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脳内計算  作者: 西山ありさ
その後の短編+番外編
88/126

不安

*seigo side*






「おい、那津。聞いてんのか?」


俺は眉に皺をよせながら目の前の女に話しかけた。


――那津と付き合い始めて早…二週間と少し。

当初、うるさく騒いでいた周りもようやく落ち着き始めてきて、二人の時間を過ごす余裕ができた。

―だが、問題はまだあった。むしろ、ここにこそ、だ。


「…ん?なに?」


那津はきょとん、と俺を見て、聞き返す。

―那津の家。

彼女はゴロゴロと寝転がりながら本を読んでいた。

俺はその隣で胡坐をかき、那津の気のない返事に眉をしかめる。

話、聞いてないし。…また。


「だ・か・ら!デートだデート!俺ら付き合ってから一回もしてねーだろ!!」


俺は苛立ちをそのまま手のひらにこめ、バンッと勢いよく床を叩く。

じいんと痺れが伝わり、かなりの音がした。


「ちょ、下に響くでしょ、止めてよ。」

「~、どんっだけボロいんだこの家!」

「その分家賃が安いんだっての。てか仮にも私が住んでる家にケチつけんな。」


むっとしたように眼鏡の下から睨んでくる那津。…あーもう、イライラする。そんな顔すんなっての。


「つか、そんなことはどうでもよくて!」

「デート、ねえ……」

「…暇な日、言えよ。せっかく今週は天気がいいんだ。どこか行こうぜ。」

「……んー。」


そう言うと、那津は何か考えているそぶりを見せる。そして、数秒後。パッと目を合わせると、


「無理。」


綺麗に一刀両断してくれた。



「…は、なんで?」

「バイト。今週毎日あるから無理。ごめん。」


淡々とそう言って、また本に目を落とす那津。

……冷たい。


「…バイトくらい、休めばいいじゃねーか。」

「いや、私の場合、生活費がかかってくるから。なるべく休みたくないんだよね。」

「……つか、そんなにバイト入れてるのか?」



―俺よりもバイトを取るのか?…なんて女々しいことは言わない。

や、思ったけど、一瞬。

それより毎日はやりすぎだろ。大学の授業もあるくせに。

深夜のシフトは入るなって言ったのに、まだやってるんだろうか、こいつは。


「だから、リアルにお金がないんだって。仕方ないよ。」

「でも、夜遅くに入るのは止めろよ。」

「深夜は時給高いから入りたいの!だーいじょぶだって。そんな危険な場所でもないし。」

「そういう問題かよ。」

「私にとってはそうだよ。」

「…………。」


那津はあくまでも軽く、静かに言う。その様子を見て、とうとう俺は何も言えなくなってしまった。ため息も自然と出てしまう。


「…あー、そうかよ。もういい。」


ついには那津から背を向け、黙り込むという始末。

イライラする。

………なんだ、コレ。自分で自分が意味分かんねえ。


――別に。那津の私生活にまでぐちぐちと口を出すつもりはない。

一人で何でもこなしてきた那津には重荷だろうし、うざったいと思われるのも嫌だ。

俺だって色々と横から言われるのは腹が立つし、実際にそういうウザイ女もいたから気持ちも分かる。


…でも、心配なんだよ。時々、不安になる。


なんでも自分でやってしまって、俺に頼ることなんて一切ない、俺の彼女。

―そんな那津に、俺は必要とされているのか、って。


「…………。」


ちらっと横目で彼女のほうを向くと、まだ熱心に小説を読んでいる。

細い足を投げ出して、無防備にそばで寝転がっているこいつを、

…手を伸ばせばすぐに抱き寄せることもできるのに。

ものすごく距離感を感じる。


…好き、とは言われたし、そうなんだろうけど。なんか、絶対俺のこと適当に扱ってるよなこいつ。

俺ばっかりが好きで、あいつの気持ちはそれほどじゃないって証明されてるみたいで、なんだか気持ちが落ち着かない。


普段の俺はこんな小さなことに悩まされたりしないが…那津のこととなるとこのザマ。

マジで、まったく余裕がない。カッコ悪いな、ほんと。




思えば、『愛』を教えてやるとか大口をたたいたくせに、結局何もできていない。

というか俺自身、そんな不確かなもの、どうやって教えたらいいのか実際分からない。


でも離れてほしくない。つなぎ止める証が欲しい。

プレゼントでもしてみようか。

服?鞄?靴?アクセサリー?あれ、俺、こんなときどうしたっけ?


