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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
94/126

04




―え、あれ、

なに、が、起こった?


そのまま重力に逆らうことなく落下した身体は、ソファからだいぶ離れた窓ガラスにガンッと背中をぶつけた。

その瞬間が訪れても全くなにが生じたか理解できない俺の脳みそ。思考が、しばし止まる。


「~~~っつ、」


その後に頭と背中に訪れたズキズキとした痛み。俺は頭を抱えてうずくまった。

…いや、痛い。なんだこれ、半端なく痛い。


「…おい、立てよクズ。」


―と

そこに響く、男の低い声。かなり怒気を孕んでいる。

あまりのプレッシャーに圧倒されそうだったが、とりあえず片目だけ開いて状況を確認しようと努力した。

―そこには。


「とっとと立てって言ってんだろ拓史ぃ!!」


―怒り狂う友人、国崎聖悟がいた。その腕にはナツさんを抱えている。

ダン、と脅すように地面を踏みならし、俺を冷たい目で見下す彼。ゾク、と背筋に冷たいモノが走った。

―え、嘘。なにコイツ、魔人?


「っが!」


…なんて考えてたら腹にもう一発ローキックが入る。

これも相当痛い。

うめきながら目線を合わせたとき、彼は端正な顔立ちを歪ませてもの凄い形相をしていた。


「ナニしてくれてんだ、テメェ!!俺の那津に手ぇ出したらどうなるか分かってんだろうな!」

「―ちょ、聖悟待った!タンマ!ストップ!!これ以上やったらヤバい!!」

「離せ那津!殺しはしねぇ、手足の2、3本折るだけだっ!」

「や、それアウト!アウトだから!私、警察呼ぶハメになるから!」

「ちっ、ならさっさと説明しろボケ!」


怒鳴り声と共にもう一度ガンッと蹴りあげられ、俺は息を詰まらせる。

…マジで怒り狂ってるな。てか、こんなに怒ってる聖悟見るの、初めてだ。いつもの紳士面はどうしたんだよ、この野郎。

高校時代とは別人、ってくらい鋭く俺を睨みつける聖悟の姿に、俺は生命の危険すら感じながらも何とか上体を起こした。



「……っは、聖悟、容赦ないな……」

「ほー、まだそんな無駄口叩ける余裕があったか。もう一発、いっとくか?」

「も、だから、ほんと止めて。聖悟怖い。」

「コイツが悪いんだろ。」

「…………。」


ナツさんが聖悟を必死でなだめているのを横目に、俺は無言で立ち上がり、ソファに座る。

――ああ、身体痛い。バキバキいってんだけど、大丈夫なんだろうかコレ。


「――で?」


言いながら聖悟もどっかりと俺の目の前のソファに腰をおろした。隣にはもちろんナツさんを置いている。


……心なしか、彼女も顔色が悪い。…どんだけ恐れられてるんだろう、聖悟。



「何を、やって、いたのかな?」

「……………。」



―まあ、俺も十分怖がっているけどね。

ナニ、コイツの笑顔。

笑ってるくせに笑いかけられてる感が全くないって、どういうことだよ。



「…何やってたか、知りたい?」



そして。

―それでも睨み返してしまう俺は、単なる馬鹿なんだろう。


「は?なんだ、それ。」


聖悟はつり上がった眉にしわを寄せ、俺を睨む。俺は挑発するように口角を上げた。


「いや、ちょーっと俺からは言いづらくてね。」

「んだと、コラ。言えないことでもしてたのか!」

「さあ、どうだろ。」

「だーっ!落ち着いてってば聖悟!タクシーさんもそんな風に挑発すんのヤメテ!」

「…だって、言えないようなコト、してたのはホントでしょ?」

「――っ!」

「ああ?」


ぴた、と動きを止めるナツさん。怪訝そうに眉をひそめる聖悟。

そのどちらにも似ず、対照的にニヤリと笑う俺。

