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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
89/126

02



―――

――



「……………。」

「……………。」


那津ん家に入ってから、数分経過。いきなりの無言。

俺は気まずさに耐えきれず、視線をあちらこちらに送る。


―いや、覚悟は決めてたはずなんだけど、どう切り出せばいいか分からねぇ。

何だか知らないけど、さっきから那津はじーっと俺を見てるし。

……言いづらい。


「…なあ…「あのさ。」


意を決して口から出した言葉は、那津に遮られた。

真っ黒な瞳が俺を見つめる。

その目が思いのほか真剣で、俺は思わず委縮する。とりあえず話を聞こうと、隣に座る那津の方へ体ごと向いた。


「……何だよ。」

「…………。」

「…那津?」


何度か静止して、考え込む。それを繰り返す那津。

その謎な動作はなにか躊躇しているように見えたが、しばらくしてようやく彼女は口を開いた。


「……えっと、これでいいのか分かんないけど、」

「…?なん……っ」


瞬間。

ふわっと舞う黒髪が視界に映ったかと思えば、ぎゅっと抱き締められた。

細い腕を俺の腰辺りに巻き付け、しがみついてくる那津。


「~~~!?」


途端に俺の心臓はドクン、と跳ね上がった。顔に熱が集中していくのを感じる。

―俺の胸に顔を押し付ける那津には、自分の顔を見られないのが幸いだ。多分、今の俺の顔は見せられたもんじゃない。


―何だ。なんだなんだ、何の罠だ、これは。

超、柔らかい。細い。小さい。これ、生物なのか、ホントに?

つか、いつも俺からだけど、那津から抱きつかれるのって、初めてじゃ……?



「……聖悟。」

「!」



色々と考えを暴走させていると、胸辺りから声が聞こえた。その吐息が服にかかるのが微妙に感じられる。

冷静ではいられない要素が溜まりまくっているが、とにかく落ち着こうと、俺も那津の身体に腕を回し軽く撫でてやる。そして、何だ?と小さく投げかけた。

すると、


「……ごめん。」

「…は?」


―返ってきたのは、そんな囁きのような謝罪の意思で。俺は顔の見えない彼女に疑問符をたき付けた。


「んーなんか、不安?…なのかな、と思って。」


たどたどしく、那津は少し悲しそうな声色でそう続ける。俺の胸に顔を埋めたままなので表情は見えないが、すごく不安そう。

―俺なんかより、ずっと。


「…ごめん、聖悟。デート、行けなくて。」

「…………。」

「…あの、私、あんまり人と関わってこなかったから、こういう時どうすればいいか分かんないんだけど。」


これであってた?とおもむろに聞かれた。


…いや、何情報だか知らねぇが………百点満点、だぞ。那津。


その証拠に、俺が言いたかったことゼンブ頭から吹っ飛んだ。

―普通に、嬉しすぎる。

ニヤけた顔を元に戻す暇も無く今度はすっと腕を離し、身体を起こした那津。そして俺と向きあいながら再度口を動かした。


「私、君とどう接していいか分からないからいつも戸惑ってる。…彼女らしいことも、全然出来ないし。」

「…那津、」

「何も言えなくてごめん。私やっぱりこういうの、向いてなくて……」


ぼそぼそと吐き出される那津の本心に、心臓が落ち着いてくれない。

…いかん。このままじゃ、俺、萌え死ぬ。


「……分かった、もう分かったから、「けど!」


―だが、那津は必死すぎて聞いてはくれない。

じいっと俺を見つめる大きな瞳。純粋に、綺麗だと思った。




「せ、聖悟とはいつも一緒にいたいと思ってる。…大好きだから。」




ずぎゅんっ!!

――と、ハデな音を立てて、俺の胸が貫かれた。

前をガードしていたら、後ろからレーザー砲で貫かれた。…くらいの衝撃だった。一気に体温が上昇し、心臓が高鳴る。

―ヤバい、何だこの破壊力。本気で、死ぬ。


「…マジで?」

「うん、ちゃんと……好き、だから。」


顔を赤らめながら、最後にそうポツリと言い残す那津。その仕草も、実に俺のツボを刺激してくれる。



……ああ、もう………無理。

限界。

―可愛すぎるよ、お前。



「せい…っ!?」


刹那、俺は那津を抱き返し、そのままの勢いで押し倒した。一瞬だけ驚いたような瞳と目が合ったが、気に留めていられない。


「っ、せいご……」

「もういい。少し、黙れ。」


ボソリと耳元で呟いてやると、返答も待たずに彼女の唇を塞いでやった。唇全てを覆い尽くすと、すぐに舌を出し自分のを那津のと絡めさせる。彼女すべてを奪い尽くすように深いキスを続けた。


