奇妙な夜
しばらく互いを見つめ合う私たち。
…うん、何度見てもヤツはそこに実在していた。つーかこんな顔が2人も3人もいるもんか。
私の目の前には、国崎聖悟がいた。
何を言えばいいか分からなくて、数分ボーっと立ち尽くす。
なんだか微妙な雰囲気を壊したのは、国崎からだった。
「お前、」
「ひっ!?」
うはっ、また変な声出た。オーラが怖いって国崎さん。
「…逃げてばっかだよな。あの後、俺ら大変だったんだけど?」
低い声で脅しつつ、私を睨む彼。
―そんなん知らんがな。私は私でいっぱいいっぱいだったんだから。
「…もう、私のことは放っといてって。」
「イヤだ。」
「…何で。」
「俺らに気に入られるなんて、そうそうないことだぜ?光栄に思えよ。」
何様だよ。俺様かよ。
女子はみんな、君らに気に入られるために動いてるとでも?バカか。
「……そりゃ、どうも。余計なお世話で。」
「可愛くねぇ。」
「自負しております。」
無駄な会話もそこそこに打ち切り、私は立ち上がった。
そして飲みもしなかった缶コーヒーを片手に去ろうとする。
「オイ、待て。」
…途中で止められたけど。ちぇ。
私は仕方なく振り向いて国崎を見る。
私は無表情。ヤツも、無表情。両者とも何も言わない。
「…どうしてここに来た?やたら早かったけど。」
しばらく睨みあっていたが、結局私が根負けした。肩を落として国崎との会話を続行する。
…早く帰りたいな。
「こっちに走ってったって、聞いた。俺は車で追いかけてきた。」
おー大学生でもう車持ちですか。いいご身分で。
…ってそうじゃない。私が聞きたいのは、だな。
「どうして、私を追ってきたかって、聞いてんの。」
「…ムカついたから。」
………は?
「1発殴りに来たってこと?」
「別に女を殴る趣味はない。基本、俺、紳士だし。」
どの口がそれを言うか。紳士て。ブッ…
「笑ってんじゃねぇ。」
「…っは、君、絶対紳士ってガラじゃないって。」
「そういうキャラでいるっての。普段。」
少し不機嫌そうに言う国崎に、私もふと思い起こす。
―あ、そういやコイツ私と同類って言ってたっけ?
でも、それは…
「似合わん。」
「は?」
「そんな性格、絶対合ってない。むしろキモい。」
そんなんじゃ、騙される女子いないって、多分。
こんなに違和感あるのに。
「……へぇ。じゃあ何なら俺に合うって?」
「ふむ、そうだな…俺様ドSキャラ?あ、これは元々か。」
「…クッ、俺がドSねぇ。」
「そうでしょ。こんなか弱い乙女いじめて。」
「乙女って誰だよ。どこにいるわけ?」
「…あぁ君、目つきだけじゃなくて目も悪いんだね。」
「ひとこと多いんだよ、那津は。」
―そうやって、しばらく話しあった。
何だか、笑える。国崎と公園で毒吐きながら会話してるなんて。
少し前の私なら、ありえなかったシチュエーションだ。
――でも、もう終わり。終わりにしておこう。
私と彼は同じようでその実、全く違うのだから。
私はくるっと彼の方を向いた。目が合う。
約束は、果たした。もう用はないはずだ。…私にも、国崎にも。
だから、今度こそお別れだ。
「…じゃあ私、帰るから。もう明日からは関わるなよ。」
そう言い残して、ヤツからくるりと背を向け、
公園を出ようと…、出ようと………?
……へ?
何で、足、動かないんだ?
「……行くなって。」
気が付くと、国崎が私を後ろから抱き締めていた。
身長差もあって私は完全に国崎の腕の中にすっぽりと収まっている。
………っ!!
一瞬遅れて、顔面の体温が急上昇する。
自慢じゃないが、私は男性経験はゼロに近…いや完璧ゼロだ。
だから、こんな風に抱き締められるのも初めてな、ワケで。
肩ハバが広いな、とか、腕長いな、とか………。
…うわ、何だキモいぞ、私。絶対顔真っ赤だ。後ろは振り向けません。
そして、一体何だ、コレ。ドラマか。そういうのは現実でやっちゃダメだろ。
やるならホンモノの女優を選べ、国崎。
――この間およそ3分。たっぷり時間をかけたパニックでしたよ、ええ。
そして少し長めの沈黙の後、
「…国崎、離せ。」
意外と冷静な声が出たことに、自分でもびっくりする。
「イヤだ。」
でも彼の方は聞く気が無いらしい。なにが『イヤだ』だよ。駄々っ子か。
「何で。」
「……ムカつくから。」
そのひとことで、ようやく私はこの意味不明な行為の理由を理解した。
――ああコレ、殴らない代わりの精神攻撃なのか。
なら他のが良かったかなー。てか殴ってもらっても別に良かったんだけど。
内心でため息をつき、
「とにかく、はな、せ!!」
今度は強引に腕を振り上げると、パッと、簡単に拘束は解かれた。
途端に安堵の息が出る。
――なんだ、強く反抗すりゃよかったのか。もっと早くそうすりゃよかった。
てかよく考えたら、…いやよく考えなくても。
痴漢、だよな?今の。顔で騙されるところだった…危ない、危ない。
体を解放されたと同時にヤツと少し距離を置いた私は、ジロリと国崎を睨みつけた。
「…オイ、次やったら叫ぶからな、変態。」
「…変態じゃねぇし。
だったらこの世のほとんどの男が変態だっての。」
…マジか。いきなり抱きつく変態どもが男の大半?
