どたばたパーティ?
*natsu side*
※またも長めです。
…短編、つくづく向いてないなあ(笑)
――今日は金曜日。つまり週末。
大学の授業が無事に終わって喜ぶチャラ男。土日の予定を立てる女子たち。レポートの期限が伸びて命拾いする理系男子。
S大の人々はどんな有意義な休日を過ごそう、と期待を膨らませていた。
…勿論、私もそんな風に浮かれていたわけさ。
―つい10分程前までは。
「―で、何か言いたいことは。」
「特に無いですけど。」
「あるだろボケーーっ!」
私は怒りにまかせてバンッとテーブルを叩いた。目の前でコーヒーをすする眼鏡の男を睨みつける。
何、しらっととぼけているんだコイツ!!
「五月蠅いですねー。もう少し静かにできないんですか、ナツさん。」
「…誰のせいでこんなに荒れてると思ってんの、乾!」
――そう。
授業直後にこの男、乾 圭太朗に攫われなければ、
私は悠々と自宅に帰ってのんびり昼寝でもしていたはずだったのだ。
私は突然彼に引っ張り込まれたファミレスの椅子に鎮座し、ぶすっとした表情を作った。
頬杖をついて口を開く。
「…で、用件は?どーせなんか厄介事でしょ。」
「察しがいいですね。その通りです。」
「…こういうときだけ、自分の勘が外れていてほしかった。」
やっぱり面倒なことになるらしい。…やんなっちゃうなあ、もう。
ふう、と私は息を吐き出し心の準備を整える。
―潔のよさは彼らと付き合ってから学んだこと。
「実は頼みごとがあるんです。」
「…頼みごと?」
「ええ。これを見てくれます?」
そう言いながら乾が鞄から取りだしたのは深緑色の封筒。するりとした肌触りの高そうな紙に金字で宛名が刻まれている。
……よく見ると乾宛てだ。
「…何、これ。」
「読めば分かりますよ。」
私が訝しげにその高級紙を覗きこむと、乾は中身を開けて私に差し出してきた。
…中身は縦開きのグリーティングカードのようなものだった。これまた上品な花柄模様で縁どられている。
…いや、ホント、何。
郵便局とかで貰えるやっすい紙封筒使ってる私が見ていいものなの、これ?
「ほら、早くしてくださいよ。」
「わ、分かってるって。」
しかし乾がそうせかすので、私は促されるまま恐る恐る手紙を開く。
内容は―――
「『乾 悠十誕生パーティ』……?」
「そうです。」
開けた途端、目に飛び込んできた文字の羅列を読み上げると、乾が頷いた。
「…この人は、誰? 」
「俺の二番目の兄ですね。」
「へえ、乾、兄がいたんだ。知らなかった。」
「俺は、三人兄弟の末っ子でして。」
「ふーん……で、これが何だって言うの?」
高そうな封筒の中身が意外に普通な内容だったことにホッとする私。
カードをひらひらと乾に見せびらかしながらそう尋ねると、
「それ、俺と一緒に参加して頂けませんか?」
…次の瞬間、驚きのあまり、ひらりとソレが指からすりぬけた。
「え、ちょっと待って。もう一回言って。」
私はだらんと開きそうになる口をなんとかと閉じ込め、もう一度乾に聞く。
しかし、
「だから、そのパーティに参加してほしいんですよ。俺と一緒に。」
彼のセリフは聞き違いではなかったらしい。にこにこと笑みを絶やさずに言いなおして下さった。
「嫌。行かない。お断りします。てか無理。」
それに対し、私は即効否定だ。いやいや、これはもう一択でしょう、奥さん。
息もつかずに言いきると、乾は苦笑を漏らした。
「相変わらず訳のわからないことはとりあえず否定しますよね、ナツさんは。」
悪いか。
つーか未知の状況に陥った人間って、みんなこんな風なリアクションだと思うのよ。私は。
「…というか、何で私が君のお兄さんの誕生日パーティなんかに出席しないといけないわけ?」
「いや、俺の友人として、で。」
「嘘吐け。だったら斎藤とか水谷とか連れて行けばいーでしょ。私でなければならない理由は何なの。」
そう聞くと、乾は黙った。
…なかなか事態の核心をついた質問であったらしい。
私がじっとりとした視線を向ける中、彼は無言で言葉を探す。
しかしやがて、観念したように口を開いた。
「…実は、そのパーティ、俺は絶対行かないといけないんです。兄に強制されまして。」
「へえ、そう。」
「でも、招待状の内容をよく見てください。」
「え?」
指を指してそう言われ、私は手元のカードをもう一度開いてみた。
そこには日時、場所、パーティの様式が記載されてあった。…が、その下に。
「『女性同伴』……?」
…というメモ書きのような注意事項が小さく端の方に書いてあった。
なんだ、これ。どういう条件なの。
私が首をかしげて頭を上げると、書いてある通りです、と彼も困ったように眉を下げた。
「だから誰か女性を誘わないと参加できなくて…」
「成る程ねえ…。ちなみに行かなかったらどうなるの?」
「家からの援助を受けられなくなります。」
「え!?」
私は目をむいた。
今もらってる仕送りがゼロになる…、だと…!?