もっと、深く、深く。

―ぜんぶを、俺にくれ。



「……ん、…っ、」


那津の苦しそうな声が俺の口内で消える。

――でも、足りない。止まらない。

叶うなら、この感情のままどうにかなってしまいたい。

頭の中では、さっきの宏樹のセリフがリフレインしていた。



『彼女の望みなんて、簡単でしょ。どの女も一緒だよ。』



『彼氏と、一緒にいたい。』




―そうだ。

証なんていらない。縛る必要なんて、ない。

何もなくても、那津は俺を好きでいてくれる。俺だって、那津と一緒にいられれば、他に何もいらない。


それなのに、勝手に悩んで、不安になって。

―何をしてるんだ、俺は。


「那津。」

「…ん……?」


そっと唇を離して、ほど近い距離を保ったまま那津に話しかける。彼女は薄く目を開き、ぼんやりと返事をした。


「俺も好き。大好き。」

「…うん、知ってる。」

「那津は?」

「さっき、言った。」

「もういっかい。」


そう言って、ちゅ、と頬にキスをすると面白いくらい目の前の顔が赤く染まる。この意外と照れ屋なところは分かりやすくて好きだ。思わず喉を鳴らして笑ってしまう。


「…、からかうなっ」

「からかってないけど?真剣、真剣。」

「…私は、君みたいに思考回路が直線で結ばれてないんだって。」

「行動が直結しないってこと?言ってくれるまで待つから、別にいいぞ?」

「…この、腹黒。」

「なんだと、コラ。」


ムッと眉をつり上げてみると、今度は那津も楽しげに笑った。

ふわっとしたこの笑顔は最近よく見る。これも、大好物。

まあ、怒ってる顔も不機嫌な顔も、ちょっと泣きそうになってる顔も好きだけど。

今、このときもぎゅっとしがみついて来るこの華奢な手も。潤んだ瞳も、いつも甘い味がする唇も。

全部、好きだけど。


――つまるとこ俺は、こいつに『べた惚れ』ってやつなんだろう。

……多分。


…ヤバいな、まったく。ハマりすぎだろこれ。

なんだか恥ずかしいくらい乙女思考なんだが。ああ、これもまた初体験か。

―まあ、でも


「で?那津、はやく。」

「…まだ言うか。もういいでしょ。」

「やだ。言え。」


『なんかもう命令口調だし……』と呟く那津の言葉は聞こえないふりをして。抱き締めたままの腕にもう一度力をこめる。


――悪くないな、こういうのも。



「!?ちょ、くるし……」

「那津?言わないと……」

「っ、分かった、言うから!」


那津は慌てた様子で俺のセリフを遮る。

…へぇ。前してやったことでも思い出したのか?学習効果はあるみたいだ。

…それはそれで面白くないけどな。


那津はなんだかもういっぱいいっぱいの様子で俺を睨みつける。そして、ぐいっと俺の耳元に顔を近づけ、ぼそっとささやいた。



「…す、好き、って言ってるじゃんか馬鹿。」


それを聞いた瞬間、身体がなにか温かなもので包まれた感触がした。


『スキ』なんて安直で素直なただの言葉。

しかし、そんな些細なものでガキのように喜んでしまった俺は、よくできました、と口の中で言い再び彼女の口を塞いだ。


―もうさっきまでの心配ごとなんて、きれいさっぱり消え去っていて、ただただ、満たされた。



―――

――



話を聞いた那津は、パチクリと目を瞬かせた。


「へ?聖悟、そんな下らないことで悩んでたわけ?」

「……悪いか。」


下らない言うな。…フツーに凹む。



「……くくっ、変なの。君、顔真っ赤だよ?」


那津はそう言いながら俺を覗きこむ。急に短くなった距離にびっくりしながらも、


「うっせ、どけ。」


ぐい、と腕を掴んで彼女を引きはがす。那津はごめんごめん、と言ってまた笑った。


「…じゃあ、彼氏って、彼女に色々とプレゼントしてくれるものなの?」

「―ってのが普通だろ。でも那津は全然甘えてこないし。」

「……甘えるとか、そんな高等スキルは持ってないよ。無理無理。」


那津はあからさまに嫌そうな顔を作って、手を左右に振る。

……ほらな、こういう奴だから、こっちもどうしていいか分からないんだよ。

俺ががっくりと肩を落として見せると、那津はそうだなー、と考えながらまた口を開く。


「…まあ、そうだね。別に特に何もいらないし、欲しいものがあったら自分で買う。」

「…な、そう言うだろ?」


