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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
95/126

05




――天辺で立ち止まっていた太陽が大分傾いてきて、日も陰りだす。

二人の男は影を背に立ち尽くしていた。


聖悟はふん、と鼻をならし、一旦会話を区切った。そして、また口を開く。


「でも、嘘ばっか撒き散らしてたら、何が本当か分からなくなるだろ。」

「まあ、そうだね」

「…いや、それが狙いか。本当のことを隠すために嘘を吐くのか?」

「…………。」

「だから、『別れさせ屋』なんて仕事、してんのかよ。」

「…ぴったり、でしょ?俺には。」


自嘲気味に薄く笑う俺。


不本意ながらも磨き上げられた『嘘』を扱う能力は、人の心を操るのにピッタリで。

恋なんかできない俺がする仕事としてはまさに理想的だった。



「嘘をついていれば、気持ちを殺すことができる。俺にはこの道しかなかったんだ。」



『嘘吐き』となった理由は、元をたどればここに尽きる。

苦しんで、でも他に選択など無くて。

だから、自分の気持ちを押し殺し、隠し通すことを選んだ。

結局は、逃げたも同じことだ。


―改めて省みるとなんて無様な男だろうと思う。

しかもこんな、カッコ悪い告白。自虐、といっても相違ないだろう。


俺は急に、自分で自分を笑い飛ばしてやりたくなった。

―こんな俺を、聖悟も笑うだろうか。



「嘘、だな。」



しかし、男は真剣な表情で俺を見る。

…いや最早睨んでいる、といレベルだ。眼光の鋭さは増すばかり。

俺の背中にひんやりとした汗が伝ったのが分かった。


「なんだって?」

「お前、妹が好きだって気持ちを、本当は消したくないんだろ?」

「―違う。」

「目が泳いでるぞ。」

「…それでも違う。こんな気持ちを捨てるために、嘘を吐いてるんだ、俺は。」

「ふーん。」


聖悟は、自分で聞いたくせに興味なさそうに軽い返事を返した。

その不遜な態度に俺はムッとし、彼の方へ一歩、歩み寄る。

口を開き、



「お前に何が――」

「別に、いいんじゃねぇ?無理に消さなくても。」



―だが、言ったセリフは瞬時に遮られた。


「――は?」


思わず、疑問を声に出す。


「なんでそう、自分が苦しい道ばっか取るんだよ。感情なんて、押さえつけたところで逆効果だろうが。」

「………っ、」


聖悟はあーもう、とじれったそうに頭をガリガリ掻く。


――どいつもこいつも。何故もっと単純に行動しようとしないんだ?



「どうせ消せないんだったら、背負えよ。」



少し身長が高い彼は淡々と言葉を零す。俺は絶句しながらそれを見上げた。


―そうだ。感情は、消せない。褪せることはない。それは、何度も思い知らされてきた。

でもだから、いっそのこと背負え、だと?