―そうして、



「俺、ナツさん気に入っちゃった。ナツさんも満更でもなさそうだしさあ、聖悟、くれない?」



―俺はまた、嘘を吐く。

ぴた、と息を止めたように動かなくなる空気。



「聖悟もさ、女好きってわけでもないでしょ?また彼女作ればいいじゃん。ね?」



そう、明らかに馬鹿にしたような口調を含ませて毒を撒き散らした。


―俺の台詞は完璧。意味深な発言は必ず男女を疑心暗鬼に陥れる。

そんな彼氏彼女を今まで何人見たことか。


――さて、アンタらはどう出るかな。

これだけですっぱり別れてくれるとは思わないが、関係に何かしらの波紋は生むだろう。


そうしたら俺の、『嘘吐き』の勝ちだ。



―そのはずだったが、


「……なに言ってんだ、拓史。」

「え?」


対する男の反応は、俺の予想していたものとは全く違い、聖悟は呆れたように肩をすくめ、ジロリと俺を睨みあげる。


「那津は俺のモンだ、絶対やるわけないだろ。」

「いや、でも――「つーか」

「お前なんかが、那津を扱えるわけない。」


そう続いた聖悟の言葉に、俺はしばし思考を停止させる。そして怪訝な顔を作った。


「……どーいうこと?」

「だから、お前が那津と付き合えるワケないっての。」

「……?」

「あのな、拓史。」


はあ、と一旦息をつく聖悟。



「那津はな、俺の告白断って『大っ嫌い』とか言って、散々逃げ回った女だ。俺が走り回って部屋まで押し掛けて、やっとのこと手に入れたんだぞ?拓史程度になびくハズ無いだろうが。」

「…は?」


突然そんな苦労話のようなモノを聞かされた俺は、口を無様に半開き、唖然とした。


…ちょっと待て。告白したの、聖悟からだったのか?

いや、てか、断った?で、逃げた?

聖悟が追っかけて捕まえた?

あの聖悟が?ナツさんを?

えええ??


「あー、そんなこともあったっけ。」


俺が混乱していると、ナツさんはぼんやりとつぶやいた。


「他人事じゃねぇ。ホントにお前は面倒なことさせやがって。」

「だって諦めてほしかったんだもん。」

「は、"だから"、諦めなかったんだけどな。」


ナツさんの肩を抱きながら顔を合わせ、ニヤリと笑う聖悟。見るからにラブラブな雰囲気だ。


――って、おい、

いやいや、ちょっと待てよ。


「は?仮にも浮気されたんだよ、聖悟。許せんの?」


何で俺の話を全部スルーしようとしてんだ。もっと色々突っ込む所あるだろ!つか、突っ込め!


「浮気?お前がそう言ってるだけだろ?那津がそんなことする訳、ない。」


―しかし、聖悟はどこ吹く風で、ケロリと言い放つ。あまりにも自然に振りかざされる言葉に、俺の方が呆気にとられてしまった。

そして。



「もし万が一そんなことが起こっても、…もっかい連れ戻して惚れさせる。そんだけだ。」



国崎聖悟はそんなカッコイイ台詞を、これまた男前な表情で、ためらいなく言い切った。


それは、笑い飛ばされそうなくらいくっさい台詞。でも、この男が言うと嫌に絵になった。

そして。そのひとことで、俺は確信した。

―認めざるを得なかった。


――ああ。これは、マジだ。

あの聖悟が、マジでこの人に惚れてるんだ、と。


どこか絶望に似たその感情。でもどこかしっくりきたのも事実で。

…もしかしたら、この『ナツ』さんだから、なのかな。とも思った。


「つか、那津。俺言ったよな?もしお前が浮気なんかしたら――」

「……『相手をボコボコにしてから後でお前には身体に聞く』?」

「は、よーく覚えてんじゃねぇか。」

「忘れたらまたヒドイことになるからね。」


言いながら肩を落とすナツさん。

……いや、なんつー恐ろしい約束してんだ、このカップル!

だからか、この聖悟の余裕は!?