うわ、怖。もう街中歩けないじゃん。世の中の女性。
「で、何よ?変態。」
あえてこのネタを引っ張ってみる。――と。
「国崎だっ。人の話、聞けよ。」
彼が少しイラついた口調になったので、しばらく黙った。そして再度口を開く。
「引きとめた理由は、何?」
「…送ってく。」
「結構です。」
再び歩き出そうとしたら、今度は手を掴まれた。
「だから、何よ?」
いい加減、ウザイぞ。国崎。
「…ホンット、可愛くねぇのな。」
「知ってるって、そんなこと。」
だが国崎は意外と強い力で私の腕を握り、意見を譲ろうとしない。
「もう暗いんだから、夜道は危険だろ?黙って送られろ。」
―なんて、いかにもデキル男が言うセリフも言う。
私はハッと、鼻で笑い飛ばした。…脳内で。
頼れる男アピールか?これまたベタな展開だな、俺様王子さん?
でもその必要はないぞ?
「私を襲うヤツなんかいないし。むしろ君と一緒のが危険。」
「言うじゃねぇか。でも世の中には、マニアックなおっさんだっているんだよ。」
遠まわしに失礼だな、マニアックて。…いや、ホントのことだと思うけど。
「いいから来い。」
うだうだと抵抗していた私の腕をグイッと引きながら、国崎は歩く。
…っと、痛いわ!ボケ!力加減考えろ!離せ!おかまいなく!!
色々と叫んだ気がするが、国崎は首にもかけず、公園の傍に停めてあった黒い車の前で止まった。
どうやらこの黒い日本車が、ヤツの愛車らしい。
私は車種に詳しく無いからよくは知らんが…、高そう。
「オラ。」
と、国崎は私を助手席に押し込み、自分は運転席に乗った。
ちょ、今の完全に誘拐犯の乗せ方だろ。国崎って変態の上に犯罪者なわけ?強引すぎる。
「失礼なこと考えてねぇで、家の場所、教えろ。」
ナビに向かって人差し指を突き付けている国崎が、不機嫌そうに言う。
うわ、出たよ。エスパーが。
私にも心の読み方、教えてほしい。何かコツでもあるのかな。
「…早く教えねぇと、俺の家に「S大を出て2つ目の交差点を左。
さらにX町の所の交差点を右に曲がって、突き当りのアパートが我が家です!!」
…なんっつー恐ろしいことを言いやがる、この野郎。
ちょっと黙ってたからって、何でその結論に行き着くかな?
流石、変態俺様。何考えてんだか、ワケ分からん。
私が行き先を教える(聞きだされる)と、国崎は、「了解。」とだけ呟いて、車を発進させた。
夜の車道を闇に紛れて黒い自動車が走り出す。街灯のオレンジ色の光が車内を照らし、何度か赤信号で車が止まるが、私も運転席の男も黙って前を向いたままだった。
聞けば、私の家まで約10分ほどらしい。思ったより遠くまで走って来たもんだ。
車でそれほどかかるということは、徒歩だとその倍以上の時間を要していただろう。
…一応、感謝すべきか?好意かどうかはともあれ、ちゃんと送ってくれるらしいし。
「那津、」
口を開こうとしたとき、国崎から話しかけられた。前を見てハンドル片手に運転する国崎。
…何をしても絵になる男だ、ムカつくことに。
「…何?」
とりあえず聞いてみるが、すぐに聞かなきゃよかったと後悔した。
「お前のメアドと番号、あいつらに教えといたから。」
衝撃のひと言を聞き、ピシッと私は見事にフリーズした。漫画風に言うなら石化だ。
――ナンデスッテ??
「っはあーー!?何してくれてんの、君!!」
突然ガバッと起き上がった私に、国崎は多少の驚きを見せたが気にせず詰め寄る。
「どーして、そんなコトするかな!?」
「どーしてって…聞かれたから。」
ヤツは何でもないように答える。
「ちょっ、プライバシー!プライバシーの権利を主張します!」
テッメェ…せめて確認とれや、こっちに!!事後承諾て!
「残念ながらプライバシーは却下されました、那津さん。」
法律で認められてる権利すら無いわけ!?私!
何たることだ!
私は意気消沈した。
そうだよ、こんなヤツなんだよ。血迷って感謝なんてしなくて良かった。
「…だいたい、何でダメなんだよ。減るもんでもねぇだろ。」
「減るわー!主に、私の精神面とか!」
ヤッベェ…携帯開くの怖い。
携帯電話なんて普段使わないもんだから、ずっと電源切ってたよ…何てこったい。
「精神て…何だよ。」
国崎は苦笑しながら私の方を見る。…ハイハイ、カッコイイネー。
「…君のメールアドレスだったら、いくらで売れるかなー?」
「売るなよ。」
「私のは無断で売ったくせに?」
「俺はいいの。」
いいのって…何がいいの?またも俺様なの?ホント、一遍死ねばいいのに。