!本城那津と申しますっ!」


私は答えた、自分の名前を。(倒置)

…しかしそれは不必要なほど勢いよく、さながらびしっと敬礼する海軍ってな具合に。

緊張しすぎて脊髄反射的に答えてしまったのが原因とも言えるが口に出してしまったものが変更できるわけがなくもう無礼とかそういう問題以前っていうか


いや、なんつーか、もう。


………終わったな。私。



隣の乾があーあ、みたいな顔をしているのを見なくても感じられる。

いや、悪かったって。ゴメン育ちが悪くて。こんな友人でゴメン。

…うん、とにかくゴメン。


「…そう、ナツさんと仰るの。圭とは同じ大学?」

「へ?……ああ、はい。」


だが乾夫人はマジで落ち込む私に対して気にする様子もなく、さらに質問を重ねてきた。

え?と首を傾げながらも、私も恐る恐るそれに答える。


「どこの学部?」

「あ、法学部です。」

「自宅から通っているの?」

「いえ、一人暮らしです。下宿生なので。」

「あら、じゃあ自炊はする?」

「はい、します。」

「じゃあ…」


―みたいな感じで、長々と質疑応答が繰り返された。


な、なんだなんだ!この面接みたいな問答は!

私の失態をスル―してくれたのはありがたいが、もう絡まないでほしいってのが切実な願いである。

…てか、この質問、なんの意味が。


「…じゃあ、最後に聞くけど。」

「…はい。」


ああ、ようやく最後か、と顔を上げる。

彼女の少し赤みがかった茶髪がゆらりと揺れたのが視界のすみに見えた。



「アナタ、圭をどう思う?」



ぴた、と夫人の目線が私の双眸と向きあう。

薄い笑みを浮かべていたが、その両眼はまったくもって笑ってはいなかった。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