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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
93/126

03





「…っな、」

「は、よかった。これで顔変わんなかったらどうしようかと思った。」


にこりと笑って、下にいるナツさんを見下す。

相当驚いたようで、ナツさんの目は驚愕に見開かれていた。



「…何がしたいの。」


取り乱したのを繕うように落ち着いた口調で話すナツさん。

まあ、でも動揺してるのが手に取るように分かる。あんまり男慣れしてそうじゃないと思ってたが、アタリのようだ。

―彼女の顔は真っ赤に染まっていた。


「なに、こういうこと聖悟はやらないの?」

「……いや、頻繁にヤルけど。まさかこう来るとは。流石、聖悟の友達だね。」

「褒め言葉、なのかな?」

「勿論。」


にこっと無理矢理笑う彼女に合わせて俺も軽口をたたく。


―あ、なんだかこういう所は可愛いな、と思った。

…なんか、S心がうずくっていうか。あ、聖悟もドSだったけか、確か。


「で、状況分かってるのかな、ナツさん。」

「聖悟の級友に押し倒されました、以上。」

「よくできました、ナツさん。ご褒美はいりますか?」

「じゃあ、離してくれないかな?タクシーさん。」

「それは無理ー。せっかく捕まえたのに。」

「わー最悪だこの人。」


アハハハと、乾いた笑いを洩らし、表面上は和やかなムードが流れる。

…まあ、実際は緊張状態なんだけど。

引いて押しての舌戦に疲れたのかナツさんははあ、とため息をつき、自分の目の前にいる男――俺を見つめてきた。


「……さっきの質問に、答えてくれませんかね。」

「ああ、何がしたいか、だっけ?」

「うん。この状態に何の意味が」

「や、別に意味は特にないけどね。ただやってみたかっただけ。」

「え。」

「ナツさん可愛いし、隙だらけだったからやってしまおうと。」

「つまりは気分!?ちょっと、そういうとこまで聖悟に似なくていいって。」

「まあまあ、落ち着きなよ。マジメな話してあげるからさ。」

「っ!ならどいて…「黙って。」


言うと同時にぴくっと彼女の手首が動く。動揺、かな。それを感じ、あれ?と俺は内心首を傾げた。


―そういえば、抵抗しないな、この女。

緩く握っているのに手で簡単に一回りできてしまう細い手首にも驚いたが、彼女はびっくりするくらい無抵抗だ。


ただ俺を見て、『状況を理解』しようとする。また、俺が次に何をするのかも。

…そこまで考えてるのかどうかは分からないが、大したものだと思う。


なんだっけ、こういうの。…『計算』って言うんだっけ?