はあ、と息をつく。

やっぱり、オトコゴコロってもんを何にも分かってない、こいつ。


「で、それが、何なの?」

「…なんか、嫌なんだよ。何もしてやれないみたいで。」

「ふーん?」


すると那津はすっと腰を上げ、隣の本棚に手を伸ばした。返ってきた右手が握っていたのは、小さな箱。それをひっくり返し、



「私は、これだけで十分だけどな。」



その中身を俺の目の前に突き付けて来た。シャラ、と軽い音をたて、キラキラと銀と青に光るソレは。


「……水族館で買った、ネックレス?」

「うん。」


ぷらぷらと垂れる鎖を握り、那津は嬉しそうにはにかんだ。

出てきた意外なものに多少驚き、じっと銀のペンギンを見つめる。そして素直に驚嘆の意を表した。


「…まだ、持ってたのか。」


―正直、捨てたかと思った。結構色々あった時期だったから。


「ん、まあね。一時期ホントに捨てようかと思ったけど。」

「…おい。」

「ははは、でもいーでしょ。こうしてちゃんととっておいたんだしさ。これはこれで、記念だもん。」


軽く笑いながらも、大事そうに手の内のアクセサリーを仰ぎ見る。そして、なにやら思い出したように彼女はほほ笑んだ。


「聖悟からの初プレゼントでしょ?これだけでいいよ、私は。」

「……………。」


そのセリフに、俺は口をつぐんだ。ため息混じりに顔を逸らす。


――ああ、そうだ。こういうヤツなんだよ、那津は。

一見薄情そうに見えて、実は人の気持ちにものすごく敏感で。俺のことだって、なんだかんだでちゃんと分かってくれてる。

―たまに弄ばれてんじゃないかとも思うけど、な。非常に癪だ。


「…貸せ。」

「へ?」

「つけてやる。」


言うが早いか、俺は彼女からペンギンを奪い金具をはずす。そして、向き合っていた那津の肩を掴み、後ろを向かせた。


「…何で、今?別によくない?」

「いいから。」


ぶつくさ言う那津は無視し、カチリと銀の留め具をうなじあたりで留める。


「ほら、できた。」

「ん、あり、がと?」


振り向く那津の首元で揺れる、青いトルコ石とつやつや光るペンギンのモチーフ。明るい電灯の元で見るソレは那津となんだかマッチしていて、自然に笑みがこぼれた。


「まあ、そうだな。考えてみりゃ初デートで買ったもんだし。」

「あのときは嫌々もらったけどね。思い出深いって言えばそうだねー。」


…んなコトは覚えてなくていいんだよ。

いらないことを言う那津に心の中で悪態をつきながら、彼女の腰に手を回し、もう一度腕の中に閉じ込めた。


「わっ!?ちょ、」

「いい加減、慣れろって。」

「な、慣らしたいなら先に言ってよ!イキナリは嫌だ!」


突然引きずり込まれ、驚いたような声を上げる那津。わたわたと慌てる姿を見て少しいい気味に思った。


「…じゃあ那津。コレ、ずっとつけてろよ?」

「は、ずっと?」

「そ、ずっと。」

「えー、面倒くさいなあ。時々じゃダメなの?」

「ダメだ。それ、俺のだっていう目印にするから。」

「…わあ、俺様ですね。変わらないなー、そういう所は。」

「ほぉ、襲ってやろうか?」

「冗談です!!」


途端、腕から離れようと暴れ出す那津。

もうそれが可愛くて愛しくて。つい、いじめたくなる。

俺は、ちょうど目の前にあるペンギンにちゅっとキスを落とした。



「那津、好き。」



さらに、そっと彼女の耳元に口を近づけ、甘い言葉をかけてやればもうイチコロ。真っ赤な顔をした那津が奇声を上げる。


「っ、ちょ、耳……!いや、ペンギンじゃなくて首にもキスマークつけただろ、今!!」

「ああ、それも俺のだって、印。」

「わあああ!こんな目立つ所につけやがってぇえ!」


わあわあと騒ぐ彼女。

全然、変わらない。変わりようがない、那津とのこの距離。



―最終的に 俺は

なんだか自分が考えていたことなんて、バカらしくなってしまった。


…やっぱりうじうじ悩んでるのは性に合わない。

変化球だったら、それなりに対応してやったらいい話だ。



――もう、俺は俺のやり方でこいつを愛してやる。



叫びまくる那津を黙らせるため、俺は何回目かのキスを落とした。




END




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