アンチ・ライヤー
――もしこの想いが嘘に変わるのなら、俺は、世界一の正直者になってやろう。
それが出来ないから、
俺は俺の心までも騙して、全てを偽に塗り固めるのさ。
新キャラ登場。
※先に言っておきます。長いです。
「ねえ、国崎聖悟って知ってる?」
「ん?」
―ベッドから身を起こしたとき隣にいた女にそう言われたのは、まだ早朝と呼ぶにふさわしい時間帯だった。
女の吐く息とともに白い煙がゆらゆらと揺れる。
煙草の匂いが得意でない俺は眉をしかめると、彼女はごめん、と言ってソレをもみ消した。
「…急に、何。」
「んーん。ただ知ってるかなーと思ってさあ。」
寝起きなので少し低い声でそう聞くと、彼女は笑って俺の腕に絡みついて来る。
ソレを見つめ、俺は無言で思った。
――誰、だっけ。この女。
少し痛む頭をもたげ、昨日のことを思い返す。
―ああ、そういえば昨日、友人の紹介かなんかで会ってくれって言われて……一夜過ごして…今に至った、っけ?
…まあ、いつもの感じだ。問題ない。
「…ちょっと、聞いてるの?」
「ん、聞いてるよ。ちゃんと。」
笑顔でそう呟き、女の頭を撫でてやる。嘘でも頭撫でて笑ってやれば女は安心するものらしい。
―ほら、この人もすぐ笑顔になった。
今回限りなわけだし、印象は良くしておいた方が都合がいい。俺のヤサシサってやつだ
「国崎 聖悟、ねえ……そいつがどうしたの?」
―それはさておき、今、とても懐かしい名前を聞いた。
興味津々、と言った風に女に問いかける。
「あ、やっぱり知ってた?」
「うん、そうだね。高校の時の同級生だよ。」
―いつも飄々として愛想が良い。しかし雲のように掴めない、茶髪の男。
高校卒業以来一度も会ってはいないが、一応、友達と呼べる関係だったはずだ。…一応。
へー、そうなんだ、と呟いた女は、派手に飾り付けたネイルを覗きながらまた話し出す。
「あのさ。彼、最近、彼女ができたんだって。」
「へぇ。それが?」
「それが、全然釣り合ってないダッサイ女で、気に喰わないんだってさ。みんな言ってる。邪魔だって。」
「へぇ。それが?」
「…分かるでしょ?」
「さあ?何のことだか。」
女はちょっとムッとした顔を作るが、俺はニヤニヤしながらその先を促した。
―まあ、分かってるけど。
「――盗ってきてよ。」
女の目がギラリ、と一瞬鋭く光る。俺の腕をぎゅっと握って圧迫し、拘束する。
怨念?のような禍々しいものを感じ、背筋がぞくっとした。
―ほら、女はこういうことを平気でするから怖い。男よりか、随分と狡猾に出来てるんじゃないかな。
俺は口角を上げた。
「…くっ、なんで俺がそんなことしなきゃなんないのー?」
「…噂、聞いたから。」
「ふうん。」
それがどんな『ウワサ』なのかは敢えて聞かない。つーか、聞かなくても分かってるし。
強いて言えば。結構、名が通ってきたのかな、と思ったくらい。
「だから、お願い。別れさせてきてよ。」
「ハハ、『みんな』ってのは君が筆頭なんだね?」
「~~!!」
図星のようだ。彼女は羞恥か怒りか、カッと顔を赤くさせた。
「~っ、そういうことよ!いいから、やってくれる?」
「ま、いいけど。いくらで?」
少しヤケになったような口調で依頼されると、俺はすぐさまこう返す。すると彼女は眉を吊り上げ嫌そうな顔を作り、俺を見返した。
「何、お金取るの?抱かせてあげたのに。」
「俺、お金しか信じない人だから。」
「…まったく、酷い男。」
女はふんっと不服気に鼻を鳴らし顔を歪めたが、しぶしぶベッドの脇に置いてあったバッグをとった。そして、突き出される福沢諭吉。
「これくらいで、いいでしょ。」
「ん、ありがと。」
俺は笑顔でそれを受け取り、数える。
いち、にー、さん……
……お?