――いずれにせよ、厄介なことには変わりない、か。

俺はもう一度彼女を見据え、口を動かした。




「単刀直入に言うよ、ナツさん。聖悟とは、別れた方がいい。」



柔らかく、でも言い聞かせるように、強く。淡々とした調子の自分の声が、やたらハッキリ聞こえた。

ナツさんはそれを聞くと一旦目を閉じ、またゆっくりと開いて俺を見上げてきた。


「……ふうん。」


ぼそりと、自己確認のように呟く。


「…あれ、反応薄い。あんまり驚かないんだ?」

「十分驚いてるけど。もともとこんな顔ってだけ。」

「言うね。」


くす、と笑いを零すと、彼女はこれ見よがしに息をついた。


「……で、理由を聞いても?」

「別れた方がいい、っていう?」

「他に何があるの。」


むっとした表情を作るナツさんは相変わらず俺を真っ直ぐ見上げたままだ。しかしやっぱりこの体勢が効いているのか、先程の余裕は消えている。


――アンタらを別れさせたい理由、ね。ふっと、俺の中の道化師が口角を上げた。


「やだな、俺は親切心で言ってあげてるのに。」

「…どこが。」

「だって、ナツさんは分かってないからさ。」

「……?」

「聖悟とこのまま付き合っていって、傷つくのは貴女の方だよ?」


途端、目を見開くナツさん。絶句、という言葉が似合うくらい何も言えないようだ。


――ああ、ようやく、『喰いついた』。



「さっき、何回も言ったじゃないか。アイツの女癖の悪さは半端じゃないって。」

「アイツには吐いて捨てるくらい、女が寄ってくるからね。女のコなんて、使い捨ての消耗品としか見てないよ。」


ペラペラと『嘘』を紡ぐ俺の口。

軽く、気楽な口調。でも心に重く響く毒。



「俺、聖悟から何人も彼女、貰ったことあるし。」



――犯されろ、俺の『嘘』に。




――彼女は黙った。しかし強い瞳で俺を睨みつけたまま、目の前の、忙しく動く口が紡ぐ話を聞いていた。俺はさらに声を上げる。


「『聖悟の彼女可愛いね、頂戴よ』って言ったら、欲しいならやるよって言ったんだ。聖悟は。」

「…………。」

「それが、一度や二度じゃない。ナツさんだって、そんな風に捨てられてしまうかもよ?」

「…………。」

「ねえ、ナツさん。」


問いかける。それでも、黙ったままの彼女。

その頭で、何を考えているのかは分からない。迷っているのか、俺の話を計りかねているのか。

しかし、


ぎゅっ


「――っ!」


―ここまできたら思考する暇なんか、与えてやらない。

俺は笑顔を貼り付けたまま、拘束していた手を両方とも放し、ナツさんを抱きしめた。

ギシッと重みでソファが沈む。


「っちょ、タクシー、さん!?」


流石に吃驚したのか、ナツさんは大きな声を上げて俺の肩を押し上げようとする。

俺は構わず、さらに回した手の力を強めた。



「――やめなよ、聖悟なんか。」

「……っ、」


耳元で囁いてやると、彼女が息をのんだのが分かった。



「先の見えてる恋なんて、辛いだけでしょ?それなら、俺と楽しく遊ぼうよ。」



――俺は、優しいよ?

ホントウ(・・・・)に。




「………そうだね。」

「ん?」


しばらくして、ようやく腕の中の彼女が話しだす。

やっぱりナツさんは動かずに、大人しく俺の両腕に収まっていた。吐息が胸の上に燻ぶる。


「いつか、捨てられるかもね、私なんか。」


ひとり言のようにぼんやりとボヤくナツさん。俺はしめた、と思った。


「でしょ、だからさ、」

「でも、」


続いた彼女の言葉の強さに、途端に口が動かなくなる。ナツさんは俺を静かに諭すように、言った。


「聖悟が私を捨てても、私から捨てることは無いよ。そんな資格ないし。」

「………」

「聖悟は色んなものを私にくれるし、すごく感謝してる。何より、」



目が合う。俺が彼女の瞳の中に映り込んでいるが見えた。

ドクン、と鼓動が大きく鳴る。



「私は聖悟が好きで、アイツも私が好き。それを信じてるから、別れたりなんかしない。」



ドクン。



「残念だけど、君の思惑通りにはなってあげない。」



凛とした彼女の声が心の臓まで届き、動きをさらに活発にさせた。

―彼女を見下す俺は、今どんな表情をしているのだろうか。

いや、きっと、驚愕に目を見開いているに違いない。


…嘘だ、こんな。

この人は、なんて。


…なんて、真っ直ぐなんだろう。


普通のオンナが武器にする外面の美しさなんて目じゃない。なんて内側の綺麗な女なんだ、と思った。


俺の吐く毒に全く微塵も動揺せずに、ただ『信じてる』と。

男女の感情なんて、漠然として、曖昧な、不確かで不特定なそんなものを。信じる、と言った。


俺はごくりと唾を飲んでカラカラに乾いた喉を潤わした。

しかし、言うべきものが何も、出てこない。ただただ彼女の温もりを感じた。


同時に、打つ手がもう残されていないことに愕然とする。

どれだけ言葉をかさねようが、結局は力を持たない『嘘』など、

―彼女の持つ『真』に打ち勝てるはずがなかった。



――ソファに横たわる男女一組。

―みれば男が女を襲っているように見えるが、実際に追い詰められているのは、男の方だった。

彼の表情は雄弁にそれを物語る。



「…タクシーさんは、さ。」


打ちひしがれる俺に対し、ナツさんは、なおも言葉を紡いだ。音が振動となって俺の身体を震わせる。


「別れさせ屋、とかいうやつ?」

「………。」


眉間に皺が寄り、自分の顔が険しくなる。しかし、もうここまで暴かれてしまえば隠すことでもない。

彼女の言には確信の色がハッキリと見えた。俺は無言で頷いた。


「なんで、そんな面倒なことしてるの?」

「金になるから。依頼人からは相応の報酬がもらえるんだよ。」

「……ふぅん。」


ナツさんはそう言って少し黙った。そして数秒考え込み、また俺に問いかける。


「でもさ、そういうのって、空しくない?」

「は?」

「カップルを別れさせるだけの仕事、でしょ?それって自分も本気の恋愛ができないんじゃないの?」


―まったく、痛い所を刺してくれる。

ナツさんは淡々と、世間話のような口ぶりでいとも簡単に俺を暴いて行く。しかも純粋に質問をしているような感じで。


――本当に、何もんだ、この女。

俺は思わず苦笑を洩らした。


「や、別に?別れさせた女の子の相手とかすることあるし。ナツさん、俺、これでも結構モテるんだよ?」

「…まあ、そんな感じはするけども。違う、私が言いたいのはね、…えーっと、」

「何?」


――ああ、次はなんだよ。何が聞きたいんだ。


最早ボロボロで修復不可能な仮面を片手に、少し苛立ち交じりに先を促す。

ナツさんはうーん、と唸りながらしばらく逡巡する。そして、パッと俺を見上げた。黒縁眼鏡が光に反射して光る。


「えっとね、タクシーさん、君は。」

「ん?」



「叶わない恋でもしてるわけ?」




……一瞬、何を言われたのか分からなかった。


何によって、何を理解して、何が起こって、

――何故。

この女は、ここに辿り着いたのか?