「……だから言ったでしょ、タクシーさん。私も君もタダじゃ済まないんだってば。」

「……みたい、だね。」


ひそひそと小声で話しかけてきたナツさんに相槌をうつ。彼女も、やはり平生と変わらず、俺と普通に接してきた。

すると聖悟はすかさずナツさんを引き寄せて、ずいっと俺に詰め寄る。


「分かっただろ?俺ら超ラブラブなの。」

「わ、前にも言ってたね、それ。」

「事実だろ?」

「…実際の人物・団体・事件などにはいっさい関係ありません。」

「んだと、コラ。」


二人は楽しそうに会話を繰り広げる。…俺もいるってのに、全く気にならないようだ。

その光景に俺は一瞬目をつむり、ぼそりと呟いた。



「…悪かったよ。」



…分かった。――俺の、負けだ。

俺は、潔く白旗を上げた。


…いかに俺が『別れさせ屋』だろうと、俺が離すことができるのはあくまでも普通の恋人たち。

でもこいつら、こっちが入り込む隙もないくらい、色々と超越してるんだもん。


―俺には無理だわ。こんな変なカップル相手にすんの。

俺はもう何も言えなくなって、ただ苦笑した。



――――

―――



「…なあ、拓史。」

「ん?」


その後。

なんだかんだで落ち着いた空気の中、ナツさんの作った昼飯(絶品)をいただいた。

そして俺は、そのまま帰ることになり。玄関で靴をはいていた時、聖悟に声をかけられたのだ。


「なに、聖悟。」

「ちょっと外出て話すか。」

「…うん?」


…なんだろう。まだ怒ってるんだろうかこの男。

すでにボコボコにされた後だってのに、これ以上ダメージ加えられたら俺、帰れなくなるんだけど。

俺は首を傾げながらもとりあえず頷いた。

…笑顔は若干引きつっていたと思うが。



―――



「何であんなことをしたんだ?」


そう唐突に聖悟に話しかけられたのは、駐車場隣にある自販機の前だった。俺は彼に視線を向けずにプシッとプルタブ開け、安い味の炭酸を流し込む。


「……なに、まだ怒ってるワケ?」

「ま、それもあるが、お前の口からちゃんと聞いてないからな。…理由を言え。」

「……………。」


聖悟と目が合う。サラリと茶髪が風に流されているのを見た。


―ナツさんを襲った理由?