「あれ、こんなに?」
「ま、臨時収入が入ったから。」
「へー。」
「その代り、しっかりやってよ。…手段は選ばないわ。」
「はいはい。」
おっかねぇ。どこのマフィアのつもりなんだか。
俺は苦笑しながら起き上がる。手早く服を着、手にした万札を無造作に財布の中に突っ込んだ。
「じゃ、そろそろ行こーかな。」
まだ朝早い時間だが、ここにいてもそうやることはないし、この女とこれ以上いると危険な感じもするし。
「あら、もう?まだ早いんじゃない?」
「んー、もう始発は出てると思うし。…用もできたし、ね。」
「ふふ。そうね。」
そう言うと、女は目を細め、口元に弧を描いた。
「じゃ、またね。………拓史。」
「うん、またね。」
――その時は来ないと思うけど。
俺は貼り付けた笑顔を見せながら背を向け、ホテルを後にした。
――――
―――
――国崎聖悟と初めて出会ったのは、俺が高校2年生の時だ。初めて同じクラスになった時、その存在を知った。
いや、1年時から彼はそれはそれは有名だったから噂はそれなりに聞いていたが…
実際見てみると、まあ、男の俺から見てもいい男だと思った。
成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗。
ヤツは何でも出来た。出来ないこと何かないんじゃないか?ってくらい。
しかしそれを自慢することも嫌みな性格でもなく。友人もたくさんいたようだし、先生からの信頼も厚い。そして当然のように、モテる。
そんな、欠点を探すほうが難しいと思えるような男に、俺は近付いた。
……なんとかその少ない「欠点」を探してやろうと思って。まあ、俺も若かったってことだ。
『国崎、聖悟くん?』
『そうだけど、何?』
『疲れるでしょ、毎回優等生やってるとか。』
『いや、別に?』
『たまには発散したい、とか思わないの?』
『バスケとかやってるし、そうストレスは溜まってない。』
『女の子と付き合いたい、とかは?』
『不自由してないけど。』
『(…この野郎………)』
初対面の会話は確かこんな感じで。
―結局、何でもさらりと返されてしまって、笑顔で睨みあったまま膠着状態だったっけ。
突っ込んだ質問してもまったく堪えてない様子だったし。
――そうやって。ずっと、完璧に、彼は彼のまま崩れることはなかった。
―ムカつくヤツ、と最初は思ってた。
でも、しばらく付き合ってみると不思議と彼に惹かれた。
それは――――
「…お、ここか。」
俺はぴたり、と足と思考を止め、目の前にそびえるマンションを仰ぎ見た。
「…すっ、げー……」
目の前の建物を見上げ、俺は思わず感嘆の声をもらした。
みた感じ、とても一介の大学生が住んでるとは思えないほど綺麗なイイ物件。
…いいとこ住んでるんだなー。
ぼろアパートに住んで今年で二周年の俺にとっては、まったくうらやましい限りである。
「さて、と。行くかな……」
俺はひとしきり眺めた後、書き留めてもらったメモを片手にそのマンションへと足を進めた。
――そう、国崎聖悟宅に。
――――
―――
ピンポーン。
5階、奥から2番目の部屋。―聖悟の家だと言われた住所は、確かにここだ。
そう確認した俺は、特に何も考えずインターホンを鳴らした。
…まあ、約束も何もしてないけど、しかも会うの久しぶりだけど。
…何とかなるだろ。
基本的に人を邪険には扱わないヤツだったから。まだ朝早いから出かけてもいないだろうし。
―なんて、そんな風に楽観的に考えていた。
すると、
「……はい、誰――」
声が聞こえ、しばらくしてガチャリと扉が開いた。
―出てきたのは、寝起きらしく髪が所々跳ねてる国崎聖悟、本人だった。
…一目見て、高校時代とあまり変わってないな、と思った。
相変わらず背は高いし、お顔も憎らしいほど整ってるし、ボサボサ頭にも関わらず漂うイケメンオーラも健全である。
記憶の中の彼とあまり変わらない姿に少し懐かしさを覚えながら、俺はぱっと笑顔を作り、手を上げる。
「あ、聖悟?久しぶりー。俺、覚えてる?」
「……ん?…ああ、拓史か?何の用だ?」
「や、別に特に用事は「なら帰れ。」
瞬時にバタン、と鼻先で閉められるドア。
――ん?