…そんな簡単に行くわけないだろ。


「…ふざけんなよ、無責任なこと言いやがって。それが出来てたら苦労しない。」

「…馬鹿か、お前。簡単なことだろ。」

「っ何が、」

「自分の心に『嘘』吐かなきゃいいんだよ。」


彼はあまりにも簡単に言い放った。耳がそのちょっと低い声を受容した途端、俺は目を見開く。


「…いや、別に俺は禁断の恋だの、すぐに告白しろだの、推奨しているワケじゃないぞ?」

「…………。」


数秒自分の言ったことを思い返し、慌ててそう訂正する聖悟。俺は黙って先を聞く。


「そんなこと出来るわけがないだろうし、軽々しく『頑張れ』とか言えないけど――」


ふいに色素の薄い瞳が俺の目と合う。強い意志を秘めた目を、俺は何も言わずに覗く。



「…『嘘吐き』でいたいならそれでもいい。でも、他人を傷つけてまでお前の『真』から逃げるなよ。」



国崎聖悟は、新井山拓史に向かって、そう言った。


乱暴で突き放したような文句。怒ったような口調はどこか子供っぽくて笑ってしまう。

聞いてて恥ずかしいくらい、真っ直ぐな台詞をためらわずに言う男。

それも高校時代の時とはまるで別人なのに、お互いもう成人するという年なのに、やはり変わらない芯の強さを感じて。


悔しいけど

―やっぱり聖悟はかっこいいと思った。



まるで『嘘』をついていたこと自体、馬鹿らしくなってくるような彼の主張。

当り前そうに言ってるけど、でも。俺にとっては青天の霹靂。

自分の心まで嘘を吐くな?本当のことを隠さなくていい?


――何だよ、ソレ。


でもなんだかおかしくなって、途端に笑いがこみ上げてきて

俺は


「く、くくっ……」


我慢できずに喉をならして笑ってしまった。


「…何だよ。」


聖悟は不機嫌な顔を作り、俺をジロリと覗く。


「…聖悟、すっごい臭いセリフ言ってんの、気付いてる?」

「…っせえな。場合によっちゃこういうのも有効なんだぞ?那津を落とした手だしな。」

「ああ、何となく分かる気がする。」



―全く理にかなってない。言ってることは無茶苦茶でもある。お前の話は夢想に過ぎない、と反論できる余地もある。

―でも、この男がそう言うと、信じてみたくなるから不思議だ。

…本城那津さんも、コレで落とされてしまったんだな、きっと。


―理屈じゃない。こいつの言葉には力がある。



「じゃあ、俺は『正直者』になれっての?」

「いや?さっきも言ったけど、全部さらけ出せとは言ってねぇよ。嘘も時には必要だしな。」

「じゃあ、なに。どういうこと?」

「『嘘吐き』の反対が『正直者』とも限らないってこと。」


聖悟はクク、と声を押し殺して笑った。俺は言葉遊びのようなヤツのセリフに翻弄されるばかりで、頭の中に疑問符を並べ立てる。


「そうだな。『嘘吐き』でもないけど『正直』でもない。

ウソツキの反対の『アンチ・ライヤー』で、どうだ?」

「……や、どうだ?って、何その呼び名。しかも英語の文法合ってんの?」

「知らん。でも語呂はいいだろ。」


ニッと口角を上げた聖悟の綺麗な横顔。俺もつられて苦笑を洩らした。



―――



「さて、…うわ、もうこんな時間か!」


ふと視線を向けた腕時計を二度見し、聖悟は声を上げた。俺も携帯を開くと…先程の騒動より長針が二週ほどした時刻。

確かに、『こんな時間』だ。…どんだけ話しこんでたんだ。


「んじゃ、俺、那津が待ってるから帰るわ。じゃあな拓史!」


聖悟は即座にくるりと後ろを向き、自宅に帰ろうとする。

…って、早!