端的に言えば、『仕事』であったから。『別れさせ屋』が俺の仕事。で、アレがよく使う手だったから。


それだけ、言えばいい。

でも、



「ホントのこと言っていい?」



今の聖悟には、何故か嘘を吐く気にならなかった。


「ああ」


短く肯定した聖悟の方をもう一度見る。俺は無機質な笑みを零した。



「…嫌だったんだよ。」

「――は?」



―そう、

依頼とかじゃなくて本当は、



「聖悟に彼女が出来たのが、嫌だった。」



――俺の方が嫌だったんだ。




俺の告白に、聖悟は目を丸くする。そして明らかに嫌そうな顔を作った。


「…何だ、気持ち悪いな。」

「ハハ、そんなこと言うなよ、人がせっかく本音で話してんのに。」

「おい、本気で勘弁しろよ。変態は宏樹で十分だからな。」


―斎藤宏樹、か。

そういや両刀だって噂だったな。…成る程。余程ヒドイ目にあったらしい。

くす、と思わず笑ってしまう。俺がそんなことはない、と手を左右に振ってやると、聖悟ははあ、と肩を落とした。


「…彼女なんか、高校時代にもいくらでも作ってただろ。何で那津なんだ。」


とん、と灰色のコンクリートの塊に背をあずけ、ポケットに手を突っ込む聖悟。俺はまた一口炭酸をぐびっと飲むと口を開いた。


「そりゃ、聖悟。お前が本気じゃ無かったからだよ。」

「……、」


はっとしたように俺を見つめる男。

―気付かれてないと思ってたのか?傍から見ればバレバレだったぞ。

お前が、本気の恋愛してるかしていないかくらい。


「高校時代、お前は女に不自由したことがなかった。でも、本気で付き合った子も、一人もいなかったよな?」

「…………。」


無言、は肯定なんだろう。聖悟は難しい顔のまま低くうなった。


『聖悟は、聖悟のまま、最後まで崩れることは無かった』


―それは、女性への態度も同じで。

何でもこなせるオウジサマの癖に、彼女に、いや女に対してだけ何故か冷めていて。彼女を作ったって、早ければ一月ですぐ別れてしまっていた。


――だからこそ、俺は惹かれたんだ。

……ああ、俺とおんなじだと、安心したから。

だから、



「その聖悟に本気の彼女ができたって聞いたから、壊したかった。それだけ。」



―『本命』が現れたと聞いて、俺は別れさせてやりたい、と本気で思った。

聖悟はずっと、高校時代のままでいればいい。女なんかに心を開かないでよかった。

恋なんてできないままで、よかったんだ。


何故なら、でないと、俺は、


「…なあ、聖悟。叶わない恋をしてるのかって、ナツさんに聞かれたんだけど。」

「…ん?ああ、確かそう言ってたな。それが?」

「あれ、本当なんだ。」

「…は?」


――俺は、一人、苦しみに耐えねばならない。『嘘吐き』になれない。



「なあ、ホントのこと、言っていい?」



俺はまた、先程と同じことを繰り返した。

聖悟が眉をひそめながらも無言で頷くのを確認して、俺は言葉を発した。




「俺、妹が好きなんだ。」




ずっと、隠し続けてきた、嘘にまみれてさせてしまいこんできた、ただひとつの『真』。

俺は目の前の男にそれを暴露した。


「妹…って、はぁ!?」


聖悟はバッと壁から身体を起こし、真剣な目で俺を見る。予想通りの反応に俺はへら、と笑った。


「そ。それをナツさんに見破られそうになってさ、そんでカッとなって襲っちゃったー……なんて。

…聖悟、冗談だって。殴らないで。」

「とぼけんなよ。…本気か?」

「マジだよ。」


…本気でなければどれだけ救われたか。


―幼いころにどっかから貰って来た養子、とか。再婚相手の連れ子、とか。

そんな甘い夢みたいな設定はもちろんなくて。


俺が恋したのは血のつながった、実の妹だった。


―それが、どれだけ苦しかったことか。赤の他人だったら、と何度願ったことか。

しかし、そんな嘘みたいな真は生まれるわけもなくて。



だから俺は、

俺の心までも騙して、

すべてを偽に塗り固めることに、決めたんだ。




「…マジ、ってお前……でも、ああ、…成る程。だから…」

「あれ、あんまり驚かないね?」

「いや、驚いてるけど、色々と納得できる点もある。」


聖悟は驚愕に目を見開きパクパクと口を動かしていたが急に思案顔になり、なにやら呟きながら頷いた。


「……ふーん。」


俺はなんだか面白くない気分でそっぽを向いた。

…思うんだけど、ナツさんといい、コイツといい、聡すぎる。言葉で説明する必要ないんじゃないか?ってくらい。


―いや、あの子が鈍感なだけなんだろうか?

なんて、

彼らとは比べる対象にもならないほど愚鈍で純粋な妹を思い浮かべると、またため息を吐きたくなった。



「…コホン、そんで、お前はまだ……」

「ああ、好きだよ。ずっと。」

「…………。」

「だから、困ってるんだよ。」


自嘲めいた笑みが宙を彷徨い、消える。



―いっそのこと、この想いを感情をすべて

失くしてしまえたら

消してしまえたら

どんなに俺は楽になれるだろう。

でも、消えないから。なくせないから。

―嘘に頼るしかないではないか。



「……嘘吐き。」

「――!」


―と、目の前の男が発した言葉にびくっと、身体が跳ねる。

聖悟は目に不穏な色を湛えて俺を見ていた。


「…だと。那津が言ってた。」


お前、嘘吐きらしいな?と確認のように俺に問いかける聖悟。

―また、ナツさんか。

……ナツさん、マジでアンタは何処の星の住人だ。もしくは心理学者か。カマかけか偶然か知らないが、他人の心を読む訓練でも受けてんのか?


「…お前の彼女、何者だよ。」


俺は肯定の意を示し、そう聖悟に聞く。


「聞くな。俺にもまだ分からない部分が多いんだから。」


俺と聖悟は互いに乾いた笑いを漏らした





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