俺の、深淵の、何人にもさらすことを拒んだこんな奥まで。

まったくの偶然だとしても、当てずっぽうの発言でも、


『叶わない恋』なんて言われたことはただの一度も、無かったのに。


俺の頭が真っ白になる。弁解も言い訳も誤魔化しも、得意な『嘘』ですら。

何もかもが使用不可能の状態に陥った。


「あ、図星だったりする?」

「…………。」


――残ったのは、妙な苛立ち。

あっさりと人の心に入りこんで、暴いて、のんきに俺を見上げる彼女。

―そんな無神経な言葉を振りかざして、何がしたいんだ。

……お前に、何が分かる。俺の、何が。


「……!痛っ」

「…………。」


―気付けば、彼女の手首をギリギリと締めていた。

互いの鼻先がついてしまうくらい近い距離で、俺は女を睨みつけた。


「調子に乗るなよ…このまま、襲われたい?」

「……!」


耳元でそう囁いてやる。途端、びくりと肩を震わす女。

今更になって怯えるような仕草を見せる彼女が滑稽に思える。

俺は嘲笑うように顔を近づけ、そして。


「――ん!」


自分の唇を彼女のものに押し付けてやった。




「――んっ!うっ、」


時が止まったように固まった彼女は、一瞬の後に激しく動き出した。

バタバタとせわしなく動く細っこい両手両足。んー!と、口の中で彼女が唸る声がする。


その女の余裕のない表情にいい気になった俺は、抵抗されないようにぐっと腕に力を入れて彼女を抱え込むようにして。

さらにキスを深くし、絡みつくような煩わしい感情ごと、吸い取ってやった。


「―――っ!」


彼女の身体がビクッと痙攣するのがまた愉快で。俺は、喉の奥でクッと笑った。


「――っは!ちょ、はな、れろ…っ!!」


柔らかい唇を堪能した所で、ようやくくっつけていた口を放してやる。すると、ナツさんは開口一番にそう叫んだ。


「いやだね。」

「!っひゃ、ぅ」


耳元で囁きながら耳たぶをぺろっと舐めてやる。


「へぇ、なかなかいい声出すじゃん。」


ほど近い距離の顔を見下し、俺は、ニヤリと笑った。

ナツさんも眼鏡の奥の瞳を潤ませて、こっちを睨む。


「…っ、このヤロ!私に痛いこと突かれたからって、自棄になってんじゃない!」

「…ま、それは認めるけどさ。こっちもアンタのおかげで、計画目茶苦茶になっちゃったから。」

「っ知るか!こんなことして、何の意味が……っ」


顔を真っ赤にして怒るナツさん。


…意味、ねえ。この状況見りゃ、明らかだろ。

…さっきは異様な超能力を発揮したくせに、こーいうトコ、鈍いな、ナツさん。

俺はふん、と鼻を鳴らして笑い、また彼女の耳に口を近づけた。


「ここまでするつもりはなかったんだけど、作戦変更だな。」

「~っ、さく、せん?」

「この体勢のまま、聖悟が帰ってきたら。聖悟はどう思うだろうね?」



――さて、問題です。


『彼女が友人に押し倒されている図』

なんて、帰宅後一番に見せつけられたら。彼氏はどう思うでしょう?



言葉の真意が理解できたのか、彼女はサッと顔の色を変える。

そして、再び暴れ出した。


「――っ!なら、尚更早く離れろ!」

「は、冗談。そんなことするわけないでしょ。」


俺は難なく手や足で抑え込み、彼女の抵抗を制す。

それでも俺の胸を押し返そうとするナツさんは、傍から見ても超必死そうで。俺は笑いながら心では冷めた視線を彼女に送っていた。



―今更保身に走る、か。

今まで見て来た女と全く同じ焦燥の表情、行動。そう、彼女も。


いやだ、嫌われたくない。捨てられたくない。

―誤解されたら、もう終わりだ。


――なんてね。



やっぱりこの人も普通のオンナだったってことか。何故か少しショックを受けていたのは気付かないふりをして、俺はまた口を開いた。


「大人しくしてなよ。聖悟に嫌われたくないってのは分かるけど、そんなん無駄――」

「違う!!私が言ってるのはそうじゃなくて!」

「――は?」


「聖悟の飛びひざ蹴り、本気で痛いから!!」



え?



――刹那。



バタンッ!ダンダンダンッ

ドゴッ!!!



せわしなく何者かが家に入ってきたかと思えば、一瞬のうちにソファに近付き。

まるで鈍器で殴られたような衝撃が左のこめかみ辺りに生じて、俺は瞬く間に空中に吹っ飛ばされた。






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