……何をすれば、何をあげれば那津は喜ぶのか、全く思いつかない。

思いつか、ない。


…今まで女を適当に扱ってきた俺への罰だろうか。こんなんじゃ……


「…ごめん。俺、帰るわ。」


――ダメだ、那津じゃないけどこのままじゃどんどんネガティブになる。なんだか本格的に落ち込んできて、俺はゆっくりと腰を上げた。


「……ん、そう。じゃーね。」


那津のそんなそっけない返事にも若干傷つきながらも、俺は扉を開けて外に出た。

…那津が、そのときどんな表情をしていたのかも知らないで。



―――

――



「――と、いうわけなんだが……」

「…へぇ。ちょっと質問いい?」

「何だ?」

「何故、それを俺に相談するかな?」


ニコリ、と音も無くほほ笑んだ斎藤 宏樹に背筋がぞくぞくっとした。

な、なんてプレッシャーだ…!俺は押し掛けた宏樹の部屋の中で、大げさに後ずさった。


「い、いやほら…お前暇そうだったし……」

「へ~。電子工学と複素関数のテスト間近、さらに電磁気のレポートの〆切が近いっていうこの俺が暇、ねえ……」


さらに笑顔で俺を追い詰める宏樹。ゴゴゴゴ…と後ろで蔓延している黒いオーラが俺には見える。

…ヤバい、話題変換ミスった。つか、そんなに忙しかったのか。


「……悪ぃ。でも、宏樹なら男心を分かってくれるかと思って…」

「本気で殴ろうか?」


…結局何言ってもダメじゃねぇか。



「まあ、何にしろ……」


はあ、と息をついた宏樹は煙草を一本取り出して口にくわえた。

ライターで火をつけ、煙を細く吐き出す。…スポーツマンなのに喫煙者って、いいのか。


「いい薬じゃん。聖悟、今まで女の子のこと考えなさすぎたんだから。」

「…それは、俺も思ったけど……」

「まあ、ナツちゃんはちょっとばかり特殊だからね。俺でもどうすればいいか分かんないかも。」

「だろ!?」


やっと同意が得られて、俺は身を乗り出す。

―が、



「…でも、聖悟は分かってない。」

「は……?」



一気に撃ち落とされた。思わずぽかん、と目の前の喫煙者を見上げる。宏樹は煙草を指にはさんで放しながら、俺を睨みつけた。


「何か贈り物をしないといけない?恋人同士って、そんな利害関係で結ばれてるもんなの?」

「……!」

「何かして欲しいって、ナツちゃんに頼まれた?」

「いや……」

「『愛』という名目で何かを与えて満足できる?自分に置き換えて考えてみろよ。女に服だの小物だの貢がれて、心は動くか?」


……動かない。絶対。

そんなことしても、餌を与えられて飼われているような気分になるだけだ。それは、『愛』ではない。それは――



「仮にそんなことをしても、満足するのは聖悟だけだろ。そういうのを『エゴ』って言うんだよ。」



宏樹の声が静かに室内に響いた。




「…そう、だよな……」


宏樹のセリフがじんわりと胸にしみこむ。俺はぽすん、と脱力したようにソファに沈んだ。宏樹は笑いながらそんな俺を見ていた。


「本当、変わった。聖悟もそんなの悩むようになったんだねえ。」

「…うっせ。らしくなくて悪かったな。」

「ま、大丈夫。大学生ならギリギリセーフだよ。」

「何の?」

「青春、の?」


アホか、とツッコミながら二人でまた談笑する。さっきよりだいぶ楽になった自分の心。すっきりとしていい気分だった。



「なあ、宏樹。俺、どうすりゃいいと思う?」


俺がついで、とばかりにそう聞くと宏樹はあきれ顔を返してくる。


「…流石にそれは自分で考えなよ。俺に聞かれても。」

「や、そうだけど……」


…少しくらい、いいじゃねぇか。

露骨に愛情表現しても、全然伝わらないからな、那津には。

正直、俺には最初からお手上げ状態。…投げ出すつもりは毛頭、ないけど。

いやもしかしたら、俺も那津と同じくらい恋愛初心者かもしれない……


ぶすくれた顔でまた悶々と悩む俺を見て、宏樹はじゃあひとつだけと助け舟を出した。


「…案外、単純かもね?ナツちゃんの願い。」

「は?」

「だからさ―――」


意味ありげな笑みを覗かせて淡々と語られた言葉に、俺は目を見開く。

そして手短に礼を言って、すぐに部屋を飛び出した。


「…まったく、慌ただしい。いつまでたっても手のかかるヤツだね…」


嵐のように去って行った男の背中を見送り、煙を吐き出した後、憂鬱な課題を片づけるため宏樹はパソコンの電源を入れた。



―――

――



PLLL……PLLL……

ピッ


『……はい、もしもし。』

「…那津か?」

『うん、今度は何?聖悟。』

「…入れてくんない?」

『は?』

「今、お前ん家の前にいる。」


手の中の電子機器に向かってそう呟くと、一瞬後に目の前の扉が開いた。呆気にとられた様子の那津が、俺を出迎える。


「ホントにいた……」

「嘘ついてどーすんだよ。」

「いや、てか、どこのメリーさんだよ…こっちがびっくりした。」


言いながら笑う那津はいつもと変わらない様子で。さっきのことはあまり気にしてないみたいだ。

…でも。


「じゃ、邪魔するぜ。」

「…いーけど。」


俺には、話したいことがある。怪訝そうな那津の背中を見ながら、俺は再度彼女の部屋に入った。





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