いやそれはマジでやばい感じでは…?君の家族、何でそんな無茶な条件を吹っかけてくるのさ。
それは必死になるはずだわ、と私は腕を組んでちら、と乾の方を見た。
「大変だね、乾。」
「同情するんだったら参加してください。」
適当に相槌を打つと、乾にピシャリと返された。
…まあ、正論だけど。
「いや、同情はするけどさあ…やっぱり私は無理だよ。今週の土曜、って用事あるし。」
「どうせ大した用事でもないでしょうに。」
「結構ヒドイこと言うね、乾も。」
…殴られるぞ、アイツに。
「とにかく、私は行けません。他の人誘ってよ。」
「俺の女嫌い知っているでしょう、ナツさん。女子の知り合いなんかいませんよ。」
「作ればいいじゃないか、この機会に。」
「………。」
きっぱりとそう言うと、乾は頭を抱えて何やらぼそぼそと呟いた。
はっきりとは聞こえなかったが、『兄と同じことを……』とか聞こえた。なんだろ。
私はふう、とため息をつく。
―店員からもらった水はとうに飲みほした。早く席を立たないとそろそろ店側も迷惑だろう。
そう思って、私は口を開いた。
「じゃあそういうことで――」「ナツさん。」
――と思えば乾に名を呼ばれ、遮られた。
…なんだよ、まだ何か?
私は浮いた腰をもとに戻し、不満を露わに『何?』と問うた。
「どうしても、ダメですか?」
「うん、だから無理だって。」
「なら、仕方がありませんね。」
「そう――」
ようやく諦めたのか、と思って彼の顔を覗いた私。しかし、そのままぴたりと固まった。
―乾は、はいつぞやのように黒い笑みをたたえていた。
…え、台詞と顔が合ってないんだけど。なんだ、なんだこの胸騒ぎ。
訳の分らぬ私が身を固めていると、男は何やら鞄をあさり、また何かを取りだした。
それは。
「…これ、ナツさんが探していた本ですよね?」
「!!?」
一冊の小説だった。
かなり古いものらしく、カバーがよれてしまっているが、その題名を見た途端、私は目を見開いて絶句した。
「それ!」
「昨日、古本屋で見つけたんですよ。」
「マジで!?」
興奮して声のトーンが上がる。
―それは、確かに私が長年探していた長編SF小説の最終巻に相違なかった。
10冊以上あるシリーズ物で、私は一巻から順に読んでいたのだが最終巻だけがどこの本屋にも図書館にもなかったのだ。
詳しく調べるともう絶版になっていて在庫が残っていないのだとか。
ネットで探しても売っていなかった。
ああ、もう駄目だ。一生読めない運命だったんだ……と数年前から諦めていたのだが。
まさか……まさかこんな所に実物が!!?
「…い、乾!それちょうだい!」
「嫌です。」
「う、いやタダとは言わないから!売って!」
「嫌です。」
「………。」
スッパリキッパリと一刀両断する乾。対して、悔しさのあまり歯噛みする私。
く…!私がどれだけその小説様(崇拝のあまり様付け)を読みたがっていたか知ってるはずなのに!
君ってやつは!
「い、言い値で買うから!」
「俺、お金には不自由してないんですよね。」
「…ちっ。」
思わず舌打ちする私。
そうか、こいつは坊っちゃんだったな。苦学生の私にはそんなこと嘘でも言えないわ。
…少しは恵んでくれよ。
「じゃあ…「俺が言いたいこと、分かってますよね?」
突然の乾の発言に、じくり、と胸に広がる嫌―な予感。
今までそっちに話を持っていかないよう気を逸らし続けていたのを彼は気付いていたのか。
…気付いていたんだろうなあ。
私は引きつった笑みでソレを迎えた。
「…何のことでしょうか?」
「またまた。しらばっくれようったって、そうはいきませんよ。」
「やだなあ。しらばっくれるとかそんな物騒な言葉。御曹司が使っていいものかしら。」
「ははは。明日廃品回収に出しましょうか、これ。」
「やめろおっ!」
瞬時に素に戻って声を荒げる私。それに比べ乾は……あらやだとってもいい笑顔。
私を弄るのが楽しくて仕方ない、と言った風に彼はニヤリとした笑みを貼りつける。
「では、ナツさん。パーティ行ってくれますよね?」
「………。」
ほら、もう決定事項の最終確認、みたいな口調だし。
私が餌(小説)に食いつかないはずがない、とか思ってるんだろう。
いや、そうだけど。思いっきり食いつきますけど。
でもさあ、こういうのって俗に言う脅しっていうかキョーハクっていうか。道徳的にあまりよろしくない行為だと思うわけよ、私は。
つーか、こんな話前日に急にされても困らない人の方が少ないって…
「い・き・ま・す・よ・ね?」
「……ハイ。」
終には思考までも遮ってくださった乾サマ。
私は迫力、気迫、その他人外のパワーに気圧され、呆気なく頷いてしまった。
…もうやだ。聖悟みたいなドSはもういいのに。
フラグってこんなに簡単に立つものなの?…主に死亡フラグだけど。
私は待ちうけるだろうもう一つの死亡フラグを想像し、深いため息をついてしまった。
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