「え?あ、おいっ!待てよ、言い逃げ!?」

「ん?まあ俺はもう満足したし。」

「自己満!?俺の話は!?」

「なんだよ、ちゃんと聞いてやったからいいだろ。」

「っでも!」


追いすがろうとする俺に、聖悟はぴっと人差し指を突き付け、制す。また、ニヤリと口を歪ませたのが見えた。


「―素直になれよ、アンチ・ライヤー。

お前に未来は無いかもしれないけど、もう少しやりようはある、そうだろ?」

「―!」


間近で響いた彼の言葉に、俺はぴた、と動きを止めた。

フッと不敵に笑った男が視界に入る。聖悟はそのままひらひらと手を振りながら、足早に去って行った。

俺は茫然とその背中を見つめるだけだった。



―――

――



PLLLL……PLLLL

ピッ


「…ああ、俺。拓史。」

「ん?ああ、やっぱ無理みたい。うん、……うるさい、ちゃんとお金は返すってば。」


そう任務失敗を告げると、苛立ったように罵詈雑言の限りを尽くす女。

だが、俺はその大部分を聞き流し、



「…国崎聖悟は、本城那津に本気だよ。あの二人引き裂こうとか、絶対無理だね。」



最後に電話口の相手にそう言い捨てて、通話を切った。


「ふー、」


携帯電話をポケットに突っ込み、ため息をつく。


――そう、絶対、無理。

電車の改札前の看板に背をあずけ、ぼうっとさっき聖悟が言ったことを思い返してみた。



*************



「ねえ、聖悟。」


別れ際、俺はおもむろに話を切り出した。どうしても聞きたいことがあった。


「ん?」

「ナツさんが好き?」

「好きだ、愛してる。それがなんだ?」

「…即答?」

「当たり前だろ。俺はお前と違って自分に正直なんだから。」

「…ふーん。」


まったく自重もせずにキッパリ言うこの男がある種うらやましく思えた。

そして、そんな風に愛されてるナツさんもうらやましい、と。


「…どこが好きなの?」

「別に、分かってもらわなくてもいい。」

「教えてよ」

「じゃあお前は那津のことどう思う?」


そう言われて、俺は少し考える。

―ナツさんねぇ。


「…うーん、およそ普通の女、とは言い難いね。彼氏の恋バナ聞いても全く反応しないし、俺に押し倒されても顔は赤かったけど平気そうだったし―――って!」

「やっぱ、もう一発殴らせろ。」


NGワードを出してしまった俺。途中で目の据わった聖悟が拳骨を振りおろしてきた。

―もう殴ってるし!


「勘弁してって!まだ話終わってない!」

「なんだ。」

「…えっと、不思議だった。人の変化にすぐ気付くし、雰囲気ガラッと変えるし。」


あと何より――


「そう、こころが綺麗だと思った。」

「…何だ、分かってんじゃねぇか。」


その言葉に少し目を丸くし、ニヤッと笑う聖悟。

すっかり機嫌を良くしたようで、照れたように俺の頭をバシバシと叩いた。


「いい女だろ?あんな女二人といない。飽きないし、面白いし、可愛いし。一緒にいて落ち着くんだ。

俺はアイツが一生好きだと思う。」


そう愛おしそうに話す聖悟の顔は本当に穏やかで。

その愛情を惜しみなく受け取っている那津さんも同じ気持ちで。


「…なるほどね。」


―この幸せそうなカップルを壊すのは誰が何をやろうと、ダメだった、と。改めて確信したのだった。



*****************



「……ふっ、」


回想を止め、手をかざして顔に影を作る。覚えず口が歪み、自嘲する。


――ナニやってんの、俺。

聖悟と彼女を別れさせるつもりが、自分の秘密暴露して、挙句説教じみたアドバイス貰って。

……こんなに心が軽くなってるなんて。


―実の妹を好きだ、とか。


この余計な、煩わしい恋情なんて捨ててしまえばいい、と思っていた。

つぶして、失くしてしまえばいい、と。


そうして『嘘吐き』のまま、変わらずに生きるつもりでいた。

―が、


『嘘吐き』でもなく、『正直者』でもなく。自分の心には素直な『アンチ・ライヤー』。


そんなものになれと、聖悟は言った。素直になって、感情の中から救われればいい、と。

―簡単に言うよなあ、全く。


今でも当然、気持ちを言うつもりは毛頭ない。多分、一生。

それでも。



「…ねぇ、俺はまだお前を好きでいていいのかな、……裕乃。」



ぽつり、と呟いたのは愛しい人の名前。


―許されざる恋は、俺を締めつけ、苦しめる。

…でも、もう少しだけ。諦めを俺が学ぶまでは、『嘘吐き』ではなく『アンチ・ライヤー』として生きてみてもいいかもしれない、と思った。


…なんて、俺もだいぶ聖悟に毒されたな。はは。



ホームに電車が到着する。白線を飛び越え、鉄の塊に乗車。

車窓越しに見上げた青空は清々しいくらい澄んでいた。




END



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