――え、あれ?ちょ………締め出された?俺。
「…っおい、聖悟!?」
少々思考がトンだ後、ハッと我に返った俺は慌ててドンドンと目の前の扉をたたく。
「うっせ。近所迷惑だろうが。」
「なら、入れろよ!」
「こんな朝っぱらから、しかも何の用もなく訪ねるお前が悪い。」
…いや、それは正論だと思うが!
「何だよ、高校時代の友人がせっかく訪ねて来たってのに!!」
「だから、用件を言えよ。」
「ちょっとこの辺に来る用があったから寄ってみたんだっての。いいから上がらせろー!」
「迷惑だ、帰れ。」
ドアの向こう側から聖悟の淡々とした声が響く。
…どうやっても家に上がらせる気はないらしい。俺はちっと舌打ちをした。
…おかしい。この男、高校時代は友人付き合いが良かったハズなんだが…大学に入って変わった、ということなのか?
いや、――ということは、何か他に理由が?
「なんだ、誰か中にいるのか?」
「……いや、別に。」
そう思ってカマをかけてみると、数瞬後、聖悟から何とも曖昧な返答が返ってくる。
―あ、当たりっぽいな。しかもこの様子だと多分――
「…聖悟ー?誰?」
「っ!おい那津、出て来るなって言っただろ!」
「何で?てか、玄関でそんな大声で話すの止めてよ。迷惑でしょ、近隣の人も。」
焦ったような聖悟の声と、少し低めの女の声。
次にそう扉越しに繰り広げられた会話を聞き、俺はニヤリと笑った。
…ラッキー。例の彼女、だ。
「もしかして、聖悟の彼女さんですかー!?」
少し声を大きくしてそう叫ぶと、そうですよーという気の抜けたような声と、特大の舌打ち(多分聖悟による)が聞こえた。
―ま、もしかしなくてもそうだよな。部屋に入れる女なんて彼女くらいのものだ。
…付き合って、まだ数ヶ月だったけか?仲がよろしいことで。
「で、どちらさまですか?」
「俺?聖悟の高校時代のゆうじ…「他人だ。全く知らないヤツだ。だから入れる必要はない。」
ドア越しの声にそう答えると、聖悟が割って入ってきた。
―他人て。ひでえ。
「ちょ、聖悟、勘弁しろって。せっかくここまで来てやったのに!」
「頼んでない。帰れ。」
「聖悟、友達でしょ?上がってもらいなよ。」
「那津、お前は黙ってろ。」
「ほらー!彼女さんもそう言ってるし!」
「便乗するな、ウザイ。ここの家主は俺だ。」
頑として扉を閉ざしたまま帰れ帰れと繰り返す聖悟。
ちっ
本日二度目の舌打ち。
てか、扉の前で笑顔作ってるのキツイ。段々いらいらしてきた。
―ガード固すぎだろ。そんなに俺が家に入るのが嫌なのか、もしくは彼女に会わせたくないのか……
……両方かもな、うん。
―しかし、絶好のチャンスだ。無理にでも押しとおしたい。
聖悟をどうにか口説き落とすか、強硬手段か。
さて、どうやって入ってやろうか………
しかし。思考を張り巡らせていると、ふいにがちゃっと音をたて、ドアが面白いくらい簡単に開いた。
「え」
俺と聖悟の声が重なる。
―開けたのは、彼女さんだったらしい。外側に開いたドアの前で憤慨する聖悟が見えた。
…その横でドアノブを持ちながら涼しい顔をしている女性も。
「おい、那津。何開けてんだよ!」
「まあ、いいじゃないの。はい、どうぞ上がってね。」
「あ、あざっす。」
「馴染むの、早え!」
「五月蠅い、聖悟。朝食抜きにするよ?」
「!!」
…そこで聖悟はぐうの音も出せずに黙り、会話は終了。
その様子を横目で見ながら、俺は靴を脱いで玄関を跨いだ。